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コイン一枚の・・・

コイン一枚の・・・

とうとう雨が降りだしたな。

朝から空を覆う雨雲が、とうとう雨を降らし始めたのだ。
先程までムッとした空気が辺りに漂っていた。
太陽は隠れているくせにアスファルトが熱を帯び、遠くに陽炎が見えるようだった。
さらさらと小糠雨が降ったのもつかの間、ざぁっと勢いよく降りだした。
アスファルトが黒く染まり、湯気を立てるように一気に熱は奪われ、コールタールの匂いを放った。
通りを歩いていた僕は、目についた喫茶店入る。
着ていたシャツが少し濡れた程度で助かった。
ウェイトレスにアイスコーヒーを注文して、窓の外の風景を眺める。
天気予報が今日の雨を知らせていたのに、通りを歩く人の大半が傘を持っていない。
皆急ぎ足で過ぎて行った。
そんな中、一人の女子学生が僕の目の前に現れる。
彼女は制服のブレザーをすっかり濡らし、何かを探すように顔を左右に巡らしていた。
僕はそんな彼女の様子を見ていると、ふっと目が合ったように思え、次の瞬間、その子はこの店に入って来た。
さっきのウェイトレスに声をかけている。
まさか僕の視線に腹を立てて来たのかと思いきや、彼女は店の奥の、時代に忘れ去られたように置いてあるカード式の電話を借りに来たのだ。
今では珍しいテレフォンカード。
しかし彼女が入れたのは銅色のコイン、十円玉だった。
頬にかかる濡れた髪の毛をかきあげ、誰かと話している。
僕はテーブルに置かれた冷たいアイスコーヒーを飲みながら、見るともなしにそんな彼女を窺っていた。
声は聴こえて来ない。
けれど彼女が相手と会話が旨く行っていないのは分かる。
母親に迎えを頼んでいるのが無理だったのか、それとも友達?彼氏だろうか。
いずれにせよ、彼女は意が通らないまま受話器を置いた。
礼儀正しく、その女子学生はウェイトレスに声をかけて喫茶店を出る。
彼女はまた、雨の降る通りを小走りに去って行った。
今時の若い子がスマートフォンや携帯電話を持っていないなんて。
まるで・・・僕が学生の頃のようだ。
当時は小型式の電話なんてあっても一般では決してなかった。
自動車電話なら、僕達の仲間は持っていたように思えるが。
懐かしい時代が胸に甦る。
僕の、僕達の輝かしい青春と言って良いだろう。

あの日もちょうど雨降りで、僕は親子電話、今で言うところのコードレス電話で彼女からの電話を受けていた。
彼女はひどく僕に対して怒っている。

「だからーっ!今すぐこっちに来てよ!魅録も美童も野梨子も可憐もいるんだから!」

確かどこかに呼ばれたんだ。
けれど雨降りで、珍しく億劫な気持ちで、メンバーが揃っていると言うのに行く気になれなかった。

「悪いけど、今日は勘弁して下さい」
「ナンでさー!もう~十円玉がないんだから。ねっ?」
「ESP研究会の資料も作らないといけないし」
「清四郎がいないと始まんないよ~。ねぇ、だか・・・」

途中遠くでブザーが流れる音が聞こえ、程なく彼女の電話は会話の途中で切れた。

その後、どうしたのだろうか。全く覚えていない。
もう何十年も前の出来事だ。
彼女も覚えていないだろう。
そんな遠い記憶を呼び起こしていると、窓の外では雨が止んでいた。
雨雲の間から陽が射し込み、黒いアスファルトがキラキラと光っていた。

“あの後、どうしたか覚えている?”

そう彼女に訊こうと、スラックスのポケットからスマートフォンを取り出して、でも止めてしまった。
僕は汗をかいたようなアイスコーヒーのグラスを手にして飲み干す。
席を立って会計を済ませると、ほんの少し暑さが治まった通りに出た。
湿度も低くなって歩いていても気持ちが良い。
だからこのまま、歩いて家まで帰ろうと思う。
いつもなら気になることはすぐにスマートフォンを使って調べあげるけれど、今はそれに頼るのを止めようと思う。
急いで答えを訊き出す内容でもないし、それに・・・家に帰れば彼女が、僕を待っているのだから。





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