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recon・・・

recon・・・2

カッと太陽が照りつけるホテルのプールサイドは、まるでプライベイトビーチのようなオブジェで飾られている。
ビーチチェアやビーチパラソル、ヤシの木まで添えられていた。
テーブルにはトロピカルドリンク、盛り付けられたフルーツ。


久しぶりに呼びつけといて、ふざけてるよな。


悠理は男が寝そべっているビーチチェアに近づく。
彼はTシャツにショートパンツを身に付けて、椅子に沿うようにゆったりと体を横たえている。
それは生きたヤシの木なのかどうなのかは分からないが、彼に強い陽射しがかからないように木陰を作っていた。



あの日、涙で曇る目を何度も指で拭いながら白ロムのスマートフォンで返信した。
無線を利用してメールソフトにログインすれば、携帯会社のIDがなくても白ロムから返信できる。
彼女は震える指先でタップしながらこう返信した。


“バカバカ言うな!相変わらずって、失礼だろ。
あたしがどんなレディになったかも知らないで”


返事は十分後だった。
自宅電話にかかってきて、内線で取り次がれた。
彼女は重い受話器を持って、震える声を出す。


「もしもし?」

“悠理?久しぶりだね”

「清四郎」

“電話もメールアドレスも繋がらなくなったから、ご自宅の方へ連絡しました”

「うん。ごめんね」

“やっと、気付いたの?メール”

「うん」

“そう、良かった”


うん・・・と思う。
良かったのだろう、と思う。
しばらく、二人は沈黙する。
じっとして耳を澄ますと、互いの息づかいが聴こえそうだった。


“悠理”


清四郎は彼女の名前を呼ぶ。
けれど彼女の返事は聴こえない。
繰り返し呼ぶ彼は、彼女が返事をしない理由を知っていた。
返事をしないのではなく、できない理由。


“もっと早く、こうして自宅に連絡すれば良かったのかも知れない。
でも、しなかった。
僕からじゃなく、悠理から行動しない限りは、うまくいかないんじゃないかなって。
だから、もし偶然気づいたらで良いと思って、フリーメールに連絡してた。
それなら、悠理だって選択する余地があると思って”


うん・・・、と彼女はまた心の中で返事する。
彼はそれを感じ取って、再び口を開いた。


“二年の間で、どんなレディになってるのか知りたい。

会える?会えるね、悠理。
僕と向き合えるから、返信したんだろう?”


「うん」


そうして彼らは、約束をした。





南国のオブジェに囲まれた清四郎は、悠理が近づいているのにも関わらず、眠ったままだ。
何度か彼の名前を呼び、並ぶビーチチェアに腰かける。


「清四郎ったら・・・」


そう言って、彼女はもう彼の名前を呼ぶのを止める。
止める代わりに、彼女は彼の少し日焼けした頬に指で軽く触れた。
滑らかでありながら、男らしい骨格。余計な肉は何一つなく引き締まっている。
頬から顎へと指を滑らせ、唇の少し手前で動きを止める。
戸惑いながら彼女は、優しくそっと彼の唇に触れた。

何度、この唇に触れたことがあるだろう。
二回だったのか三回だったのか。
本当に数えられる程度だったと思う。
触れるだけの、優しい口づけだった・・・

そう思い出しているうちに、清四郎の瞼が震えた。そしてゆっくりと開かれる。
彼はまるで遠くを見るようにうっすらと目を開き、瞬きをした。
やがて彼の瞳は、悠理を捉える。


「来てたの?」
「うん」
「いつから?」
「さっき。ほんの数分前」
「そう。ずいぶんお久しぶりでした」
「まだ眠い?」
「ううん。大丈夫。起きる」


彼はビーチチェアから起き上がり、長い脚をコンクリートに投げ出した。


「とても気持ち良く寝てました。面白い夢も見てね」


そうして彼は悠理を真正面に見つめる。
彼女は恥じらうように視線を逸らし、夢の内容を待った。
けれど彼は夢には触れず、すっかり生温くなったトロピカルドリンクを飲んだ。


