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優しい関係

優しい関係

優しい関係


それが正しい選択になるのか?と問われると清四郎も悠理にも良く分らない。

でも悠理には耐えられなかった。

すれ違う会話・趣味・行動・・・

気持ちが通じ合った頃は一緒にいるだけで幸福だった。互いの存在が嬉しかった。

でも、清四郎から一度だって愛の言葉を貰った事がなかった。

悠理だってそうだ。会えない日が続いたって「淋しい」とか「会いたい」と言う、

甘えた言葉や仕草を与えなかった。




悠理は今、魅録と野梨子の為にハンバーガーショップに向かっていた。

彼女が趣味の合う魅録の家を訪ねると、そこに野梨子がいたのだ。

二人は数ヶ月前、友人の枠を越えた。

彼等が互いに惹かれ合うのも、それぞれの初恋相手を思えば分るような気がした。

今夜魅録の所に野梨子がいない事を望んだが、やはり彼女はいた。いて当然なのだ。




魅録の家の近くにある並木道を抜け、大通りに出ると右に曲がり、

暫く歩いてまた右に曲がると小さな商店街に出る。

その通りの中にハンバーガーショップが一軒ある。こんな時間に開いているのはこの店しかなかった。

すでに商店街はシャッターが閉められていた。

二十四時間営業のその店だけがやけに明るかった。窓から店の中を見ると、さほど混んでいない。

空席もいくらかあり、大学生アルバイトらしい女の子が欠伸を噛み締めている。

悠理は店内に入り、その女の子にハンバーガー十個とフライドポテトを五個注文した。

彼女は待っている間、カウンターの前の小さな椅子に座り、女の子の後方を見た。

奥の厨房も忙しそうではない。若い男女が与えられた役目をこなしているだけのように見える。

店を出るともと来た道を戻らず、しばらくまっすぐ歩き、比較的大きな道路を出るとまた右に曲がった。

この道を進むと駅前に出る。




悠理はただ歩いた。余所見をせずにまっすぐ。左手にはハンバーガー、

右手にはフライドポテトの紙袋を持って。

見覚えがある街灯を見つけると、そこで彼女は立ち止まり、その前のレストランを、

二階にあるその店を見上げた。

去年入ったピザの専門店。あの時は確か季節は夏の初めだった。

店に入る前に魅録の家で清四郎と付き合う事を決め、

その帰りに二人でこの店に入り、食事を、恋人同士としての最初の食事をしたのだ。

互い友達の延長のように変わりなく食事をした。

他愛も無い話をしながら。



今思えばあたい達は、ただ照れていたのかも知れない。

ううん、本当は不安で仕方なかった。あたいは清四郎を手に入れながら、いつ失ってしまうか不安だった。

あの時はそれでも幸せだった。



悠理は街灯に寄りかかり、自分達があの時座った窓際の席を見つめていた。

あの日も帰り際にここから自分達が座った席をちらりと見上げた。

後に座ったカップルを見て、とても悲しい気持ちになった。

まるで清四郎から別れを告げられるかのように、すっかりうろたえていた。


今は・・・


今窓際の席には、悠理と同じ位の四人の女の子達が座っている。

楽しそうに一人の携帯電話を覗き込んでいる。メールでもしているのだろう。



今は、全くその通りになっちゃいそう・・・あたい達・・・



誰かが悠理の肩を軽く叩いた。振り返ると清四郎が立っていた。


「せ、清四郎!」

「何をしているんです?あの店に誰か知っている人でもいるんですか?」


彼女はすっかり驚いた。こんな所で、こんな時間に清四郎に会うなんて。


「お、お前こそ、なんだよ、こんなとこで」


清四郎は慌てている悠理を見て笑った。


「何慌てているんです?そんな大きな紙袋を抱えて。おかしいですよ」


彼の口調はいつもと変わらず明るかった。


「誰と食べるんです?そんなに沢山。まさか一人で食べるんじゃないでしょうね?」

「違うやい!魅録んとこで食べるんだい。野梨子もいるじょ」

「ほう・・・それは奇遇ですね。僕も彼の所に行こうと思って。一緒に行きますか?」

「ん・・・」


二人は肩を並べて歩き出した。


「この間は取り乱してごめん・・・突然だったから、ちょっと驚いて。でももう大丈夫。

