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2015年07月

コイン一枚の・・・

とうとう雨が降りだしたな。

朝から空を覆う雨雲が、とうとう雨を降らし始めたのだ。
先程までムッとした空気が辺りに漂っていた。
太陽は隠れているくせにアスファルトが熱を帯び、遠くに陽炎が見えるようだった。
さらさらと小糠雨が降ったのもつかの間、ざぁっと勢いよく降りだした。
アスファルトが黒く染まり、湯気を立てるように一気に熱は奪われ、コールタールの匂いを放った。
通りを歩いていた僕は、目についた喫茶店入る。
着ていたシャツが少し濡れた程度で助かった。
ウェイトレスにアイスコーヒーを注文して、窓の外の風景を眺める。
天気予報が今日の雨を知らせていたのに、通りを歩く人の大半が傘を持っていない。
皆急ぎ足で過ぎて行った。
そんな中、一人の女子学生が僕の目の前に現れる。
彼女は制服のブレザーをすっかり濡らし、何かを探すように顔を左右に巡らしていた。
僕はそんな彼女の様子を見ていると、ふっと目が合ったように思え、次の瞬間、その子はこの店に入って来た。
さっきのウェイトレスに声をかけている。
まさか僕の視線に腹を立てて来たのかと思いきや、彼女は店の奥の、時代に忘れ去られたように置いてあるカード式の電話を借りに来たのだ。
今では珍しいテレフォンカード。
しかし彼女が入れたのは銅色のコイン、十円玉だった。
頬にかかる濡れた髪の毛をかきあげ、誰かと話している。
僕はテーブルに置かれた冷たいアイスコーヒーを飲みながら、見るともなしにそんな彼女を窺っていた。
声は聴こえて来ない。
けれど彼女が相手と会話が旨く行っていないのは分かる。
母親に迎えを頼んでいるのが無理だったのか、それとも友達?彼氏だろうか。
いずれにせよ、彼女は意が通らないまま受話器を置いた。
礼儀正しく、その女子学生はウェイトレスに声をかけて喫茶店を出る。
彼女はまた、雨の降る通りを小走りに去って行った。
今時の若い子がスマートフォンや携帯電話を持っていないなんて。
まるで・・・僕が学生の頃のようだ。
当時は小型式の電話なんてあっても一般では決してなかった。
自動車電話なら、僕達の仲間は持っていたように思えるが。
懐かしい時代が胸に甦る。
僕の、僕達の輝かしい青春と言って良いだろう。

あの日もちょうど雨降りで、僕は親子電話、今で言うところのコードレス電話で彼女からの電話を受けていた。
彼女はひどく僕に対して怒っている。

「だからーっ!今すぐこっちに来てよ!魅録も美童も野梨子も可憐もいるんだから!」

確かどこかに呼ばれたんだ。
けれど雨降りで、珍しく億劫な気持ちで、メンバーが揃っていると言うのに行く気になれなかった。

「悪いけど、今日は勘弁して下さい」
「ナンでさー!もう~十円玉がないんだから。ねっ?」
「ESP研究会の資料も作らないといけないし」
「清四郎がいないと始まんないよ~。ねぇ、だか・・・」

途中遠くでブザーが流れる音が聞こえ、程なく彼女の電話は会話の途中で切れた。

その後、どうしたのだろうか。全く覚えていない。
もう何十年も前の出来事だ。
彼女も覚えていないだろう。
そんな遠い記憶を呼び起こしていると、窓の外では雨が止んでいた。
雨雲の間から陽が射し込み、黒いアスファルトがキラキラと光っていた。

“あの後、どうしたか覚えている?”