「悠理もオーダーすると良い。僕も新しいのに替えてもらおうかな」
「今はいらない。替えてもらう?」
「いいえ。悠理が必要な時に。一緒に」


それから二人は黙ってプールを見つめていた。
水面が風で静かに揺れ、小さな波が立つ・・・その繰り返しを、じっと見ていた。
時々、聞いたことがない鳥の鳴き声がした。
初めてだけど懐かしいその鳥の声は、鳴き声ばかりで姿を見せなかった。
悠理は視線でその鳥を探したが一向に見つからず、いつしかそれも諦めた。
そして、清四郎が口を開いた。


「さっきね、僕が眠っている時、面白い夢を見ました。
今まででたった一度だけ、純粋な愛を含んだ眼差しで僕の為にだけ微笑んだ女の子と突然夢で再会したって言う、ドラマチックな話」
「女の子?」
「ええ。まだ十歳くらいの、小さな女の子」
「知ってる人?」


清四郎はそれには答えなかった。
だから悠理は、その女の子を野梨子だろうと察した。
“純粋な愛”を含んだ眼差しを送れるのは、彼と幼友達だった彼女しか考えられないからだ。


「女の子のことはずいぶん前から知っていたんですけど、そうした感情を含んだ笑顔を見せるのは初めてだった。
僕も同い年だから十歳ってことになるけれど、直感的に彼女の愛を感じたんです」
「女の子が笑顔を見せたのは、現実にあったことなんだよね?」
「その通り」


けれど夢の中で、僕は今の姿だった。
今のこの歳で、綿の白いシャツとズボンをはいてどこかの湖の辺りを歩いていた。
季節は夏で、陽射しが眩しかった。
暑さは感じられなかったが、夏に違いないと分かった。
僕は“アルベール・カミュ”の本を手に持っていて、その内容について真剣に考えていた。
真実の愛とは、肉体的欲求を失った時に初めて知る・・・・僕はその真実の愛について追求していた。
時々立ち止まり、湖を見た。湖の、水面の動きを観察した。
何度かそれを繰り返していると、目の前にその女の子が突然現れた。
彼女はじっと湖を見つめていた。
僕と同じように白い服を身に付けていた。
真っ白な、女の子らしいワンピースを着ていた。
風に裾を取られながら、美しい横顔をしていた。
僕は声をかけずにいた。そうして僕もまた、じっと彼女を見つめていた。


「僕はすぐにその女の子が、十歳の頃に純粋な愛で僕に微笑みかけてくれた女の子だと分かった。
ふわりとした癖のある髪も、ほっそりとした肢体も、透き通るほどの白い肌も、当時と変わらなかった」


悠理は黙って清四郎の話を聴いていた。
相槌を打たず、疑問も持たなかった。


僕が彼女に近づくと、彼女はゆっくり振り向いた。
そうして、同じように僕に向かって微笑んでこう言った。


“ずいぶん大きくなったんだね”


僕は答える。


“あなたは少しも変わらない”


彼女はもう一度微笑んで湖へ視線を動かした。
湖の水面は強い陽射しを受けてキラキラと輝いた。


“あなたはどうして、そう変わらずにいられるの?”


