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2014年05月

まどろみの中で 後編

まどろみの中で  後編





清四郎の話に期待など出来ないと知っていながら、悠理は眠れずに朝までベッドの中で起きていた。
無言のまま和子が運転する車で帰宅し、すぐに自室のシャワールームで体に残る清四郎の匂いを流した。
それでも自身から、彼の匂いが放ち続けているような気がする。
ベッドの中はそれで満たされているようだ。


頭の中は、あの家での出来事。彼の態度。和子の言葉。



完全な覚醒。



朝になって訪ねて来たのは清四郎でなく姉の和子だった。
いつもの勝気なイメージとは違い、何処か悠理に対して申し訳なさそうな表情だ。
その表情が、悠理を不安にさせた。


清四郎は、どうしたの?


「ごめんね、清四郎がここに来たがったんだけれど、無理を言って私が来たわ。
がっかりさせちゃったかしら?」

悠理は淋しそうに微笑み、首を横に振る。
テーブルの上にメイドが置いていったコーヒーを和子に勧め、近くの椅子に座らせた。
自分はベッドの端に座り込み、じっと、華奢な両膝を見つめている。

「清四郎も悠理ちゃんも十九歳になるんだから、もう大人よね?
私が出てくる事ではないのかも知れないけれど・・・
あのね、私、偽りのない悠理ちゃんの気持ちが聞きたかったの。
あなた達が二人だけで会うと、今までのように互いの気持ちを誤魔化したりするんじゃないかなぁって思ってね」
「あたし、わかんない」
「分からないで、関係を続けていたの?」
「・・・・・」
「私には、正直に話せない?」

それでも黙り続ける彼女を、和子は見つめている。

「清四郎は・・・悠理ちゃんの気持ちを尊重したいと言っているわ」
「え・・・?」

悠理は和子を見上げた。
言葉の意味が、理解出来なかった。





悠理を送り届けた和子を、清四郎は待っていた。
そして朝まで、二人は話し合った。




臆病だけど、彼女の気持ちを知るのが正直怖かった。
知らないまま、この関係を続けて行きたかった。
いや・・・悠理は僕の傍にいてくれるものと勝手に・・・でも・・・

彼女が僕に対して特別な気持ちを抱いていないのであれば、
この関係はこれで終わりにしても仕方がない。
でも、もし、彼女が僕と同じ気持ちでいるのなら、僕はちゃんとした形で彼女と歩んで生きたいと思っている。


それは悠理ちゃんが清四郎にとって必要な、特別な女性ってこと?


ああ、でも僕は、彼女の気持ちを尊重したいと思っている。




悠理は和子をじっと見つめ、その表情を伺う。
とても清四郎に似ている。
話す時の口元や目元、眉を寄せる感じが似ていた。
言葉の表現も、そのニュアンスも。
そして何より、悠理を見つめるその漆黒の瞳が、とても良く似ていた。


「悠理ちゃんは、どう?清四郎をどう思っている?」


悠理はまた目を逸らし、窓の外を見つめた。
外は休日の朝の、優しい気配を漂わせている。

清四郎の態度から、自分を想っていた何て考えられない。
いつまでも、傍にいるものと・・・清四郎は本当に思っているのだろうか。


「ね、悠理ちゃん、目を瞑ってみて」

突然の和子の言葉に、悠理は戸惑った。
無邪気に微笑みながら悠理を覗き込む和子は、悪戯を思いついた子供のようだ。

「さあ、目を閉じて」

そっと、目を閉じてみる。



その暗闇に、最初に浮かんでくるのは誰?
今、一番傍にいて欲しい人は?



悠理は凛とした表情で目を瞑っていた。
やがて、その表情がとても柔らかいものに変わる。

「和子姉ちゃん、ありがとう」

悠理はゆっくりと目を開く。
偽りの無い、澄んだ瞳が伺えた。

和子は悠理の元へとやって来ると、優しくその華奢な背中に腕を回す。

「悠理ちゃん、あなたにとって私が、ずーっとお姉ちゃんのままでも良いのよ。
私は、そう望んでいるわ」
「和子姉ちゃん・・・」

悠理も、和子の背中に腕を回した。
そしてしっかりと、二人は抱き合う。

「あたしも、そう望んでる」

互いの肩に頬を寄せ、優しい温もりを感じ合っていた。





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まどろみの中で 前編

注:文章中に一部、お若い方には不適当な表現があります。10代のお若い方やそのような表現が受け付けられない方はお引き取り下さい。読後の苦情も受けません。






きっかけはなんだっただろう。
確か保健体育のテスト範囲を勉強している内に、中学時代までさかのぼってしまったのが原因だったかも知れない。
男女の体躯の違いや、その機能について。
清四郎から指導を受けている内に、二人の新しい関係が生まれた。





