夏に似た空

フロントガラスを弾くいくつもの滴が車のサイドへと流れていく。
さっきまで降り続いていた雨は、気が付けばすでに上がっていた。
こんなに遠くへ来るつもりはなかったが、今の彼女にはじっとしているだけの辛抱強さはない。

びっくりするくらい、似ていた。

そう、顔や笑った時の唇、話し方のニュアンスとその声色・・・
何より、左の手首に着けているパワーストーンのブレスまでがそっくりだった。

さっき、ショッピングモールの駐車場であった出来事。
笑っちゃうほどおかしくて、でも、あったかい出来事だった。
買い物を終えて駐車場に戻って来た時、車体に付く見慣れない傷が目に入った。
助手席サイド、後部、バンパー。
頭が真っ白になりそうだったが、じっくりと車体全体を見回す。
小雨が降る中、何度滴を弾いても間違いない。
黒のワーゲンは、全体に白い擦過傷があった。
誤って付けられた傷と言うよりも、故意に擦られたような傷。
それも車体全体にだ。
焦りと、奮えるような怒り覚えながら、スマートフォンで警察を呼んだ。
警察の到着を待つ間、指で何度も傷に触れる。
どれも深い傷ではない。しかし、触れるだけでは消えそうにはない。
浅く、何度も意識的に呼吸を繰り返している内に、今度は言い訳を探していた。

乱暴な運転をするから、恨みを買うんです。

アイツならそう言って、被害者のあたしを怒るかも知れない、と彼女はそう思う。

お前は自分で運転なんかしないで、タクシーを使いなさい。

あるいは、そう言うかも知れない。
思いを巡らしている内に、一台の車が近寄って来る。
二人の男がこちらを見ている。

「剣菱さん?」

彼女の車の隣のスペースに駐車すると、運転席側のドアを開けながら男が訊く。

「はい」
「さっき車の件で」
「ええ」
「見つけてから車を動かしてないです?」
「ああ、もちろん」

彼女は驚いていた。
警察車両から降りる二人の男のうち、運転をしていた男、彼女を対応する彼に対して。

「ちょっと見せて下さいね」

彼らは小雨の中、傘もささずに車を見ている。
気付けば自分も、小糠のような雨が薄手のトレーナの上に、融けた綿あめのように覆っていた。

「傷はいつ見つけました?」
「今。買い物から戻って気付いて」
「朝、車に乗る前にはなかった?」
「ないね。昨日の夕方、洗車してワックスかけて、そん時はなかった」

まるで休日のような服装の男は、アポロキャップにナイロンジャンパーのフードを被せている。
アポロキャップには「POLICE」とロゴが入っていた。
彼女の中にはもう、焦りも怒りもなかった。
それよりもむしろ、もっと・・・その男の顔がみたいと思っていた。
彼らの内の一人、もう一人の男が彼に言う。

「ワックス?」
「うん、そうだな」

二人は屈んだり、しゃがみ込んだりして車体全体の傷に触れている。
傷の理由が二人の間で解明されると、もう一人の男は車に戻って助手席座り、書類を書き始めたようだ。

「よく自分でワックスをかけます?」
「え?ううん」

彼はしゃがんだまま振り向きざまに彼女を見る。
人を安心させるような笑みを浮かべ、嫌みなく言う。

「これね、多分ワックスだと思うんです。昨日、かけたんだよね?」
「うん」
「車体を拭く布か、ぞうきんある?」
「ある」

急いでドアを開け、グローブボックスからクロスを取り出した。
男はもう一度にっこり微笑み、彼女を誘うようにしゃがませ、白い傷に触れながらクロスで拭う。

「ほら、ね?」
「あ・・・」

男の手の中で、傷は魔法のように消えていく。

「ワックス、普段自分ではかけないんでしょ?慣れないとね、こういう事ってあるんです」

もう何年も前から知っていて、とても親しい中で、友達以上・・・恋人未満・・・
男の笑顔は、相手を安心させる為の、訓練された笑顔なのかも知れない。
けれど彼女には酷過ぎた。
この笑顔は、車よりも深い傷を心に付ける。

「自分で洗車すると砂や鉄粉が表面に残ってたりして、ワックスの時本当に傷が付くから」
「いつもはね、洗車好きの友達にやってもらってたんだけど。最近は洗車もしてなくて」

