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さよならを決めたあとに

さよならを決めたあとに

ホテルのロビーへ降りると、清四郎が庭園に向かった一面ガラス張りの前にあるソファに体をゆったりと伸ばすように座っていた。
朝日を気持ち良さそうに浴び、横のカフェテーブルの上にあるコーヒーカップからは静かに湯気がたっていた。

「おはよう。ゆっくり休めた?」

声をかけると、眩しそうな目があたしを振り向いた。

「おはよう。ちょっと二日酔い気味。悠理は?」
「そんなに飲んでないもん。早めに部屋に戻ったし、朝までぐっすり眠れたし」
「そりゃあ、良かった。コーヒー注文する?」
「今してきた」

あたしは清四郎の横に座る。同時にコーヒーが運ばれてくる。

「野梨子達、さっき出発しましたよ」
「うん、知ってる。部屋にね、来てくれたから」
「そう。国内旅行も悪くないですね。いろいろと回るようですよ」
「いい結婚式だったね」
「そうですね~」

そうして二人でコーヒーカップを口にする。
朝日に照らされている庭園を眺めながら。
昨日は魅録と野梨子の結婚式だった。
互いの家族と、あたし達仲間だけの質素な結婚式。
でも今まで出席した結婚式のどれにも優って素晴らしかったと思う。あたしは・・・
二人は今朝、このホテルを後に新婚旅行へと出発した。
二つ隣のソファへ老夫婦が座ったのをきっかけに、清四郎は口を開く。

「おめでたい時に不謹慎だけれど、魅録が結婚するとしたら悠理だと思っていました」
「あたしっ!?」
「ええ、だって。いつでも、どんな時でもどんな場所でも、二人は一緒だったでしょう」
「あたしと魅録は、大大親友だもん。でも、恋人とは違うんだよ」
「ふうん。どの辺の境界線がそうなのか、僕には分かりませんが」
「清四郎と野梨子の境界線がそうなのと一緒」
「ん・・・」

あたしはもう一口コーヒーを飲むと、テーブルのソーサーに戻した。

「あたし達それぞれの事情が理解できないほど、清四郎は大分遠い位置でしか見ていなかったんだよ」
「うーん、悠理には言われたくないけれど、そうなんでしょうね」
「どういう意味だよ、それ」
「悠理の方が、良く分かっているって、しゃくだなーって」
「勉強不足なんだよ、こっちに関して。無関心だから」
「無関心だなんて。大切な仲間ですよ、みんな」
「あはは。忙しくしてるからー」
「そう言って貰えると、助かりますね~」

清四郎と魅録は高等部を卒業後、それぞれ別の大学へ進路変更した。
後のメンバーは一緒。

「病院は忙しい?」
「まぁね。でも親父の病院に戻ってこれたので、ちょっとは楽になったかな」
「うんうん。みんな喜んでるよ。なかなか会えなくても、近くにいると思えば安心さ」
「ありがとう。その言葉が、僕には嬉しい」

コーヒーカップに、新しいコーヒーが注がれる。
香ばしい、柔らかな朝の香り。

「悠理、結婚は?」

最近、こういう質問が多くなった。適齢期を迎えたからなんだろうけど。

「あのおじさんとおばさんが黙っていないでしょう?良いお話もいっぱいじゃない?」
「まーねー。でもまだそんな気分じゃない。あたしの適齢期はまだなんだと思う。野梨子はそうでも、あたしのはまだ違うって思う」
「そう?悠理が見違えるように綺麗になっているから、そういう話が出てるんじゃないのかなって思ってました」
「綺麗は、前から」
「あはは!お見逸れしました」
「もっともっと、何年も先があたしの適齢期なら、それでいいんじゃないかって思ってる。焦る気持ちなんて、まだないんだなー」
「それで良いと思いますよ。自然で。今の時代、結婚適齢期は皆一緒ではないでしょう」

そしてあたしも・・・清四郎に訊いてみなくてはならない。
社交辞令。だから、こういう会話ってイヤなんだ。
覚悟は決まってる、はず。
だけど、心臓が急にドキドキ言い始める。

「清四郎は?清四郎だってイッパイあるだろ?」
「ありますね~。嫌なくらい。もう、放っといてくれよ、ってくらい」
「あはは・・・」

そしてそのまま、会話は途切れた。
あたし達はまた庭園を眺め、コーヒーを飲んだ。
静かに会話をしていた二つ隣の老夫婦が互いを気遣うように立ち上がると、カウンターに歩いていく。
チェックアウトでもするのだろう。