まどろみの中で  前編 





清四郎の姉、和子が医大の友人と出掛けて遅く帰宅した時、それを聞いた。
聴こうと思って聴いたのではない。
自分は帰宅後に夜食を軽くとり、ゆっくり入浴をし、大分リラックスしていた。
明日は休みだし、ベッドの中で目を通さなくてはならない資料を手にしていた。


隣の部屋で、隣の弟の部屋で有り得ない声が聞こえる。
普段聞こえるはずが無い、女の嬌声。
耳を壁に押し付けると、ベッドの軋む音や衣擦れの音まで聞こえてきそうだ。
彼女は驚きの余り口元を両手で覆った。


まさか、まさか・・・有り得ないわ。

確か今夜は、弟の親友の一人である少女が、来週末行われる期末テストの為に弟を訪れていると先程母親に聞いた。

まさか、弟が・・・そんな事をあの子と!?


和子は身じろぎも出来ずにじっとベッドに座り込んでいた。





悠理は隣でぐっすり眠っている男の乱れた黒髪に触れ、色の悪い頬へと指を滑らせた。
滑らかな頬は、男のものとは思えないほど綺麗だ。
その指を今度は自身の頬へと触れる。
滑らかで、柔らかい。
やはり自分は女なのだと思ってしまう。
彼とこういう関係を持つようになってから彼女は充分に感じていた。
どんなに普段男の子のように振舞っていても、自分は女なのだと。
小さく動く度に、先程の激しかった性交の匂いがシーツから放つ。
彼女はもう一度男の顔を見つめる。
憎らしいほどに、無表情で眠っている。
でも彼の腕は、彼女を抱くように胸に腕を回していた。

とても、暖かい。


このままこのベッドの中で朝までまどろんでいたい。
腕に抱かれたまま、じっとこうしていたい。

でも、出来る訳ない。
早くここから出て、階下の部屋に用意された布団に潜り込まなくてはいけない。
ひんやりとした、真っ白なシーツに包まれて。


何故なら二人には、語らない不文律があった。

誰にも言えない二人の関係について。
互いすらも知らない感情について。


彼女の胸はただ痛んだ。


「清四郎、あたし下の部屋に行く」
「ん・・・ああ・・・」

彼は寝惚けたように答えると、悠理から腕を解いて背を向けた。

そっとベッドを出る。
スタンドの仄かな明かりの中で乱れた下着を直し、ベッド下に散らばった服を手探りで着る。
エアコンディショナーがカタカタと言いながら、真っ青な光を小さく放っている。

いつまで続くんだろ。
こんな事、いつまで続けるんだろ。
明日、こいつの家族の前で普通に振舞えるか、分かんない。

もう、限界だよ。

このまま帰ろう。
どこかでタクシーを拾って。

音を立てないように彼の部屋を出た。



気配に気付き、和子は急いで自室のドアを、でもそっと開けた。
弟ではない、その細い影が静かに階段を降りようとしている。
手に大きなバッグを持って。

「悠理ちゃん?」

和子が声をかける。

はっとして振り返る顔は、普段の彼女のものとは違って見える。
違って、愁いを帯びた美しい女性そのものだった。

「待って。どこに行くの?」
「帰る」

翻って階段を降りようとする彼女の腕を、和子は素早く掴んだ。

「悠理ちゃん、ねえ待って」
「や、やだ」

腕を払おうとするも、強く掴まれて離れない。

「痛いよ、放して」
「お願い、悠理ちゃん。ちょっと待って、ね?私の部屋に来てちょうだい」
「もう帰るから」

次第に二人の声が大きくなり、その所為で清四郎が目覚めて部屋から出てきた。

「姉貴?」

柔らかなスウェットの上下姿と乱れた黒髪が、先程の激しい記憶を悠理に呼び起こした。

「悠理、そんな所で何してる?」

彼女は何も応えず、和子の手を払おうとばかりしている。

「どうしてこんな時間に帰るの?」
「だって・・・勉強を教わってたら眠くなっちゃって。
気が付いたらこいつも寝てたし、だから帰ろうって・・・」
「お母さんが下の部屋に悠理ちゃんのお布団を敷いていたのよ。知ってるでしょ?
・・・もっと、別の理由があるんじゃない?」
「・・・・・」
「清四郎、あんた達、どんな関係なの?」
「!!」

かっと赤くなる悠理。

「友達だよ。そんなの、ずっと前から知ってるじゃん」
「もっと、深い関係なんじゃない?」
「何を根拠に、姉貴は・・・」
「根拠?あんたの部屋に行けば全てが分かるんじゃない?」
「!!」


