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2015年10月

友達、それとも・・・

魅録といつもの学校帰り。
二人が大好きなアジアン雑貨店に寄って、それからお茶をして。
週の何回かはこんな感じに魅録と過ごすんだ。
週末や生徒会活動がある時は、もちろんメンバーとも過ごす。
それだって、大好きな仲間とだから楽しい。

でもね、最近、ちょっと違うって思うんだ。
それは何かって、具体的には説明できないんだけれど、ね。

魅録との距離、魅録からの距離が近づいているって感じる。
それは・・・なんだろう?
例えば、何かしてる時にさ、ふっと触れられるような気がするんだ。
そう、例えば、その辺にある雑誌を取るとする、そんな時。
あたしの方が近いから、取ってあげてもいいのに、魅録ったらあたしの体に腕を回すようにして取るんだ。
それが、そう言うのが、気になっちゃうワケ。

もしかしたら、もっと前からそんなコトがあったのかも知れない。
でも気にならなかった。
今は気になる。

どうして・・・

お茶の後、いつも通りに魅録の部屋で過ごす。
テーブルの上に魅録のスマホがあって、着信した。
マナーモードのバイブがガタガタ鳴り出し、近くでソファに座って漫画本を借りて読んでいたあたしがそれをつかんだら、魅録はあたしの手ごとつかんだ。
大きな手があたしの手の自由を奪った、そんな感じがした。

「魅録・・・」

びっくりして振り返って見ると、魅録の視線はスマホではなくてあたしに向いていた。

「電話は?」

そう言おうとした瞬間、あたしの唇に魅録のそれが重なっていた。
手の中のスマホのバイブがしばらく鳴り続けていたのを覚えている。
魅録の手の温かさも。
抵抗したくても体が震えてできなかった。
ぐるぐる頭の中を巡らしていたら、魅録じゃない顔が浮かんだ。
それが最近“違う”って感じた理由なんだって思った。
じっとそんなことを思っていたら、唇と手の温もりが離れていった。
とても寒く感じた。

「なんで?」

こんがらがった頭を整理しながら訊いてみる。

「なんでって、俺達、そろそろこうなってもおかしくないだろ?」
「そうじゃなくて、なんで電話に出なかったの?」
「電話に出るより、お前の方が大切だから」
「あたし、違うって思うんだ」
「何が?」

そうだよ、違うんだよ、魅録。
だからなんとかしなくっちゃ・・・

「あたしが、間違っていたんだ」
「悠理?」
「魅録は悪くない。多分あたしが悪いんだ。今、気づいた」
「何に?」
「でも、魅録は大切な友達でいて欲しい」
「友達?」
「友達」

魅録はその時、今まで見たことないほど悲しい顔をした。
でもこのままでいたら、間違ってしまうんだよ。
もっともっと傷つける。
友達でもいられなくなっちゃう。

「ごめん」
「謝るなよ。俺が、かわいそうじゃん」
「だって、ごめん」
「だから、謝んな。悪い、今は・・・独りにさせて」

うん、ってあたしはソファを立ち、ドアまで歩く。
足がガタガタして、心臓がバクバクしてきた。
今になってことの重要さを知ったんだ。
それなのにあたしったらバカな質問をまた投げかける。

「ねぇ、あたし達、これからも友達でいられる?」

魅録はハッとしたように顔をあげ、また悲しい顔で、目であたしを見る。
そして、左右にゆっくり首を振る。

「悪い。今は分かんない」
「うん」

あたしはドアを開ける。
ドアの向こうは外。庭に建てられた魅録の特別な部屋だから。

ぴゅうっと冷たい風があたしの頬を吹き抜ける。
でも魅録が触れた唇と手はまだ温かい。そう、まだ。

あたしは歩く。
庭を抜け、通りに出る。
このままアイツに会うのはいけないことなのか分かんないけど、自分に嘘は吐けないから。

大切なもう一人の友達を失う覚悟で、幼馴染みの家に向かった。





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夢の中でも、あなたは

ふと、夜中に目を覚ます。
チェストに置いたスマートフォンで正確な時間を見ると、もう少しで明け方。
けれど部屋は真っ暗で、手元のスマートフォンだけが煌々としている。
その明かりが、正体不明の不安を和らげてくれる。
でも、僕はどうしてこんなにも不安な気持ちで一杯なのだろう、と考える。
手元の明かりがスリープ状態になり、程なく訪れた、完全な暗闇。
僕は寝返りを打ち、深く何度か呼吸する。
瞼を閉じて見えるのは、幾何学的な模様の奥の夢の光景。

