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夢で、逢えて

二人きりで会うなんてあまりないことだから、あたしはいつも眠る時、夢で逢えるように願う。
自分の理想のシチュエーションを想像して、こうなったらいいな、そんなこと言われたらステキだななんて考える。
想像はその内ドキドキになって、身体中があったかくなって、それで・・・まるで近くにいるような、幸せな気持ちになって眠ってしまう。
けど、ちっとも夢では逢えなくて、あたしは朝を迎えてしまう。
最近、とても逢いたい気持ちが強くなってしまっている。
なぜなら、普段の生活で会えていないから。
クラスが別なのもそうだけど、放課後の生徒会室にも顔を出さなくて、週末も休日も他の集まりで忙しいんだって。
二回くらい電話で話したけど、ちょっと素っ気ない感じ。
一度はあたしから。
お願い事があったからなんだけど、約束をなんとか取り次いで。
今から行きますって、次の電話は向こうから。
でも、来てくれたのは魅録だった。

「清四郎、ESP研究会で忙しいから、俺が代わりに預かってきた。英語の参考書が必要なんだって?一番分かりやすいのを探しといたからって」
「ありがとさん。助かった。清四郎、最近そんなに忙しいの?電話では持って行きますって言ってたけど」
「強制的に会議が入ったって。だからすみませんって」
「そっか。仕方ないね」

あたしは魅録が持って来てくれた清四郎の英語の参考書を手に呆然とする。
清四郎が持って来てくれたそれなら、来週のテストの赤点はクリアできるって思ってたのに。

「俺だって英語くらいなら教えられるぜ」
「うん。知ってるよ。お願いしよっかな」
「任せとけって。英語に数学、化学に物理に、なんでもござれ」

そうして、みっちり魅録と勉強した。
あたしの部屋は魅録の趣味にも合ってるからね。
あたしと魅録は、とっても気が合うんだ。

「赤点は、なんとかクリアできそうだな」

魅録は優しい。
魅録はいつもそばにいてくれて、励ましてくれる。
遊んでくれるし、それに、いつでも味方でいてくれる。
本当に優しくて、大好きなんだ・・・大親友さ。

魅録が帰った後、あたしは清四郎の参考書をずっと見ていた。
あたしのために選んでくれた英語の参考書。
勉強しているワケじゃない。
ただ見て、見つめて、手にしているだけ。
胸にぽっかりと穴があいたような気持ちのまま、ベッドに入って眠った。


その夜、あたしは清四郎と夢で逢えた。
清四郎は普段通りの制服で、生徒会室にいた。
テーブルを前にあたし達は座っていて、何かを話している。
たわいない話、多分。
けれど話しているうちに、どんどん楽しくなって、話題が尽きなくなって、
清四郎ってこんなに明るく話すんだって知った。
楽しそうで、時々笑い声を立てて、子供のように無邪気な表情をして。
初めて見た。
初めて知った顔だ。
こんな顔をすることもあるんだって嬉しくなる。

きっと・・・あたしだけが知る笑顔なんだ・・・


目覚めた時、いつものあたしのベッドの中だった。
明るい陽射しが窓辺に届いていて、部屋は真っ白で明るい。

夢で、逢えたんだ、あたし達。
楽しかった。
子供みたいな表情もするんだって、また嬉しくなって。
夢だけど嬉しくなって、良かったって思える。

今日の清四郎も、まだ忙しいんだと思う。
でもきっと、もうちょっともすれば、また前みたいにみんなでワイワイできるさ。
夢で逢えて、あたしは元気になれた。
みんなが知らない清四郎の顔を知ったから、それを胸に元気でいられる。

ねぇ清四郎。
また夢で、逢おうね。



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秋の空と同じくらい遠い思い出

たまたま偶然、コンビニエンスストアの駐車場から車を左折で出そうとしたとき、
右側から見覚えのある車が走ってきた。
似てる車は山ほどあるけれど、でもあたし、多分そうだって直感で思った。
目の前を通る運転席に座るのはやっぱりそうで、あたしはすぐに左折してその後を追うように走る。
それからすぐに、以前にも同じようなシチュエーションがあったことを思い出した。
あの時、あたしはあいつの車のルームミラーに向かって手を振ったり笑ってみせたりした。
けれど・・・当たり前だけど気づかなくって、それ以上近づけなくって。
後でそのことを伝えたら、

