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キミヲオモエバ

キミヲオモエバ

季節外れの糠雨が幕を引くように降ってきた。
僕は同好会に向かう途中で、厚手のコートの肩が滴を弾くようにして濡れ始めた。
雨宿り、と言うくらいでもなかったが、まだ時間に余裕があったため、目についたファーストフード店へと入っていった。
カウンターでコーヒーを購入して窓辺の一人掛けの席へと着こうとした時、後方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、幼馴染みの悠理がコーヒーカップを載せたトレーを持って立っていた。

「あれ、帰るところでした?」
「そろそろ出ようかなって思ってたとこ。でもまだ待ち合わせの時間まであるから清四郎といようかな」
「待ち合わせ?」
「そ、魅録。ねぇ、コーヒーおかわりしてくるから二人掛けの方で待ってて」

そう言って、彼女は笑顔を見せて翻った。
僕達は向かい合って座り、コーヒーを飲みながら話をする。
とりとめのない話だ。
でも、こうしたシチュエーションって、初めてかも知れない。
二人っきりでいたことはもちろんあるけれど、こうした場所で向かい合って座ってコーヒーを飲みながら話をするって、珍しいことだ。
僕達にとって・・・

「魅録とお出掛け?」
「千秋さんが新しい車を買ったんだって。それを借りて、今からドライブ」
「この雨降りで?それに冷え込みが激しくなれば雪になりますよ」
「ちょっとだけ。ほんのちょっとの時間」
「気を付けて下さいよ」
「今日しかないんだって。明日はもう、千秋さん、それでどっか行っちゃうらしいし」
「ふうん。ま、魅録ですから、大丈夫か」
「うん。魅録だから大丈夫!」

悠理はとびっきりの笑顔を見せた。

互いの約束の時間が近くなって、僕達は店を出た。
アスファルトは真っ黒く染められ、通りはまるで夕方の気配。
吐く息は白く、冷たい空気が頬を刺す。
さっきから降ったままの雨は、夏のそれのように細かい。

「止まないかなぁ」

悠理は重たそうに空を覆う雪雲を仰ぎ見る。

「う~ん。やっぱりこのまま雪になるんじゃないかな」

つられて僕も仰ぎ見た。
粉のように降り注ぐ雨は、僕達の顔を濡らした。
困ったような彼女を見つめ、目が合うとそれを合図に歩き出す。
何も話さなくなった彼女を横目で見ると、ビーズのような雨の滴に覆われていた。

「ここ」

突然彼女がそう言うと、煉瓦通りの角に立ち止まる。

「ここ?こんな所?」
「うん。ここに、魅録が車で迎えに来ることになっているの」
「向こうのアーケードの中で待っていたらいい。魅録には電話かメールすればいいだけでしょ」
「もう約束の時間だもん。魅録は運転中でしょ?」

悠理は笑いながら僕を見上げる。

「そう・・・」

こんなに寒いのに、君は彼を外で待たなくてはならないの?
さっきの暖かな店で、一緒に待ってあげられたら良かった。

「じゃあ。送ってくれてありがと。清四郎はちゃんと間に合うの?」
「ええ、大丈夫」

けれど僕の足は一歩も前に進まない。

「もう行っていいよ。あたしはここで待ってるから」
「寒くない?」
「大丈夫だって!」

そう言う彼女の頬と鼻は赤くなって、細く白い両手を擦り合わせている。
僕はハッと思い付いて、自分が身に付けていた濃いグレーのマフラーとコートのポケットに入れたままの同色の手袋を悠理に差し出した。

「でも・・・」
「いいから」

珍しく躊躇する彼女の首へマフラーを巻き付けた。
明るい色のダッフルコートを着る彼女には、ちょっと不釣り合いな色だった。

「あったかーい!」
「でしょ? ちょっと大きいですけど、手袋も、ね」
「清四郎は寒くないの?」
「大丈夫。この後は建物の中ばかりだから」
「帰りは?」
「講師の方にいつも送ってもらうんです」
「分かった。ありがと。後で返すから」
「いつでもいいから」

もう行った方がいいよ、彼女の目はそう訴えている。
だから、僕は行かなくてはならない。
雨足は一向に変わらない。
ただただ、体が冷えて行くだけだった。
もう一度彼女を見つめると、僕のマフラーにすっぽり包まれて嬉しそうにしている。
でも糠雨は、巻き重なるマフラーの間をすり抜けるようにして彼女を濡らそうとしていて、憎らしい。
それでも僕に手を振って、にこやかに送り出そうとする彼女に従わなくてはならない。
動かない僕の足は、彼女に向いたまま突っ立っている。
困ったように笑顔を見せる彼女は、何を思ったのか受け取った手袋を僕の両手に不器用にはめ、まだ冷たい彼女の手を包み込ませた。

「あったかいの、おすそわけ。ね、清四郎もあったかいでしょ」

子供のような純粋な優しさを僕に差し出そうとする彼女を愛しいと感じた。
それは初めて知る感情だった。

「うん。あったかい」
「もう行った方がいいよ。あたしのせいで遅れちゃ、イヤだもん」
「分かった」

まだ僕の手の中にある彼女の小さな両手をぎゅっと握り、それからゆっくりと離していった。

「またね」
「ええ、また」

今度の僕は彼女に向かって片手を上げ、背も向けることができた。
振り返らない。
振り返らない方がいい。

甘く切ない感情を抱きながら、僕は彼女から去って行く。
今は、これでいい。いいのだ。
先のことは分からないけれど、二人にとって今はここまでなのだと思わずにはいられないかった。





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