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2014年11月

夏の終わりに 2

あの日、深夜近くになって悠理は清四郎のベッドへ静かに入った。
そうなるのは二人にとって初めての事で、氷のように冷たい彼女の体は清四郎の優しい愛撫によってすぐに温まった。
はっきりした彼の動きとは違って悠理のそれは曖昧で、背中で彷徨する彼女の細い腕は頼りなかった。
不慣れでも行為には充分な愛情があり、悠理の清四郎へ向ける新たな想いはまっすぐに伝わった。
彼が彼女の中でゆっくり揺れていると、彼女はまた小さく囁いた。


「保証して。今すぐ、保証してよ」


彼もまた小さく“ええ”と囁き返し、同じように静かに、優しく彼女の奥へ射精した。



濡れたアスファルトに色付いた葉が敷き詰められる頃になって二人は一緒に暮らし始め、またその生活に慣れた時、魅録からメールが届いた。
それは気を付けなければ見過ごしてしまうほど偶然のメールで、彼女は気が付いた。
二人だけで使っていたフリーメールは、携帯電話が通常ではない頃によく利用していた。
離れてから間もない頃、一方的に送られるメールに返信する程度。
それでも彼との繋がりを確認する事ができる唯一の手段で、解除ができずにいた。
他にいくつか、ログインする理由。
彼からのメールは、一年半振り。



悠理

元気してる?
突然、悪い。

昨日お前の夢をみた。

特に変わりない?
大変じゃないか?
困ったことは?

なんだか
勝手に変な夢を見てしまったようさ。



全く別の場所に魅録はいるんだ。
だからこのメールも、その場所から送信されているのだ。
自分はまだ魅録の中に当たり前に存在している。
互いを忘れる事など、今までもこれからもあり得ないのだ。


そう彼女は思う。


魅録と自分は愛し合っていて、きっと今でもそうで、それが自分達の愛の形なんだと信じている。
既に関係を持った清四郎の事も含んで、魅録は自分を愛しているのだとも最近では考えられるようになった。
清四郎には、現実として、とても大切にされている。
しっかりとした、形ある愛が存在しているのだと分かっている。
理不尽だと言われようが、不遜と言われようが、こうした三人の関係が、自分達を成り立たせているのだ。



魅録へ

久しぶり!
こっちは元気してるよ。

変な夢ってどんなだよ。
内容書かなきゃ分かんないだろ!

生活が少しずつ前に進んでいる。
良くも悪くも、確実に前に向かって歩いてる。
慣れないこともあって、そりゃあ大変さ。
けれど、歩いてるよ。

魅録。
あたし魅録がいなくっても、生きているよ。



返信がない事は知っている。
離ればなれになった当時、突然来るメールへの返信は怠らず、けれどそれに対する返信が来ない事に怒りに似た感情を抱き、不安と悲しみで溢れた。
今は違う。
魅録はきっとこの悠理の返信に安心し、画面の前で微笑む事だろう。
夢は・・・ただの夢であったと知るのだ。


夏の防波堤は黒い海に包まれている。
空の色は冷たく、秋の陽射しに紛れて雨を降らす。
悠理は、雨に交じる雪の存在を見た。

魅録への想いを、季節に預けよう。
思いきり愛せたのだから、これで良かったのだと彼女は思った。





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恋心の忘れ方 5(完結編)

放課後の生徒会室から明るい笑い声が聞こえてくる。
それは僕の幼馴染みである野梨子や、有閑倶楽部のメンバーの聞きなれた声。
僕以外、誰一人欠けてはいない。
ドアを開けると、皆の笑顔が僕を迎えた。


「おや、何か楽しいことでもあったんですか?」
「クリスマスパーティーの打ち合わせ」
「早過ぎはしませんか?」


気が付けば外は冬を思わせる風景。
日がすっかり短くなって、空は赤紫に染まり、草木が黒く影を落とす。
エアコンデショナーも暖房設定に今朝はなっていた。


「今年はイヴにそれぞれ予定があるから、少し早めに計画を立ててクリスマス当日は集まろうって」
「なるほど」


秋に、メンバーの中で正式にカップルが誕生した。
恋愛に忙しい美童と可憐も、各々相手が見つかったとか。
そして僕も、悠理とイヴとクリスマス当日の二日間を一緒に過ごす約束をしていた。


