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2014年10月

恋心の忘れ方 4

何度かママのお店を訪れた。
わたしがお手伝いしていると、決まって来店してくれたように思えてたの。
指のサイズを測るのも、リングのデザインや着けた雰囲気を見るのも、いつもわたしの指で試すから、ひょっとしてって思ったの。
ひょっとして・・・わたしへのプレゼントを決めているのかしらって、勘違いしていた。
来店時はいつも彼独りで、わたしを見つけると気さくに片手を上げた。
素敵な笑顔とカジュアルなスーツが似合っていて、それでいて品の良さを感じていたわ。
何度も何度も慎重に、指のサイズとデザインを見ていた。
“よし、これに決めたよ”って言った時、彼の頬がちょっとだけ紅くなった。
そしてわたしの手を取って、リングを見つめて、“とってもよく似合うよ”って。
だからわたし、“ありがとう”って思わず言ってしまったの・・・
綺麗にラッピングして、メッセージカードを用意して、彼は言ったわ。


「ここで彼女へのメッセージを書いてもいい?」
「もちろんですわ。そちらのテーブルでどうぞ。今、コーヒーをお持ちします」


給湯室でコーヒーを作って、トレーにカップを載せて、心踊らせて彼のもとに行った時、わたしの独り善がりは終わったと知った。
だってメッセージカードには、わたしではない彼女の名前が書いてあったから。
プレゼントを贈るのは、わたしではない他の誰かと知ったから。


「君のおかげで本当に助かったよ」
「いいえ、どういたしまして。どうぞお幸せに」


彼はいつものように、片手を上げて去って行った。
笑顔もまるで変わらない。
とても楽しそうに。とても幸せそうに。
明日から、ここには来ないと分かっているのに。
わたしと、もう会えないって知っているはずなのに・・・

彼とはママのお店でしか会ったことはない。
リング以外の話もしたことはない。
触れるのはいつも互いの指先で、それ以上の進展なんかもちろんなかった。
けれどとっても嬉しかった。
わたし自身、不思議とそれ以上を強く求めなかった。
ただママのお店で会えることが、とても幸せに感じたの。

心の中に、ぽっかり穴が空いた感じがした。
何を失った訳でもないのに。今までと全く違う日常が訪れる訳でもないのに。
けれど、もちろんだけど、涙は出なかった。
ちょっぴり切ないけれど、焦燥感も嫉妬心もなかった。
時間が経つと、彼と、会ったこともない彼女の嬉しそうな姿が想像できた。
幸せになって欲しいと、心から思えるようになれたの。

そうしたある日、悠理が突然お店に入って来た。
失恋記念に、アクセサリーを買いに来たって。
誰の為でなく、自分だけの、世界にひとつだけのオリジナル。


「タマ&フクじゃなくていいの?」
「うん。シンプルで、あたしだけに分かるヤツ」


さんざん迷って、細いシルバーの喜平ネックレスに、トップは悠理がデザインした葉を象ったもの。
銀細工をしているママの友人に頼んで、一週間で作ってもらった。


「意味は?」
「冬は・・・木の枝に葉っぱがないだろ。裸ん坊で寒そうだし、淋しいから」
「そう。今、あったかいホットチョコレートを作って来るわ」


ホットチョコレートが入ったカップを差し出すと、悠理は香りを楽しむように目を閉じて息を吸い込んだ。
その姿がびっくりするくらい大人っぽくて綺麗だった。


「ありがと。あったまった」


店内は充分に暖かいし、外だってそんなに寒くはないはず。
きっと・・・悠理の心が冷えきっているのね。


「おかわり持ってこようか?」
「ううん。もうたくさん」


それから悠理は、おもむろにトレーに置いてあったネックレスに手を伸ばし、華奢な首に回して留め金をかけた。
すっと時間が止まったように静まり、しっくりとネックレスが悠理の首に留まる。
やがて時間は思い出したように動き始め、周囲の音が戻った。


「ねぇ可憐、心の中に残されたままの想いを追い払うには、どうしたらいいと思う?」


わたしは驚きを表情に出さないようにして心を落ち着け、ショーケースの向こう側の壁を見つめた。
木目調の壁には海外の風景を写したカレンダーが貼ってあり、日付の部分には、ママが赤ペンで丸く印を描いている。
あの中には、確か彼が来店するかもしれない日を、わたしも記していたはず・・・

もう二度と会えない彼のために付けられた赤い印。


「時間が、心の中に残されたままの想いを包んでくれるの。
悠理を痛めつける、想いの回りにあるちくちくするとんがりも一緒に包んでくれるわ。
そして時間はゆっくりそれを削り取って綺麗にしてくれて、心の中にある引出しにしまってくれるの。
もちろんそうなるまでは時々思い出しちゃって、想いを引出しから取り出して、眺めては涙を流す。
でもその涙も時間が乾かしてくれる。
想いはしまってあるだけで、なくなってしまう訳ではないの。
ずっとずっと、心の中の引出しにあって、それは悠理だけが知っているのよ。
やがてその想いは熟して、“いとおしい記憶”になって、悠理を豊かに成長させてくれる。
そういう想いは、たくさんある方がいいの」


