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if only through ・・・

if only through ・・・ 後編

通りに出ると日は完全に暮れ、辺りは真っ暗だった。
高級住宅地の外灯が品良く灯され、どこかでまだ蜩が鳴いていた。

「日が暮れたのにも気付かずに鳴いてるんでしょうかね」

清四郎は隣を歩く悠理に訊ねる。

「蝉とか蜩って寿命が短いんでしょ?だから惜しむことなく鳴いてるんじゃない?」
「おや、悠理にしてはセンチメンタルな回答で。でも、そうかも知れないですよね」

それきり清四郎は何も言わなくなった。
住宅街を抜け、商店街に入ると人通りが多くなる。
ぼんやり歩いていた悠理が思わず人にぶつかると、清四郎が庇うように肩を抱いた。

「大丈夫?」
「うん、ごめん。ぼけっとしてた」
「気を付けないと。性が悪い人もいるから」
「ありがと」

そう言って彼を見上げると、商店街の明るい照明の中で彼も悠理を見ていた。
大きな漆黒の瞳が彼女を見つめている。
けれどそれは見つめているだけで、全くと言って良いほど動きがなかった。
辛抱強く瞳を探ってみても、やはりそれはそこに存在するだけだった。
面白いと感じるほど、そうだった。



あれは去年の夏のことだ。
長い夏休みを終え、普段の日常が戻った時。
悠理と清四郎の間にちょっとした出来事があった。
珍しく清四郎一人が悠理の家にやって来た。
彼女に用事があった訳ではなく、彼女の兄に用事があった。
将来医者になるべく彼が、心揺らぐ思いで悠理の兄を慕っているのだ。
清四郎は用事を終えて悠理の部屋を訪ねた。
木曜日の夕方近くで、彼女はエアコンで部屋の空調を整えていた。
まだ外は明るく、秋が遠退くように残暑が厳しかった。
けれど大きな庭のどこかで蜩が間もなく来る日暮れを知らせるように鳴いていた。

「エアコンを止めて窓を開けてみたら?まだ暑いけれど湿度がなくて風が涼しく感じますよ」

悠理は咎めながらも清四郎の言う通りにエアコンを止めて窓を開けた。
思いの外空気は冷たく、ダイレクトにその虫の音が聞こえた。

「ふうん。なんかいい感じ。懐かしいような不思議な気持ちがする」
「蜩。僕はこの虫の音が大好きなんです。夏だなぁって感じがします」
「あたしも好きかも」

そうして二人はしばらく窓辺に並んで佇んでいた。
夕方の穏やかな陽射しがゆっくり揺らめくのを眺めていた。
どこか懐かしいその光の行方を追っていると、二人は自然に目線が重なり、やがてどちらからともなく唇も重ねた。
ずいぶん長い間、二人は唇を重ねたままだった。
けれど重なっているのは唇だけで、それ以外、どこも触れ合ってはいなかった。
そして重ねた時と同じように、どちらからともなくそれは離れていった。

「そろそろ帰ります」

清四郎は今度、目を合わせずにそう言う。

「うん」

悠理も視覚の記憶がさっぱり残らずに、返事をしたことだけは覚えていた。
その後の彼女はかなり混乱していた。
おかげで二学期前半は、生徒会室にもほとんど行かずにいた。
メンバーとの連絡も余りせず、最低限のやり取りだけで過ごした。
そうしている内に、親友の魅録が悠理の家を訪れた。
電話に出ず、メールも返信しない彼女への重大な知らせだった。

「清四郎と野梨子が正式に付き合いを始めたんだって」

悠理の心は、突然何かに突かれたような衝撃を受けた。
けれどそれを面に出さずに応える。

「へえ。ふうん、やっぱりね」

まるで張りつめた糸が切れるように彼女の想いの悩みは切れ、普段の生活が完全に戻った。



日曜日の通りはまだ人々で賑わっていた。
親子連れだけではなく、数人の若い女の子達や男女のグループ、初々しい男女の姿も見受けられた。

「嬉しそうですね。まだ付き合い始めて間もない感じ」
「二人でいるだけで楽しいんだろ」

歩きながらそれとなく人を観察してしまう。
余り気持ちの良いことではないと悠理は思う。
けれど意外にも、そうしてしまったのは清四郎だった。

「悠理は恋をしませんか?」
「恋?誰かと付き合うこと?」
「ええ。恋をしたいと思いませんか?」
「さあ。今は考えられない。万が一、いつか誰かとそうなるかも知れないけど。清四郎は野梨子といてどう?やっぱり楽しい?」

