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それぞれの間に

親友だから離れることはないって思ってた。
親友はずっと親友だから、何も変わることはない。
もちろん今だってそうだけど、気持ちは何だか落ち着かない。

「野梨子と付き合うかも知れない。前から気になってたからさ、ちょっと伝えてみたんだ」

魅緑が突然あたしに言う。
何だか胸が、ぐぅって押される感じ。

「へぇ、で野梨子は、なんて?」
「考えてみるから、時間を下さいだって。でも今度の日曜日に遊びに行くから、脈ありだな」
「ふうん」

魅緑ったら、すごく嬉しそう。

それから日曜日までの間、魅録はいちいちあたしに野梨子とのラインや電話での内容を知らせてくる。
もちろん全部ってわけではないんだけど、訊いてもいないことまでしゃべってくる。

「ふうん、ふうん、良かったね~。そこまで話せてるんなら、もう付き合ってるようなもんじゃない?」
「ま、そうかもな。でもさ、みんなと一緒なら平気だけど、俺と二人きりって言うのはまだまだ恥ずかしいって。
今度の日曜日もさ、お前も行く?」
「ヤダよ。なんであたし?清四郎でも連れてけば?」
「清四郎も行くならお前も行く?」
「ヤダね。可憐とか美童にしといて」

日曜日のことは最後は分かんない。
誰か連れて行ったんだと思う。
魅録が野梨子との関係を深めようとする限り、あたしは前みたいに付き合ってはいけない。
そんなこと、バカでも分かるよ。

それに・・・日を追うごとに魅録だってよそよそしいような気がする。

無意識だと思ってて、でもそれは親友の特権って知っていて、だから黙っていたんだけど・・・
魅録は自然にあたしに触れてきていた。
例えばそれは頭だったり襟足だったり、伸びすぎた髪の毛の時もあったけど、魅録はいつもあたしに触れていた。
多分触れていると安心するだと思うんだ。
そう、まるで、甘えん坊の子供みたいに、ママに触れていると安心するみたいに。

けれど無意識に伸びた魅録の手は今、行き場を失ったみたいに止まってしまう。
引き戻された手はまじまじと見つめられ、背中に隠されてしまう。

時々、普通のカップルにあるように、二人が息詰まるような日は、魅録はあたしと時間を過ごす。
他愛もない話をして、笑って、街をブラブラ歩く。
そして野梨子を忘れたようにあたしに触れてくる。
無意識に・・・?それとも?
だってあたしは魅録のすべてを知ってるから、離れて行く手も触れる手も、体中の神経を集中させてしまう。
だから、魅録の手が触れたあの日、あたしは立ち止まってしまったんだ。
立ち止まって、魅録を振り返って、ギュって見つめてしまった。
驚いた魅録は、でもすぐそんな自分に気づいたみたいだった。

「ごめん。たまには、さ。ちょっとその、気が抜けちゃって」
「いいよ、別に。野梨子がいいんなら、だけど」

悠理、今夜は話があるんだ。

久しぶりの魅録の部屋。
今では、野梨子の気配がある部屋。

「野梨子が好きなんだ」
「知ってるよ、最初から」
「けどさ、悠理とも一緒にいたい。今までみたいに、触れていたい。お前といると安心するんだ。
野梨子とは違う、安心感があるんだ」
「はぁ?ダメだよ。バカじゃない?あたしより」
「お前よりかは、頭いい」
「頭いいヤツが、そんなこと言うか?」

これってどういうことだろう?

魅録の想いは、魅録自身にもあたしにも分かんない。
でも、たぶん、きっと、野梨子への想いがあるなら、あたしとはダメなんだよ。
魅録の言葉は正直嬉しい。
野梨子のことがあってから、意識して距離を置いていた数日。
けれどこうして前みたいに過ごせたことが、こんなにも嬉しいなんて。

もちろん自分の想いは魅録には伝えないまま、その夜は帰った。



じゃあ、清四郎と野梨子はどうなんだろう?
野梨子が魅録を想い始めても、清四郎とは今まで通りなんだろうか?

