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キミが、ほしい

キミが、ほしい

会館に入るとふわりとした暖かな空調が安心感を与えてくれる。
今日はスタジオを借りてバンドの音合わせをするんだ。
新しく作ったサークルで得た友達は、おしゃべりが上手な明るい女子。
あたしはそんな気さくな彼女とすぐに心を開くことができた。
彼女はピアノの担当で、あたしはもちろんヴォーカル。
後でドラムとギターの連中もやって来る。
ホールは様々な活動をする人達が集まっていて、活気溢れていて好き。
それでいて、みんなキチンとルールを守っていて、気持ちが引き締まる感じ。
前までのあたしでは見つけられない雰囲気。
だって、甘ったれてたんだもの、ね。
受け付け近くまで来ると、室内音楽が聞こえた。
知ってる、有名な曲。でも曲名までは知らない。
よくホテルのロビーとかテレビCMとかで流れてる、そんな曲。
何となく、前向きになれるから好き。
そんなことを考えていたら、友達が肩をつつく。


「悠理ったら、さっきからぼうっとしてなに見てるの?」
「ああ、ううん。見てたんじゃなくて聴いてたの」
「なぁ~に?」
「このホールに流れてる室内音楽。有名な曲だから知ってるんだけど、曲名が分かんなくて」
「ああ。これは“je te veux”って言う、サティの曲」


小さい頃からピアノを習ってるって彼女、さすがって思う。
しっかし有名なわりに、曲名は初めて聞いた。
友達は受け付けカウンターにスタジオの確認と鍵を取りに行く。
あたしはその間、近くのガラス張りのスタジオを見て歩いた。
実にいろいろなレッスンをしている。
キッズチアダンス、クラシックバレエ、ギターやドラム、ピアノのレッスン。
英会話等の学習塾に、果ては空手の型まで。
一日中ここにいたって、きっと厭きないんだろうと思う。
その内、中ホールで行われるパネルディスカッションに多くの人が訪れ始めた。
あたしはもう一度“ふうん”って感心した。


「スタジオ、後、十分待ちだって」


友達があたしの腕を取る。


「受け付けて来たから、スタジオに行って、直接今借りてる人から鍵を受け取って下さいって」
「うん」
「スタジオは二階よ。グランドピアノが置いてある、広い部屋なの」
「知ってるの?」
「うん。前はここでピアノのレッスンを受けていたのよ。アンサンブルルームって言う、小さな部屋の方だけどね。発表会が近いと、広いスタジオのグランドピアノで練習したわ」


中央階段で上がると、二階もガラス張りのレッスンルームが並んでいる。
“ここよ”って友達がスタジオ前で止まった。
中には数人の男達が何かを真剣に話ながらスタジオ中を見回していた。
天井や壁を指差している。
ここで展覧会とかするのかも知れない。
ぼんやりそんな中の様子を窺っていると、見慣れた後ろ姿に気づく。
身長が高くて背中が広くて、艶のある黒髪。
どんな時でも中心に立って指示してくれる、大切なかつての仲間。
やがてその男が振り向く。

やっぱり、清四郎。

清四郎は熱心に周りの連中に何かを説明してるみたい。
みんなも真剣に聴いてるふうで。
近々、所属している研究会の何かがあるんだろうな、きっと。
心のざわめきをどこかで感じながら、あたしは動けずにいる。
動かなくても、大丈夫・・・・・
じっと見ていると清四郎の目線はあたしのと、合う。
けれど、あたしって気づいていない。
やがて目線は、別の場所へと移動した。
多分あたしって分からなかったんだと思う。
だって以前と違って、女の子してるもん。
ニットの白いワンピースにお揃いのショール。キュートなロングブーツ。
肩まで伸びた髪の毛。
清四郎、あたしが悠理って分かるワケないよね。
どこかの大学生か、あるいは説明に夢中で目に入ってなかったかも。
そんなことを考えていると、清四郎達はスタジオを出た。
友達は駆け寄って鍵を受け取る。
鍵を渡したのは、清四郎ではない別の人だった。

スタジオの中は使用していたこともあって、とてもあったかだった。
あたし達は壁側にある椅子に荷物類を置いた。
友達は手慣れたように奥のグランドピアノの方へ行き、楽譜やらをセッティングして指の運動を始める。


「ここのピアノはやっぱり使いやすいわ。指が鍵盤を覚えてるの」


そうして一曲弾き始める。
さっき室内音楽として流れていた、有名な曲。


「“je te veux”」
「そうよ。覚えた?あたしも好き。サティは、好きよ。でも違う曲の方が好きね」
「なぁに?」
「三つの“gymnopédies”」
「“gymnopédies”、難しいのばかり」


でも聴いていると、やっぱり知ってる曲。有名な、曲。


「聴いたこと、あるでしょ。これもよく映画とかで使われるわ」
「そうだね。知ってる」
「うん。この曲は第一番から第三番までの三曲で構成されていて、それぞれに指示があるの。
第一番は“Lent et douloureux”、第二番は“Lent et triste”、第三番は“Lent et grave”」
「ふうんって、よくワカンナイや」