さりげなく清四郎を見上げると、彼も限りなく黒色に近い空を見上げるように目線を上げていた。
しばらく考えるようにして、それからゆっくり答えた。

「僕達は赤ん坊の頃からの幼馴染みだからね。いつでも、どんな時でも一緒にいたし。兄妹のような、家族のような存在でしょ?楽しいと言えばそうだし、一緒にいて当たり前と言えばそうだし。体の一部分と言えば、その通りだし」
「でも、恋心があるからそうなった」
「一般に言えば“恋”は楽しい。未知の世界だし、心は高揚するのでしょうね」
「野梨子とは、そうじゃないの?」

清四郎はまた考えるようにしてからそれに答える。

「野梨子との恋は、僕にとって罪なんです。けれど彼女に対しては責任があります。彼女の、僕への恋心を受け入れてしまった以上、その責任はきちんと取らなくてはいけないんです。だから彼女を大切に、これからも一緒にいなくてはいけません」
「野梨子への責任は、恋とは違うの?」
「ええ。恋とは違うんです。彼女には申し訳ないですがね。きっと彼女も気付いているでしょう。だから僕に対して不安を抱き始めているんです」

悠理も考えた。
彼女の心に、“矛盾”と言う意味合いが浮かんだからだ。

「野梨子には悪いけど、その想いを受け入れなければ良かったんだよ、清四郎は」
「そうですね。だから“罪”だと言うんです」
「分かんないな」
「悠理には分からなくて良いです。今は・・・」
「今は?」

それには彼は答えない。
けれど悠理もそれ以上、訊きはしない。

「けれど恋は素敵ですね。恋は人を成長させます。良い意味でも悪い意味でも。
それは是が非でも経験しないと人は大人になりません。だから避けてはいけませんよ、悠理」

彼女は分からない、と言う風に首を振る。
そんな彼女を見て、清四郎は優しく微笑んだ。
それは今までに見たことがない程の優しい笑みだった。

「僕はね、悠理、本当に愛している人を傷付けた以上、自分は幸せになってはいけないって思っているんです」

今度の言葉に彼女は驚いて立ち止まり、清四郎の腕を掴んだ。

「ナンだよ、それ!さっきからワケの分かんないことばっか言って!自分の都合のいい解釈じゃんか!!」
「だって想うことぐらい自由でしょう」

清四郎は悠理を見つめ、その手を自分の腕から外し、少しの間だけ握っていた。
とても温かく、心地好い強さだった。

「僕は野梨子に偽りの気持ちを与えてしまった以上責任があります。けれど本当に想いを告げたかった人も傷付けてしまったのだから、僕は野梨子やその人以上に幸せになってはいけないんじゃないかと、今は思う訳です」
「わ、分かんないよ・・・」

悠理の瞳に、理由が見つからない涙が浮かぶ。

「僕達の年代ではまだ理解不可能なのでしょうけれど・・・本当の愛は形ではなく、肉体的でもなく、それら全てを失っても尚残る精神的なものだと思っているんです」


脳裏に、去年の夏の日が甦る。
窓辺に揺らぐ夕方の柔らかな陽射し。
蜩の鳴き声。
重なった目線と温かく柔らかな唇の感触・・・


「できることなら戻りたい。でも、すれ違ってしまっていた想いと時間は取り戻せない。そして僕には責任がある」

これは去年の夏のことなのだと、悠理は覚る。

「僕は罪を犯したのだから、今は自分が幸せになることは考えない。けれど僕の想い人には幸せになってもらいたいと願っているのです」

二人はまた歩き始める。

「もしその想い人が、幸せになるには清四郎が必要だと言ったら?」
「・・・僕は罪人だから・・・悠理」
「今は、まだ無理なんだね、きっと」
「いろんなことが」
「うん、分かった」

やがて商店街も抜け、また新たな高級住宅地に入る。
二人はただ無言で歩き続け、彼女の家までたどり着く。
アプローチを抜け、エントランスホールで二人はまた見つめ合った。

「悠理、これだけは覚えていて欲しい」
「うん」
「これから先、悠理はたくさんの経験をするでしょう。その中に、恋だってあると思います。それは避けて通ってはいけない大切な経験だから、必ず向き合うこと」
「そん・・・なの、やだ」
「けれど最後に残る想いがきっと本当の愛だから、けっして見落とさずに大切に持っていること」
「持っているだけ?持っているだけなの?」
「持っているだけで充分だと僕は思います。持っているだけで、人は成長し、愛は育まれ、想いは通じ合います」