「和子さん?どうしたの?何の騒ぎ?」

階下から、彼等の母親の声が聞こえる。

「お母さん、何でもないわ。悠理ちゃんがちょっと寝ぼけちゃっただけ」
「そう?早く休みなさい。もう遅いわ」
「ありがとう、おやすみなさい」

母親は気にする様子もなく、自室に戻ったようだった。

「二人とも、私の部屋に来なさい」
「や・・・お願い、帰して」
「ダメよ。清四郎、早く私の部屋に」
「今夜は遅いから。悠理、下の部屋に」
「やだ」

悠理はべそをかき始めた。

「清四郎早く!なんならあんたの部屋に行く?」

清四郎は喉を鳴らし二人に背を向け、和子の部屋へと向かう。
和子も、もう抵抗しない悠理の腕を掴んで清四郎に続いた。

深く突き刺さる痛み。

悠理の胸は痛んだ。
苛立ちを隠せない清四郎の表情に。
一度足りとも自分を庇おうとしない態度に。
ただ、胸が痛んだ。


「あんた達には、がっかりしたわ」

泣きじゃくる悠理をベッドの端に座らせ、その肩を和子は抱きながら摩り続ける。
悠理から、清四郎に抱かれた後の硝煙反応のような気配が伺えた。

「清四郎、どう言うつもりなの?」
「・・・・・」
「責任あっての事なのかしら?」

彼は俯き、唇を噛んでいる。

「返事によっては、許さないわよ」

声を上げて泣く悠理を、彼は一度として見ようとしない。
その態度に、彼女は悲しさを覚えずにはいられなかった。

なぜ?

何故自分はこんない悲しいのだろう。
何故こんなに辛く淋しいのだろう。


「悠理ちゃん、大丈夫?清四郎、何も答えられないの?」
「・・・・・今夜は、彼女を帰してやってくれないか?僕がタクシーで送るから」
「彼女は私が車で送るわ。あんたは何も答えられないのね?」
「姉貴には答えられませんね。これは僕達の問題だ」
「悠理ちゃん・・・あなたは、どうなの?」

顔を覗き込み、優しく問いかける。
悠理は首を振りながら泣きじゃくるばかり。

「悠理は、何も悪くない。彼女は僕に、一度たりとも求めた事はない。僕が勝手にした事だ」
「や、やだ・・・もう・・・」
「あんた達は、気持ちがあっての事じゃないの?」

「あたし、帰る!!」

耐えられず和子の腕を払い立ち上がると、悠理はバッグを持って部屋を出ようとした。
清四郎は直ぐに彼女の元へ走り寄る。
彼女の細い肩を乱暴に掴んで振り向かせ、自身の両手を壁に突け動きを封じた。
驚いて見上げる彼女の頬には、いくつもの涙の痕があった。

「悠理、タクシーで家まで送りますよ。朝になったら、もう一度お前の家に行きます。
そうしたら、お互いの気持ちについて、一緒に考えましょう」

もっと、単純なコトじゃないの?
そんなに入り乱れたコトなの?

「あんた達がどういうつもりで付き合っていたのかは知らないけれど・・・とにかく今は、私が彼女を自宅まで送るわ」
「姉貴、それは僕がやる」
「ダメよ、ダメ。きちんとした関係を築けるまで、あんた達は会っちゃダメ」