結局男は、車全体を綺麗に拭った。

「ごめんなさい。誰かにいたずらされた傷だと勘違いして」
「事件じゃなければいいんです。良かったんです」
「ごめんなさい」

二人は立ち上がり、向かい合う。
笑顔だけじゃなく背の高さも、体躯も似ている。
時々、思い出すようにパワーストーンに触れる仕草まで。
ブレスまでもが彼女がプレゼントした物に似ていた。

「いい車だから、スタンドとかでやってもらった方がいい」

男はクロスを手渡しながら言う。

「そうする」

だって、洗車してくれる友達は、あたしの為にはもうできないんだ。
小言を言う友達なら、ずっと傍にいるって言ってるけどね。

もう一度、きちんと向き合う。
今度の笑顔は、使命感にあふれている。

「わたしは機動捜査隊の磐乃井と言います。今日は当直で署にいますから、何かありましたらいつでも連絡をください」

男はそう言うと軽く会釈をして、来た時と同じように運転席に座る。
彼女はワーゲンに寄り添うように立つ。
互いに目で挨拶しながら、警察車両が消えるまで見送った。


すっかり晴れた空を仰げば、夏に似た色をしている。
薄い雲に覆われ、淡い水色・・・優しい色。
広域公園の駐車場で車を降りると、空はそんな表情をしていた。
ふと、ジーンズのポケットでスマートフォンがバイブするのを感じる。
画面を見れば、さっき自分が発信した番号だった。
先ほどの出来事を報告書で提出しなければならないと言う。
男の声は、仰ぐその空に似ていた。




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15秒の恋

放課後の生徒会室で待ってるって言われて、それは運動部の活動予定の打ち合わせだと言うことは分かっていたけれど、なんか久しぶりにトキメイテしまった。
以前はメチャクチャ好きで、どうしようもなくて、涙することもあったりしたのに、ちょっとそこまでではないから良かったけど。
でももしかしたら、なんて期待して、過去の甘い記憶をよみがえらせる。
例えば今からあたし達の間に、以前のような間違いが起きたとしてらどうなる?
二人の気持ちを確かめて、やっぱり思った通りで、唇を合わせちゃったりしたら!
あるいは二人、落ちるところまで落ちて、すべてを投げ捨てたら。
う~ん、きっと損ばかりで、誰も得しないな。
あたしは今とても客観的になれてるから、生徒会室に入る前に女子トイレの鏡を見て、顔や制服の乱れを整えたりしない。
あたしはアイツに会って、必要なことを打ち合わせて、気持ち良く帰るつもり。
アイツも、そうさ。
ただ、あまりにも好きだった過去を、互いが惹かれ合っていた事実を確かめたい。
それは、いけないことなのかな?
もしかして誰かを裏切ることになるの?
感じるだけなら、許されるよね。

生徒会室のドアをノックすると、はいって声がしてドアが開けられた。
笑顔が親しげで、あたしは安心する。

「悪かったね、時間とらせて」
「ううん、全然平気」

あたし達はテーブルを挟んで座り、すぐに用意されていた資料に目を通す。
思ったより面倒な項目の多さに愚痴がこぼれる。

「まあまあ、そんなことは想定内。僕は悠理の愚痴には慣れてますからね」

そう言ってニッコリ微笑んで、けれど残された課題は逃してくれない。
あたしは二人の過去やその記憶は、けっして思い違いではないことを確かめながら、同時に距離が遠退いた想いを知らされた。

「イヤな仕事だよね、生徒会長って」
「だから慣れてますって。じゃあね、悠理の課題をちょっと考慮して僕も手伝いますから、年間計画だけはお願いします」
「えっ?だって一番大変じゃんそれって。そんな他の運動部の練習や試合なんて分かるわけないよ!」
「だから、各部に訊くしかないでしょうねぇ。お手数ですが」
「えぇ~」
「責めてるようですけど、それだけはお願いします」
「えぇぇぇ」

書類から目を上げ、あたしを見つめる。
それから見たことがある懐かしい笑顔を見せる。
知ってる、あたしだけが知ってる笑顔だ。

「悠理は、責める相手ではないんですけどね」


その言葉で全てが分かる。
全てが終わる。

そう、あたし達は、好きだったんだよ。

そしてお互い傷つかないように、誰も傷つかないように、そっと距離をおいて離れていった。
ダメだった。遅かった。
証拠の残らない間違いは、二人の、たった一度の甘い記憶だった。
清四郎のあったかい吐息を、忘れたことなんてなかったんだから、ね。

明日またこの場所で打ち合わせる約束をして、あたし達は別れた。
新年度が落ち着くまでまだちょっと。
甘いトキメキは今日だけかな?