「悠理って気づかなかった。僕は法定速度を守るから、いつも煽られ気味になるんですよね。
だからまたって思ったのかも」

だって。
それから、互いに取ったばかりの免許の話をした。
高等部を卒業したばかりの3月だった。
今は大学も別で、これから先の未来も全く別で、もうあの頃みたいにはなれないんだ。
きちんと車間を守って、ルームミラーに時々映るあいつの頭を見る。
あいつったら片腕を無造作に動かしたり、後部座席を気にしたり、窓の外を見たり、結構落ち着きない。
あたしは、いつあいつがあたしに気づいてもいいように、ずっと笑顔でいる。
だって自然にそうなるんだもん。
笑顔で運転しながら、一緒にいた時間を思い出す。
いろんな場所に行って、たくさん話をして、いっぱい笑った。
あいつの笑い顔も、話し声も、触れた身体の温かみも、全部よみがえる。
覚えてるよ、楽しかったね。とっても。

どちらかと言うと苦手なタイプのあいつが気になりだしたのは、思ってもみない向こうからのアクション。
好きって言われたんじゃない。
ただ、“悠理は綺麗だね”って、面と向かって言われた時から。
たまたまサボってしまった一時間目。
生徒会室にいたあたし達は空の話をしていた。
空、秋色の空、澄んだ空気と遠くに浮かぶ雲の話。
窓辺に寄り添って、二人で空を見上げて。

「夏の空はどっかーんってパワーがあって大好き。
でもこうして静かにこの空を見てると、秋の空もいいなって思う。
空気が澄んでいて空が高くって。雲も優しく広がって・・・綺麗だなって」

だんだん照れくさくなって、あたしはあいつに横顔を向けて空ばかりを見る。
会話が途切れ、静かな時間が流れる。
聴こえてくるのは風が吹く音。

「きっと、悠理の心が綺麗だから、見える全てが綺麗なんだと思うよ」
「・・・・・」

「悠理は綺麗だ。僕が今まで見た中で、一番綺麗だ」

あたしはすっかり固まって、ただじっと空を見上げていた。
“好き”って言われたんじゃない、“付き合おう”と言われたわけじゃない。
勝手にあいつが思ったこと。

「ありがとね」

あたしはそのまま、そう言った。

その後のことは覚えていない。
緊張しすぎちゃったからだと思う。

先に見える信号が赤に変わる。
直進するあいつと別に、あたしは右折のために車線変更する。
ゆっくり近づき、あいつの車の横を通り過ぎる。
きっと気づいていないあいつに、あたしはまた横顔を向けている。

またね。
いつかまでの間、さよなら。

ちょっぴりドキドキして、笑顔のままで。
信号が、今度は青に変わる。
横顔に直進するあいつの車を感じながら、あたしは交差点の真ん中に向かった。




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ヒグラシが鳴く頃に

玄関先に立つと背中側からふうっと冷気が漂い、広い日本庭園の奥の林で蜩が勢いよく鳴き始める。
毎年この時季には耳にするはずなのに、どこか懐かしくて心が締め付けられそうになるのはなぜだろう・・・
なんて考えていると引き戸が重い音を立てて開いた。

「あら、やっぱり」
「久しぶり」
「チャイムで分かりましたわ。声をかけなくても、清四郎なのかしらって。やっぱり」
「チャイムの鳴らし方に癖でもありますか?」
「癖ではなくって、勘かしら」
「第六感」
「そうでもなくってよ。まあそんなこと、中にお入りになって」

お香の匂いがする。
慣れた匂い。野梨子の家の匂い。

「お茶を入れて参りますわ。部屋に入って待っていて下さいな」
「すぐにお暇しますから」
「そう言わずに。久しぶりなんですからゆっくりしていって」

僕は言われるままに部屋に入る。
彼女の部屋でもなく、居間でもなく、客間や座敷でもない。
僕達の部屋。幼い頃から行き慣れた部屋。
たった4畳半の書斎。
本当は彼女の父親の書斎で、初めから備え付けられた壁一面の本棚にはたくさんの書籍が並んでいる。
僕と野梨子はここで思う存分本を読み耽った。
休みの日は朝から夕方まで、それは中等部まで続いた。
中等部まで。
それ以降は、ここでこうして二人の時間を過ごすことはない。
ガラス戸に障子が半分だけ開けられていたが、部屋はひっそりとして空気が冷たい。
僕は障子を完全に開け、窓ガラスに手をかけた時に野梨子が部屋に入ってきた。

