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また、いつか

また、いつか

夏の、苦しいほど暑く感じた夏の虫の音が、肌寒さを思わせる音に変わった時、遠い昔の記憶が呼び起こされる。
甘く切ない・・・そんな若さ特有の想い。
恋に近く、愛にはほど遠い。
二度と戻れないけれど、記憶はずいぶん薄れて来ているけれど、胸が締め付けられる感情は、ずっとずっと覚えている。



あれは中等部の頃だ。
中等部三年、秋の文化祭の近く。
あたしは担任に、学校の書庫で去年から遡って数年分の文化祭で使われた予算と実績のファイルを探して来て欲しいと言われた。
手書きの表はパソコンに入力してプリントアウトするか、できれば画面上で全てが把握できるように表作成して欲しいとの事。

「クラスで誰か手が空いている生徒がいれば手伝うように言うから、頼むよ」

売り言葉に買い言葉でなってしまった副委員長。
断ろうにも学級委員長はもちろん文化祭準備で忙しく、意外と穴場だった副委員長だったけれど。
まあ、集団で行う作業よりかは独りでの方がと引き受けた。
けれど、昨年度のデータは入力されていたが、それ以前のもので入力されたものはなく、ファイルされた書類すらなかった。
書庫は天井までそびえるスチール棚がぎっしり置かれて狭苦しく、ひんやりした空気はかび臭かった。

「いったいどこから手をつけたらいいんだよ」

蛍光灯を点けても薄暗い書庫では、ファイルの背表紙の文字も読み取り難い。
途方に暮れて棚に寄りかかってぼんやりしていると、ドアがノックされた。
鍵なんかかけていないけれど、クラスの誰かが来てくれたのだろうとドアを静かに開けると、そこには学級委員長が両手いっぱいにファイルを手にして立っていた。

「やあ、先生に頼まれたって?」
「!!・・・ん」

あたしをファイルで押すようにして中に入って来る。

「ちょっとぉ」
「ごめん、ごめん。前が見えなくって」
「わざとらしいなぁ。嫌がらせに来たんだろ?」
「違うよ。先生に頼まれたんでしょ、文化祭の予算。でね、さっき先生から言われたんだけど、一昨年までのが職員室の棚にファイルされていて、それをパソコンに入力して欲しいと」
「そっちにあったのかよ。ここでずっと探してたんだ」
「先生が申し訳ないって伝えて欲しいって。で、今僕が手空いたんで手伝いに来たところです。一緒に入力しよう」
「えー!帰りたいよ」
「二人で力を合わせれば、すぐだから」

そう言って、奥の壁際にあるデスクトップパソコンを立ち上げた。
ブーンと高い音を立ててゆっくりと立ち上がるパソコン。
チリチリ鳴るモニター。
今思えば、ずいぶん時間がかかるものだ。
けれど当時にしてみれば相当の便利品で、アイツはキーを手際良く打っていた。
しばらくそうしてキーボードを打つ学級委員長の横で、あたしはじっと立っていた。

「ねぇ、副委員長さんが数字を読み上げてくれれば、もっと早く作業が終わる」
「いいよ」

確かに一人より、二人。
作業は思った以上にスムーズに進み、最後にフロッピーディスクに書き込ませた。
カタンカタンとそれすらも物理的な音を立てながら、本当に書き込んでる感じでデータは保存されて行く。

「さあ、終わった。後はこのファイルを年度別の棚に置くだけだ。
どこの棚に入れたい?」
「どこだっていいよ。適当によこして」

あたし達はそうして、背中合わせになってそれぞれ年度別の棚にファイルを戻す。
そして・・・ちょうど二人の背中が重なった時・・・
まるでそうすることが当然のように手の動きを止め、まるで肩幅まで合わせるようにしっかり重ねる。
初等部の頃までは同じくらいの身長だったくせに、今では、あたしの頭の後ろにはガッチリした首がぶつかっている。
ちょっとだけ寄りかかってみると、向こうからも体重がかかる。
まだ衣替えの時季には早かったから、シャツ越しに分かるアイツの体温がとてもよく感じられた。
異性の体温なんて初めての経験なのに、ずっと前から求めていたものが手に入ったようにしっくり馴染んだ。
あたしの頭に、アイツのさらさらした髪の毛が触る。
もし振り返ったら、どうするの?何が起こるの?

今、あたし達は心が通じ合っている気がする。
ねぇ、幼稚舎の頃から、ただ反発し合っていた訳じゃないよね?
嫌ってなんてもってのほか。


それから、どちらからともなく、あたし達は離れて行った・・・



夕方の窓辺には無数の虫の音が聞こえて来る。
オレンジ色に染まった空。黒く翳る草木。
もう二度と戻らないあの日。
アイツは、元気にしているのだろうか?
今、誰と過ごしているのだろう。
強化ガラスに触れる夕陽に染まった自分の指からふっと思わせることは・・・
この左手の薬指に、アイツのここに・・・束縛の印があるのだろうか。
ずっとずっと連絡は途絶えたままでいる。
あたし達はどんな別れ方をしたのかも覚えていない。

また、いつか逢える日が来るかも知れない。
その時、どんな顔で、どんな会話をするのだろう。
分からない・・・けれど二人が持った共犯に似た想いは、いつまでも二人の記憶に残っていると信じていたい。





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