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2014年12月

silent night

僕が目を覚ましたのは真夜中を充分に過ぎた時だった。
巨大な暖炉型のファンヒーター前のソファに、寄りかかるようにして眠っていたのだ。
ぼんやりと記憶を辿る。
ここは剣菱邸で、有閑倶楽部のメンバーと一緒にクリスマスパーティをしていた・・・
それで?
自分はソファの前でブランケットをかけて横になっている。
ゆっくり頭を回すと、部屋の電気は落とされていて、パーティの華やかさはすっかり消え、全て綺麗に片付いている。
窓辺近くのこれも巨大なツリーは、ライトをランダムに輝かせている。これは、眠る前と同じだ。
メンバーは、そう、覚えている。
門限が厳しい野梨子が一番先にタクシーで帰宅した。
次に美童と可憐。美童の家の車が迎えに来た。これも覚えている。
そして、それから・・・


「起きた?」


突然声をかけられる。


「ん、起きた。いつから寝てた?」
「可憐と美童を見送りに行って戻ったら、このソファに寄りかかって寝てた」
「そっか」
「うん。今ちょうど、紅茶を作ってもらって持って来たとこ。お目覚めに飲む?」
「ああ。ありがと」


悠理はコーヒーテーブルの上に紅茶セットを一式載せたトレーを置く。
ポットから湯気が立つ紅茶をカップに注いで手渡した。


「どのくらい寝てた?」
「たいして。一時間くらいかな。さっきあたしの部屋で魅録を寝かして来て、そして・・・」
「魅録?悠理の部屋?」
「うん。ゲスト用の部屋もあるけど、慣れた部屋がいいって」
「ふうん」


なるほど、これで彼等の関係が何となく分かった。
中等部三年からの僕達の仲だけど、彼等はもっと深い付き合いなのだろう。
いやらしい意味ではなく。
彼女は自分用のマグカップに紅茶を注いで僕の隣に座り込んだ。


「せっかくだから泊まっていきなよ。部屋はたくさんあるから」
「そうさせてもうらうよ」
「うん」


どうせ明日から冬休みなんだ。朝もゆっくりしていられる。
彼女はマグカップの紅茶を一口飲み、それから僕を振り向いた。


「こうして清四郎といるの、不思議な気持ちがする」
「何故?」
「だってあたし達、とっても仲がワルかったじゃん」
「そう?仲が悪いのは僕とじゃなくて野梨子とだろ?」
「まぁ、そうだけど、挨拶だってしなかったし」
「しないのは悠理の方で、僕はしてたんじゃないかな」
「そうだったかなー。ま、野梨子とは犬猿の仲だった」
「そうだったね。でも仲間になれたのは、あっと言う間だった。
お互い、誤解していた面もあったんだろうね。本当は分かり合いたかった」


悠理は返事をしなかった。
内面的な事については、まだ難しいのかも知れない。


「けど、ずっとみんなで仲良しでいたい」


しばらくして、彼女はポツンと言う。


「いられるさ」
「そうかなぁ。大学はバラバラじゃない?魅録は防衛大かもって言ってたし。
清四郎は医大だろ?」
「どうかな。分からない」
「分からない?清四郎と魅録は、ちゃんと将来が決まってると思ってた」
「まだ分からないよ。それに・・・」
「それに?」
「怖いんだ。先について考えるの」
「怖い?清四郎が?」
「ああ。僕だって、怖いよ。うん、怖いって言うか、不安って言うか」


悠理はびっくりしたように僕を見上げる。


「驚いた。でも何が不安なの?」
「分からない」
「・・・・・ふうん。でも、何となく分かるような気がするよ。
あたしも、今のこの生活がいつかなくなっちゃうんじゃないかなって思うと、不安だもん。
きっとそれに似てるんじゃないかな」
「多分、そうだと思う」