悠理、僕はそう信じているんです。


二人は互いの瞳を見つめた。
瞳の、ずっとずっと奥まで見通した。
それは二人にとって強烈な記憶となった。


「豊作さんに会ったらそのまま帰ります。ありがとう、悠理。また明日」
「うん、またね」
「ええ、また」

悠理は自室に向かうために清四郎へ背中を向ける。
彼はそんな後ろ姿をしばらく見送っていた。




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if only through ・・・ 前編

ノスタルジックな夕方の陽射しが、通りに長い影を落としている。
まだ日暮れには早く、柔らかい光の中を悠理は親友の野梨子宅へと向かっている。

「お茶会で使うはずだったお菓子がたくさん残ってしまいましたの。食べきるのが大変だから手伝って下さいな。美味しいお茶も手に入ってよ」

日曜日の昼過ぎに、そう野梨子から電話が入った。
自室でのんびり過ごしていた悠理は、本当は行きたい気分ではなかったが、そのように言われると仕方ない。
食べ物には目がないキャラクターでいたのだから、そこは自分を通さないと、野梨子の面目も立たない。
格子戸の門をくぐり抜け、玄関に入ると、すぐに若い弟子が気配に気付いて彼女の前に出てきた。

「いらっしゃいませ。お嬢様が奥のお部屋に」

そう言って廊下の奥を指差す。
もうすっかり顔見知りとあって、後は勝手にどうぞと言う感じ。

「うん。ありがと」

悠理は言う。
靴を脱いで廊下に上がると、普段使いのスリッパに履き替えて奥へと進む。
後ろで弟子が彼女の靴を揃えているであろう、背中に感じた。
奥のその部屋は、親友の部屋でも客間でもない。
野梨子が自分の親しい人と過ごす為の部屋であり、彼女だけが自由に使える部屋でもある。
古い時代を思い出すような洋室で、床板が黒く光り、日頃の手入れを思わせた。

「野梨子?」

ドアを三回ノックして返事を待つ。
すぐに“はい”と声が聞こえ、ドアが静かに開いた。

「ご足労を煩わせまして」

ちょっとふざけた感じに目線を上げて野梨子は言う。

「あっは!お菓子って言うから。仕方なく来てやった」
「そうですの。お菓子がたくさん残ってしまって。実は弟子が数を間違いましたのよ」
「お弟子さんやご近所さんに分けちゃっても良かったんじゃない?」
「だって美味しいお菓子ですもの。悠理に食べさせてあげたいですわ」
「うん。お菓子大好き。でもどんな和菓子?」
「ほら、これ。この箱の中、全部ですわ」

見ると白い大きめの箱には、生菓子がぎっしりと入っていた。
色とりどりに、また一つ一つ美しく個性があるその菓子は、まるで小さな置物のようでもあった。

「わぁ・・・これ、全部?」
「そうですわ。全部悠理のですわ。今お茶を淹れてきますから」
「食べれなくもないけど。お隣さんの清四郎も呼んだらいい。一人じゃ、もったいない」
「あら、悠理がどうぞ。それにお隣は今日、留守ですの」
「留守?なに?」
「まぁ、ちょっと。せっかくですからお茶を持ってきます。食べて待っていて」

可憐な花を思い起こすようなワンピースの裾を翻し、野梨子は部屋を出ていった。
悠理は木製の丸テーブルに菓子箱を置き、自分も椅子に座る。
窓からは外が見える。
それも美しい中庭。
夕方の陽射しが先程よりも深く、黒い影が草木を覆っていた。
手で掴んで菓子を取る。
だって皿も何もないのだから仕方ない。
そうして一つ目を食べ終え、二つ目を手にしようとして躊躇する。
喉に菓子が支えているし、それ以上食べたくないと言うのも本当。

なぜ清四郎の行き先が言えないの?

悠理は思う。
あたしには言っても仕方がない場所なのかも知れない。
そう思うと余計に胸が支えた。
すぐに野梨子が戻ってきた。
お盆には冷水用のポットと小さくて可愛らしいガラスの湯飲み、布のコースターが涼しげだった。
深い色の緑茶は水だしで淹れられ、舌を通ると甘味があった。

「美味しいでしょう」
「うん、おいしい。お茶って甘いんだ」
「そうですわ。良いお茶は、深みがあって甘いんです」
「お菓子もおいしいけど、お茶がおいしくってびっくり」
「喉が渇いてたんですわ。今日も暑かったですもの」
「でも湿気がなくて過ごしやすかった。部屋にずっといたけど、エアコン使わなかったもん」
「確かに」