そう彼女に訊こうと、スラックスのポケットからスマートフォンを取り出して、でも止めてしまった。
僕は汗をかいたようなアイスコーヒーのグラスを手にして飲み干す。
席を立って会計を済ませると、ほんの少し暑さが治まった通りに出た。
湿度も低くなって歩いていても気持ちが良い。
だからこのまま、歩いて家まで帰ろうと思う。
いつもなら気になることはすぐにスマートフォンを使って調べあげるけれど、今はそれに頼るのを止めようと思う。
急いで答えを訊き出す内容でもないし、それに・・・家に帰れば彼女が、僕を待っているのだから。





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夢を見させて 完結編

そもそも・・・僕は事の発端について考え直す。
そもそもあの店で、僕は野梨子と会っていたのだろうか?
記憶を呼び起こしてみる。
けれど彼女の存在は、コニャックの強いアルコールの中で輪郭が斯くも覚束ない。
店の者は、彼女のような客は来店していないと言う。
白鹿家では、地方で療養していると言う。
その日、僕はもう一度例の店に足を運ぶ。そして質問内容を若干変えてみる。


「僕が初めてこの店に来た時、その前からこの奥のカウンター席に座っていた女性がいたでしょう」


覚えていない、と答える。


「翌日も、今度は僕が先に来て、この席に座った。その日、女性は遅れて来店し、長い時間二人で話していた」


やはり覚えていないと答える。


「お客様の事は覚えていますよ。あれからずっと一人で来られてますから。
けれど私の記憶では、お客様はいつもカウンターで一人、飲んでいらっしゃる」


不思議な感覚に襲われた。
僕は確かに、野梨子と会っていた。
顔の表情、言葉のニュアンス・・・全て彼女のものだったはず。
考えられる方法として、父の病院で医師としている姉にメールを入れた。
野梨子の病症や療養している場所、最近こちらに帰省しているかどうか等・・・
二日経って返信が来た。長くなるからと、テキストが添付してあった。


“お母さんに野梨子ちゃんの事を訊いてもらっていたから時間がかかった。ごめん。
彼女、病状はそんなに悪くないらしい。ちょっと疲れがたまって、人と関わるのが辛くなったのね。時間はかかるだろうけれど、治らない病気じゃないし大丈夫。
療養先には医師もついているから安心して良いそう。
で、肝心の居場所なんだけど、やっぱり言ってくれなかったって”


僕は野梨子の状態に安心しながらも、居場所が伝えられない事に不満を覚える。


“いつもの野梨子ちゃんじゃないから会わせたくないんだろうし、彼女自身も友達にまだ会いたい気分ではないんだと思うわ。居場所を知らせた事によって出入りが頻繁、とまでいかなくても、そう言う状態の時は感受性が敏感なっているから、良くない方向に進む可能性もあるしね。もう少しそっとしておいたらいい”


僕は深くため息を吐き、更に読み進める。


“でもあんたの事だから気になると思って、考えられる別荘と療養所の住所を調べておいたわ“


そこには数ヵ所の住所が記載されていた。
居た堪らなくなってそれらの場所へ訪問する事を決意し、帰宅後に準備に取りかかった。


「清四郎、どこに行くの?」


まだ起きていた悠理が、自室から出て来た。


「明日から急に出張になりました」
「行き先は?」
「数ヵ所回る事になっていて、明日にならないと分からない。いつもの事でしょ」
「ふうん・・・いつもの、事。でもそれは嘘」


悠理の言葉に驚き、嘘を見破られた事に忽然と腹が立った。


「仕事ですよ、悠理。君のご両親の会社の為に日々働いているんですよ」
「知ってる。感謝してる。あたしも協力しているつもり。でも、明日の出張は、嘘」
「馬鹿にしているのか?」


僕はトランクに着替えを入れるのを止め、悠理に詰め寄った。


「馬鹿に何かしていない。事実を言ってるだけ。最近、帰宅がやたら遅いし、帰って来てもリビングのソファで寝てる。でなければ、会社の仮眠室に泊まってる、でしょ?
この間の食事はとても嬉しかったけど、それだけで変わらない」

「だからあたし、ちょっと会社に電話入れたんだ。そんなにずっと忙しいのかって。もちろん来年のテーマパークに向けて準備が迫られてるってのは分かる。でも清四郎の立場上、割り振りだってできなくはない」

「思った通り、社員は言ったさ。ここずっと、決まった時間に退社してるって。今夜も」


彼女は右の眉毛を吊り上げ、下唇を噛む。


「あたしだって女だから、直感できる。悪いけど、感じるから」


僕は浅く、何度か息をする。


「違うんだ、悠理。そうじゃない。迷ったのは事実だけど・・・」
「で、その相手と一緒になる為に出て行くの?」
「違う。僕は、ちゃんと君へ責任を取る。それが精一杯の僕ができる愛情だと」