女の子は湖を見つめながら答えた。


“この顔の年、この服の月、この髪の日が一番好きだからこうしているの”
“それはいつの日なの?”
“今から十年前。夏のある日で、偶然に別荘近くで会った時”


どうして僕だけ歳を取ってしまったんだろうと不思議がっていると、彼女は僕を振り向き、微笑んで答えた。


“あの夏の日よりももっと大きくなりたいって思っているからだよ”


彼女の微笑みは美しいほどに純粋で、僕だけに与えられたものだった。
だから僕は、“あなたは一枚の美しいポートレイトだ”と伝えた。
そしたら彼女は、“清四郎は、移動し続ける時間だ”と言った。



「それから、どうしたの?」


悠理は十歳の頃と同じように清四郎に微笑みながら訊く。


「それから、ここで悠理が僕を起こしたんです」


「避暑地で偶然逢ったんだよね。覚えているよ」
「家の別荘と悠理の所と、湖を挟んで向かい合っていて」
「湖水まつりで、清四郎と偶然逢った。人で込み合っていて、お互い家族とはぐれてしまっていた」
「悠理はその時、白の女の子っぽいワンピースを着ていた。
普段の制服とも違って、とても可愛らしかった」
「お墓参りか何かの帰りだったと思う。いつもそんな服装なんてしないから」


二人は、ビーチチェアに座り、親密に話した。
顔を寄せ、遠い夏の日を思い出していた。


「僕を見つけて、微笑んだね。普段はしかめっ面しか見せないけど。
僕を見て、嬉しそうに微笑んだ。逢えて良かったと言う感じに取れた」
「逢えて、嬉しかった。あんな所で逢えるなんて。
逢いたいってちょうど思っていて。ここで逢えたら素敵だなって。
振り向いたら、清四郎が少し離れた所にいるんだもの」
「僕も逢いたいって思っていた。長い夏休みだから、二学期まで無理だと思っていた。
ここで偶然逢えたらって、僕も思っていて」


顔を見合わせ、二人は微笑んだ。


「でも不思議なことに、その後の記憶がないんです。
夢の中でも、今でも。そして今日まで、思い出しもしなかった」
「あたしも」


共通する記憶が一緒なのを、清四郎は喜んだ。
手を伸ばし、悠理の白い頬に触れる。


「もしかして夢の続きは、今なのかも知れない。時空を越えて、こうしているのが続きなのかも知れない」


けれど悠理は思う。


もしあの時、白ロムのスマートフォンでメールアプリをタップしなかったら。
もし、まだアプリが不具合を生じたままだったら。
清四郎が、あたしへの気持ちを断ち切っていたら・・・

偶然?違う。
あたし達の共通した記憶が、必然を起こしたんだ。


悠理は、彼の手に自分の手を重ねる。


「今までの十年間も、あたし達にとって大切な然るべき時。でも今のこの時が、一番理想の時」


空白でも、不具合でもなく。


「そしてこれからが、然るべき運命」


清四郎はそう言うと、彼女の唇に自分のそれを重ねた。






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recon・・・

ふと思い付いて以前使っていたスマートフォンを手にしてみた。
ベッド脇のチェストの引き出しに入れたままで、白ロムだが時々無線機能で使用はしていた。
携帯電話で友達と話しながらネットサーフィンしたい時とか、普段使いを手元に置き忘れた時、とか。
不思議なもので、電話会社と契約を解除してICカードを抜いた途端、アドレス機能が失われてしまった。
それによってメールも機能をなさなくなった。
できる限りのことを施したけど、再起することはなかった。
けれどちょうど良いと、彼女は思った。
思い出が簡単に甦っては、それらの日々を忘れることが不可能だから。
電源は入れたままだった。画面をフリックさせてホームに入る。
見慣れたホーム画面とは違った。メインメニューがいくつも並べられている。
今では使わないアプリの数々。
画面右下に、以前はホームにショートカットしておいたメールアプリ。
けれどもう機能を果たさないから、削除してしまった。


そうか、こんな所にあったんだ。メインとは、かけ離れた場所。


タップしようと、でも思い直す。
あの日、何度もそうしたけれど、エラー表示しかでなかった。
もうあの時のような切ない思いなんてしないのだろうけど、でも。


でも・・・


彼女は思いとは裏腹にアプリをタップする。
それは当たり前のように、機能した。
受信ボックスには、見慣れた友達の名前。
ふざけたタイトル。送信したままタイトルを変えずに返信されたテキスト。
挨拶がタイトルのものも。
思い出してフォルダー管理から、シークレットに振り分けたメールを呼び出してみる。
ロック解除画面があって、ナンバーを打ち込むように指示される。
ちゃんと覚えている、四桁のナンバー。
入力すると、いくつかに振り分けられた受信ボックスが表示された。