きっと、その通りなんだと思う。
将来について不安に思い始めたのは、つい最近の事だから。


「メンバーには内緒。笑われそうだから」
「あはは。そんなこと、ないよぉ」
「悠理が一番笑いそうだ。もう笑ってるし」


彼女はマグカップを床に置いて、両手で口を押さえ込んで笑いを我慢した。


「口止め料、ちょうだい」


口を押さえ込んでいた両手をまっすぐ僕に伸ばす。
その白い、小さな葉のような手を見て僕は思い出す。


「いいよ」


僕の言う事がうまく飲み込めないように、きょとんとした表情を向ける。
僕はチノパンツのポケットから、クリスマス用にラッピングした小さな箱をその両手の上に置いた。


「メリークリスマス」
「プレゼント?あたしに?」
「うん。プレゼント交換とは別に、悠理の為に用意してきたんだ。
今日はありがとうって思って」
「開けていい?」
「もちろん」


彼女にしては珍しく、丁寧にラッピングを解く。
小箱の中にはヴィロードのクッションに置かれた、葉を象った銀のブローチが入っている。


「とっても綺麗」
「着けてあげる」


僕は小箱からブローチを取り出し、彼女の華奢な胸元に着けた。


「似合う?」
「うん。この間、たまたま通りかかった銀細工の店で見つけたんだ。
この葉を見て、悠理を思い出した」
「ありがと」
「どういたしまして。悠理に似合うと思ってたから、気に入ってもらえて良かった」
「ほんとに、ほんとに、ありがと。ずっと大切にするよ」
「うん」


壁の振り子時計が午前二時を告げる。


「そろそろ眠いね」
「僕も悠理の部屋で寝られる?」
「へ?ムリだよ。だって魅録がソファを占領してるし、ベッドはあたしんだもん」
「あはは。それでは無理だね。じゃあ、ゲスト用ベッドでお願いします」


僕達は立ち上がり、ドアへと向かう。
彼女の背中には、僕の内面的な想いが伝わっているとは考えられない。
まだ・・・
部屋を出ると、廊下は少しだけひやりとした。
通りかかった使用人に、僕の部屋を案内するように彼女は言う。


「清四郎、ありがとね。おやすみ」


ゲストルームまで、悠理は一緒に来てくれた。


「うん、おやすみ」


僕は部屋のドアを開ける。
中はホッとするように暖かい。きっと僕が寝ている間に用意してくれていたのだろう。
振り返った時、ドアの前に悠理はいなかった。
魅録がいる部屋に、彼女は眠りに戻ったのだ。

高等部一年、初めてのメンバーとのクリスマス。
まだ伝わらない想い。まだ伝えられない想い。
伝えてはいけない、想い。
彼女と親友を失うには、僕にはまだ勇気がなかった。





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冬の、ある出来事

二学期ももう終わりに近づいてる。
期末テストも終わり、すっかり冬休みモード展開中のあたし達。
午前授業の午後を利用して、クリスマス会を計画しながらランチすることになった。
でも・・・ホワイトクリスマスなんか遠ざかるようなみぞれが降って、道路はグチャグチャ。
おまけにバカみたいに寒い。
裸ん坊の桜並木をメンバーと歩く。
一番前が魅録と、珍しく美童。
ナンの話か、さっきから熱心に話し込んでいる。
二人ともそれぞれ個性を活かしたニットの帽子を被ってみぞれから逃れてる。
その後ろを道路側に清四郎、横にはもちろん野梨子。
二人は野梨子の折り畳み傘に綺麗に収まっている。
そして最後が可憐。
真新しいロングブーツが汚れるのを気にしながら、清四郎の大きくて地味な傘を片手にスマホで電話中。
新しい彼氏ができたとか。
この相手とクリスマスを過ごすんだろうな、あたし達とではなく。
あたしはブラブラしながらどこの列にも入んない。
ダウンジャケットの帽子をぐぅっと頬被りして、みんなと少し離れた横を歩く。
まだお昼をちょっと過ぎただけなのに、夕方みたいに薄暗い。
ひどくお腹が空いちゃってるけど、帰りたい気分。
そう、このまま帰って、あっつ~いお鍋でもつつきたい。
ぼうっとしながらそんなことを考えていると、数台の車が通り過ぎる。