友達はあたしを見てニッコリ微笑んで演奏を続ける。
どこまでが一番で、どこからが二番になるのかも、あたしには分からない。
でも心地よい音色に包まれていると、さっきの、清四郎の存在を思い出す。
何年も近くにいて、当たり前の存在だった清四郎。
今では、すっかり遠い人。
けど、あたしが倶楽部から遠ざかったってのが本当。

清四郎が好きで、とっても好きで、でも清四郎はあたしをそう言う風に思ってなくて。
近くにいればいるほど、あたしの想いはどんどん大きくなっちゃって、どんどん辛くなっちゃって。
どうしていいか分かんなくなって、誰にも相談できなくて、メンバーからも学校からも遠ざかることにしたんだ。
結局、高校の後はメンバーと違う、別の私大に通ってる。

友達の演奏を聴いていると、目の前にいない清四郎があたしの中で大きくなる。
そして、苦しいほど、清四郎に会いたくなる。
息するのが辛くなってくる。肺が膨らむほど大きく息を吸わないと、本当に苦しい。

友逹はそんなあたしを気遣うように話し始める。


「構成された三曲の指示の第一番は、“Lent et douloureux ~ゆっくりと苦しみをもって~”
第二番は、“Lent et triste ~ゆっくりと悲しさをこめて~”
第三番は、“Lent et grave ~ゆっくりと厳粛に~”」


涙が、溢れてくる。
狂おしいほど、清四郎に会いたくなる。
心が乱れて、押さえられなくなりそう・・・

~ゆっくりと苦しみをもって、ゆっくりと悲しさをこめて、ゆっくりと厳粛に~

友達のピアノの音色と言葉が、あたしの心を震わせる。

清四郎、清四郎、清四郎!!

悠理って、友逹に名前を呼ばれてハッと我に返る。
気がつくとドラムとギターのメンバーも揃っていた。
せっかくのスタジオ練習も心許なく終わってしまった。

みんなとの帰り道、ピアノ担当の友達があたしの隣にさりげなく並ぶ。


「悠理がクラシックにも興味を持ってくれて嬉しいわ」
「うん」
「サティ、好きになってくれた?」
「もちろん。お気に入りの曲として、これからも聴くよ」
「うん。“gymnopédies”」
「それと“je te veux”だろ?」
「ええ、そうよ。“je te veux~キミがほしい”」
「キミが、ほしい・・・」


再び、強烈なほどの清四郎への想いが押し寄せる。

キミがほしい、キミがほしい・・・

目頭が熱くなり、目の前がボヤけてくる。
胸が込み上げて、いたたまれなくなる。

キミが、ほしい。


「やっぱり、悠理」


突然肩を掴まれて、びっくりして振り向くと・・・清四郎が立っている。


「さっきスタジオで見かけて、まさかって。打ち合わせ終わったから戻って確かめようと思って」
「清四郎・・・」
「ずいぶん久しぶりだね、悠理。会いたかったよ」


清四郎が、ほしい。


「悠理。見違えるほど女性らしくなりました」


清四郎は変わらない瞳であたしを見つめている。
複雑な気持ちがよぎるけど、それが清四郎なんだ。


「悠理・・・?」


言葉を探すけど、うまく出てこない。
友達が察してあたしの腕を取る。


「悠理、ここで私達は帰るわ。今日はお疲れさま。また明日ね」


あたし、どんな顔してるの?
友達は普段と変わらない笑顔で手を振っていなくなった。


「あの人達は、今の悠理の仲間なんですね。良い人達で安心しました。
悠理が急に僕達の前からいなくなって、とても心配してたんですよ、みんな・・・
時々聞こえてくる噂に、まあ大丈夫なんでしょうと思っていたけれど、倶楽部の連中にできた心の溝は深まるばかりでした。」


ゆっくりと苦しみを持って。


「真実を知りたい。僕は悠理が目の前から消えた時からずっと、その真実を追究していた。
でも、今、お前が目の前にいること、ただそれだけで、答えはいらないと感じています」


ゆっくりと悲しさをこめて。


「帰って来て欲しい。倶楽部に。連中の為に。そして・・・僕の為に。
答えなんか、いらない。いなくなった理由も知らなくていい。
悠理が訊いて欲しくないと言うのなら、それに従う。」


ゆっくりと厳粛に。


「悠理の不在は、僕にとって大きな存在と知りました。それはこれから、少しずつ悠理に伝えていきたいと願っている。
だからもう、僕の前からいなくならないでくれ」


清四郎が、ほしい。


“ありがとう”って、口の中で呟く。
お互いの息が白くて、清四郎の顔がよく見えない。
けれど清四郎の両手があたしの頬に触れたとき、それは寒さのせいなんかじゃなくって、涙のせいだって分かった。

あたしが清四郎を求めてきたように、清四郎もあたしを求めてくれてたの?
そんな夢のようなことが現実に起こるなんて、とっても嬉しいよ。


「お前が、欲しい。いつか、僕を受け止めてくれる日を願っている」


あたしはゆっくり、心を込めて言葉にする。


あたしも・・・



次のお休みの日は、久しぶりに倶楽部のメンバーと過ごすんだろうな。ぜったい、ね。






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