原因について、彼女は考えた。
解約後、突然機能が失われたのは、例えばセキュリティソフトを始めとするいくつかのソフトをアンインストールしたのが原因だったかも知れない。
システムの復元を試みたけれど、無駄だった。
リカバリは論外だった。その時は。
そして、その後は?
新しいスマートフォンを手にして、新しい生活を受け入れて、日々の忙しさに紛れて今に至った。
彼女は戸惑いなくタップする。
懐かしい文面が、二年と言う時を越えて甦った。


“悠理、おはよう!今からそちらに向かう準備。
用意ができたらまたメールします”

“宿題したんだろうね?
今回はノートを写させないから、自分で解くように!!”

“おそようって、ホントに起きてるの?
午後から僕と約束なの、覚えてる?”

・・・・・


覚えている、と彼女は思う。
どのメールも、すぐに何を意味するのか、覚えている。


清四郎、笑っちゃうほど、覚えているよ!
こんなおしゃべりみたいなメール、あたしったら大切に振り分けてたよ。
仲間にバレないように、シークレットにしてさ。


彼女は声に出して笑った。ちょっぴり恥ずかしさも交ざって。
メールを半分以上読む。
会話文だから、簡単に読める。
まるで、さっき受信したようにさえ感じる。
だから勘違いしてしまいそうになる。
このメールにこのまま返信したら、届くのではないかと・・・

結局はただの障害だったのだろうか。
セキュリティソフトをアンインストールしたのが障害を起こし、ネットサーフィンのために別のセキュリティソフトをインストールしたのが復旧できた原因なのか、分からない。
分からないまま、彼女は彼からの受信メールを全て読み尽くした。


今なら、何事もなかったかのように話せるかも知れない。
すれ違いから起きた喧嘩も、その後の別れに至るまで。
“清四郎、あん時はひどかったなぁ!”なんて笑いながら、肩叩いて向き合えるような気がするよ。


そう、彼はメールアドレスも電話番号も、多分変えていないだろうから。
この白ロムからは何も発しないけれど、今持ってる携帯電話なら。
一瞬迷って、考え直す。


清四郎はどう思ってるの?
あれから、どうしてるの?
大学が別だから忙しいんだろうけどさ。
どうせ、変わってないだろ。
あたしからメールしちゃったら、負けちゃう気がしてきたから、やっぱヤメタ。
でもきっとお前のことだから、メールしても普通に返信してくれるんだろね。
その後は?その後は・・・友達の関係に戻るんだろうか?
分かんないね。ちっとも。
あたしは電話番号もメールアドレスも変えたんだ。
そうすることで、吹っ切れるような気がしたから。
もちろんその通り、いい手段だったさ。疲れちゃってたしね。
お互い、そうだろ?


そろそろ引き出しに戻そうとして、けれど悪戯と懐かしさの入り交じった気持ちが、フリーメールのアプリもタップする。
解約してからずっと触っていなかった。
IDとパスワードを入力するとすぐにメール受信が始まった。


彼女は今、涙で画面が見れなくなった。
携帯電話を解約してから今日まで、数えきれないほどのメールが届いている。
普段通りの、当たり前の、会話文みたいに。


“悠理、おはよう。
いい加減、気づいてくれないか。いつになったら気づくんだ??
パソコンからフリーメールくらいアクセスできるの知ってるだろ。
相変わらず、バカなんだから!”


受信時間は数分前。
彼女は震える指先でフリックしてタップする。
このメールに、返信するために。
返信する内容は・・・そう考えると、また涙が溢れ出た。



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