あたしは清四郎の家に行った。
清四郎はニコニコしてあたしを部屋に入れた。

「へぇ、魅録がね。意外とやりますね」
「野梨子が好きなくせに、あたしといると安心するって。なんかずるくない?」
「どうなんでしょうね。野梨子は彼女で、悠理は妹みたいな感じ?」
「清四郎と野梨子はどうなの?やっぱり安心する?」
「安心っていうか、面倒くさくないって所ですか?相手をよく知っているからこそ、余計な気遣いがいらないとかね」
「ああ、それなら分かるよ。魅録ったら、野梨子をスゴク気遣っているもん」
「それなんじゃないかしら。気を遣い過ぎて、ちょっと悠理で息抜きしてるんでしょ」

それならね・・・それなら、でも、いいのかな・・・

「魅録の気持ちは分かった。でもさ、やっぱりダメって思うよね」
「悠理も意外と真面目ですねぇ」

そう言って、清四郎は優しく微笑みかける。
すべてはお見通しって感じで。
それから大丈夫?って訊いて、あたしの肩に腕を回した。

そうしたら、そうしたら、あたしは急にわぁっと大声で泣いてしまった。
自分でもびっくりするくらい大声出して泣いてしまった。
涙も鼻水もいっぱい出て、それなのに清四郎は、やれ汚いだの声が大き過ぎるだの言いながらティッシュであたしの顔をゴシゴシ拭いた。

魅録が触れることで、あたしも安心していた。
でもそれは、魅録とは違った意味だった。
魅録は息抜きで、あたしは本気だったんだ。
本気で魅録が好きだから、触れられることが嬉しかった。
だって、誰だって、好きな人に触れられたら、嬉しいでしょ?

「魅録も悠理が好きなんですよ。野梨子のこともそうでしょうけれどね。まだきっと、どちらが本気か分からないんじゃないんですか」
「そんなことってあるの?好きなら・・・その人だけだよ」
「悠理は大人で、魅録は子供なんでしょ」
「分からないな」

すっかり泣き疲れて、あたしは清四郎のベッドに深く座り込む。

「まだいろんなことを決めてしまわなくても良いと思いますけどね。
人への想いは複雑で、まして男女間なんて難しいでしょ?好きか嫌いかどっちかって言われてもね」
「うん、うん、分かるよ。あたしだって魅録が好きだけど、清四郎も美童も大好きだもん」
「好きの意味合い、度合いって言うのかな、はそれぞれでしょうけどね。今すぐはっきりはね。
魅録と悠理だけじゃなく、野梨子だって絡んでくるわけで。彼女はどう感じているのか分からない。
意外と、今まで通りでいたいなんて思ってるかも」

もう少し待ってみたら?

清四郎は言う。

その間、お三方は辛いでしょうけれど、急ぎ過ぎて誰かが傷付いてもいけない。
それにね、悠理・・・
僕も悩める皆さんの仲間入りするかも知れません。
僕だって魅録に負けないくらい、悠理に触れていますもん。




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はれ、ときどきなみだ

押し流されるような人ごみの中で彼女は突然立ち止まった。
当然人は彼女にぶつかり、時々舌打ちをしながらまた流れていく。
それでも流れに逆らう彼女を、僕も振り切るようにして彼女まで戻る。

「どうしました?危ないですよ」
「ええ、そうなんだけど」

細い体を踏ん張るようにして立ち、きょろきょろと左右に小さな頭を動かす。

「誰か知ってる人でもいました?」
「そうなのよ。いたのよ、昔の彼」
「へぇ・・・」
「あっ、て思って、振り返ったら見えなくなっちゃって」
「逆方向に歩いて行った?」
「いいえ、同じ方向に歩いていて、わたしが追い越したのよ。で、振り返ったらいなかったの」
「この人ごみですからね。どこかの枝道に入ったんじゃないですか」

僕達は、広域公園内の桜並木に来ている。
普段の時とは違い、大勢の人で溢れていた。
メンバー全員で歩いていたはずなのに、この人ごみで見失ってしまったのだろう。
携帯電話という今では一般になったものがあるからこそ、こうして彼女に付き合っていられるのだ。