お前の言いたい事分ったし・・・その方がいいかな、って」


すれ違う二人の関係に終止符を打つべきか否か、話し合ったのだ。


「清四郎がそうしたいのなら、それでいい。だって一緒にいて喧嘩ばっかじゃ、意味無いもん・・・」

「悠理、ちょっとそこの公園で話しませんか?どうせこんな時間にハンバーガーなんて、

 あなたが食べたいだけでしょう?」

「ぐっ・・・魅録達に気をつかっただけ。二人きりにさせたんだよ。あたいがいちゃ悪いだろ」

「急いで戻らなくても良いのなら、そこで話ましょ」


清四郎は悠理の背を軽く押し、通りを挟んだ先にある公園に誘導した。悠理はビクンと背を伸ばした。

今の彼女は、清四郎に触れられるだけで緊張するのだ。彼はそんな悠理を気の毒に思った。

そうさせたのは自分なのだ。

清四郎は悠理の先を歩き、すでに噴水が止まったその前に、外灯に照らされたベンチに座った。

悠理は少し躊躇してから、彼の隣に少し間を置いて座った。

初秋とは言え、薄手のコート一枚羽織りたい。

清四郎はふと夜空を見上げると、一面に星が散っていた。



無数の星は僕達と関係無く、全く別の場所で存在している。僕達と関係無しに・・・

あるいは僕達の燻った気持ちに、救いの手を差し伸べているのかも知れない。



どちらにしてもその星空は、不思議と清四郎に僅かな安らぎを与えた。

悠理は大きな紙袋を自分の脇に置き、何やらガサゴソやっている。


「やるよ」


清四郎にハンバーガーを手渡した。彼は少し困ったように受け取り、さっさと食べる悠理を横目で見ながら、

自分の両手にあるそれを見ていた。まだ充分に温かい。


「いただきます」


清四郎は包み紙を途中まで開き、片手でハンバーガーを持ち一度は口元まで運んだが、

口に入れる代わりに大きなため息を吐き出した。


「ああ、あたいおなか空いてたんだ。ちっとも知らなかった。信じられないかも知れないけど、最近食欲無くてさ。

今だって出かける口実作って買いに出たんだ。とてもおいしい。ハンバーガーがこんなにおいしいなんて知らなかった」


悠理は手の中に残った包み紙を見ながら言った。


「帰りゃいいんだけどさ・・・独りになりたくなくて・・・でもこれ食べたら落ち着いた。満たされると何だか落ち着く」


彼女は包み紙を丸めて清四郎の方をちらりと見た。


「身体が求めてたんですよ」


彼は申し訳無さそうに彼女を見つめた。こんな小さな悠理にしたのは自分なのだ。


「そう、そうかな・・・人は満たされると他人に優しくなれるのかな?」


丸めた包み紙を見つめながら、片手で持て余して彼に問う。


「分らない。どういう意味です?」

「あたい魅録んち行っただろ?インターフォン鳴らした時、野梨子が出たんだ。ちょっと驚いた表情で。

でもすぐに笑顔で中に入れてくれた。

それから、魅録は今ちょっと部屋でやりかけの仕事をしてるからってキッチンに入ってさ。

あたいじっと見てたんだ。ただじっと見つめてた。

あるいは睨んでいたかも知れない。野梨子の手馴れたキッチンの使い方を、さ。だってそうだろ?

少し前まであたいが自由にキッチンを使ってたんだ。勝手に冷蔵庫開けたり、食器棚からお菓子取ったり。自由に。

こんなことになるなんて考えもしないで使ってたんだ。とっても不思議だった。

野梨子があちら側にいて、あたいがこちら側。けっしてあちら側に行けない・・・

あたい、もう居場所無いじゃんか。お前んとこも行けない。魅録んとこも・・・

でも野梨子何も聞いてこなかった。口元にうっすら微笑みさえ浮かべてさ。その後どうなった思う?」


分りません、と清四郎は呟いた。


「野梨子、あたいにホットチョコレート作ってくれたんだ。ミルクと砂糖がたっぷり入ったホットチョコレート。

ホットチョコレートだぞ?しばらく飲んだ事無かったよ。

あたいいろんな事話そうと思ってたんだ。お前との事とか、あいつらの事とかさ。でもそのホットチョコレート飲んでたら、

言葉浮かんでこなかった。そして野梨子こう言ったんだ、少し顔色良くなったみたいって。

あたい他人なんて心配してる余裕無いよ。だってあたいは失いそうなんだぞ。大切にしていたものを失いそうなんだ!