和子は清四郎を制した。
悠理のバッグを持ち、彼女の肩を抱くように部屋を出て行く。

「悠理。明日、朝になったら必ず行くから」

ドアの傍で彼が言う。
でも悠理は、振り向く事が出来なかった。




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優しい関係

優しい関係


それが正しい選択になるのか?と問われると清四郎も悠理にも良く分らない。

でも悠理には耐えられなかった。

すれ違う会話・趣味・行動・・・

気持ちが通じ合った頃は一緒にいるだけで幸福だった。互いの存在が嬉しかった。

でも、清四郎から一度だって愛の言葉を貰った事がなかった。

悠理だってそうだ。会えない日が続いたって「淋しい」とか「会いたい」と言う、

甘えた言葉や仕草を与えなかった。




悠理は今、魅録と野梨子の為にハンバーガーショップに向かっていた。

彼女が趣味の合う魅録の家を訪ねると、そこに野梨子がいたのだ。

二人は数ヶ月前、友人の枠を越えた。

彼等が互いに惹かれ合うのも、それぞれの初恋相手を思えば分るような気がした。

今夜魅録の所に野梨子がいない事を望んだが、やはり彼女はいた。いて当然なのだ。




魅録の家の近くにある並木道を抜け、大通りに出ると右に曲がり、

暫く歩いてまた右に曲がると小さな商店街に出る。

その通りの中にハンバーガーショップが一軒ある。こんな時間に開いているのはこの店しかなかった。

すでに商店街はシャッターが閉められていた。

二十四時間営業のその店だけがやけに明るかった。窓から店の中を見ると、さほど混んでいない。

空席もいくらかあり、大学生アルバイトらしい女の子が欠伸を噛み締めている。

悠理は店内に入り、その女の子にハンバーガー十個とフライドポテトを五個注文した。

彼女は待っている間、カウンターの前の小さな椅子に座り、女の子の後方を見た。

奥の厨房も忙しそうではない。若い男女が与えられた役目をこなしているだけのように見える。

店を出るともと来た道を戻らず、しばらくまっすぐ歩き、比較的大きな道路を出るとまた右に曲がった。

この道を進むと駅前に出る。




悠理はただ歩いた。余所見をせずにまっすぐ。左手にはハンバーガー、

右手にはフライドポテトの紙袋を持って。

見覚えがある街灯を見つけると、そこで彼女は立ち止まり、その前のレストランを、

二階にあるその店を見上げた。

去年入ったピザの専門店。あの時は確か季節は夏の初めだった。

店に入る前に魅録の家で清四郎と付き合う事を決め、

その帰りに二人でこの店に入り、食事を、恋人同士としての最初の食事をしたのだ。

互い友達の延長のように変わりなく食事をした。

他愛も無い話をしながら。



今思えばあたい達は、ただ照れていたのかも知れない。

ううん、本当は不安で仕方なかった。あたいは清四郎を手に入れながら、いつ失ってしまうか不安だった。

あの時はそれでも幸せだった。



悠理は街灯に寄りかかり、自分達があの時座った窓際の席を見つめていた。

あの日も帰り際にここから自分達が座った席をちらりと見上げた。

後に座ったカップルを見て、とても悲しい気持ちになった。

まるで清四郎から別れを告げられるかのように、すっかりうろたえていた。


今は・・・


今窓際の席には、悠理と同じ位の四人の女の子達が座っている。

楽しそうに一人の携帯電話を覗き込んでいる。メールでもしているのだろう。



今は、全くその通りになっちゃいそう・・・あたい達・・・



誰かが悠理の肩を軽く叩いた。振り返ると清四郎が立っていた。


「せ、清四郎!」

「何をしているんです?あの店に誰か知っている人でもいるんですか?」


彼女はすっかり驚いた。こんな所で、こんな時間に清四郎に会うなんて。


「お、お前こそ、なんだよ、こんなとこで」


清四郎は慌てている悠理を見て笑った。


「何慌てているんです?そんな大きな紙袋を抱えて。おかしいですよ」


彼の口調はいつもと変わらず明るかった。


「誰と食べるんです?そんなに沢山。まさか一人で食べるんじゃないでしょうね?」

「違うやい!魅録んとこで食べるんだい。野梨子もいるじょ」

「ほう・・・それは奇遇ですね。僕も彼の所に行こうと思って。一緒に行きますか?」

「ん・・・」