「ま、いっか。別に逢いたかったわけではないから」
「ふうん。その割には真剣に探してなかった?」

彼女は僕を見上げふっと微笑む。
いつにない、淋しそうな微笑み。

「ちょっとね、自分を試してみたかったの。彼とばったり逢って、どんな気持ちになるのか」

僕達は歩き始める。さっきと、同じ方向に向かって。
けれどすぐに諦めて、レストハウスに入った。
ここにも人はいるけれど、自動販売機前のフリースペースには二人で立っていられるだけの場所があった。
目の前のスクリーンガラスには、先の桜並木が見えた。
思っていた以上に今日は暑く、桜は満開だった。
僕はシャツの袖をまくり上げ、彼女もカーディガンの袖を少しだけ上げた。

「逢いたいわけではないのに、今の自分の気持ちが知りたい?」

彼女はびっくりしたように僕を振り向き、それから肩をすくめた。

「うん。もう大丈夫、平気って思ってるけど、実際逢ったらどうなのか、試してみたいって思っていたの」
「逢って、また心が揺れ動いたら?」
「そうね・・・でももう大丈夫なのよ。だから大丈夫な自信が欲しかったの」

今度は僕が肩をすくめる、よく分からない、という風に。
スクリーンガラスの前のソファが空く。
僕は彼女の肩を押すようにしてそこへ座らせる。
何か飲むかと訊くと、いらないと言った。

「彼に関して言えば、けっこう立ち直るまで時間がかかったの。報われないのは分かっていたけど、
関係が続くならいいのかなって思っちゃって」
「報われないって、相手は既婚者ですか?」
「そうよ。ダメなのは知ってる」
「可憐が誰かと付き合っているのは承知の上ですが、既婚者とはらしくない」
「分かってる。でも言い訳させてよ。彼とは肉体関係はなかったんだから、一度も。それに・・・」
「深い関係であろうがなかろうが、二人で会っている時点でダメですね」
「分かってる、もう二度としない。だからこそ、試したかったのよ」
「未練があってのことじゃない?」
「ないわ。ちっとも、不思議なくらい」

それはある日突然唐突に訪れたという。
それまでは別れたことが受け入れらず、いつもどこかでつながっていたいと願っていた。
二人で決めたこととは言え、別れを切り出したのは男の方だったからかもしれない。

「吹っ切れたとかそんなんじゃなくて、そうなんだなって思えたの。それまでは街を歩く時も、遠いどこかにいる時も、
いつも彼を探していたの。いるわけがない場所でもね」
「時間をかけて消化できたのかな」
「今でも時々彼のことを思い出すのよ。ラインアプリを開いたり、一緒に行った場所の近くに行ったりすると、もちろん。
でもその時の自分を客観的に見れるし・・・もう、欲しいと思えないの」

スラックスのポケットのスマートフォンが揺れる。
見ると野梨子からだった。
僕達を見失い、心配しているのだろう。
僕は可憐を見つめながら、野梨子に電話をする。

「いる場所は分かってますから。そのままそこで待っていて下さいよ」

多分桜まつりの屋台の列に並んでいる。

「逢えなくて良かったんじゃない?」

そろそろ行こうという風に立ち上がる。

「そうね、そうかもしれないわね。残念だけど」

あなたがいなくても、わたしはこんなに楽しくやっているわ。

彼女はそう言ってやりたかったのだろう。
けれど相手はどうなのか分からない。
もっと楽しくやっているかもしれないし、あるいはまだ好きで、きっかけを待っているかもしれない。
よした方がいい、二人のためにも。
そう、男も女も、心は・・・移ろいやすいのだから。


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春の想い

一年を通して数回、この泉がある別荘に来る。
長期休み前や夏の日の週末、この別荘の持ち主である親友の両親に頼んで泊めてもらうのを、仲間達は楽しみにしているのだ。
近くには温泉郷があり、また、小さなテーマパークもある。
数日を過ごすには不便はない。
先ほども温泉地にある商店街で、夕食の買い物をしてきた。
メニューを決め、買い物リストを作り、下ごしらえをする。
料理は女友達の一人より得意ではないけれど嫌いでもない。
それにもう一人の親友ときたら、とてもとても。
私はキッチンでメインの仕上げまでし、友達にはサラダを作るよう頼んでここに来た。
勝手口を出た裏口は泉に面している。
3月は日が長く、5時を過ぎてもまだ明るい。けれどその明るさは、夏のそれとは違って淡く物悲しい。
私は大袈裟に深呼吸し、胸を膨らませた。