「ガラス戸は開けない方が良くてよ。逆に外の暑さが入りますわ」
「そう。でも空気を入れ替えた方が」
「毎朝ちゃんと入れ替えてますわ」

そう、と僕は言い、壁に向かった机の椅子に座る。
彼女は盆に載せた切り子グラスを机に置く。 
中には氷で冷えた緑茶が入っていた。

「暑かったでしょう。今年は、余計に」
「ええ、地方でも。まあ、普段は建物の中ですから」
「慣れて?」
「研修医ですから。いろいろですよ」

彼女も部屋の隅に押しやられていた丸椅子を、僕の横に置いて座る。

「彼とはうまくやってるの?」
「どうかしら。うまくやってると言えばそうですけど、やはりなかなか会えませんから」

野梨子と魅録のことだ。
また近くで蜩が勢いよく鳴き始める。
冷たい緑茶も良いけれど、キリッと冷えたビールが飲みたかった。

「どうして彼を選んだの?」
「どうして?さあ、どうしてかしら。どうしようもないほど好きになってしまったから、かしら」
「ではどうして魅録は野梨子を選んだのだろう。悠理ではなくて」
「・・・・・」

無言の時間が過ぎて行く。
切り子グラスの中の氷が、カランと音を立てた。

「同情、憐れみ、慰め」

彼女は呟く。

「それらのどれでもなくて、必然的に。魅録と私は惹かれ合いましたの」
「そう。なら良かった」
「何を今更。魅録から悠理を奪ったのは、清四郎が先ではなかったかしら?」

喉がカラカラになる。
狂おしいほどに誰かが必要だった。

「そこに愛があったのか」
「え?」

いえ、と僕は言う。

「ねぇ、せっかくですからお夕飯を召し上がっていかれたら?お昼の残りですけど、お茶ごはんとお煮しめがありますの。後はお魚でも焼きましょう」
「いや、今日のところは帰ります」
「悠理とお約束?」
「いいえ。そんなんじゃあ、ありませんよ」

ただ、冷えたビールが飲みたいだけだ。

「じゃあ、おば様にお土産を。ちょっとお待ちになって。お茶菓子をたくさんいただきましたの」

そう言って、彼女は書斎を出る。
僕はまた窓辺に立ち、今度はガラス戸開けた。
外の熱風が室内に入り、ガラス戸の向こうの簾が大きく揺れた。

不思議だ。
僕は幼い頃から、彼女と一緒になるものと信じていた。
許嫁でも何でもないけれど、そうなって当然と思っていた。
けれど僕が手にしたいと願ったのは、全く正反対の悠理だった。
何にかえることもできない、彼女だった。
野梨子を想う気持ちに嘘はないけれど、愛情と言えばそうだけど、悠理は全く違う愛の形だった。
僕でなければ、悠理は悠理らしく生きていけないと強く感じた。
野梨子は、僕でなくても生きていけると・・・

あの日も、蜩が鳴く暑い夏の日だった。
西日の当たる狭い部屋で、僕は悠理を初めて抱いた。
首の後ろに流れる汗を感じ、心臓の音が激しく聞こえた。
彼女を抱いているとき、野梨子の家の書斎を思い出した。
悠理との行為は、書斎で過ごした夏の日にどこか似ていた。


清四郎と過ごした幼い日を忘れることはありません。
けれどこれから先のことを考えるならば、それは個々別々の未来と感じてますの。
それは私よりも、清四郎の方が強く感じているのではないですかしら。
私達は、誰かに決められた一対でも何にでもないのですから。


僕と悠理の行為が、野梨子との関係を崩したのではない。
そうではなくて、時間が野梨子との違和感を作ったのだ。
僕だけではなく、彼女も同じだった。
それでも僕達はしばらく一緒の時を過ごし、一対であることへの義務を感じていた。

だから僕はあの蜩が鳴く夏の日、悠理を前に覚醒したのだ。


玄関を出ると蜩がまた一斉に鳴きだした。
土産の菓子を手に、野梨子を振り返る。

「今からどうされますの?悠理と過ごすのでなく、お家にいらっしゃるの?」
「さっきからずっとビールが飲みたいと思っていたので、どこかに行きます」
「あら、良いですわね。キリっと冷えた生ビール、美味しそうですわ。お独りで?」
「ええ」
「今日はそうした方が良いですわね。行ってらっしゃい」
「行ってきます」


僕達はもう離れ離れになってしまったけれど、互いの思うところは分かっている。
それは僕と彼女の、全く違った愛の形なのかも知れない。





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君が笑えば。

相手は、自分の心を映す鏡だ、みたいなことを野梨子に言われたけど、そんなことってあるのかな?
魅録に可憐、美童に野梨子だって、みんなニコニコ楽しくしてるのに、清四郎だけはムスッとしてる。
どんなに楽しい時だって、あたしを見るとイライラになる。
そうなるとあたしだってイヤな気持ちになるもん…。
きっと清四郎の鏡も、いつだってあたしがつまんなく映ってる。