きっと、わたしも、そう。

悠理はわたしをまっすぐ見つめる。
その大きな茶色い瞳は、今までにないほど澄んでいた。


「心ん中に、残ったままでもいいんだね」
「ええ。いいのよ」


瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。






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恋心の忘れ方 3

彼女からさっき別れを告げられた。
年上の、人妻。漆黒の瞳と、それに似た長い髪の毛が僕を夢中にさせた。
連絡をくれるのはいつも向こう。
会う場所と時間を決めるのも向こう。
ベッドに誘うのも、それから達するまでの時も、いつも向こうが決めていた。
それでもいいって、思ってた。
魅力的で、笑顔はチャーミングで、達する時は僕の名前を呼んでくれたから。
僕の誘いは無視をするくせに、僕が無視すると酷く嫉妬する。
思うようにならない彼女だったけど、なぜか心を奪われた。

どうして僕から離れちゃうんだろう。
僕の、何がいけなかったんだろう。


「美童、私疲れちゃったの。先が見えない恋愛は、ただ辛いだけだわ」


けっこう、本気だったんだ・・・
先を見えなくしてるのは彼女の方なんじゃないって思ったけど、何も言わずにさよならした。
どちらかが疑問を持ったら、恋はそこで終わるものだと知ってるから。

僕は夜の街を歩く。
本当はこの時間、彼女と過ごす予定でいたけどね。
街路樹に付けられた白や青のライトが、まるでクリスマスを思わせる。
まだハロウィンも迎えていないのにね。
きっと夜風が冷たいから・・・まるで冬のように寒く感じるからかもしれない。
通りを歩いていると、見慣れた女の子が目に入る。
さっき別れた彼女とは正反対の、女。
茶色の瞳と、それに似た色の癖のある髪の毛。短くってあちらこちらに跳ね上がってる。


「やっほ」


声をかけると、びっくりしたように振り向いた。


「美童」
「やあ、悠理。どうしてお店の前に突っ立てるの?誰かと待ち合わせ?」
「ううん。入ろうかどうしようかって迷ってただけ。もう帰る」
「じゃあ入ろうよ。ちょっとあったかいの飲みたいって思ってた。
ずいぶん寒くなったよね」
「でも・・・美童」
「僕?僕も今独りでブラブラしてたの。ちょうど良かったよ」


悠理は安心したように笑顔を向けた。
その笑顔が、僕の心を締め付ける。
だって悠理も僕と同じ、恋を失ったばかりだからさ。
奥のボックス席に向かい合って座ると、似合わないため息を彼女が吐く。


「どうしたの?」
「ん、だって、考えてみたら、さっき清四郎とコーヒー飲んだばかりだった」
「清四郎?珍しいね。説教でもされてたの?」
「ううん。最近、まとわりついてくるんだ。うっとうしいけどね」


そうこうしているうちに、ウェイターがやって来る。
僕は悠理のためにキャラメルマキアートと、自分のためにシナモンコーヒーを注文した。


「落ち込んでる時はね、甘いのがいい」
「落ち込んでる?あたしが?・・・そっか、美童も知ってんだ」
「分かってた、さ。僕だって長い付き合いだもん。悠理の気持ちは、メンバーみんなが分かってる。
それと同時に、魅録や野梨子の気持ちもね」
「ふうん・・・」


運ばれてきたそれぞれのカップは、温かい湯気がたっている。
悠理はそれを包み込むように両手で持ち、鼻先まで上げる。
香りを楽しむように目を瞑り、ゆっくりカップに唇をつけた。
その仕草全てが大人っぽくって驚いた。悠理も、立派な女性なんだって。
僕は感心しながら自分のカップにシナモンスティックを入れてクルクル回した。
二人して、それぞれのカップを空にする。
温かいものは温かいうちに、感謝して飲む。

それからしばらくして、悠理は口を開いた。


「ねぇ、美童はさ、例えば・・・なかなか捨てられない想いがあったら、どうやってやり過ごすの?」
「ふぇ?」
「あ、なんでもない。美童にそんな想いなんてないよね。世界中に恋人がいるもんね」
「悠理」
「消化しきれないんだよね、あたし。分かってあげてるつもりんなんだけどさー」


悠理は僕の視線を避けるように顔を背ける。
その顔が、さっき別れを告げられた彼女になぜか似て見えた。
僕の心は張り裂けそうになるほど痛んだ。
僕だったら・・・僕だったらこの気持ちをどう消化する?