「食事の準備はできました?」

大きく息をはいた所で声を掛けられる。
少しだけ元気がない私を心配してくれたのだろう。

「もうすぐお食事ですわ」
「別荘の定番メニュー」
「たくさん食べられて、みんな大好き」
「嫌いな人っていますかね」
「辛いのが苦手、とかかしら」

彼は私を見て微笑む。意外にも元気だから。

「可憐がケーキを焼きますって。デザートに。器用ですこと」
「野梨子も何でもこなすでしょう。羨ましがる女性が多いしね」

その言葉に、胸のつかえの理由を思い出した。

「自分で何でもできる女性って、男性から見たらどうかしら?」
「何ですか?」
「どうせなら、何もできない方が魅力的ではありません?」
「何もできないのに魅力的なんて、おかしいですね」
「何でもできてしまうと、男性は自分なんていなくてもって思ったりしませんこと?」
「どうでしょう?何でもと言われても、男性と女性とでは根本的に違うものだから。
料理もできて勉強も、例えば仕事もできて・・・ですか?」
「ええ。近寄り難いとか」

彼は顎に手を当てて考えている。
あなたの理想はどうですの?と心の中で訊いてみる。

「人柄でしょうね。適当に何でもこなせても、朗らかでいる人は男女問わず好感が持たれるのでは。
逆に苦手意識が強過ぎて心を閉ざされると、助けたくても助けられなくなります」
「ちょっと話が逸れそうですわね」

私の偏見を、彼はいつも整えようとする。

「例えば悠理ですわ。料理もお掃除もできなくて手がかかるけど、傍にいてあげたいって皆が思いますでしょ?
不思議ですけど、特権でもありますわ」
「野梨子はどちらもできますけど、僕にとっては一人にはできない人ですね」
「あら、どうして?」
「あなたは危うい。あなたの判断はいつも正しいが、時々間違った正義感を持つから」
「間違った正義感・・・?」
「だから、傍にいて道を示してあげないといけない」

いつかの、過去のお話。

「悠理もそう。正義感が強過ぎて、あいつの場合はそれが力となって出てしまう。
暴力的って言った方がいいのかな?考えていることは女性的な正義なんだと思いますけどね」

そう言って、どこか遠いまなざしで彼女を想っている。

「だからこちらも力で抑え込まないと、あいつの場合はね」
「どちらのタイプを手に入れたいって思います?悠理?私?」

私は、ちょっと意地悪な質問を投げかける。

「手に入れる?どちらのタイプ?さあ、考えてもみない!」

そうでしょうね。あなたは、自分の事に気付いていない。

「それで、野梨子は悠理が魅力的で羨ましい、ですか?悠理からしてみれば、野梨子が羨ましいと思うでしょうけど」
「悠理のようになるのは難しいですけど、魅力的ではありますわ。きっと、彼女の純粋さと、清四郎の言う真の正義感ですわ」
「つまりは、純粋さと真の正義感を手に入れたいと」
「ええ。少しの間でも」
「今日の野梨子はらしくない」

不思議な時間が、私達の間に流れる。

「本当は私、誰かを傷付けてまで欲しいものがありますの」
「ええ」
「けれど得ようとする度に、それが失われるのではないかとばかり考えて不安になりますの。
とても不安で、不安になり過ぎて、求めていた頃に戻りたいとさえ思いますの。求めて、夢見ていた頃の方が幸せに思いますの」
「せっかく手に入って、嬉しくありませんか?」
「嬉しいですわ。自分のものになったなら…でも」