二人は肩を並べて歩き出した。


「この間は取り乱してごめん・・・突然だったから、ちょっと驚いて。でももう大丈夫。

お前の言いたい事分ったし・・・その方がいいかな、って」


すれ違う二人の関係に終止符を打つべきか否か、話し合ったのだ。


「清四郎がそうしたいのなら、それでいい。だって一緒にいて喧嘩ばっかじゃ、意味無いもん・・・」

「悠理、ちょっとそこの公園で話しませんか?どうせこんな時間にハンバーガーなんて、

 あなたが食べたいだけでしょう?」

「ぐっ・・・魅録達に気をつかっただけ。二人きりにさせたんだよ。あたいがいちゃ悪いだろ」

「急いで戻らなくても良いのなら、そこで話ましょ」


清四郎は悠理の背を軽く押し、通りを挟んだ先にある公園に誘導した。悠理はビクンと背を伸ばした。

今の彼女は、清四郎に触れられるだけで緊張するのだ。彼はそんな悠理を気の毒に思った。

そうさせたのは自分なのだ。

清四郎は悠理の先を歩き、すでに噴水が止まったその前に、外灯に照らされたベンチに座った。

悠理は少し躊躇してから、彼の隣に少し間を置いて座った。

初秋とは言え、薄手のコート一枚羽織りたい。

清四郎はふと夜空を見上げると、一面に星が散っていた。



無数の星は僕達と関係無く、全く別の場所で存在している。僕達と関係無しに・・・

あるいは僕達の燻った気持ちに、救いの手を差し伸べているのかも知れない。



どちらにしてもその星空は、不思議と清四郎に僅かな安らぎを与えた。

悠理は大きな紙袋を自分の脇に置き、何やらガサゴソやっている。


「やるよ」


清四郎にハンバーガーを手渡した。彼は少し困ったように受け取り、さっさと食べる悠理を横目で見ながら、

自分の両手にあるそれを見ていた。まだ充分に温かい。


「いただきます」


清四郎は包み紙を途中まで開き、片手でハンバーガーを持ち一度は口元まで運んだが、

口に入れる代わりに大きなため息を吐き出した。


「ああ、あたいおなか空いてたんだ。ちっとも知らなかった。信じられないかも知れないけど、最近食欲無くてさ。

今だって出かける口実作って買いに出たんだ。とてもおいしい。ハンバーガーがこんなにおいしいなんて知らなかった」


悠理は手の中に残った包み紙を見ながら言った。


「帰りゃいいんだけどさ・・・独りになりたくなくて・・・でもこれ食べたら落ち着いた。満たされると何だか落ち着く」


彼女は包み紙を丸めて清四郎の方をちらりと見た。


「身体が求めてたんですよ」


彼は申し訳無さそうに彼女を見つめた。こんな小さな悠理にしたのは自分なのだ。


「そう、そうかな・・・人は満たされると他人に優しくなれるのかな?」


丸めた包み紙を見つめながら、片手で持て余して彼に問う。


「分らない。どういう意味です?」

「あたい魅録んち行っただろ?インターフォン鳴らした時、野梨子が出たんだ。ちょっと驚いた表情で。

でもすぐに笑顔で中に入れてくれた。

それから、魅録は今ちょっと部屋でやりかけの仕事をしてるからってキッチンに入ってさ。

あたいじっと見てたんだ。ただじっと見つめてた。

あるいは睨んでいたかも知れない。野梨子の手馴れたキッチンの使い方を、さ。だってそうだろ?

少し前まであたいが自由にキッチンを使ってたんだ。勝手に冷蔵庫開けたり、食器棚からお菓子取ったり。自由に。

こんなことになるなんて考えもしないで使ってたんだ。とっても不思議だった。

野梨子があちら側にいて、あたいがこちら側。けっしてあちら側に行けない・・・

あたい、もう居場所無いじゃんか。お前んとこも行けない。魅録んとこも・・・

でも野梨子何も聞いてこなかった。口元にうっすら微笑みさえ浮かべてさ。その後どうなった思う?」


分りません、と清四郎は呟いた。


「野梨子、あたいにホットチョコレート作ってくれたんだ。ミルクと砂糖がたっぷり入ったホットチョコレート。

ホットチョコレートだぞ?しばらく飲んだ事無かったよ。

あたいいろんな事話そうと思ってたんだ。お前との事とか、あいつらの事とかさ。でもそのホットチョコレート飲んでたら、

言葉浮かんでこなかった。そして野梨子こう言ったんだ、少し顔色良くなったみたいって。

あたい他人なんて心配してる余裕無いよ。だってあたいは失いそうなんだぞ。大切にしていたものを失いそうなんだ!