「きゃあ~。もおぉぉ。バカッ!」


泥水が可憐のお気に入りのコートに跳ねる。
車を振り向いて黄色い声を上げている。
あたしは肩を竦めて見るともなしにそんな可憐を見ている。
それでもスマホでの通話は続行中なんだね。相手は何してる人さ。
昼間っから長電話。学生?社会人?ま、そんなこといっか。
こうしてどこにも所属していない自分について考える。
そして、それも悪くないように思えてくる。
有閑倶楽部に所属しない自分。
現実的に・・・だけれど悪くないんじゃないかって。
なんて、こんなネガティヴになっているのには理由があるんだ。
昨日、正確に言えば昨日の朝、あたしは一時限目の数学の教科書を部室に忘れちゃって取りに行ったんだ。
体育館での全校朝礼の後。授業が始まる十分前くらいかな。
ドアを開けると電気がついていて、見馴れた広い背中が見えた。


「清四郎、どうしたの?清四郎も忘れ物?」


声をかけると無表情に振り向いた。
そう言えば朝礼での生徒会長挨拶の後、清四郎がどっか行ったっけ。
ここに来てたんだ。


「先生になにか頼まれたの?」


訊いても、清四郎は答えてくれなかった。


「数学の教科書を忘れちゃって。あ、あった」


あたしはソファの上に無造作に置いてる教科書や辞書の山から数学の教科書を取り上げた。


「あったから行くね。お先」


そうしてもう一度清四郎を振り向く。
でも清四郎はさっきのままの表情でいた。


「清四郎、さっきからどうしたの?」


それでも、答えない。
ただ視線はあたしに合わせていて、あたしが動く方に視線も動いた。
ふざけてなんかいない。
それは無表情な顔と深い黒色の瞳が教えてくれていた。
じっと見ていると、吸い込まれそうな不思議な気持ちになった。
でも様子が違う清四郎を知りたくて、あたしはつい見つめてしまう。


「清四郎・・・」


初めて怖いと思った。
清四郎の視線は身が竦むような怖さがあった。
同時に、とても悲しくなった。
清四郎に嫌われてるような悲しさ。
家に帰ってから、あたしはベッドの中でふさぎ込んだ。
朝以来、清四郎には会えなかったから。
けれど夜になって、清四郎からメールが来た。


“今朝は悪かった。ちょっと考え事をしていたものだから。悠理に嫌な思いをさせて反省してる。悪かった。おやすみ”


返信しないまま、真夜中まで考える。

あたしは、清四郎が好きなんだ。多分。
だから、こんなに悲しいんだ。

分かったのは、それだけだった。
朝になってまた清四郎からメールが来た。


“おはよう。今日は午前授業だから、皆でお昼を食べながらクリスマスの計画を立てようと思う。悠理の予定は大丈夫?”


あたしは“うん”とだけ返信した。

今日はずっと普通を装っている。
清四郎も、普通を装っているんだと思う。
いつも通りに挨拶をして、会話をしている。
今日から午前授業がしばらく続くから、こうしてみんなで出かける機会も増えるのかな。
憂鬱だな・・・
ふ、と視線を横に向けると、清四郎と野梨子が穏やかな顔で会話をしている。
どんな話をしているんだろう。
最近読んだ本とか、囲碁の話とか?
ああ、面談が近いから成績の話とか・・・そんなの、どうでもあたしはいいか。
成績優秀な二人だもん。なんの心配もいらないよね。


「悠理、もう少し内側歩かないと危ないわ」


電話が終わったような可憐があたしに声をかける。


「うん」


と言いながら可憐の横に行こうとした時、みぞれから雨に変わった。
びしゃびしゃびしゃーって音がして、慌ててダウンの帽子に手をかけた、その時・・・
強い力で肩を寄せられる。
わっと思って目をぎゅっと閉じた。次の瞬間、頬とふくらはぎに冷たさを感じる。


「だから危ないって言ったじゃない!」


可憐の声がして目をそっと開けると、目の前が真っ暗・・・?