春の風が、今度は私達の間を優しく流れる。
春の匂い。春の暖かさ。

「今度の欲しいものは、それを手に入れたとしても・・・幸せにはならないように思えますの・・・きっと。
誰かを傷付け得たものは、同じように私を傷付け、いつか去っていくでしょう」
「切なく想う、今が一番幸せですか?」
「分からない・・・ただ、苦しいでだけですわ」

キッチンから、私を呼ぶ声が聴こえる。

「もしそれを手に入れたら、けっして自分から離れないように掴んでいればいい。
誰かを傷付けてまで得たものだ。責任を持って大切にすればいい」
「ええ。それが私から離れたいと思わなければ、そうしますわ」
「そんな弱気なら、まだ得てはいけない」

私は彼を振り向き、瞳の奥を知るまで見つめる。
心の中で、それでも私は欲しいのだと言った。



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冬の虹

久しぶりに悠理と遊んだ日曜日。
今日は一日中、二人で俺のバイクに乗ってあちらこちら走った。
最初は休みとあってご機嫌だった彼女も、夕方が近づくにつれて不機嫌になる。
あるいは、午後になって降った雨のせいかも知れない。
俺達は雨宿りに入ったコンビニエンストアでちょっとだけ喧嘩をした。

「風邪をひいたみたいだ。鼻がつまって、頭がぼぉっとする」
「嘘つけ!さっきまではしゃいでたくせに。それに普段よりかなり昼飯食ってたぞ」
「今、雨にあたってひいたんだよ。寒気もしてきたもん」
「明日学校だからだろ?日曜日の午後にありがちなユウウツな気分なだけだ」
「違うもん。熱っぽいもん」
「休むなよ。それでなくても出席日数足りなくなるぞ。また三年生をやりたいか?
みんなで卒業するんだ」
「留年なんてもうしないよ。ナンとかするんだからさ」
「自分の力で何とかしろよ。親の力じゃなくてさー」
「うるさいな」

カフェスペースのカウンターで窓の外を見る。
いつの間にか雨は小降りになり、雨雲はどこかへと消えていた。
薄い雲間から陽射しさえ見える。
二月になり、少しずつ日も長くなって、この時間でもまだ明るい。

「夕飯はどこに行く?」

仲直りのつもりで誘ってみる。
時間には早いけど、場所によってはまたバイクを走らせられる。

「食べたくない」
「何で?風邪くらいで食欲は落ちないだろ」
「いらない。食べたくない」
「いつまでそんな事言ってるんだよ」
「いらないったら、いらない」

彼女のわがままに、イライラする。

「分かった。勝手にしろ。俺は誰か誘って行くから、お前はここから一人で帰れ」

窓の外を見たままの悠理は、一瞬、顔から表情が滑り落ちる。
けれどすぐに唇を噛み、顔を逸らして店から出て行った。
近くにあるバス停に歩み寄り、立ち止まって時間を確認しているようだ。
それからキョロキョロと周りを見渡し、すっかり晴れ上がった空を見上げる。
じっと、ずっと、彼女は空を見上げている。
やがて俺を振り返り、口を動かした。
何かを俺に伝えようとしているのか。
けれど俺の意地っ張りな根性が、彼女を見返してしまう。
程なくやって来たバスに、彼女は乗ってしまった。
俺はコンビニエンスストアを出て、停めていたバイクに歩み寄る。
少しだけ夏を思わせる陽射しと晴れ上がった青空。
バスが去った方へ振り返る。

そこには巨大な、虹。
くっきりと半円を描き、はっきりした色合いをしている。

さっき悠理は、この巨大な虹の存在を俺に伝えたかったのだ。

そう言えば以前誰かが、数時間も消えずにいた虹を見たと言っていた。
俺はスマートフォンを片手にアプリケーションを開く。
この虹の向こうにいるはずの悠理へ届くよう、急いで指を動かした。




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元旦にて

初詣の帰り、僕はメンバーと別れて野梨子と共に帰り、彼女の家に寄った。
彼女は少しだけ風邪をひいていて、メンバーと食事の約束をしていたが体調を考えて帰宅すると言ったからだ。