あたしは肩をすくめて首を振りながら、友達以上の彼氏が待つモールへ向かった。



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彼等の中の一人

あれはいつだったかな?

日暮れまでの時間が長くなった午後の窓辺で、俺はふとそう思った。
寒波が続いたせいもあり、久しぶりのこの陽射しが遠く懐かしい記憶を呼び起こす。
そう、あれは高等部三年になった始業式の帰り、初夏を思わせるほどの強い陽射しと気温が上がった春の日だ。
俺達メンバー六人が仲間になり、いつも連れ立って遊んでいた。
始業式で午前授業とあり、春休みの延長線上のようにして遊びに行くことに決めたんだ。
どこかで昼食を取り、近くにあった公園の桜並木を歩いていた。
簡単な昼食ではお腹のどこにも足りないと、大親友の悠理が屋台が並ぶ方へとかけて行った。
皆も同じ気持ちで、悠理の後を追った時だ。
少し強い風が吹き抜け、桜の花びらが一斉に散った。
どこかで歓声が上がり、風が音を立てて辺りを揺らす。
目の前にいたはずの仲間が消え、後ろから声が聴こえた。

「綺麗ですこと。見えて?」

振り向くといつの間にかいた野梨子が空を仰いでいる。

「空一面に花びらが舞ったんですのよ」

てっきり清四郎と一緒に前を歩いていると思っていた彼女が、独りで後ろにいたなんて。

「ねぇ、見えて?」

彼女が無邪気な笑顔で俺を振り向く。
透き通るような肌が陽射しを受け、漆黒の髪と共に輝いた。

「清四郎と一緒じゃなかったの?」
「だってとっても早く歩くんですもの。追いつかなくて。でも悠理の向かう方へ行くんですから。どこか分かりますわ」
「みんなもう行ったのかな?風で見失った」
「もうとっくに行きましたわ」
「俺達も行こう」

待って、と彼女が言う。
まだ、もう少しこの桜を見ていたいと言う。

「魅録は急いでいて?」
「いや」
「それなら、もう少し付き合って下さいな。ちょっとあのベンチにでも座って。ね?」

並木通りにあるベンチを彼女は指さす。
俺達はそこへ並んで座った。

「どうして遅れちゃったんだろ?みんなと一緒に歩いてたような気がしたけど」
「風・・・風ですわよ。風が歩みを遅くしたんですわ」
「うん」
「見事でしたわ。吹雪く、と言うより舞ですもの。誰だって見惚れてしまいます」
「俺は、見てなかったけど、遅れた。風で見失ったのかな」

俺の疑問には答えず、野梨子はただ笑顔を見せた。
普段は見ない表情に思える。翳りが、消えている。
先ほどの陽射しよりも眩しい笑顔に、俺は目を逸らした。

「見失ったっていいじゃないですか」
「清四郎が心配してる」
「そうでもないですわよ。悠理がいますもの。私には魅録がついているのを知ってますから、大丈夫」
「そうかな」
「そうですわよ」

野梨子の理由が俺には分からないが、彼女がそうだと言うのなら、そうなのだろう。

「時々、こうして皆と離れてみて、客観的に自分の位置を確認しますの。私の横には誰もいなくて。そんな時、普段のあの人の横に誰がいるのだろうと」
「普段のあの人?」
「ええ。魅録の横には普段、悠理がいますでしょ?美童には可憐がいて。けれどたった一人が抜けると、バランスが崩れる」
「うん」
「そのような時思いますの。あの人の横に必要なのは誰なのだろうと」

風が、俺と野梨子の前を吹き抜けた。
音を立てて吹き抜ける風を目で追い、それから野梨子を見る。
野梨子は俺を見つめ、真剣な目で見つめ、吸い込まれるような錯覚が起こるほど見つめていた。