「濡れた?」


その声の方へ顔を上げると清四郎が間近に見える。
あたしは清四郎の腕の中にいて、頬にコートの水しぶきが当たっていた。


「えらいスピードだったな」


魅録が振り向いてあたしを見ている。
その向こうに、あたしのふくらはぎを濡らした車が消えて行った。


「すっぽり清四郎の腕に収まりましたわね」


野梨子が可笑しそうにしている。


「こういう天気は、服が汚れちゃうからイヤだよ」


美童はそう言って手を伸ばし、あたしの濡れたダウンの帽子を払ってくれた。


「あんがと」
「さ、行こうぜ」


魅録がウィンクしてあたしの腕を引く。
その時、一瞬だけ、清四郎が置く肩の上の手に力が入ったような気がした。


「うん、行こう」


清四郎の腕から離れ、あたしは魅録の手に引かれる。


「危ないから内側歩きな」


魅録はいつにも増して優しく、あたしを美童との間に置いてくれた。
ちょっとだけ振り向くと、後ろも野梨子を真ん中に可憐も並んで歩いている。
会話の中心はもちろん可憐。
多分、新しい彼氏の話をしているんだと思う。

あたしはまっすぐ前を見て歩く。
胸が苦しくて、息をするのが辛い。だから・・・

だから、昨日のことと、さっきのことについて、今は忘れようと思った。





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小さな恋の物語

午後から悠理が期末テストに向けての勉強会に来ると言う。
普段なら彼女の家で行うことが多いのだけど、集中させないといけない。
彼女の部屋には、彼女を遊びに誘惑する物が多すぎる。
僕は本棚から彼女に見合った参考書を探す。
彼女が興味を少しでも持ち、理解できるのは・・・
ハラリ、と本の間から紙切れが落ちる。
紙切れ?
カーペットに落ちた紙切れを手に取って見るとそれは手作りの栞。
こんな所に、大切にしていたはずの栞があるなんてね。
やれやれ、人の想いなんていい加減なものだ。



貸出カウンターに集まる図書委員は皆緊張の面持ちで、普段はおしゃべりが過ぎるくらいなのに無駄話すらない。
児童会長の僕は、新しく導入したパソコンの操作方法の説明を始める。


「このリモコンで、生徒が持って来た貸出カードのバーコードを読み取って下さい。
画面に個人の情報が表示されます。
次に本の裏側に貼り付けられたバーコードシールを読み取ります。
確実に読み取れれば、パソコンにその本の情報が出るので確認して下さい。
次にマウスで画面をスクロールすると、下の方に生徒名と貸出日と返却日が出るのでそれも確認してエンターキーを押して下さい。
貸出時に委員が操作するのはそれだけです。
次に返却時ですが・・・・・」


僕は必要事項を伝えた後実践して見せ、全委員に練習をさせた。
操作事態は簡単だし、初等部の生徒用のパソコンなので画面も分かりやすい仕様だ。
皆は安心したような笑顔を見せ、その日の説明会は終わった。


「らっしゃい、らっしゃ~い!」


次の日の昼休み、僕は図書室に様子を見に行くとカウンターには初等部一の問題児が座っていた。


「や・・・君」
「ナンだよ」
「いや、別に」


問題児、剣菱悠理。
まさか彼女が図書委員だったとは。
んっ!?
僕はカウンターを逸れてから、思い出したようにまたそこに戻る。


「君、昨日の僕のレクチャー受けた?受けてないだろ」
「レク・・・?」
「君の横にある、新しく導入されたパソコンだよ。
今日からそれで貸出や返却を行うんだよ。ちゃんとやってるんだろうね?」
「あ、これね。やってないよ。
だって先生が、しばらくは使っても使わなくてもいいってさ」
「覚えるまでだろう?ちゃんと使えるようにならないと」