できるなら取り戻したいんだ。そのことで必死なんだよ。他人なんてどうだっていいんだ。

・・・お前も・・・あたいがいなくっても満たされてるから余裕なんだな」


悠理は丸めた包み紙を見つめながらそう言った。


「それは多分、違うと思う」


清四郎は言った。

それは多分違うんじゃないでしょうか、彼も片手で持っていたハンバーガーを見つめながら言った。


「悠理、それは違います。僕に余裕なんてありません。僕はけっして満たされてなんていません。

お前が聞くと嫌味に聞こえてしまうのかも知れませんが、野梨子達だって百パーセント満たされている訳では無いと思います。

上手く言えませんが、同じように苦しんで来たから、だからお前のことが分るのではないでしょうか。

失った事が無い人は、失った人の気持ちなんて分らない。そこにホットチョコレートなんて存在しない。僕はそう思います」


しばらく二人は沈黙に包まれていた。悠理は丸めた包み紙を見つめ、清四郎はハンバーガーを見つめたままでいた。

深い闇に、二人は包まれていた。

やがて悠理はため息をついて、それから鼻で少し笑ったようだった。


「これがお前との、彼女としての、最後の食事」


そして清四郎を見て、微笑む。

「多分、もう彼女としてお前とは会わない。あいつ等にも会いに行かない。でもお前の事は忘れない。

だってあたいはお前が好きだから。これから先お前以上の人は現れない。あたいには分るんだ。

あたいは本当にお前が好きだった。時々あたいに向ける笑顔はあたいだけのもの」


身体が触れ合うだけで幸せだった。だからお前があたいを抱いてくれる時、抱いてくれる度に、

あたいはどんどん大人になっていくような気がした。

いろんな事が理解できていくような気がした。抱かれた後はこの腕も、この胸も、髪先から爪先まで全て、

身体全体が瑞々しく輝いて、満たされて・・・

あたいは本当に幸せだった。


「今だってそう。今のお前はあたいだけのもの。そうだろ? お前の部屋にいる時、ご飯を食べる時、

ベッドに一緒にいる時、あたいと一緒にいる時のお前はあたいだけのもの」

「・・・ありがとう・・・僕もあなたが好きです・・・上手く言えませんが、

あなたはいつも僕に新鮮な空気を運んでくれた。爽やかで明るくて・・・」

「こんな事になるなら、こんな辛い思いするなら、何も知らない方が良かった・・・」


再び訪れた静けさに、清四郎の心は貫かれた。


「やっぱ帰る。このハンバーガー、野梨子に渡してくんない?」


悠理は立ち上がり、清四郎の方に身体を向けた。そして、バイバイと言った。

清四郎はベンチに座ったまま彼女を見上げた。彼女の表情は穏やかだった。

清四郎は彼女を見つめるだけで何も出来なかった。

かけてあげる言葉も別れの挨拶さえも浮かんでこない。

悠理は颯爽と歩き去った。まるでこれから訪れる苦難に立ち向かうかのように。



清四郎はしばらくその場に、ベンチに座っていた。何を考えていたのかは覚えていない。

ただ、自身の肉体の一部を、大切な一部分を無理矢理ねじ取られたような痛みが走った。

悠理は僕を求めている。僕も悠理を求めている。僕達は何も失ってはいない。

そして失うべきものなんて何も無い。

今の僕達は、まだ与え合ってもいないじゃないか。



悠理!

清四郎は走った。全てベンチに置き捨てて、華奢な背中を探した。



「悠理!」

彼女はびっくりしたように振り返る。


「まだ間に合いますか?間に合いますよね?」


彼女は虚をつかれたように清四郎を見つめている。


「あなたが僕を求めるように、僕もあなたを求めています。いいえ、あなた以上に僕はあなたを求めています。

求めすぎて、あなたへの想いが強すぎて、あなたの気持ちが見えなくなってしまった。

通じ合っていないと誤解してしまった。想われていることに、自信も確信も持てなくなってしまっていた」


二人に一度出来てしまった心の壁は幾重にもなり、互いの姿が見えなくなり、声が聞こえなくなってしまったのだ。


「あなたに、もっと心の内を言葉に表すべきでした。僕達はとても不器用なのですから」

「清四郎・・・あたい・・・」

「こんなに求め合っているのに、何故別れる必要があるのでしょう?」


堰を切ったように悠理は声を上げて泣き始めた。



何故こんなに僕を求めている彼女と別れようとしたのか?

何故素直に自分の気持ちを伝え、彼女の心の内を聞こうとしなかったのか?



清四郎はわんわん泣く悠理を、優しく抱き締めていた。彼女が落ち着くまでずっとそうしていた。



愛しい、と思った。こんなにこんなに悠理が愛しいなんて。

求める事が、求められる事が、こんなに快いなんて。


「実は今夜、魅録の所に行こうと思ったのは、あなたのことを相談しようと思って」


泣き止んだ悠理を抱き締めたまま、清四郎は彼女の耳元で囁いた。


「一度はあなたとの別離を決めたのですが、実際、踏み切る事を留まっていました。

そうさせる自分の気持ちが分らなくて、彼に相談しようと思いましてね」

「あたいと同じだ」

「考える事は一緒ですね」


悠理・・・と清四郎は小さく名前を呼ぶ。


「もう、意地を張るのは終わりにしましょ」


二人は見つめ合い、自然に唇を重ねた。


「初めからこうして、互いの気持ちを確かめ合っていれば良かったですね」


くすくす笑って唇を、今度は深く重ねる。


突然悠理が唇を離し、空を指差す。


「ねぇ、見て!すんごく綺麗!!」


見上げれば先程より輝かしい星空。

もうしばらくするとこの星空は、もっと美しい澄み切った冬の星空へと変わっていく。

清四郎と悠理の関係のように・・・





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