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おもいのおもさ

おもいのおもさ

放課後の生徒会室で、悠理がテーブルにもらったチョコレートを広げている。

「ほう。今年も一番たくさんもらったの?」

彼女の隣の席に座りながら、清四郎が訊く。

「さーね。美童かな?」
「数は悠理さ。質では僕だよ」

ちょっと悔しそうな美童が、テーブルに並んで座る二人の後ろに立った。

「どーでもいいもん、そんなの。バレンタインはとにかく、チョコをたくさんもらって食べるもの」
「くれた人は覚えてないの?」

美童が悠理に訊く。

「全部は覚えてない。だって靴箱に入ってたのもあるし、後は一斉に集まってくるでしょ?いちいち覚えられないよ」
「ひとりひとり、気持ちを込めて悠理に用意したんだよ。感謝しなきゃ。ホワイトデーはどうしてるの?」
「ん・・・あたしのファンクラブの代表にお返しを全部渡してお願いしてる」
「ふうん。そりゃ僕だってたくさんチョコをもらうのは嬉しいけど、ひとりひとりの気持ちだって大切にしてるつもり。全員にお返しはできないけどね。分かるだけでもきちんと返してるよ、僕は」
「うん」

少し元気がなくなった悠理の肩に手をポンっと触れ、美童はチョコレートがいっぱい入った紙袋をいくつも手に下校した。

「来年からは気を付けましょうよ、悠理」

隣で黙っていた清四郎が言う。

「でも・・・バレンタインの日は、いつも以上にたくさんの女子に囲まれちゃうんだよ。やっぱ覚えられないよ」
「ちょっと考え方を変えてみて」
「例えば?」
「そう、例えば・・・バレンタインは、女性が好意を持つたったひとりの男性にチョコレートを贈るのが本来なんだから、悠理もそうするといい。もらうのは断って」
「えー!そんなのムリだよ。チョコが食べられなくなっちゃう」
「チョコなんて、年がら年中食べられるでしょ?きちんと前もって、“今年はチョコレートはいただきません”と言っておけば、無駄なく済みます」
「げぇ・・・」
「世の中には本当に大切な想い人へ心を込めて用意したチョコレートと共に、自身の気持ちを伝える人だっていらっしゃるんです。本来なら、そのようにするんですから」
「そんなに真面目なイベントなの?」
「そうですよ」

悠理はつまらなそうにテーブルに広げたチョコレートを寄せ集める。
食べる気配はない。

「悠理も・・・バレンタインに、一番好きな人にチョコレートをあげてみればいい。気持ちが分かるから」
「だって・・・そんなの、いないもん」

しばらく沈黙が続く。
悠理と清四郎の二人っきりの生徒会室。

「好きでなくても、仲良くしてみたい異性が現れたら、その気持ちを伝えてみるとかね」

彼女は深いため息を吐く。
そうしていると生徒会室のドアが開き、魅録が入ってきた。
手にはもちろん、悠理や美童には敵わなくともチョコレートが入った袋がいくつか提げられている。

「おや、魅録も?」
「お返しはできないからって断ったんだけど。清四郎は?」
「僕ははじめからいただきません」
「冷たー!でも、それもある意味礼儀だよな」
「ま、自分が好きと思える人からなら、いただきますけどね。今のところ、いないですから」
「俺も来年からそうしよ。はっきり断るのも相手のためと思って」
「そうそう」

「好きな人にチョコレートをあげるって、どんな気持ちなんだろ?」

突然悠理がボソッと言う。
驚いたように清四郎と魅録が彼女を振り返ったとき、今度は野梨子が入ってきた。
ほんのちょっと緊張したように、頬を紅潮させている。

「野梨子?」

清四郎が心配そうに窺う。
黙って自分を見つめている野梨子に気付かない魅録は、悠理の背中に回って後ろから手を伸ばして彼女のチョコレートを奪い取ろうとふざけている。

「魅録。バレンタインのチョコレートですわ」

テーブルの向こう側から野梨子は魅録をまっすぐ見つめ、真剣そのものの表情で言った。

「え・・・?」

魅録は悠理の両肩に手を置いて、びっくりしたように顔をあげた。
一瞬、悠理の顔が歪んだのを清四郎は知る。

「悠理、ちょっと僕と席を外しましょうか?」

気を利かせた清四郎は、魅録の手が悠理の肩から離れたときに彼女の腕を取った。

「う、うん」


放課後の図書館は暖房の温度が低く設定され、ちょっと肌寒い。
呆然とする悠理を窓際のテーブル席に座らせ、清四郎もすぐ横に座った。

「びっくりしちゃいましたね」
「・・・・・」
「野梨子のこと、知ってた?」

悠理はうつむいたまま、首をゆっくり左右に振った。

「僕も知らなかったですね。彼女の口からバレンタインの話題すら出なかったし」
「・・・・・」
「どうなるんでしょうか」

それでも悠理はうつむいたまま、両手を膝の上に綺麗に並べてじっとしている。
だから清四郎も、じっと隣に座ったまま口を閉ざした。
また沈黙が二人の間に訪れる。
今度はちょっと長い。
けれど清四郎は、悠理が口を開くまで辛抱強く待つことに決めた。


「魅録、もらうのかな?」

彼女はポツンと言う。

「チョコもらったら、野梨子の気持ちももらうのかな?」

清四郎は意外にも言葉が出てこない。

「野梨子は真面目なんだから、魅録がたったひとりの好きな人で・・・だからチョコをあげるんだよね?」

落ち着いたように、悠理は隣に座る清四郎を見上げる。

「魅録の手が、急激に熱くなるのが分かっちゃった。制服越しだったけど、肩に置いた手がさ」
「うん」
「おかしくて・・・びっくりしちゃって、あたし」
「うん」

まだうまく声が出ない清四郎。
何となく、悠理の気持ちが分かる。

「うまくいくといいけどね、お二人さん」
「そう、ですね。そうですか?悠理」

清四郎の言葉に、今度は悠理が言葉を失う。


「好きな人にチョコレートをあげる気持ちよか、なんだろ、うん・・・何か、胸が苦しい」
「大丈夫?」
「大丈夫、だけど・・・誰かひとりにチョコあげるって、難しいことなんだね、きっと。勇気いるし」
「タイミングもある」
「タイミング・・・そうか」

二人はまたしばらく黙りこんだ。

悠理はチョコレートを贈ることの重さと、清四郎は彼女が知ったせつなさについて考えていた。




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