僕はカウンターの中に入りパソコンを起動させた。
タイミングよく図書室に生徒が入る。
見ると僕の幼馴染みの白鹿野梨子だ。


「まあ。清四郎って図書委員でしたの?」
「ううん。でもパソコンの指導は児童会でやってるんだ。
ちょうどいい。野梨子は返却でしょう」
「え、ええ。私で練習ですの?」
「協力して下さい。さ、悠理さん」
「ええ~。今はいいよ~」
「いいから」


何度かそのようなやりとりをしていると、野梨子は苛立つように言う。


「休み時間がなくなりますわ。
清四郎、本とカードを置いて行きますから後でカードを届けて下さいな」


彼女はそう言って図書室を出て行った。


「だから言ったじゃん」
「何が?」
「今はいいって」
「何で?ちょうど練習になるって」


立ち上がったパソコンのデスクトップのアイコンを確認する。


「さ、こっちに座って」


僕は彼女の腕を軽くつかんでパソコンの前に座らせた。


「パソコンの起動はできるよね。で、マウスでこのリスのアイコンをクリックして」


見ると、彼女のマウスを握る手はおぼつかない。


「む?まさか、今どき使えない?」
「まさか、まさか!でも、家のと違うから~」
「あ~、分かるかも。でも基本使い方は変わらないから。
立ち上げて、このリスのアイコンをクリックするだけ」


僕はこの間のようにレクチャーする。


「はぁ~。なるほど、なるほど。簡単じゃん」


さすがにコンピューター関係は小さい頃から使い馴れているようで、簡単に操作を飲み込んだ。
トレーナーモードで彼女は何度か野梨子のカードで練習する。
その間、僕は従来通りのやり方で図書の貸出返却を行った。


「ねぇ、延滞したら、は?」
「ん、それはね」


僕は彼女の隣から手を伸ばしてマウスに重ねる。


「返却日のセルをクリックして」

「あーっ!!」


突然カウンターの周りがざわつく。


「ん?どしうした?」


僕は不思議に思って彼女の顔を覗き込む。
けれど、彼女は顔から耳まで真っ赤にして俯いていた。


「児童会長と悠理さんって、できてたんですかー?」
「は?」
「あやしぃっ!」


あっという間に僕達は取り囲まれ、囃し立てられる。
すぐに状況を把握した僕はマウスの手を離し、密着していた体を離した。
すると彼女は立ち上がり、誰に向かってか「ばかやろー」と叫んで風のように立ち去った。
一瞬場は静まり返ったが、僕が周りを一瞥すると更なる静寂が訪れて正常の動きに戻った。

翌日。
昼休みの図書室に彼女はいなかった。
訊くと今日は放課後が当番だと言う。


「でも、放課後の時は当番をサボることが多いから」


多分来ないらしい。
けれど僕は行ってみる。
行ってみると・・・彼女はいた。


「いらっしゃ~・・・あ・・・うぅん」
「昨日はお疲れさま。操作は慣れた?」


「うん」と目を逸らして返事をする。
僕は肩を竦めて図書室の奥の棚へと向かった。
別に何かを借りたい訳ではないけれど、彼女と会話をする理由が必要だったのだと今になって思う。
適当に数冊の本を手にすると、彼女はカウンターで何か作業をしていた。


「何してるの?」


カウンターに本を置きながらさりげなく訊いてみる。
チラリと僕を見上げ、それからさっきの僕のように肩を竦めて答える。


「別に。本の補修用カヴァーの紙が残ってるから、栞作ってるだけ」


見ると、深い緑色の厚紙に真っ赤なポインセチアが描かれている。
それを適当な大きさの長方形に切り取って、縁に金色のテープを貼り、パンチで穴を開けて赤いリボンをくくりつけるだけの簡単な栞。