僕は、あなたの夢を見た。

夢の中で僕は、薄暗い廊下に立っている。
目の前には大きくて重そうなドアがある。
僕はそのドアを押し開けると、そこには草原が広がっていた。
不思議に思って一歩踏み出すと強い風が吹き荒れ、僕に現実に戻れと言った。
けれど逆らうようにして、僕はまた一歩踏み出す。
目の前の草木は荒れ狂うようになびき、枯れ葉が舞っている。
無理に前へ進んで行くと、風は徐々に、爽やかなそよ風に変わった。
向こうに誰かが見える。
僕は、それが誰か知っている。
近付くと、やはりあなたが立っていた。
あなたは当時の制服を着ている。
柔らかな髪を流し、スカートの動きを気にしている。

「ずいぶん久しぶりでした」

僕は言う。

「久しぶり」

あなたは口元を綻ばせながら返事をする。
僕は再会に心が震えるほど歓喜し、二人の共通する何かについて語られるのを待った。
けれどあなたは、ただ微笑んでいるだけで、何も語らない。
僕はその両の瞳に、その茶色く澄んだ瞳の奥に語られる二人の想い出を探したが、そこには何も映っていなかった。

「元気そうで、何よりでした」
「ありがとう」

あなたは僕の今までを訊こうともしない。
僕はそれ以上、何も訊けず、何も語ることができなかった。
しばらくの間そうして見つめ合い、意を決してあなたについて口を開こうとした時、先程の強い風が再び僕達の間を吹き抜ける。
舞い上がる枯れ葉を避けるように顔を背け、塵が目に入らぬように手で顔を覆いながら振り向くと、目の前のあなたは消えていた。

夢は、そこで覚めた。

僕は暗闇でもう一度夢について考え、もう一度彼女の瞳を思い出す。
けれどやはり、彼女の瞳には表情と呼べるものが見つからなかった。
ひどく残念には違いないが、夢はただの夢であるのだし、現実的な面から考えてみても離れている時間を思えば仕方がないことであった。
そう、夢はただの夢なのだ。

その時、スマートフォンがバイブレーションし、思わず手にしたことで暗闇はまた遠ざかった。
ネット上で、フリーメールを受信したのだ。

送信者とタイトルが僕の体を一瞬にして熱くし、起こした背中には冷たい汗が流れた。


“このフリーメールアドレスってまだ使われてるのかな?
それとも放置状態?
ま、どっちにしろ、返信がなかったら使われてないってことだよね。

元気にしてるって、知ってるよ。
何年か振りでさ、野梨子と魅録に会ったんだ。
二人の結婚式以来かもしんないなぁ~。二人とももちろん元気、元気!で良かったよ。

さて、清四郎の変わらない冷たい視線がそろそろ気になってきた。
なんでメールしたって?

それはねー。
ちょっと前に、清四郎の夢を見たんだよ、ないことにさ!
それで急に懐かしくなっちゃって。元気にしてるかなって思って。
だから野梨子達に会いに行ったの。

『直接連絡すればいいじゃないですか』って?

それは、そうなんだけど、そこまでの勇気があたしにはまだないってこと。
本当はそうすべきだって分かってるけど、突然の夢での清四郎との再会は、
あたしを昔のあたしに戻しちゃったの。
ずっと、ずっと遠ざけて、忘れていた想いが、変わらないまま甦って来ちゃって。
だからさー、直はムリだって思ったわけ。
怒っちゃう?嫌われちゃうのかな?

ねぇ、清四郎。
もう何年も経っちゃってるからここで勇気を振り絞って訊くんだけど・・・
(モノスゴク緊張して、あたしのキーを打つ指は震えているワケです)

清四郎の中には、あたしの存在ってある?