できるなら取り戻したいんだ。そのことで必死なんだよ。他人なんてどうだっていいんだ。

・・・お前も・・・あたいがいなくっても満たされてるから余裕なんだな」


悠理は丸めた包み紙を見つめながらそう言った。


「それは多分、違うと思う」


清四郎は言った。

それは多分違うんじゃないでしょうか、彼も片手で持っていたハンバーガーを見つめながら言った。


「悠理、それは違います。僕に余裕なんてありません。僕はけっして満たされてなんていません。

お前が聞くと嫌味に聞こえてしまうのかも知れませんが、野梨子達だって百パーセント満たされている訳では無いと思います。

上手く言えませんが、同じように苦しんで来たから、だからお前のことが分るのではないでしょうか。

失った事が無い人は、失った人の気持ちなんて分らない。そこにホットチョコレートなんて存在しない。僕はそう思います」


しばらく二人は沈黙に包まれていた。悠理は丸めた包み紙を見つめ、清四郎はハンバーガーを見つめたままでいた。

深い闇に、二人は包まれていた。

やがて悠理はため息をついて、それから鼻で少し笑ったようだった。


「これがお前との、彼女としての、最後の食事」


そして清四郎を見て、微笑む。

「多分、もう彼女としてお前とは会わない。あいつ等にも会いに行かない。でもお前の事は忘れない。

だってあたいはお前が好きだから。これから先お前以上の人は現れない。あたいには分るんだ。

あたいは本当にお前が好きだった。時々あたいに向ける笑顔はあたいだけのもの」


身体が触れ合うだけで幸せだった。だからお前があたいを抱いてくれる時、抱いてくれる度に、

あたいはどんどん大人になっていくような気がした。

いろんな事が理解できていくような気がした。抱かれた後はこの腕も、この胸も、髪先から爪先まで全て、

身体全体が瑞々しく輝いて、満たされて・・・

あたいは本当に幸せだった。


「今だってそう。今のお前はあたいだけのもの。そうだろ? お前の部屋にいる時、ご飯を食べる時、

ベッドに一緒にいる時、あたいと一緒にいる時のお前はあたいだけのもの」

「・・・ありがとう・・・僕もあなたが好きです・・・上手く言えませんが、

あなたはいつも僕に新鮮な空気を運んでくれた。爽やかで明るくて・・・」

「こんな事になるなら、こんな辛い思いするなら、何も知らない方が良かった・・・」


再び訪れた静けさに、清四郎の心は貫かれた。


「やっぱ帰る。このハンバーガー、野梨子に渡してくんない?」


悠理は立ち上がり、清四郎の方に身体を向けた。そして、バイバイと言った。

清四郎はベンチに座ったまま彼女を見上げた。彼女の表情は穏やかだった。

清四郎は彼女を見つめるだけで何も出来なかった。

かけてあげる言葉も別れの挨拶さえも浮かんでこない。

悠理は颯爽と歩き去った。まるでこれから訪れる苦難に立ち向かうかのように。



清四郎はしばらくその場に、ベンチに座っていた。何を考えていたのかは覚えていない。

ただ、自身の肉体の一部を、大切な一部分を無理矢理ねじ取られたような痛みが走った。

悠理は僕を求めている。僕も悠理を求めている。僕達は何も失ってはいない。

そして失うべきものなんて何も無い。

今の僕達は、まだ与え合ってもいないじゃないか。



悠理!

清四郎は走った。全てベンチに置き捨てて、華奢な背中を探した。



「悠理!」

彼女はびっくりしたように振り返る。


「まだ間に合いますか?間に合いますよね?」


彼女は虚をつかれたように清四郎を見つめている。


「あなたが僕を求めるように、僕もあなたを求めています。いいえ、あなた以上に僕はあなたを求めています。

求めすぎて、あなたへの想いが強すぎて、あなたの気持ちが見えなくなってしまった。

通じ合っていないと誤解してしまった。想われていることに、自信も確信も持てなくなってしまっていた」


二人に一度出来てしまった心の壁は幾重にもなり、互いの姿が見えなくなり、声が聞こえなくなってしまったのだ。


「あなたに、もっと心の内を言葉に表すべきでした。僕達はとても不器用なのですから」

「清四郎・・・あたい・・・」

「こんなに求め合っているのに、何故別れる必要があるのでしょう?」


堰を切ったように悠理は声を上げて泣き始めた。



何故こんなに僕を求めている彼女と別れようとしたのか?

何故素直に自分の気持ちを伝え、彼女の心の内を聞こうとしなかったのか?



清四郎はわんわん泣く悠理を、優しく抱き締めていた。彼女が落ち着くまでずっとそうしていた。



愛しい、と思った。こんなにこんなに悠理が愛しいなんて。

求める事が、求められる事が、こんなに快いなんて。


「実は今夜、魅録の所に行こうと思ったのは、あなたのことを相談しようと思って」


泣き止んだ悠理を抱き締めたまま、清四郎は彼女の耳元で囁いた。


「一度はあなたとの別離を決めたのですが、実際、踏み切る事を留まっていました。

そうさせる自分の気持ちが分らなくて、彼に相談しようと思いましてね」

「あたいと同じだ」

「考える事は一緒ですね」


悠理・・・と清四郎は小さく名前を呼ぶ。


「もう、意地を張るのは終わりにしましょ」


二人は見つめ合い、自然に唇を重ねた。


「初めからこうして、互いの気持ちを確かめ合っていれば良かったですね」


くすくす笑って唇を、今度は深く重ねる。


突然悠理が唇を離し、空を指差す。


「ねぇ、見て!すんごく綺麗!!」


見上げれば先程より輝かしい星空。

もうしばらくするとこの星空は、もっと美しい澄み切った冬の星空へと変わっていく。

清四郎と悠理の関係のように・・・





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confusion

とにかくそれは、郊外にあるホテルの一室から始まる。
今二人は、ダブルベッドの上で絡み合っている。服を着たまま、お互いの肉体を求め合っているのである。
こめかみや首筋への愛撫。戦慄を受ける身体。
現実の喪失・・・


