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夏の終わりに

夏の終わりに 2

あの日、深夜近くになって悠理は清四郎のベッドへ静かに入った。
そうなるのは二人にとって初めての事で、氷のように冷たい彼女の体は清四郎の優しい愛撫によってすぐに温まった。
はっきりした彼の動きとは違って悠理のそれは曖昧で、背中で彷徨する彼女の細い腕は頼りなかった。
不慣れでも行為には充分な愛情があり、悠理の清四郎へ向ける新たな想いはまっすぐに伝わった。
彼が彼女の中でゆっくり揺れていると、彼女はまた小さく囁いた。


「保証して。今すぐ、保証してよ」


彼もまた小さく“ええ”と囁き返し、同じように静かに、優しく彼女の奥へ射精した。



濡れたアスファルトに色付いた葉が敷き詰められる頃になって二人は一緒に暮らし始め、またその生活に慣れた時、魅録からメールが届いた。
それは気を付けなければ見過ごしてしまうほど偶然のメールで、彼女は気が付いた。
二人だけで使っていたフリーメールは、携帯電話が通常ではない頃によく利用していた。
離れてから間もない頃、一方的に送られるメールに返信する程度。
それでも彼との繋がりを確認する事ができる唯一の手段で、解除ができずにいた。
他にいくつか、ログインする理由。
彼からのメールは、一年半振り。



悠理

元気してる?
突然、悪い。

昨日お前の夢をみた。

特に変わりない?
大変じゃないか?
困ったことは?

なんだか
勝手に変な夢を見てしまったようさ。



全く別の場所に魅録はいるんだ。
だからこのメールも、その場所から送信されているのだ。
自分はまだ魅録の中に当たり前に存在している。
互いを忘れる事など、今までもこれからもあり得ないのだ。


そう彼女は思う。


魅録と自分は愛し合っていて、きっと今でもそうで、それが自分達の愛の形なんだと信じている。
既に関係を持った清四郎の事も含んで、魅録は自分を愛しているのだとも最近では考えられるようになった。
清四郎には、現実として、とても大切にされている。
しっかりとした、形ある愛が存在しているのだと分かっている。
理不尽だと言われようが、不遜と言われようが、こうした三人の関係が、自分達を成り立たせているのだ。



魅録へ

久しぶり!
こっちは元気してるよ。

変な夢ってどんなだよ。
内容書かなきゃ分かんないだろ!

生活が少しずつ前に進んでいる。
良くも悪くも、確実に前に向かって歩いてる。
慣れないこともあって、そりゃあ大変さ。
けれど、歩いてるよ。

魅録。
あたし魅録がいなくっても、生きているよ。



返信がない事は知っている。
離ればなれになった当時、突然来るメールへの返信は怠らず、けれどそれに対する返信が来ない事に怒りに似た感情を抱き、不安と悲しみで溢れた。
今は違う。
魅録はきっとこの悠理の返信に安心し、画面の前で微笑む事だろう。
夢は・・・ただの夢であったと知るのだ。


夏の防波堤は黒い海に包まれている。
空の色は冷たく、秋の陽射しに紛れて雨を降らす。
悠理は、雨に交じる雪の存在を見た。

魅録への想いを、季節に預けよう。
思いきり愛せたのだから、これで良かったのだと彼女は思った。





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夏の終わりに

あの日から、どのくらいの月日が経過したのだろう。
彼女は思う。
季節外れのリゾート地は閑散としていて、夏の激しい暑さが通りに取り残されたようにその影を落とした。
遠くに望むのは海。
太陽の陽射しをキラキラと海面に反射させている。
彼女は防波堤の上に座っている。もうずっと前からその場所で、海を見ている。
渇いた風を受けながら、ずっと。
だから彼女の髪の毛も渇き、白い素肌も渇き、その心も渇いていた。


「いつまでそうしているの?」


彼は言う。夕暮れの少し前になると決まって彼は彼女を迎えに来ながらそう言った。
華奢な肩に蒼のカーディガンを羽織らせ、またその肩を抱き、横に座った。


「もう少し。夕焼けに変わる前に」


夕方の気配を感じるには少し時間が早く、彼は彼女がいつもそう言うのを知っているからその時間に迎えに来る。

その日はいつもより暑く、過ぎた夏を思わせた。
砂浜には若いカップルが陽炎の向こう側にいて、肢体をゆらゆらさせていた。

いつかの自分達のようだと思う。
夏の午後にこうして海に訪れ、ラジオを聴きながら砂浜で過ごした。
砂は焼けるように熱く、その上で砂にまみれながら体を横たえた。
首筋を流れる汗の匂い。焼ける砂の匂い。太陽の匂い・・・それらの全てが彼女を悦びに導いた。




「今までと全く違う世界に行っちゃったの」


彼女は言った。
あの時もこんな夏の終わりの日だった。
空はどこまでも蒼く遠くまで澄んでいて、渇いた陽射しが二人を照らした。


「魅録はあたしを置いて、遠くに行っちゃった」


週末、清四郎はいつも悠理を誘った。
彼女の淋しさを紛らすために。また、親友との約束を果たすために。
魅録はその年の春からメンバーとは違う大学、防衛大学校へと入校した。
彼なりに悩んだ末の選択だった。
今までとは全く違う生活。
普段通りにメンバーと過ごすことはできない。
皆辛く淋しい思いでいたが、誰よりそれを強く感じていたのは悠理だった。
二人は・・・友達以上の仲だったから。


「悠理を頼む」


入校式の前日に、魅録は清四郎にそう言った。


「悠理を頼むな。こんなこと言えんの、お前だけだから」


けれど清四郎は分かっていた。
彼が魅録以上に悠理に想いを寄せているのを知っていることを。


「分かりました」


清四郎は応えた。




渇いた風が通り過ぎ、僅かに夕暮れの気配が訪れた。
頬に触れたのは夏とは違う冷たい空気で、それが悠理の心を突然乱した。


「保証して」


小さな声で彼に言う。


「え?」
「保証してよ。清四郎、あたしは絶対死なないって、保証するって言ったじゃん」


小さな声はやや荒らげになる。


「ええ」
「だから保証してよ!こんなに何年も辛い思いをしてるんだから!
毎日毎日、心も体も張り裂けそうなほど辛いんだから!
このままだと、あたし・・・」


彼女は体を折り曲げるようにして激しく泣き始めた。
子供のように大声を出し、喉までも渇れるようにして泣いた。
魅録を失ってから今日までこうして涙を見せることはなかった彼女が、
不意に何かに衝かれて壊れたように、それを止めることも戻すこともできないような勢いで泣いた。

やがて完全な夕暮れが訪れた。
冬を思わせるような冷たい風が二人の間を吹き抜けた。
まだ少しすすり泣いてはいたが、涙は風によって拭われた。

悠理の魅録への焦がれるほどの想いは、清四郎には計り知れない。
けれど離ればなれになった時の強い哀しみは、さっきの涙によって治まったに違いない。
少し、前に進めたのだ。


「思いきり愛せたんだから、良かったんですよ」


彼は言う。

先ほどから二人の間を吹き抜ける風のように、過去は通り過ぎるだけなのだから。





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