夢の中の清四郎は、あの頃と変わらない雰囲気で、親しみを込めて近付いたあたしを・・・気持ちの入らないような表情で見たんだよね。
近寄りがたい感じって言うのかな。だから・・・

あたしね、今でも乙女のように信じてることがあって(実は!)。
ずっとずっと、ずーーーっっと前なんだけどね。
清四郎と二人だけのステキな経験があるんだ。
その時、一度だけ・・・清四郎はあたしを好きなんじゃないの!?って思える出来事があって。
多分もう、清四郎は忘れてる、いやっ!覚えてないんだと思うけど。
思い当たること、ある?
すぐに思い出せないんなら、それはやっぱりあたしだけのものなんだよね。
独りよがりかもしんないけど、あの時の直感(野性の勘?)を、あたしは今でも信じている。

ねぇ、好きだから、気になるから、遠ざかることもあるよね、清四郎。
でも、何だかずいぶん遠くまで来てしまったよ・・・”


彼女のテキストはここで切れてしまっていた。
僕は彼女からのメールを何度か読み返し、再び暗闇が訪れるのを待って深く深く考える。
それから・・・ゆっくりと彼女への返信を打ち込んだ。


“好きだから、気になるから、遠ざかることもある・・・

その悠理の気持ち、すごくよく分かるよ。
それは多分、自分の思いとは違う現実に傷付きたくなくて、確かめもしないでそこから遠ざかってしまった。
そう言うことだと思うんです。
実際とは違う勝手な想像が相手の真の想いと勘違いして、真逆な夢を見てしまった、お互い。
でも、夢はただの夢だとも思うんです。
ま、悠理に限っては、夢が現実になりかねないから、すごく僕の返事が気になるでしょうねぇ。”


僕はそこでテキストを切り上げ、送信してみる。
案の定、すぐに彼女から返信が届く。


“ばかやろ~っ!!”


ベッド傍のスタンドライトを点ける。
部屋を明るくして、彼女の電話番号が入力されている返信を、僕はスマートフォンを手にしたまま待った。






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優しい風の中で

高く澄んだ秋空に、入道雲が紛れ込んでいる。
よく見なければ見過ごしてしまいそうなその雲は、けれども他の雲に見劣りすることなく堂々と存在していた。
夏を思い起こしそうなほど強い日中の陽射しでも、木陰にはひんやりした空気と淋しくも優しい陽が射している。
この季節になると必ず思い出す事があって。
切なくも甘い、大切な想い・・・



まだ中等部の頃だったと思う。
一年か二年の秋の校外学習だ。
生徒達はその日、秋になると美しく色付く木々の葉について学んだ。
校外学習とは言うものの初等部の遠足の延長線で、学校からバスで山の麓まで行くと後はおしゃべりをしながら低い山頂近くまで散策した。
途中講師や先生の説明もあったが、正直教科書通りの説明は退屈で、レポートも紋切り型で皆同じように終わってしまうのが目に見えて分かった。
それでも午前中は一通り予定通りに進み、山頂で自由に昼食を取ることになった。
僕は当時の生徒会の仲間と弁当を食べ、午後の予定を担任と確認し、その後すっかり一人で行動させていた野梨子を捜しに向かった。
思った通り、彼女はクラスの仲間から離れた所のベンチに一人で座っていた。

「お弁当は?」

後ろから声をかけると驚くことなく振り返った。
てっきり一人ぼっちさせた僕に腹を立てていると思ったら、にこやかな笑顔が僕を見つめていた。

「養護教諭といただきました。私達の年齢に起こる思春期や反抗期について教えていただきましたの。今日の校外学習よりずっと勉強になりましたわ」
「それは良かった。で、先生は?」
「さっき怪我をした生徒がでましたから、そちらに行きましたわ。午後も先生と歩くことにしましたの」

少し皮肉めいて聞こえたので、午後は一緒に行動できると言った。

「大丈夫ですわ。清四郎は学年会長ですもの、執行部の方と行動した方が到着した時に式をまとめたりしやすいでしょう」

でも、と言いかけた時、遠くから養護教諭が野梨子の名を呼んだ。

「きっと手伝って欲しいんですわ。私、先生の所へ行きます。清四郎、今日は私のことは気にせずに下校して下さいませね」

彼女はもう一度僕に微笑んで見せ、ベンチから立って去って行った。
同じように僕も担任に呼ばれ、程なく点呼の時間だから遠くへ行っている生徒に声をかけるよう頼まれた。
僕は少し離れた場所まで足を運び、注意深く辺りを見回した。
見かけた生徒全てに集合場所へ戻るように声をかけ、もう少し先まで確認してみようと足を進める。
けれどもう生徒達の気配がないように感じ、戻ろうと振り返った時、視界の隅に誰かが見えたように思えた。
僕は確かめる為にその方へ真正面を向き、じっと耳を澄ませ、目を凝らした。
草むらに、誰かいる。
よく見ると学園の指定運動着。
草をかき分け近付くと、幼稚舎の頃から一緒の女子がいた。
顔を合わせると、意味のない睨み合いばかりしていた相手。
彼女の性格を表すようにあちらこちらにはね上がった短い髪には、色付いた葉や茶色がかった草を着けている。