「冬休み用に、たくさん本を借りた生徒にあげるんだって」
「僕にちょうだい」


彼女は視線を合わせないようにして言う。


「ダメ。冬休みの前の週からだから」
「言わなきゃ分かんないよ」


今度はびっくりしたように僕を見上げる。


「ね、そうでしょ」
「知らないよ」


無視を決めたかのように、彼女は手元の栞を不器用に作り続ける。
僕がじっと見ているせいなのか、縁のテープも曲がり、パンチの穴も中心がずれた。


「失敗」


「それでいいよ。それを、ちょうだい」と言って彼女へと手を伸ばす。
動かない彼女の手から、僕は栞をそっと取り上げた。


「いいでしょ」
「失敗してる」
「いいよ。これがいいんだ」
「・・・うん」


彼女はまっすぐ僕を見上げ、にっこりと微笑んだ。
それから僕達は他愛ない会話をした。
何回か貸出返却を彼女は手際よくやり過ごし、その間僕はカウンター近くで待っていた。
しばらくそうして、放課後の図書室は終わりの時間を告げた。


「お迎え来るの?」
「電話すればね」
「途中まで一緒に帰ろう。たまには歩くのもいいよ。なんなら家まで送るけど」
「大丈夫。途中からひとりでも帰れる」


「教室から鞄を取っておいでよ。片付けておくから」と僕は言う。
彼女は頷いて図書室を出て行った。


「清四郎、探しましたのよ。まだ帰りませんの?」


幼馴染みの野梨子が図書室に入って来た。


「まだ帰ってなかったの?先帰っていても良かったのに」
「そうですけれど。私の貸出カードが戻って来ませんもの」
「ああ、そうだった」


僕は制服の内ポケットから幼馴染みの貸出カードを出して渡す。


「なくさないように、ずっとポケットに入れていたんだ」
「まあ、ありがとう。今朝、声をかければ良かったんですわね」


さて、彼女と僕の幼馴染みは仲良く帰れるのだろうかと思い巡らせていると、野梨子の向こう側に彼女が鞄を持って戻って来た。


「あ・・・あたし、帰る」
「待って」
「どうしましたの?」


野梨子が振り返る。
一瞬二人が睨み合ったのが気配で感じ取れる。


「戸締まりをされるのでしょう?清四郎、先に昇降口に降りてますわ」
「うん・・・」


野梨子が出て行くと、彼女は僕から顔を逸らすようにしてカウンターの扉の鍵をかける。


「パソコンの電源は落としといた。ね、一緒に帰ろう」
「迎えを頼んじゃったから」
「嘘。野梨子と一緒だからだろ?」
「さーねー。ねぇ、電気も消しといてくれる?あたし、先帰る。じゃあ」
「ちょっ、と」


翻るように僕に背を向けると、彼女はバタンと大きな音を立ててドアを閉めた。
僕は慌てて図書室の電気を消してドアに手をかけると・・・開かない。
何度もガチャガチャとドアノブを回すが、ドアはいっこうに開かなかった。


「!!」


ドンドンと今度はドアを叩く。


「悠理さん!ドアを開けて!ちょっと!悠理~っ!!」


自分で電気を消して置きながら、暗闇と閉じ込められた恐怖に一瞬怯えてしまう。
激しくドアを繰り返し叩いていると、今度は誰かの怒鳴り声と共にドアが開く。


「大丈夫か!?」
「ドアが、急に開かなくなって」


図書委員会の顧問の先生が施錠にちょうど来たのだ。


「うん。ドアを押さえ込んでいたからな」
「押さえ込む?」
「ああ」
「誰が・・・?」


背の高い、当時教師になったばかりのその男は中腰になって困ったように僕を見て微笑んだ。


「ひどく泣いていたから、後で先生からよく注意しておくよ」
「泣いて・・・?」


僕はすぐに彼女を探しに走り出した。
鞄を持っていたのだから昇降口か、足の速い子だから校門まで行ったのか。
もしかして、本当に迎えの車が来たのかも知れない。

結局、その日は彼女を見つけられなかった。



今になってみると、その後の記憶はひどく曖昧だ。
翌日から、僕はどのように彼女と接していたんだろう。
あの日から中等部のクラスメイトになる時まで、僕達は会話を全くしなかっただろうか。
彼女は徹底して僕と野梨子を無視し続けたのだろうか。
あるいは、そうだったかも知れない。
今もどこかギクシャクしたわだかまりは、僕も野梨子も感じているのだから。