「あら、良いんですのよ。清四郎は皆と一緒に食事に行かれて」
「気にしないで下さい。僕も同好会の資料を4日までに仕上げないといけなかったので」
「そうですの。それなら仕方ないですわね。悠理達、楽しみにしていたでしょうに」
「野梨子の体調と僕の資料が終わればまた行けますよ。気にしない、気にしない」
「分かりましたわ」

彼女の家の居間に通されると、彼女はすぐにお茶を淹れに台所へ向かう。
居間は暖房が効いていて、外の寒さを忘れるほどだった。

「お茶、と思いましたけど、ココアにしましたわ。体の中から温まりましてよ」

ありがとう、と言って僕はカップを受け取る。
白いコーヒーカップには、クリームがたっぷりのココアが入っていた。

「野梨子、さっきおみくじを引いていたでしょ?何が出ました?」
「まだ見ていませんの」

カップを口元に持っていた彼女の頬が急に赤くなったのが分かる。
びっくりしたように僕を見て、それから目を閉じて受け皿にカップを戻した。

「誰も気づいていないと思っていましたわ」
「皆と離れた所で買っていましたから。“恋のおみくじ”」
「見ていたんですの?声をかけて下さった方が良かった」

彼女は拗ねたように目を逸らす。

「隠れるようにして買いに行っていたから。声をかけにくかった」
「誰にも言っていませんでしょう?“恋のおみくじ”のこと」
「ええ、もちろん。これから先も言いませんよ。で、いつ見るんですか?」
「今見てきますわ」

席を立ち、彼女は部屋を出る。
僕も追うようにして部屋を出た。
思った通り、彼女は縁側奥の茶室にいた。

「大吉?」
「・・・・・」

冬の茶室はひんやりしていて、まるで外にいるようだ。
炉に炭を起こしたら良いのに。

「恋のおみくじは誰と?」
「誰でも良いじゃないですか。清四郎には関係ありません」

彼女はかなり気に障ったようだ。
結果が悪いのが余計にそうさせるのか、僕にずっと背を向けている。
けれどそんな彼女を、僕は更に問い詰めてみたくなる。

「僕は知っているんですよ。野梨子の恋の相手を」

野梨子は僕を振り返り、冷たい目で睨んだ。

「随分意地がお悪いんですのね。子供の頃はとっても優しかったのに」
「むしろ野梨子、どうしてそんな言い方をするんです?僕のどこか意地悪だと?僕は野梨子の好きな人を知っていて、さっきのおみくじにその相手を重ねているんでしょうと思っているんですよ。おみくじの結果が良ければ僕も一緒に喜ぶだけでしょう」
「相手を知っているならなおさら、私の想いが届かないのも知っているくせに」
「そんな事、誰が決めるの?相手の本当の気持ちなんて誰も分からない」

思いつめたように大きな深呼吸をして、それから茶室の奥にある小さな床の間を見つめる。
可愛らしい雛人形の掛軸が飾ってあり、多分、野梨子がそうしたのだろう。

「あの人は私の事なんてどうも思ってないですわ。あの人の好きな人は、いつも一緒にいる悠理。彼女しか見ていませんもの」
「今はそうでも、これから先はどうなるか分からない。今は一緒にいて、好きな事をして楽しんでいるからそう思うだけで、いつか将来を考えた時、全く別な誰かを想うかも知れない。遊んでいて楽しいのと、生計を立てるために必要なのとは違う。まして悠理は奇抜過ぎる」
「悠理は特別ですわ。他とは比べ物にならない」
「そうですが」

それから野梨子は、静かに泣き始めた。
顔を覆い、肩を小さく震わせている。

「悠理の幸せを願わない訳ではないんです。でも私はそこまで大人ではありませんし、寛大にはなれない」
「僕の前では正直でいてよろしいんです。安心なさい」

震える肩に触れる訳にはいかない。
あるいは単純に、この部屋が寒過ぎるだけなのかも知れないのだから。

「おみくじの結果を信じる、信じないは自由ですよ。くじや占いは運命を好転させるための手段でもあるのだし」
「そんな事、最初から分かってますわ」

今度の彼女は泣いてはいなかった。
だからと言って諦めたふうでもない。
ただ前を見つめ現実を見据えている、そんな感じがした。




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