「やあ、熱心に学習してるの?」

僕はからかうように声をかける。

「わっ!びっくりした」
「でも、もう集合時間なんだ」
「今行く」
「うん。でも、すぐ来てもらわないと困る」
「分かってる」

一度だけ僕に視線を向けたけれど、彼女は何か探すように翻る。
僕は普段通りに苛つき始める。

「聞いてるの?」
「しぃっ!」

僕に横顔だけ見せ、口に人指し指を寄せる。
彼女は本当に、何かに夢中になっているのだ。

「何?」
「野うさぎ」
「え?」
「ほら」
「あ、本当」
「でしょ」

彼女の小さな指先の向こうに、茶色い野うさぎが草むらにいる。
学校で飼っているうさぎや動物園にいるうさぎよりもずっとずっと細く、野性的な瞳には鋭さを感じた。
もっと近付こうと僕達はそっと前に進む。
けれどその気配に、野うさぎは草むらの奥へと素早く逃げた。

「ごめん」
「ううん」
「ずっと追っていたの?」
「ううん。先生の説明なんて聞きたくなかったから、途中で抜け出してた。
弁当もバスの中で食べちゃったし、暇だからウロウロしててさ。そしたらうさぎがいた」

その時強い風が僕達の目の前を通り過ぎた。
音を立てて草木がなびき、色付いた葉が舞った。
これまでの僕達のように、まるでいがみ合うように。

「それで追っていたんだね」
「うん」

けれど強い風が過ぎると、今度は静けさがやって来た。
静けさは僕達に安らぎと清浄さを与える。
目を瞑って身を委ねていると、過去の感情の全てが消し去られ、本来の姿だけが取り残された。

本当は、この時を、僕は求めていたんだ。
彼女を、もっと知りたい。もっと・・・近付きたい。

緩やかに流れる優しい風は、僕の中の彼女への想いを引き起こした。
僕はすぐ近くに存在するその姿を見つめる。
彼女は、目の前の光景に目を奪われていた。
普段の警戒心を忘れ、純粋な瞳で空間を見つめ、風に触れようとしている。

だから、僕は・・・僕は、風の動きを止め、彼女の動きも止めた。

彼女の腕に触れ、その華奢な肩を後ろから分からないように抱き寄せる。
そして、ふわりとした髪に、そっと口付けてみる。
彼女は、柔らかな秋の陽射しの香りがした。

その間、彼女はじっとしていた。
僕の気配を背中に感じていながら、全てを赦し、全てを受け入れるように、ただじっとしていた。

数秒、でも僕にはもっと長く感じられたけれど、時が過ぎると、どちらからともなく体は離れて行った・・・

振り向いた彼女の、恥じらうように僕を見つめて微笑んだ顔を、けっして忘れたことはない。
集合場所まで、他愛ない会話をしながら肩を並べて歩いたことも。

僕はその時、僕達のこの先に何かあるかも知れないと期待したが、結局何も起こらなかった。
友達になり、仲間になった後も、二人だけが知る特別な出来事は数少なく、恋愛には程遠いものだった。

それではこれからの人生において彼女との交わりはあるのだろうか、と考える。
ずいぶん長い間、連絡なんて取り合っていない。
でも、だからと言って、今後の関わりについて見通すことなど今の僕にはできなかった。
将来のことなど誰も分からないのだから、言い切ることなどできないのだろうけれど、でも。


あたしを忘れないで・・・


そう僕に伝えるように、夏の名残の草いきれが鼻先に届く。
それは一瞬で、すぐに冷たい風が僕の横を通り過ぎた。
草木はざわめき、その度に色付き始めた葉が散り散りに舞った。
秋だ。完全な秋がやって来たのだ。

僕は、こうなる前にやらなくてはならなかったことについて考えながら帰途についた。






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