「そう簡単に消化しないんじゃないかな」
「え?」


悠理は僕へと向き直る。


「失恋すると、多かれ少なかれ人はその想いを引きずって生きてる」
「うん」
「でも、引きずってても、前に進めないわけじゃない。最初はぎこちなくてもちょっとずつ慣れてくるさ」
「・・・・・」
「悠理の心を痛めつけるトゲトゲに包まれた想いも、引きずってるとそのうちすり減ってくる。
そしてだんだん表面は滑らかになって、スムースに歩けるようになる。
トゲトゲに鍛えられたせいか、前より早く、今度は走れるかもよ」
「美童」


僕は自分に言い聞かせるように悠理に告げる。


「魅録のことは辛いだろうけれど、引きずるのも一つの方法だと思う」


悠理は、大きくゆっくり頷く。


「間違ってないんだね」
「ああ」


澄んだ茶色の大きな瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。






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夏の終わりに

あの日から、どのくらいの月日が経過したのだろう。
彼女は思う。
季節外れのリゾート地は閑散としていて、夏の激しい暑さが通りに取り残されたようにその影を落とした。
遠くに望むのは海。
太陽の陽射しをキラキラと海面に反射させている。
彼女は防波堤の上に座っている。もうずっと前からその場所で、海を見ている。
渇いた風を受けながら、ずっと。
だから彼女の髪の毛も渇き、白い素肌も渇き、その心も渇いていた。


「いつまでそうしているの?」


彼は言う。夕暮れの少し前になると決まって彼は彼女を迎えに来ながらそう言った。
華奢な肩に蒼のカーディガンを羽織らせ、またその肩を抱き、横に座った。


「もう少し。夕焼けに変わる前に」


夕方の気配を感じるには少し時間が早く、彼は彼女がいつもそう言うのを知っているからその時間に迎えに来る。

その日はいつもより暑く、過ぎた夏を思わせた。
砂浜には若いカップルが陽炎の向こう側にいて、肢体をゆらゆらさせていた。

いつかの自分達のようだと思う。
夏の午後にこうして海に訪れ、ラジオを聴きながら砂浜で過ごした。
砂は焼けるように熱く、その上で砂にまみれながら体を横たえた。
首筋を流れる汗の匂い。焼ける砂の匂い。太陽の匂い・・・それらの全てが彼女を悦びに導いた。




「今までと全く違う世界に行っちゃったの」


彼女は言った。
あの時もこんな夏の終わりの日だった。
空はどこまでも蒼く遠くまで澄んでいて、渇いた陽射しが二人を照らした。


「魅録はあたしを置いて、遠くに行っちゃった」


週末、清四郎はいつも悠理を誘った。
彼女の淋しさを紛らすために。また、親友との約束を果たすために。
魅録はその年の春からメンバーとは違う大学、防衛大学校へと入校した。
彼なりに悩んだ末の選択だった。
今までとは全く違う生活。
普段通りにメンバーと過ごすことはできない。
皆辛く淋しい思いでいたが、誰よりそれを強く感じていたのは悠理だった。
二人は・・・友達以上の仲だったから。


「悠理を頼む」


入校式の前日に、魅録は清四郎にそう言った。


「悠理を頼むな。こんなこと言えんの、お前だけだから」


けれど清四郎は分かっていた。
彼が魅録以上に悠理に想いを寄せているのを知っていることを。


「分かりました」


清四郎は応えた。




渇いた風が通り過ぎ、僅かに夕暮れの気配が訪れた。
頬に触れたのは夏とは違う冷たい空気で、それが悠理の心を突然乱した。


「保証して」


小さな声で彼に言う。


「え?」
「保証してよ。清四郎、あたしは絶対死なないって、保証するって言ったじゃん」


小さな声はやや荒らげになる。


「ええ」
「だから保証してよ!こんなに何年も辛い思いをしてるんだから!
毎日毎日、心も体も張り裂けそうなほど辛いんだから!
このままだと、あたし・・・」


彼女は体を折り曲げるようにして激しく泣き始めた。
子供のように大声を出し、喉までも渇れるようにして泣いた。
魅録を失ってから今日までこうして涙を見せることはなかった彼女が、
不意に何かに衝かれて壊れたように、それを止めることも戻すこともできないような勢いで泣いた。

やがて完全な夕暮れが訪れた。
冬を思わせるような冷たい風が二人の間を吹き抜けた。
まだ少しすすり泣いてはいたが、涙は風によって拭われた。

悠理の魅録への焦がれるほどの想いは、清四郎には計り知れない。
けれど離ればなれになった時の強い哀しみは、さっきの涙によって治まったに違いない。
少し、前に進めたのだ。


「思いきり愛せたんだから、良かったんですよ」


彼は言う。

先ほどから二人の間を吹き抜ける風のように、過去は通り過ぎるだけなのだから。





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