「そして私が必要としているのは誰なのだろうと考えますの。本当に必要なのは、普段のあの人なのか。それとも誰か、全く見知らぬ誰かなのか」
「誰かって、誰?清四郎?」
「私のあの人は、私の想いを知らない。あの人は別の誰かを想っていて、私の想いになんて気付いてない」
「野梨子」
「ねぇ、魅録。これって罪だと思いませんこと?こんなに私が想っているのに、その人は、全く私に気付かずに他の誰かを追っていますのよ」

また風が俺達の前を吹き抜ける。
今度の風は優しく、そして心地よい暖かさと、桜の匂いを漂わせ、遠くに行ったはずの友達の声も運んで来た。

「魅録~!野梨子~!」

振り向けば悠理と、その後ろに清四郎が歩いて近付いて来る。

「清四郎のこと?」
「何がですの?」
「野梨子は清四郎が好きなんだろ?」
「さぁ、どうですかしら?どうしてそう思いますの?」
「だって、野梨子にとって普段の身近な人は清四郎だろ」

野梨子はふっと笑う。
その笑顔は輝きが薄れ、翳りさえ帯び、俺を見つめながらゆっくり左右に首を振った。
さっきの輝きはまるで魔法が解かれたようで、けれど最後の力で大きく輝き、すぐに消えた。

「どこ行ってたのさ~、野梨子。すっごく心配したんだからぁ」
「あら、本当?てっきり屋台でいろいろ食べているんだと思っていましたわ」
「いろいろ食べて、満腹になったから野梨子がいないのに気付いたんですよ」
「ま、満たされなければ気付かないんですのね」
「違うもん。魅録もいないから、絶対一緒だって思ってたもん」

さぁ、野梨子、と清四郎が野梨子の背に手を置く。

「野梨子でも食べられる屋台を見つけたんです」
「あら、何かしら」
「クレープ。悠理が見つけました。これなら量も少しだから野梨子でも大丈夫って」
「大好きですわ」

寄り添うように並ぶ清四郎と野梨子の後ろを、俺は不思議な感覚で歩く。

「魅録もなんか食べようよ」

俺の隣には、悠理。
俺の腕を取り、自分のそれを絡める。

「いいよ。何食べる?」
「たこ焼かお好み焼き。あとアメリカンドック」

誰かに必要な野梨子。
誰かの隣にあるべき、彼女。



「悠理達が今遊びに来ますって」

午後の窓辺でそんな昔を思い起こしていると、後ろから声をかけられる。

「ん?今から?」
「ええ。ローストビーフを作ってみたから、それとワインを持って遊びに来ますって」
「清四郎も?」
「ええ。もちろん。私、ビールと簡単に作れるものを買ってきますから。魅録はテーブルの準備をお願い」
「分かった。気を付けて行くんだよ」

彼女は俺を振り向き、そして微笑む。

「行ってきます」

彼女が想う“普段のあの人”は誰だったのだろう。
俺はてっきり彼女の幼馴染の清四郎だと思っていた。
いつも二人は隣り合っていて、当たり前のように寄り添っていて、互いは必要としているのだと思っていた。
けれど結局、時間の流れは俺に野梨子が必要だと覚らせた。
周りの誰もが俺達の関係を別の相手と思っていて、俺もそう思っていて、けれど時間は、俺達に必要な相手を与えた。

俺達は何かを取り違えたのだろうか?

時々、そんな風に考えてしまう。
もしかしたらあの春の日、桜の花びらを散らせたあの風が、俺達を交叉させたのかも知れない。
でもそれで良かった。
俺はあの日、桜の中で魔法をかけらたままでいて、そして野梨子へ新たな魔法をかけた。
それで良かったのだ。
窓を細く開けると、春の匂いが運ばれて来る。
もうすぐまたあの季節が訪れる。
この魔法が二度と解けないよう、桜の花びらが散る並木道をまた野梨子と歩こうと思った。