僕は彼女の作った不恰好な栞を自分の机に置いてみる。
程なくするとここに彼女が座り、これを見つけることだろう。見逃すなんてあり得ない。
どんな反応をするのかが興味深い。
僕はちょっと意地悪くなって知らんぷりをしてみよう。
階下から、姉貴が僕を呼ぶ声が聞こえる。
悠理が、着いたのだ。
僕は部屋のドアを開けてここに来るように言う。
何だかドキドキする。自分らしくない。
「あ~っ!」と言う彼女の驚いた反応と、もしかしたら全く忘れている不安。
それは、ちょっとだけ閉じ込められた時の恐怖に似ている。
悠理はいつも通りの無邪気な笑顔で僕の顔を見上げて部屋に入って来る。


「僕の机にどうぞ」
「えぇ~!お茶してからにしようよ。お土産のケーキ持って来たんだから」
「ダメダメ。少しは問題を解いてから、ね」


彼女は椅子に座り、それから「あっ!」と小さな声を出した。
それからおもむろに栞に手を出し、裏と表を交互に見ている。


「やだ・・・これ・・・」
「覚えてた?」
「もう、やだ~。まだ持ってたの?」


スゴく嫌な雰囲気を彼女から感じる。
だから僕は、意地の悪さ全開にして言う。


「図書室に閉じ込められた記念だからね~」
「・・・・・だって」
「だって、なに?」
「だって、あれは」
「あれは?」
「あの・・・」


悠理は言葉をなくし、喉を詰まらせたように深呼吸する。


“ひどく泣いていたから、後で先生からよく注意しておくよ”


あの時の、教師の言葉を思い出す。


「清四郎には言っても分かんないよ」
「なんで?」
「だって清四郎だもん」
「そんなこと、ないでしょ。
例え僕が悠理で悠理が僕だとしても、おんなじことしてたかもね」


悠理は焦ったようにして急に立ち上がる。


「分かるもんかっ!!」


真っ赤な顔をして怒るものだから、あの初等部の頃の彼女を思い出した。


「分かるさ。分かるから、ずっと大切にしまいこんでいたんだ」


少々しまいこみ過ぎて忘れていた感はあるが・・・
嫉妬してくれたんだよね。
まだお互い幼くて、特別な想いだとは気づかずに。


「その栞、もう一つの記念として、これからも大切にしまっておくね」
「もう一つの記念って、ナンだよ?」


落ち着きを戻した彼女は栞を両手で大切そうに持ち直し、頬を染めて僕を見上げる。
思ったより近距離の僕の顔に、また耳まで赤くなる。


「わだかまりの理由が分かった記念」
「???」
「ちなみに、野梨子は違うからね」


そこははっきり、幼馴染みとして分かってるのだから。


「クリスマス・イヴまでに、悠理の気持ちも伝えて欲しいな」
「な、ナンだ?」


まだよく話の流れを理解していない彼女。
更なる猶予を与える優しい僕。


「イヴまでの宿題ね。そしたらプレゼントをあげよう」
「ナンのことだよ~」


半べそで僕に訴える。
本当は分かってるんじゃない?悠理。
僕にはお見通しさ。
昔っから、君の言動は胸中丸見えだからね。

新しい記念を持った栞を彼女の両手ごと包み込む。


「分かった?イヴまでに、ね」


首まで真っ赤に染めて俯く姿が愛しい。
両手にやんわりと力を込めると、悠理は「うん」と小さく言って頷いた。





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