CONFUSION


あの日、それは二人がたまたま街で出会い、たまたまそういう雰囲気になってしまっただけのこと。
誰かを傷つけようとか、何かを壊してしまおうなんて考えていたのではない。
不満があるわけでもない。
魔が差しただけ・・・


その日はいつもと変わらず六時に起き、バスルームで顔を洗うとキッチンに向かった。学生の頃とは彼女自身でも驚くほど変化した生活。今では慣れてしまった生活。
彼女はその日も同じようにキッチンに入り、ベーコンと卵を焼き、レタスとキュウリとトマトのサラダを作る。朝日が当たるテーブルの上のバスケットに、数種類のパンを入れた。珈琲を作り、砂糖とクリームを用意し、冷蔵庫からミルクとオレンジジュースを取り出して時計を見る。六時四十分。
そろそろ夫が起き、子供が起こされる。七時前には三人で朝食の席につく。
いつもの光景だ。変わらない光景。今では当り前の光景。

「ママ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよ!」

何があっても朝は笑顔でいよう、と彼女は思う。  
間もなく六歳になる息子は、棚に置いてあったコーンフレークの箱からざらざらとそれらを皿にあけ、ミルクを溢れるように入れる。

「卵くらい食べなきゃ駄目だよ」
「分ってるよ。でもこれしか入らないんだ」

ミルクですっかり柔らかくなったコーンフレークをスプーンでずるずる食べる。

「夜、寝る前におやつを食べるからですよ」
「ママが食べるからだよ!」
「あたしは夜食べても、朝はちゃんと食べるぞ」

そうして三人で笑う。幸せな日々。

そんな当り前で幸せな日々がいつまでも続くと思っていた。
心に翳りなどない幸せな日々・・・

あの日、久しぶりに街で偶然悪友に再会しなければ・・・・・


彼女の太腿に男の硬い欲望が感じられる。
彼女の耳には男の荒い息づかいと、知らない衣擦れの音が聞こえる。
全てが、全てが現実を喪失している。

男は彼女の薬指の束縛が憎く感じられた。
指輪の内側にある、何年も前から知っている親友のイニシャル。
男は彼女の薬指を乱暴に握り締めると、唇に触れてから軽く噛んだ。

「あ・・・痛い!」

手を引く彼女のそれを強く引き寄せ、両腕の自由を失わせると彼女の細い首筋に愛撫を与え、その下へと進む。
彼女はけっして快楽に溺れる喘ぎ声を出さないよう、咽喉もとでそれを押し留めていた。

絶対自分のものにならない女。
昔から、そしてこれからも。
肉体は繋がるかも知れない。でもけっして精神は繋がらない。

激しい男の愛撫に、夫によって熟されて女の身体になった彼女は強く反応した。
二人は乱れた服を纏ったまま激しく絡み合う。

その時メールの着信音が鳴った。一瞬二人の動きが止まる。

「電話?」
「ううん、メール。大丈夫、後で、見る」
「見てみろよ」
「でも・・・」
「いいから」
「ん・・・」

男は彼女から離れ、ベッドサイドに置いてある煙草を手にする。
彼女はジーンズのポケットから携帯を取り出した。
夫からのメールには写真だけが添付してある。

「カブトムシ・・・?」

彼女の囁きを聞き取れずに男は顔を寄せた。煙草に火はつけていない。

「どうした?」

今度は電話の着信音だ。
携帯の液晶画面には夫の名。

「出ろよ」
「ん・・・」
「早く」
「分ってるよ・・・」

彼女は乱れた襟元を直し、ゆっくり通話ボタンを押す。

「もしもし・・・」
『ママ!見た?』

その声は自分の愛する子供のもの。

『ママ!僕だよ!送った写真見た?』
「ん・・・う、うん。もちろん見たよ。すごいな。」
『僕のカブトムシだよ。パパより先に見つけたんだ。捕まえる時、ちょっとだけパパに手伝ってもらったけど・・・大きいでしょう?パパのよりずっとずっと大きいんだ。
ママ、早く帰ってきて!どこにいるの?パパとかわるよ』

彼女の息子は無邪気に話す。その言葉一つ一つ、彼女の心に深く突き刺さる。

『今どこにいます?僕たちは今からホームセンターに行って、飼育ケースと必要な物を買い揃えます。すぐに帰ってこられる所にいるんですか?一緒にカブトムシの家を作りましょう』
「分った。今すぐ戻るから。買い物したら家で待ってて。すぐ、すぐ戻るから」