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I thought she knew

やけに底冷えがする日で、珍しく雪でも降りそうな気配があった。
窓から空を見上げれば一面に雲が覆われていて、昼過ぎにしては辺りは暗い。
夕方まで持つかどうか、外出が億劫に感じられるほどの冬の日。
けれど億劫になる理由はもうひとつあって、それは幼馴染みの女友達の家へ訪問しなければならないからだ。
彼女の家に行くのは数年振りになるかも知れない。
高等部を卒業して、それぞれの将来に合った大学へ進学した。
僕はもちろん、医大。現在は地方研修医として学んでいる。
そんな別々の道を歩むなか彼女を訪問するには理由があり・・・つまりは、僕の久しぶりの帰省に自分から再会を申し出たのであって・・・億劫もなにも、すべては自分が原因だった。
再会の億劫さは寒さや雪も理由のひとつであることは変わりないけれど、本当の原因は、大学に入った最初の夏休みまで遡る。

その頃はまだ時間に余裕があり、夏休みも休暇を楽しむことはできた。
それでも高等部の頃のように頻繁には出かけられなかったが。
二泊三日で彼女の両親が所有する避暑地の別荘にメンバー全員で遊びに行った。
久しぶりの再会と小旅行に皆がはしゃぐ。
近くには湖と温泉街があり、水泳と温泉と食品の買い出しに困ることはなかった。
メンバーそれぞれの都合もあって、当日は現地集合にしていた。
僕はもう一人の幼友達の野梨子と可憐とで新幹線とバスで乗り継いだ。
以前にも利用させてもらった場所なので、迷うことなく一番に到着した。
続いて美童。その時の恋人に送ってもらったと言って、自慢話に三十分は付き合わされた。
そして最後に到着したのは魅録と、彼の大親友の悠理だった。

「よお、久しぶり!」

彼は変わらない笑顔で僕を見る。
その横にいる悠理も、笑顔で僕を見ている。
にっこりと、どこか自信に満ちた感じで・・・

「変わらないですね、お二人さん」
「みんなもそんなに変わってないんじゃない?野梨子とわたしは高等部の続きみたいな感じだし。美童は帰国してたけど、ま、いつものことよね」
「魅録は防衛大で、時間的にキツいでしょう?」
「ちょっとは。でもいろいろ優遇されてる」
「清四郎はどう?」
「忙しくなってきました。悠理は?野梨子達と同じでしょ?」
「あたしは今、豊作兄貴と海外をブラブラ。一応語学留学らしきことをしてる」

僕達は一通りの現況を話し、それからそれぞれに担当を決めて買い出しに行った。
珍しく僕と悠理が組みになって日用品の担当になった。
時間にも余裕があったので、僕と悠理は湖や温泉街を散策しながら日用品を買いそろえることにした。

「語学留学の成果は?」
「まだまだ。この数ヵ月で学んだのは、日常会話は単語とジェスチャーで十分ってことかな」
「あはは。悠理らしい。ずっと日本を離れてたの?」
「ううん。ちょこちょこ帰ってるの。魅録にも週末は会えてる」
「そう?魅録とは・・・変わらないんですね」

その時、僕の言葉を遮るように風が吹いた。
ぴゅうっと小さな音をたてて、僕達の前から湖畔へ抜ける。

「え?」

悠理が、僕に何かを伝えたようだった。
彼女を振り返ると、さっきの別荘で僕に見せた微笑みを浮かべる。
それですぐに分かった。
彼女が何を伝えたのか、聞き返さなくても、すぐに。

魅録と、一線を越えたんだ。

彼女の笑顔はそう僕に伝えていた。

ちょっと遅かったんだよ。

言葉は聞こえなくても、分かった。


「遅すぎたんですね」

商店街へと通じる遊歩道を歩きながら僕は彼女に言う。
彼女は何も答えなかったけれど、意識するように少し伸びた柔らかい髪の毛をかきあげながら僕の視線から逃れた。


彼女とは幼稚舎からの腐れ縁で、中等部に入るまではあまり良い関係ではなかったけれど、全くと言って良いほどの繋がりがあって、時と共に心地好さを感じていた。
視線を向けると僕から逃れるように背けるくせに、気付けば彼女は僕を見ていた。
僕はそれを“好意”と感じ、いつの日か“恋”に変わっていた。
彼女もそうであろうと思ってはいたし、実際、そうであった。
けれども“行為”に移ることはなかった。
高等部を卒業する頃、僕は彼女に言った。