「あら、それなら悠理の心の鏡を清四郎に見せて差し上げれば?
悠理が楽しいと感じた時、清四郎に笑顔と心の笑顔を見せたら、きっと清四郎も笑顔になりましてよ」 
「そうだけど、楽しくしていても、あたしといると楽しくなくなるんだよ、きっと」

そう言うと、野梨子は見たことがないほどのキレイな微笑みをあたしに見せる。 

「ねぇ悠理、私は、相手は自分の心を映すと言いましたのよ。悠理が変われば、清四郎も変わりましてよ」

どういうことだ?
清四郎の顔はあたしの心の顔ってことなのか?
じゃああたしは、清四郎の前だとムスッとしてイライラしてるってこと?

「清四郎に対して構えているんじゃなくて?私たちにするように、悠理のいっぱいの笑顔を見せてあげればよろしくてよ」

構えてなんていないよ、と思う。
ただ、清四郎がいつもムスッとしてるからいけないんだ。

「どーせ、笑わないよ」
「そうですかしら?私は、悠理が困った顔をしてるから、清四郎にうつってしまうんだと思いますわ」

驚いた。あたしが原因なの!?

「でも、どうしてそんなに清四郎が気になりますの?」

今度はいたずらっぽく笑って見せる。

「い、いや、だってぇ。あたしだって清四郎とみんなみたいに付き合いたいじゃん。
多分清四郎は、あたしがみんなより落ちこぼれているからイライラするんだよ」
「あら、そんな・・・ありえませんわ。でも悠理の、“みんなみたいに付き合いたい”と言う気持ちは大切。
その気持ちが笑顔ごと伝われば良いですわね」

野梨子は楽しそうに考えごとを始める。
そうですわねぇ、なんて、意味ありげな感じで。

「悠理が思っているようなことはなくてよ、清四郎は。
多分・・・いえ、きっと、悠理の笑顔は清四郎も変えますわ。幼馴染の私が保証してよ」

野梨子はそう言ってもう一度あたしに微笑む。
今度の笑顔は自信ありげで、さっきよりずっとキレイだった。
だからあたしも、ちょっとだけ自信が出る。
清四郎への微笑みに、自信が出る。

清四郎と、もっともっと仲良くなりたい気持ちを笑顔に込めたくなる。

嫌われてるワケじゃないのならって思って、勇気を出してスマホをタップした。

「もしもし清四郎?来週の中間テスト、分からないとこがいっぱいあるから教えてよ」
「珍しい。自分から勉強しようなんて、雪でも降るんじゃないかしら?」

あたしの声が明るいと、清四郎の声まで明るく聞こえるから不思議だ。

「今から清四郎の家に行ってもいい?」
「いいですよ、もちろん。ちょうどESP研究会の資料を作り終わったところですから」

こんなことってあるのかな?
清四郎が喜んで勉強を教えてくれるって。

気を付けていらっしゃいって、清四郎があたしに言う。
勝手なわだかまりが、あたしと清四郎の関係をおかしくしてたのかな?
デニムのトートバッグに教科書とノートを詰め込む。
なんだか、ワクワクした気持ちになる。

ホントは大っ嫌いな勉強だけど、清四郎が笑うと、好きになれそうな気がした。




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夏に似た空

フロントガラスを弾くいくつもの滴が車のサイドへと流れていく。
さっきまで降り続いていた雨は、気が付けばすでに上がっていた。
こんなに遠くへ来るつもりはなかったが、今の彼女にはじっとしているだけの辛抱強さはない。

びっくりするくらい、似ていた。

そう、顔や笑った時の唇、話し方のニュアンスとその声色・・・
何より、左の手首に着けているパワーストーンのブレスまでがそっくりだった。

さっき、ショッピングモールの駐車場であった出来事。
笑っちゃうほどおかしくて、でも、あったかい出来事だった。
買い物を終えて駐車場に戻って来た時、車体に付く見慣れない傷が目に入った。
助手席サイド、後部、バンパー。
頭が真っ白になりそうだったが、じっくりと車体全体を見回す。
小雨が降る中、何度滴を弾いても間違いない。
黒のワーゲンは、全体に白い擦過傷があった。
誤って付けられた傷と言うよりも、故意に擦られたような傷。
それも車体全体にだ。
焦りと、奮えるような怒り覚えながら、スマートフォンで警察を呼んだ。
警察の到着を待つ間、指で何度も傷に触れる。
どれも深い傷ではない。しかし、触れるだけでは消えそうにはない。
浅く、何度も意識的に呼吸を繰り返している内に、今度は言い訳を探していた。