それからこの部屋の窓が開いていなかったことに、同時に二人は気付いた。

「陽射しが入り難くって、この部屋。夏でも過ごしやすいの」

まるで子供の言い訳のように聞こえる。
窓を開けていなかったことに。

「ちょっと開けますわね。その方が気分が良いですわ」

慌てたように窓辺に近付いて開ける。
音を立てずにそっとガラス戸を引くと、同時に冷たい風が入ってきた。

「やはり空気を入れ換えると気持ちがよろしいですこと」
「うん。ねぇ、独りで食べてもつまんないから、野梨子も一緒に食べよ」
「あら、そう?」
「それに・・・」
「それに?」
「最近ちょっと食欲がなくって。暑くなったからかな」
「無理なさらずに。食べきれなかったらお土産にどうぞ」

そう言って悠理の前に座る。
上品にお茶を飲むと、ホッとしたような顔で悠理を見た。
二人はしばらく互いを見ていた。
最初に目を逸らしたのは悠理で、野梨子の目に探られないためだった。

「もしかしたら清四郎がここに来るかも知れませんわ」
「出先から?」
「ええ。ちょっとしたら」
「ふうん」
「だから待っていらして、悠理」
「ヤダよ。帰る」
「何故?」
「二人の邪魔だもん」
「あら、そんなこと。三人とも幼馴染みでしょう?」
「でも、二人は恋人同士だから」

そう、野梨子と清四郎は幼馴染みで恋人同士。
恋仲になったのは去年の秋頃だっただろうか。

「悠理がいれば、清四郎が喜びますわ」
「からかって喜んでるのさ」
「悠理が可愛いからですわ」
「は?子供扱い」

野梨子は悠理とのやりとりに厭きたのか、ポットから新しいお茶を注いだ。

「おかわりは?」
「うん」

二人とも音を立てずに上手にお茶を飲む。
悠理は沈黙を避けるためだけに余計なことを口にした。
それに気付いた時は遅かった。

「最近の清四郎はどう?元気ないみたい」
「そう?気付いて?」
「やっぱり。なんで?」
「分からないんです。悠理はどう思って?」
「さぁ。でも少しずつ、あたし達メンバーから遠ざかっているようにも思える。前はあんなんじゃなかった。いろんなことに顔を突っ込んで、あたしに命令して。今はすっかり一緒にいない感じ」
「ええ。放課後も、私よりも早く帰りたがりますの。もちろん生徒会の仕事はしっかりこなしてよ。そうじゃない時ですわね」
「野梨子との時間を大切にしてるんだと思ってるけど」
「どうですかしら?すっかり嫌われているような気がします」
「まさか、まさか」

今度の野梨子の目線は悲し気で、目には涙が溜まっていた。
それからしばらく彼女は考えるように目線を窓の外へ移し、翳りを帯びた表情でいる。
外も同様で、すっかり日は暮れ、どこかの庭木で蜩が淋しそうに鳴いていた。

「誰も信用していないんですわ。清四郎は」
「どうして?」
「分かりませんわ。でもそう感じますもの」
「でも野梨子は別だよ。大切に思っているだろうし、信用してるさ」
「いいえ。彼は私も他の人と同じように思っています。ただ・・・」
「ただ?」
「私に対して責任があると思っているのでしょう。私の清四郎への想いを受け止めた以上、そう思っている」

それから野梨子は、顔を覆って泣き始めた。
とても静かな泣き方だった。
目の前に泣いている姿を見なければ、まるで気付かないような泣き方だった。
夏のアスファルトを黒く染める小糠雨よりも静かだった。
悠理は彼女が泣き止むのをじっと待っていた。
その涙は一時のものだと知っていたからだ。

「ごめんなさい」
「ううん」

慰める訳ではない。
それほど野梨子は弱くはない。

「私が知っているのは・・・」

それは野梨子の告白だった。
悠理だけに向ける真実だった。

「清四郎には別に好きな人がいて、その人だけを一途に想っている、と言うことですわ」
「まさ・・・か・・・」
「信用を失う前からなのか、失ったからなのかは分かりませんが」

野梨子の頬にはもう涙の後はなかった。
その気配すら感じられなかった。

「そんな証拠あるもんか。野梨子が勝手に思ってるだけだ。清四郎が元気ないから、そう思っちゃうんだって。きっと、ちょっとだけ独りになりたいだけだよ。そういうの、誰にでもあるよ」
「保証できて?」
「保証?」
「ええ。保証ですわ。清四郎は今、ちょっとだけ独りの時間が必要なだけで、また以前のような彼に戻るって保証」
「それは・・・」