「じゃあ、魅録と野梨子、何かいい案があったら月曜日におしえてよ」
「了解!悠理もな」
「おう!じゃあね~♪」
「バイバイ」
「ごきげんよう。月曜日に」


僕が簡易給湯室からコーヒーカップを手に戻ると、魅録と野梨子が先に帰宅するところだった。
僕は目で二人に挨拶すると、似たような笑顔が返ってきた。
悠理も、同じように笑顔で手を振っている。
気持ちに落ち着きが戻ったのだろう。


「じゃあ悠理。わたしもそろそろ帰るわ」
「うん」
「僕も。今からデートなんだ」
「二人ともクリスマスまで持つんだろうな~、今の相手と」
「まさか、まさか。イヴの相手は一人に留まらないさ。悠理、時間は有効に使うものだよ」
「相変わらずだな、美童。可憐もそうなの?」
「いや~ね。美童と違うわ。わたしは世界でたった一人、運命の人と過ごすのよ。
今からその人と会うの♪」


意見の違う美童と可憐は、互いを主張しながら部屋を出て行った。


「やれやれ。賑やかな連中ですね」
「ホントだよね~♪でも二人には、幸せになってもらいたい。
もちろん魅録や野梨子にも」
「おや、僕の幸せは願いませんか?」
「あっは!清四郎は願わなくても自分の望み通りに掴むだろ」
「酷いですね。恋愛は、思うようになりませんよ、僕だって」
「そう?でも・・・」


悠理は言葉を途中で切り、テーブルを離れる。
外はすっかり夜の暗闇に包まれていた。
彼女は窓辺にもたれ、室内しか映っていないガラスの向こうを覗くように顔を近づける。


「でも、本当は忘れちゃいたかったってのが本音。
心の底からアイツらの幸せを願ってないなって、まだ。
心ん中を真っ新にして、そこから始めたいんだ。
想いを引きずるのも、大切にしまっておくのも理屈では分かったつもりだけど。
こうしてまだちょっとしんどいのも、間違った方法ではないって知ったけど」


悠理は僕を振り返り、哀しそうに微笑んだ。


「恋心の忘れ方を、知りたかった。忘れるだけの覚悟は、できてるから」


僕は悠理の隣に歩み寄り、壁に手を着く。
彼女の澄んだ両の茶色い瞳は僕を見上げている。


「叶わない恋を抱き続けるのは、誰でも辛いですよね。
いっその事忘れたいと思うのは当たり前でしょう。
でも、本当に好きで大切な人ならば、その人の幸せを自然に願うようになる。
もちろんそんな簡単な話じゃないし、時間もものすごくかかるけれども、最終的にはやはりそうです。
綺麗事と言われようが、恋愛経験なんてないくせにと責められようが、僕の場合はそうですねぇ」
「ぷっ。確かに恋愛には向いてないよ、清四郎。不器用そう、スゴく。
あたしもだけどさー。」


今度の彼女は楽しそうに微笑む。


「でもそれだけのことを言ってのけるってのは、清四郎も叶わない恋をしたことがあるってこと?」
「進行中と言うところでしょうか。
まだ分からないけれど、無理強いはしたくないんです。彼女を思えばこそ」
「ただ見てるだけ?」
「見守ってるんです。彼女自身も幸せになれるように。
今は、僕の手は必要ないから、彼女が自分の力で見出だせるまでそうしているんです」
「ふうん」
「そうする事でも、僕は嬉しいと思えるようになりました」
「今まで辛かった?」
「辛い・・・どうでしょうかね。僕の恋心は失った訳ではないから、そう辛くはないです。いや・・・」


僕はその事について真剣に考えてみる。


「僕の想い人は、今まさに困難を乗り越えようとしてるから、応援できる喜びがあるんで辛くないかな」
「!!!」


悠理は何かを察したように頬を染め、視線を逸らす。


「平和的結末」
「そう。平和的解決方法は、幸せな結末を迎える」


そろそろ帰ろっか、と悠理は言う。クリスマスパーティーの計画を練らないといけないし。


「僕たちのイヴの計画もね」
「家でやんない?父ちゃんが計画してるけど」
「ああ・・・まぁ、それでも悪くないか、な・・・」


ゲラゲラと腹を抱えて笑う姿が恨めしい。
仕方なく、僕も笑う。
でも、悠理が楽しく過ごせるのなら、それも悪くはないですかね。



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