「何年先になるか分からないけれど、待っていてくれるかな」
「確信がないなら、ムリかもしんない」


両手に荷物を持ち、湿度を帯びた風を受けながらさっき来た道を辿る。
美しいはずの風景も、何だか無意味に思えた。

「本当に遅すぎたのかな?それとも、僕の思い違いだろうか?」
「何も言わないから悪いんだよ。あたしだって、女だもん」
「言わなくても、通じていると思ってた。本当に」
「確信がないから、ムリだったんだ。自信ないよ。清四郎だもん」

僕達は立ち止まり、初めて向き合った。

「言えば良かった。けれど、そんなに簡単に気持ちって変わるものなの?」
「変わるって、何が?」
「だから、僕がムリだから、その、魅録になった?」
「まさか。魅録は清四郎とはまた別で、特別だもの。それに魅録は、あたしに言葉で伝えたんだ」
「ふうん」
「魅録なら、あたしを大事にしてくれるって知ってた。出逢った頃からそうだったし、つるんでた時もそうだったし。今でも、守ってくれるもん」
「そうですか。そう、ですよね。僕は、いつも見ているだけだった。悠理なら大丈夫って思っていて」
「言葉で伝えなきゃ、分からないことってたくさんあるよ。特に想いは・・・」


玄関を出ると、ちらちらと雪が舞っていた。
なれない寒さに、思わず弱気になるけれど、歩いて向かうことにする。
歩くことで時間が稼げるし、考える時間もできる。
でも、思いはまとまらないまま、彼女の家に着いた。
インターフォンを押せば、名乗るだけでドアが開いた。

「どうも。久しぶり」
「ご無沙汰してます。元気?」

僕を玄関ホールに招き入れ、腕を取るように自室のある二階へと進む。

「おじさん達も元気にしてますか?」
「もちろん、もちろん」
「魅録は?変わらない?」
「元気だけど、忙しいって、全然会えてない。その内、清四郎とおんなじくらいしか会えないかもよ」
「ふうん」

彼女の部屋は相変わらず広々していたが、以前の奇抜な雰囲気はなく、同年代の女性らしい部屋になっていた。
所々にある大きなぬいぐるみは、唯一彼女らしい物だった。

「ねぇ、久しぶりにさ・・・」

楽しそうに僕を振り返る彼女の言葉を遮る。

「今日はどうしても伝えたいことがあってね」
「ん?」
「来てすぐで申し訳ないけれど、素直な答えを訊きたくて」

驚く風でもなく、次の言葉を待つ。

「もしあの時、僕が自分の想いを言葉で伝えていたら、悠理は応えてくれたの?」

僕の言う意味を、彼女はすぐに理解したようだ。
それほど、僕達にとって大切なことだった。

「うん・・・あの時は、応えたと思う。子供だったし、単純に嬉しいし、清四郎が好きだったし。けど・・・」
「けど?」

避暑地の湖畔で向き合ったように、彼女は僕に体を向ける。

「あたしだって少しは成長して大人になったよ。だからもしあの出来事が今なら、すぐに答えは出せないよ」

彼女は分かっていた。
僕が今日、会いたいと言った理由が。

「魅録とは平行線の関係だと、野梨子から聞きました。魅録は忙しいし、今は仕事を一番に考えたいと言っているけれど、それよりも悠理が前に進みたがらないのに理由があるんじゃないかと」
「清四郎がネックなんだよ」

彼女はストレートに言う。
気持ちを包み隠さず、言葉を濁さずに。

「魅録は特別なんだ、あたしにとって。今までも、これからも。大好きなんだ。一緒にいると安心するしね」
「特別な存在」
「うん。特別」
「じゃあ、なぜ僕はネックなの?」
「魅録は現実的に繋がってる。清四郎は、心が繋がってるって感じる」

初めて、胸の痛みを覚える。

「だから選べない。どっちの方がどんくらい好きって分かんない。だってどっちとも繋がってるし、繋がってたいし」
「心は永遠と思える。そして失われない」

彼女はあの避暑地での微笑みを僕に与え、細く長い腕で僕を抱き締めた。

「あたしのことは待たないで。魅録にもそう伝えてる」

また、胸の痛みを覚える。

「ごめん。でも、そうして」

僕も彼女を強い力で抱き締める。
二度と、離れないように、繋がったままでいるように。

「心が繋がっていると言うのなら、僕は永遠に待ち続けたい。例え現実に繋がっていなくても」


彼女の自宅を出るとき、雪は本降りになっていた。
水分を多く含む雪で通りは白く覆われていたが、日中の寒さはおさまっていた。
この雪は多分、春を迎えることを予測している。
僕は足元に意識を集中して歩きながら、複雑に絡む僕達の関係にも春が訪れることを願った。