悠理を見つめる野梨子の目は真剣だった。
野梨子が許さなければ、けっして避けられないような目線だった。

「それは・・・」

自分が発した言葉に、これほど責任が必要なのだろうかと思う。
やがて悠理の頭に怒りが込み上げた。
選ばれたのは野梨子で、自分ではない。
清四郎が受け入れたのは野梨子なのだから、あたしには何も責任なんかないじゃないか、と思う。

「前の清四郎に戻るかなんて分かんないよ。でもそうしたいんなら野梨子だって動けばいいじゃないか。信用がなくなったんなら取り戻せばいい」

驚いたように悠理を見つめる。

「野梨子への信用が失われたんなら取り戻せばいい。簡単じゃないのかも知れないけれど、二人は恋人なんだろ?時間かけて向き合って話し合えばいいじゃないか」
「何度かそのことについて話し合いましたわ。私にどこか問題があるなら直しますって。けれど、そうじゃないんだって。問題は僕にあるから野梨子は関係ないと」

野梨子の目線は再び悲し気になる。
けれど涙は溢れない。

「・・・・・清四郎が来ましたわ」

不意の野梨子の言葉に思わずドアを振り返る。
同時にドアがノックされ、野梨子が返事をすると開いた。

「こんばんは、お二人さん」
「お帰りなさいませ、清四郎」
「ただいま」
「やっほ」

この部屋の空気を流れを感じ取るかのように二人の少女を交互に見る。
困ったように悠理に微笑みかけた時、彼女は彼の顔を久しぶりに見たような気がした。

“ああ、この顔だ。ずっと思い出せなかった”

そう、学校や他の場所でメンバーと会っても、彼の顔はいつも思い出せずにいたように思える。

「ポットのお茶を入れ換えて来ますから待っていらして」
「いいえ、野梨子。僕はもうお暇しますよ。ちょっと顔を見に来ただけですから」

その言葉に、悠理が反応する。

「ほら、野梨子。良かったじゃん」
「何がです?悠理」

悠理は楽しそうに野梨子を見る。
彼女も嬉しそうに見返す。
頬に赤みがさし、健康的な顔色になる。

「野梨子ったら、清四郎が最近元気がないのは、自分を嫌いになったからだって勝手に思って心配してたよ」
「野梨子を嫌いに?どうしてまた、そんなこと?」
「あら、いや、だって・・・清四郎は・・・」

悠理は見つめ合う二人に遠慮して、席を立つ。

「ま、そういうことで。あたしは帰る」
「待って」

手ぶらの悠理を呼び止める。

「お菓子をお持ちになって。その為に呼んだのですわ」
「お茶会の?」
「ええ。ちょっと残ってしまいまして。清四郎もお持ちになる?」
「いいえ、僕はけっこう。それより、悠理」

野梨子が菓子の箱を綺麗な和紙の手提げ袋に入れている間に、清四郎は悠理に声をかける。

「豊作さんって今日はいる?」
「どうかな。日曜だからいるかも」
「彼に用事があるんです。借りていた本も返したいし。悠理と一緒に行っても良いです?」
「兄ちゃんに電話してみる」
「その必要はありません。もう暗いから悠理を送りたいし、借りていた本を返すだけでも良いから」
「はい、悠理。お菓子をお土産に。清四郎に送って貰ったら?私も安心ですわ」
「・・・うん・・・」

ふっと、悠理の心に沸き立つ“何か”を感じる。
締め付けられるように苦しく、でももう二度と戻らない追憶。

「じゃあ、行きましょうか、悠理」

悠理の手から紙袋を取り、清四郎が彼女の腕をそっと取る。
ドアを開け、彼女を通して後に野梨子を通す。
こうした距離が悠理に少し余裕を与え、急いで玄関に向かって綺麗に並べられた自分の靴を履いた。

「ねぇ、迎えの車を呼ぼうよ」
「運動がてら歩いて行きましょう。大した距離でもないのだし。僕がいるから大丈夫」
「そうだけど」
「悠理が運動不足とは思えませんけれど。まぁ、そうなさったら?」
「行きましょう」

清四郎に背中を押されて外へ出る。
野梨子が門の先で手を振っている。
その姿が、悠理の胸をまた締め付ける。

“信用されないのは、あたしなんだ”

そう大声で野梨子に向かって叫びたくなる。
けれど・・・けれどそんなことをしたら、野梨子も清四郎も、何もかもが狂って失われると悠理は知っていた。




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