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これで、おしまい

これで、おしまい

いつも授業の途中からいなくなってしまう彼女がずっと気になっていた。
学級委員長として、もちろん。
担任から言われていた。

“授業に出るように声がけをするように”
“移動教室や校外活動においても、協力できそうな生徒と共に誘いかけるように”

でもいつもクールにかわされ、僕達の声がけは虚しく終わってしまう。
担任はすでに諦め、生活指導の先生に頼むかどうか、学年主任と話し合っていた。
しかし僕は、諦めていた訳ではない。
皆の声がけが通用しないのなら手段を変えるべきなのだから、むしろ全て僕に任せて欲しいと思っていた。
ここからは個人として。
一人の、古くから知るクラスメイトとして、僕のやり方で彼女の心の内を聞かせて欲しいと願っていた。
だから僕は、彼女の様子を窺いながら、彼女が学校を抜け出したのを見つけるとすぐに後を追った。
もちろん担任にも学年主任にも伝えていない。
これは僕個人の意志でやっているのだから。
彼女と同じ、サボりと捉えられたって構わなかった。
距離をおきながら後をついていくと、彼女は校舎の裏にある、今では教材や物置として使われている旧い校舎に向かった。
外壁に添うように作られている階段を上り、三階と四階の途中にある踊り場で止まった。
普段から使っているのか、そこには生徒用の古い木製の椅子と横には大きな紙袋が置いてある。
僕は彼女が落ち着くまで階段の途中で隠れるようにして待っていた。
本校舎の裏手とあって空気は冷たく、余り陽が当たらない。
けれど空は何処までも晴れ渡り、青く澄んでいた。
彼女は椅子には座らず、手すりにもたれている。
何回目かのため息の後、僕は彼女の後ろに立った。

「剣菱さん」

彼女は振り向かず、もう一度、今度は深いため息を吐く。

「学校出る時からつけてただろ?知ってたんだから」
「さすがですね。気づかれずにうまくいってると思ってたのに」
「で?あたしを連れ戻すように頼まれたの?」
「いいえ。僕が勝手について来ました」
「嘘ばっかり。どうせ担任に言われたんだろ」
「違いますって。だから僕もサボりです」

その時、やっと彼女は振り向いた。
一瞬目が見開き、それから遠くを見るように僕を見つめる。

「どういう風の吹きまわし?」
「君とゆっくり話してみたかったんだ」
「学級委員長として?」
「いえ、一人の、旧き友達として」
「あっは。友達なんかじゃないだろ」
「じゃあ、今から友達になります」
「・・・・・」

彼女は呆れたように僕に背を向け、また手すりにもたれた。

「悪いけど、友達なんていらない。教室にも今日は戻らない」
「どうして教室が嫌なの?何かが気に入らないとか」
「全て。クラスメイトも担任も、全てイヤ。一緒に同じ場所にいるのが許せない」
「理由・・・なんてないよね。とにかく嫌なんですね」

僕はそっと彼女の隣に立つ。
手すりに両手をかけ、空を見上げる。

「それって、少なからず誰もが感じることだと思うよ。君と違っていつもではないけれど、例えば自分に自信が持てない時とか、友達とうまくいってない時とか。そういう時って、周りに合わせるの、辛いよ。」
「お前もある、なんて言わせないよ。自意識過剰な学級委員長」
「ある。今、僕がクラスに戻ったら、そうなる。
どうしてみんな、剣菱さんを分かってあげないの?って、塞ぎ込んじゃう」

今度の彼女は、軽蔑の眼差しで僕を見た。

「バカにしてんのか?」
「まさか。君の気持ちを代弁してるんです。
“どうしてあたしを分かってくれないの?”」
「・・・・・」

手すりからゆっくり手を離し、足を引きずるようにして椅子に向かった。

「落ちこぼれの相手をしないように。そろそろ戻ったら?
あたしのこと分かんなくても、勉強はできるし飯はうまいよ」

僕を振り向いた彼女は笑顔だった。
皮肉るように、片方の眉毛と唇の先が上がっている。

「そうですね。その通り」

怒りで、頬が蒼くなっている。

「でも、僕は君を落ちこぼれとは思っていない。嘘じゃない。
君は落ちこぼれてなんていない。ただ、クラスや学校の枠にはまらないだけだ」

力が抜けるように、音を立てて椅子に座る。
だから僕も、彼女の前に片膝を立てて目線を合わせた。

「ごめん。あたしバカだから言ってる意味分かんない」
「周りは君の良さを知らない。だから悪く言う」
「別にあたしを悪く言うヤツのことなんか気にしてないよ。
だってそんなヤツはみんなあたしには関係ないのばっかだもん」
「それを聴いて安心した。君は君のままで良いんだと思う。
僕も最初は分からなかった。だから、先生達の言うような働きかけしかできなかったけれど」

僕は彼女の両目を見つめて話す。
彼女の目は思っていた以上に大きく、茶色の瞳は今日の空のように澄んでいた。

「変わらなくてはいけないのは、周りの僕達だって言いたいんだ」

まるで僕のずっと後ろを見るような視線はほんの少し外れ、やがて意を決したように僕を見る。

「ありがと。でも・・・」

でも、そんなことできっこないよ。

悲しい、諦めたように僕に向かって言う。

「そうだね。簡単なことじゃない。だからそれは、最初は僕だけで良いって思ってる。
僕が、君の良さを引き出してあげる」
「あはは!できるか!あたしにだって自分の良さは分からない」
「できるさ。何でも、興味のあることから手当たり次第にやればいい。合わなければ、止めればいいのさ。協力する」
「・・・本気で言ってるの?」
「本気です。僕が傍にいて、君を助けるから」
「まだ、よく分かんない」
「うん、ゆっくり、僕が言ったことについて考えて欲しいと思ってる」

彼女の頬はさっきより上気し、自然な笑顔を見せる。
とても、綺麗な女の子なんだね、君は。

「だから、もう、おしまい」

僕の言葉に、彼女は首を傾げる。
飼い主の言葉を理解しようとする仔犬のようで、思わず頭を撫でたい衝動に駆られる。

「一人ぼっちは、これで、おしまい」

僕は立ち上がり、右手を彼女に差し伸べる。
彼女は躊躇するように僕の掌に自分の右手を載せた。
その手はとても華奢で、強く握ると壊れてしまいそうだった。
細く長い指を包むようにして握り、彼女の体を引き上げて立たせる。
とてもとても軽くて、抱き締めてしまいたくなる。

「剣菱さん。今日はこれで、僕と帰ろうか?」
「ば、ばか!そんなことできっか。でも、戻ったら怒られるよ。あたしは慣れてるけど」
「剣菱さんと一緒なら平気です」
「嘘ばっかり。さっきから」
「本気です」

ちょっとだけ顔を近づけると、頬を染めて顔を反らす。
僕も、今はここまでと感じる。
思った通り、学校に戻ると職員室で担任と学年主任、生活指導の先生に注意された。
でも、普段の僕の行いが良いのと、彼女の言葉を借りるなら“先生の指導を守った”から大きな事態にはならなかった。


後日談として言えば、僕は彼女への協力はやる気満々でいたのに、彼女は・・・
他校で喧嘩仲間でロック友達を見つけてしまっていた。
もちろん同じ中学三年、男子。
まさか長期戦のライバルになるとは、この時は思ってもいなかった。




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