乱暴な運転をするから、恨みを買うんです。

アイツならそう言って、被害者のあたしを怒るかも知れない、と彼女はそう思う。

お前は自分で運転なんかしないで、タクシーを使いなさい。

あるいは、そう言うかも知れない。
思いを巡らしている内に、一台の車が近寄って来る。
二人の男がこちらを見ている。

「剣菱さん?」

彼女の車の隣のスペースに駐車すると、運転席側のドアを開けながら男が訊く。

「はい」
「さっき車の件で」
「ええ」
「見つけてから車を動かしてないです?」
「ああ、もちろん」

彼女は驚いていた。
警察車両から降りる二人の男のうち、運転をしていた男、彼女を対応する彼に対して。

「ちょっと見せて下さいね」

彼らは小雨の中、傘もささずに車を見ている。
気付けば自分も、小糠のような雨が薄手のトレーナの上に、融けた綿あめのように覆っていた。

「傷はいつ見つけました?」
「今。買い物から戻って気付いて」
「朝、車に乗る前にはなかった?」
「ないね。昨日の夕方、洗車してワックスかけて、そん時はなかった」

まるで休日のような服装の男は、アポロキャップにナイロンジャンパーのフードを被せている。
アポロキャップには「POLICE」とロゴが入っていた。
彼女の中にはもう、焦りも怒りもなかった。
それよりもむしろ、もっと・・・その男の顔がみたいと思っていた。
彼らの内の一人、もう一人の男が彼に言う。

「ワックス?」
「うん、そうだな」

二人は屈んだり、しゃがみ込んだりして車体全体の傷に触れている。
傷の理由が二人の間で解明されると、もう一人の男は車に戻って助手席座り、書類を書き始めたようだ。

「よく自分でワックスをかけます?」
「え?ううん」

彼はしゃがんだまま振り向きざまに彼女を見る。
人を安心させるような笑みを浮かべ、嫌みなく言う。

「これね、多分ワックスだと思うんです。昨日、かけたんだよね?」
「うん」
「車体を拭く布か、ぞうきんある?」
「ある」

急いでドアを開け、グローブボックスからクロスを取り出した。
男はもう一度にっこり微笑み、彼女を誘うようにしゃがませ、白い傷に触れながらクロスで拭う。

「ほら、ね?」
「あ・・・」

男の手の中で、傷は魔法のように消えていく。

「ワックス、普段自分ではかけないんでしょ?慣れないとね、こういう事ってあるんです」

もう何年も前から知っていて、とても親しい中で、友達以上・・・恋人未満・・・
男の笑顔は、相手を安心させる為の、訓練された笑顔なのかも知れない。
けれど彼女には酷過ぎた。
この笑顔は、車よりも深い傷を心に付ける。

「自分で洗車すると砂や鉄粉が表面に残ってたりして、ワックスの時本当に傷が付くから」
「いつもはね、洗車好きの友達にやってもらってたんだけど。最近は洗車もしてなくて」

結局男は、車全体を綺麗に拭った。

「ごめんなさい。誰かにいたずらされた傷だと勘違いして」
「事件じゃなければいいんです。良かったんです」
「ごめんなさい」

二人は立ち上がり、向かい合う。
笑顔だけじゃなく背の高さも、体躯も似ている。
時々、思い出すようにパワーストーンに触れる仕草まで。
ブレスまでもが彼女がプレゼントした物に似ていた。

「いい車だから、スタンドとかでやってもらった方がいい」

男はクロスを手渡しながら言う。

「そうする」

だって、洗車してくれる友達は、あたしの為にはもうできないんだ。
小言を言う友達なら、ずっと傍にいるって言ってるけどね。

もう一度、きちんと向き合う。
今度の笑顔は、使命感にあふれている。

「わたしは機動捜査隊の磐乃井と言います。今日は当直で署にいますから、何かありましたらいつでも連絡をください」

男はそう言うと軽く会釈をして、来た時と同じように運転席に座る。
彼女はワーゲンに寄り添うように立つ。
互いに目で挨拶しながら、警察車両が消えるまで見送った。


すっかり晴れた空を仰げば、夏に似た色をしている。
薄い雲に覆われ、淡い水色・・・優しい色。
広域公園の駐車場で車を降りると、空はそんな表情をしていた。
ふと、ジーンズのポケットでスマートフォンがバイブするのを感じる。
画面を見れば、さっき自分が発信した番号だった。
先ほどの出来事を報告書で提出しなければならないと言う。
男の声は、仰ぐその空に似ていた。




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