また一歩近付く僕に、悠理は動じなかった。


「清四郎、想いは、自由さ。でも、あたしはダメなんだ。別れたいのかそうじゃないのか、どっちかだよ。
あたしと別れたいなら、はっきり言って欲しい。愛とか責任とか、そんな理屈いらない。
あたしと別れて相手の女と一緒になりたいならそれでいい。
別れたいならそうするから!どっちかだよ!」


蒼白い悠理の頬に、一滴の涙が零れ伝う。
濡れた長い睫毛の奥に、強い光を放つ瞳が見える。
僕は悠理の、この不器用なほどまっすぐな正義感、純粋な心に惹かれた幼い頃を思い出す。
誰よりも、悠理が欲しいと願っていた。


「別れ、たく、ない・・・」


緊迫した空気が一息に和らぐと、悠理は床に座り込んで大声で泣き始めた。
僕は小さな声で何度もすまなかったと言い、彼女を強く抱き締めた。



悠理が作ってくれた熱いコーヒーを、ソファに二人座って飲む。
野梨子との不思議な再会を口にしようかどうかと悩んでいると、先に悠理の方から話始めた。


「この間、野梨子の夢を見たよ。まっすぐな髪が背中まで伸びていて、それで青のワンピースを着てた。
肌の色が透き通るみたいに真っ白で、少しやつれた感じだったけど、すごく綺麗になってた」


夢の中で二人は、柔らかい陽射しに包まれた公園のような場所で偶然再会した。


“野梨子、ずいぶん久しぶりだね”
“嬉しいですわ。私は悠理にとても会いたかったの”
“相変わらず綺麗だね。ちょっと雰囲気が変わったみたい”
“ええ、そうなの。これは私ではないの”
“え?”
“でも、私なの。悠理、私は私であって、私ではないの”


ふっと陽射しが弱くなり、野梨子が見え難くなる。


“清四郎も今、私と同じなの。でもあの人、状況に合わせるのが難しいんですわ。
行き詰まって、自分に合った場所へ向かえないでいるんですの。だから私の所に来ましたの”
“清四郎と会ったんだね”
“ええ、会いましたの。大変辛そうでしたけど、きつい事を言って差し上げましたわ”
“何て言ったの?”
“それは時期に分かりますわ。大丈夫。悠理は安心していてね”


大きな漆黒の瞳を細め、母親のような愛情で微笑む。


“野梨子も辛いの?”
“心配しないで下さいな。私は清四郎と違って、目の前の現実を受け入れられるように自分を変える努力をしましたの。その時は大変辛かったですけれど、もう大丈夫ですわ”
“良かった”
“私と清四郎は似ているようで、全然違いますのよ。捉え方も適応の仕方も”


やがて野梨子の姿は白い光を放ち、それが彼女を象った。


“清四郎の好きな人が悠理で良かった。だって私も悠理が大好きですもの”


悠理はその時、何の不思議さも感じなかったと言う。


“あたしも野梨子が大好き”
“ありがとう。あの人の好きな人も・・・・・
悠理、私そろそろ戻らないと行けませんの。さようなら。またすぐに会えますわ”


悠理の目の前で野梨子は光となって消えた。



「夢だって分かってたから、あたしはちっとも怖くなかった。ただ野梨子が心配だった。魅録と上手くいってないって結構前に話してて知ってたし、体調も崩してるって聞いてたから」
「地方の別荘で療養しているそうですよ。心配はいらないようですけど」
「ふうん」


悠理の夢と僕の現実の記憶はどこか似通っていた。
親しい友人を思う余り夢となって現れたのか、愛する人の想い人が自身の親友と言う辛い現実に、夢で譲歩をしたのか。
それとも・・・それとも僕と悠理が潜在的に野梨子へ救いを求めたのか。
真実を明らかにするには、本人に直接会うまでは分かるまい。
それに僕の記憶は。
コニャックが醸し出した幻想なのか、覚束ない部分があるのは確か。
やはりこれも、本人と会うまでは答えを出せないように思えた。


野梨子との再会が“夜明け”と言うのなら、それまで夢の中を悠理と共に彷徨うのも悪くない。
あの店のカウンターで聴いた曲が、僕達を現実に誘うセレナーデであるなら尚更に。






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