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silent day

“分からない問題があるならいつでも訊くように”

来週の期末テストに向けて目下?勉強中なあたしだけど、独りではちょっと集中力ない。
けれどメンバーそれぞれ、お楽しみの冬休みに向けて頑張って勉強していて相手にしてくれない。
そう、冬休みに入ってすぐに、あたし達は南の島へ遊びに行く予定。
追試や補習なんて受けてられないよね。
だからあたし、苦手な英文法にトライしているんだけど・・・やっぱり分からない。
“いつでも”って言ってくれている相手はあたしにとって一番苦手なやつだから、本当は電話したくないけれど。
でも、追試になったら、みんなが乗る飛行機に乗れなくなっちゃうよ。
きっと分からない理由を訊かれて、説教されて、“すぐに来なさい”って言われちゃうんだろうな、絶対。
正直つなげたくない番号へ、あたしはタップする。
まずは、固定電話。
五回コールで・・・

『はい、菊正宗です』
「あ、和子姉ちゃん?」
『あら、悠理ちゃん。清四郎なら出かけてるわよ』
「何時に帰るかな?」
『う~ん。帰ったら電話させるわ。ね』
「うん。お願い」

和子姉ちゃんは清四郎に似ていてバリバリしてるけど、あたしには優しいんだ。
本当の妹みたいに見てくれる。
豊作兄ちゃんとは違って、もっと近い家族みたい。
いつくるか分からない電話をじっと待つのはイヤだから、ミルクたっぷりのホットチョコレートとバタークッキーを持ってきてもらう。
外は木枯らしが吹いて寒いけど、部屋は暖房が効いていてポカポカ。
珍しく大好きな音楽もなしにして、おやつを食べながら電話を待つことにした。
温かいホットチョコレートは大きなマグカップにたっぷり入っていて、甘くておいしい。
手作りのバタークッキーとホットチョコレートを全部食べると、身体中が熱いくらいだ。
ホカホカ気分になったところで着信音が鳴った。
清四郎の携帯電話番号だ。

「もしもし」
『清四郎です』
「うん」
『お電話をいただいていたようで。留守にしてました。すみません』
「ううん」

電話の向こうの清四郎の声は落ち着いていた。
そう、まるで、木枯らしが吹く寒い外から帰ると、リビングは暖房で暖まっていてホッとするような、そんな落ち着き。
分かるかな?

『どうしたの?』
「英語のテストの範囲で分かんないところがあって」
『うん。どこかな?』

あたしは教科書のテスト範囲のページにある分からない問題を伝える。

『ちょっと待ってね。今、教科書を見るからね』

清四郎の動く音が聴こえてくる。
その音はあたしの耳にすっと入ってくる。
それくらい周りは静けさで満ちているんだ。

あたしのために、教科書を見てくれてるんだね。

『ああ、ここ、文法が複雑だから。悠理には難しいかも。説明が必要ですね』
「じゃあ、明日、学校で」
『来たら?』
「今?」
『ええ。まだ4時だし。名輪さんに乗せてもらって』
「う~ん」

あたしが動くことによって、静けさや暖かみが消えていくような気がする。

『今夜、すきやきにしてもらうから。おいで』
「すきやきか~」

静けさから一転、ぐつぐつの鉄なべが想像できる。

「おいしいデザートでも持って、じゃあ行こうかな~」
『教科書も忘れずに』
「わーってるよ!」

静けさの中に漂う、優しい温かさを感じた。確かに。
ちょっと不思議な気持ち。
それは多分、清四郎だから、なんだと思う。
他のメンバーとは違う、普段は感じられない、けれどどこか包み込んでくれるような、そんなあったかさ。

この感じ、好きだな。

苦手な勉強を教わるのに、うきうき気分もどうかなって思うけど。
英語の教科書とノート、筆記用具をトートバッグに入れると、手作りのバタークッキーをもらいに厨房へと向かった。




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