彼女はゆっくり電源ボタンを押した。
襟元を抑え、俯いたまま男に言う。

「・・・ごめん・・・ごめん・・・」
「・・・馬鹿。謝る相手が違うだろ?」
「ん・・・でも・・・ごめん・・・」

男は彼女の肩に手を置いた。ビクンと身体が張る。

「謝るな。惨めになるだけだよ、お互いに。
忘れよう・・・って無理だけどさ。俺達の胸に留めておこう。もう、二度とこんな事が起こらないように、さ」

彼女は今二人が座っている、さっきまで波打っていたベッドを指で触れ、応える。

「・・・・・分った」
「先に部屋を出ろ」

彼女は一度も振り返らずに部屋を出た。


あの初夏の日、あの日以来、彼女は心に陰りを持ったまま朝を、同じ朝を迎えている。

「ママ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよ!」


あたしの罪はどんなに時間が経っても消えない。記憶も肉体の感触も。
でも、どんな事があっても笑顔で二人を迎えよう。それで罪の報いが消える訳ではないけれど、明日もこれから先・・・いつまでも・・・
精一杯、二人だけを愛していこう。二人を失わないように、自分を失わないように・・・

                               




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夏の彼方

「待って。今、あそこで清四郎を見かけましたの」

噎せ返るような真夏の暑さと人込みの中で、野梨子は突然立ち止まった。

アイツは同好会で今、この東京にはいない。

それなのに野梨子は、アイツの陰を捜すように人込みに紛れた。
息を切らし額の汗をハンカチで拭いながら、見えたはずの陰が自分の見間違いだと気付くまで、俺は彼女に付き合った。

野梨子は深い溜息を吐く。

「確かに、見ましたの」


清四郎がもう一人の幼馴染と付き合い始めて以来、こんな行動はよくある事だった。
清四郎の代わりに、俺が、彼女を自宅まで送る。
そんな時、よくある光景だった。
野梨子はいつも念い詰めた眼差しで、清四郎の陰を追っていた。

どんなに追っても、どんなに捜しても、清四郎はもう、野梨子の隣りには戻らない。

会えないと意識の内に理解していても、無意識の片隅でアイツを捜しているのだ。
偶然の成り行きを願っているのか。
野梨子は遠くを見つめ、また、その大きな漆黒の瞳を落とした。


だから俺は、彼女に不器用に笑ってみせる。
彼女が、笑顔でさよならの意味が理解できるように。


「こんなに人に紛れておりますのに、どうして孤独だけを感じてしまうのかしら」

冷たい秋風が吹く頃、彼女はそう呟いた。

いつまでも過去の念いだけに生きるものだから、俺には彼女が暗い影にしか映らなかった。
せっかくの仲間達との愉しい思い出も、彼女の影に覆われて行く。


だから俺はまた、不器用に笑ってみせる。
彼女に、さよならが届くように。


「こんなに切ないのなら、いっその事、忘れてしまえばいいんですわ」

これ以上の苦しみ耐えられないと、無理に忘れようと試みる彼女に、愛おしさを感じた。
だから俺は、今まで以上に野梨子の傍にいた。


彼女の辛い念いを、あの噎せ返る夏の彼方へ放てるように。



「少し、疲れましたわ」

温かな春の日差しを浴びながら、二人で過ごしていた休日の街角で、野梨子は俺の腕を取った。

「あそこの喫茶店で休憩致しましょう」

野梨子の細い腕が離れて行く、その温もりを残念に思いながら俺は頷いた。
彼女と過ごす時間が確実に増えているのに、彼女の心が見えないのがもどかしかった。

重いガラス扉を乱暴に押し開け、俺は店内に入ってから慌てて振り向いた。


もし一緒にいるのが悠理なら、俺より先に扉を開けただろう。
可憐なら、俺の雑な行動に口煩く文句を言ったに違いない。


「わ、わりぃ」

扉の向こうで、野梨子は口元に手を添えて笑っていた。

「魅録らしいですわ」

俺は美童のように甘い言葉を囁きながら、扉を開けることは出来ない。
清四郎のように幼馴染を気遣う事も、出来ない。

俺は席に着くと、失態を隠すように煙草を銜えた。火は、流石に点けない。

「魅録はおいしくない男(やつ)、ですわね」
「はっ?」

くすくす、と野梨子は口元に手を添えて、また、笑った。
およそ彼女らしからぬその台詞に、正直驚き、煙草を落としてしまった。

「の、野梨子。どういう、意味だよ?」
「いい奴ほど恋愛する時は退屈な男になりがち、と言いますわ」

魅録は、恋愛には本当に不向きですわね。

そう言って、上品にティカップを口にする。
俺は多分唇を曲げ、変な顔をしているに違いない。

でも・・・と彼女は言う。

『私、そんなあなたの善さを、一番よく知っているつもりですわ。これまでも、これからも・・・』






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