「良いですね、あの夫婦。あんな感じに互いを気遣える夫婦って素敵ですね」
「ん。魅録と野梨子なら、あんな夫婦になれるだろうね」
「でしょうね・・・」

「清四郎は今まで、結婚を考えた恋愛ってしたことある?」

思いきって、と言うより、自分の意思に関係なく言葉が出た。

「結婚と恋愛を一緒にしたことは今の今まで、ないです」

よく、分かんないよ、清四郎。

「つまりは、結婚を意識した恋愛はないってこと?」
「結婚も恋愛も、それぞれ一方通行」
「また、ワケわかんないことを」

清四郎は形の良い長い指で髪をすく。
そして体をまっすぐにしてソファに座り直した。

「僕のこれまでの人生において、想いを通じ合わせたのは、ただの一度だけ」

清四郎の言葉は、あたしの胸を貫いた。えぐれるような痛みが走る。

「へ、へぇ・・・」
「僕はね、悠理。その女性に“愛している”と言われたんです。
清四郎、愛している、と」

相槌も、ありきたりな言葉も、何も浮かんではこない。
言葉は、あたしから失われたかのように出てこなかった。
頭の中で、記憶の渦がぐるぐると回り始める。

「その女性との出逢いが、僕の人生を180度変えた。だから僕は、ある時、その人に言ったんです。
“あなたが、僕の人生を変えてくれた。あなたと出逢えなかったら、僕は小さな世界の中でしか生きられなかった。素晴らしい仲間とも知り合えなかった”と。
そしたらその人は、僕に向かって、今までにないほど嬉しそうに微笑み、先程の言葉を僕に与えてくれたんです」

ずっと、忘れられない。その微笑みも、言葉も嬉しかったから。
僕はまだ十代の男の子で、純粋にその言葉が心に植えつけられた。
その言葉の種は小さな芽を出し、僕によって大切に育てられ、今でも胸に大きな幹となって育っている。

「一方通行の想い」
「果たして、そうでしょうか?」

清四郎はあたしの瞳を探るように見つめる。
学生の頃、こうやってあたしに真実を吐かせた。ずるい、やり方。

「他に、恋愛も結婚も真剣に考えなかったの?」
「ええ。その人とだけ、想いは通じ合えたと信じているから」
「動こうとはしなかった?」
「動くには、互いのタイミングがまだだと感じた」
「想いが通じ合えたと信じて疑わなかった・・・すごい信念。相手が・・・もしタイミングを間違えて、別の恋愛に走ったら?」
「うん・・・」

そこで初めて言葉につまる。
初めて、弱気な表情を見せる。

「正直、それは怖かった。恋をすると、無理強いはできない」
「必ず戻る、と言う確信もないよ」

でも、と清四郎は言う。
暖かな陽に照らされた庭園を見つめ、それからまるで何かを見つけたように、嬉しそうに微笑んであたしを振り向いた。

「でも、僕は間違ってはいなかった!タイミングは、合ったんだから」

子供みたいな微笑みが、あたしがもう何年も前に決めてしまった“さよなら”を覆そうとする。
もっと早く言ってくれたのなら・・・

「清四郎、あたしの心には、何もないんだよね。あたしには、何も植えつけられなかった。未来の確信も、待つ理由も、何もなかった。だから、覚悟を決めた。
決めてしまった」
「あの言葉は、真実ではなかったの?」
「嘘は吐いてないよ。純粋な気持ちだったんだと思う。だから、伝えたんだと思う。でも、まだ、“愛している”という言葉の意味を理解していなかったのかも」
「理解なんていらない。感じたままの言葉を僕に与えたんだ。
悠理の覚悟って何?始める前から終わらせるなんて、そちらの方が理解できない」
「清四郎、あたし・・・」
「僕達は“今”なんだと思います」

清四郎の長い指があたしの手に優しく触れ、包み込む。

「悠理の心に何もない?種を与えたのは悠理ですよ。
悠理の中には、まだたくさんの“愛情の種”があります。いろんな形のね。
仲間や家族にも、与えました。そして、僕にも。
自分の為に、ひとつ心に植えて下さい。
僕が、毎日お水をあげましょう」

指に、少し力がこもる。
だからあたしは、もう一方の手でその指を、その大きな手を包み込む。
そして“ありがとう”と伝える。


清四郎の手を通じて流れる水は、もうあたしの心の種に恵みを与え、小さな芽吹きが始まった。




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