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2015年11月

さよならを決めたあとに

ホテルのロビーへ降りると、清四郎が庭園に向かった一面ガラス張りの前にあるソファに体をゆったりと伸ばすように座っていた。
朝日を気持ち良さそうに浴び、横のカフェテーブルの上にあるコーヒーカップからは静かに湯気がたっていた。

「おはよう。ゆっくり休めた?」

声をかけると、眩しそうな目があたしを振り向いた。

「おはよう。ちょっと二日酔い気味。悠理は?」
「そんなに飲んでないもん。早めに部屋に戻ったし、朝までぐっすり眠れたし」
「そりゃあ、良かった。コーヒー注文する?」
「今してきた」

あたしは清四郎の横に座る。同時にコーヒーが運ばれてくる。

「野梨子達、さっき出発しましたよ」
「うん、知ってる。部屋にね、来てくれたから」
「そう。国内旅行も悪くないですね。いろいろと回るようですよ」
「いい結婚式だったね」
「そうですね~」

そうして二人でコーヒーカップを口にする。
朝日に照らされている庭園を眺めながら。
昨日は魅録と野梨子の結婚式だった。
互いの家族と、あたし達仲間だけの質素な結婚式。
でも今まで出席した結婚式のどれにも優って素晴らしかったと思う。あたしは・・・
二人は今朝、このホテルを後に新婚旅行へと出発した。
二つ隣のソファへ老夫婦が座ったのをきっかけに、清四郎は口を開く。

「おめでたい時に不謹慎だけれど、魅録が結婚するとしたら悠理だと思っていました」
「あたしっ!?」
「ええ、だって。いつでも、どんな時でもどんな場所でも、二人は一緒だったでしょう」
「あたしと魅録は、大大親友だもん。でも、恋人とは違うんだよ」
「ふうん。どの辺の境界線がそうなのか、僕には分かりませんが」
「清四郎と野梨子の境界線がそうなのと一緒」
「ん・・・」

あたしはもう一口コーヒーを飲むと、テーブルのソーサーに戻した。

「あたし達それぞれの事情が理解できないほど、清四郎は大分遠い位置でしか見ていなかったんだよ」
「うーん、悠理には言われたくないけれど、そうなんでしょうね」
「どういう意味だよ、それ」
「悠理の方が、良く分かっているって、しゃくだなーって」
「勉強不足なんだよ、こっちに関して。無関心だから」
「無関心だなんて。大切な仲間ですよ、みんな」
「あはは。忙しくしてるからー」
「そう言って貰えると、助かりますね~」

清四郎と魅録は高等部を卒業後、それぞれ別の大学へ進路変更した。
後のメンバーは一緒。

「病院は忙しい?」
「まぁね。でも親父の病院に戻ってこれたので、ちょっとは楽になったかな」
「うんうん。みんな喜んでるよ。なかなか会えなくても、近くにいると思えば安心さ」
「ありがとう。その言葉が、僕には嬉しい」

コーヒーカップに、新しいコーヒーが注がれる。
香ばしい、柔らかな朝の香り。

「悠理、結婚は?」

最近、こういう質問が多くなった。適齢期を迎えたからなんだろうけど。

「あのおじさんとおばさんが黙っていないでしょう?良いお話もいっぱいじゃない?」
「まーねー。でもまだそんな気分じゃない。あたしの適齢期はまだなんだと思う。野梨子はそうでも、あたしのはまだ違うって思う」
「そう?悠理が見違えるように綺麗になっているから、そういう話が出てるんじゃないのかなって思ってました」
「綺麗は、前から」
「あはは!お見逸れしました」
「もっともっと、何年も先があたしの適齢期なら、それでいいんじゃないかって思ってる。焦る気持ちなんて、まだないんだなー」
「それで良いと思いますよ。自然で。今の時代、結婚適齢期は皆一緒ではないでしょう」

そしてあたしも・・・清四郎に訊いてみなくてはならない。
社交辞令。だから、こういう会話ってイヤなんだ。
覚悟は決まってる、はず。
だけど、心臓が急にドキドキ言い始める。

「清四郎は?清四郎だってイッパイあるだろ?」
「ありますね~。嫌なくらい。もう、放っといてくれよ、ってくらい」
「あはは・・・」

そしてそのまま、会話は途切れた。
あたし達はまた庭園を眺め、コーヒーを飲んだ。
静かに会話をしていた二つ隣の老夫婦が互いを気遣うように立ち上がると、カウンターに歩いていく。
チェックアウトでもするのだろう。

「良いですね、あの夫婦。あんな感じに互いを気遣える夫婦って素敵ですね」
「ん。魅録と野梨子なら、あんな夫婦になれるだろうね」
「でしょうね・・・」

「清四郎は今まで、結婚を考えた恋愛ってしたことある?」

思いきって、と言うより、自分の意思に関係なく言葉が出た。

「結婚と恋愛を一緒にしたことは今の今まで、ないです」

よく、分かんないよ、清四郎。

「つまりは、結婚を意識した恋愛はないってこと?」
「結婚も恋愛も、それぞれ一方通行」
「また、ワケわかんないことを」

清四郎は形の良い長い指で髪をすく。
そして体をまっすぐにしてソファに座り直した。

「僕のこれまでの人生において、想いを通じ合わせたのは、ただの一度だけ」

清四郎の言葉は、あたしの胸を貫いた。えぐれるような痛みが走る。

「へ、へぇ・・・」
「僕はね、悠理。その女性に“愛している”と言われたんです。
清四郎、愛している、と」

相槌も、ありきたりな言葉も、何も浮かんではこない。
言葉は、あたしから失われたかのように出てこなかった。
頭の中で、記憶の渦がぐるぐると回り始める。

「その女性との出逢いが、僕の人生を180度変えた。だから僕は、ある時、その人に言ったんです。
“あなたが、僕の人生を変えてくれた。あなたと出逢えなかったら、僕は小さな世界の中でしか生きられなかった。素晴らしい仲間とも知り合えなかった”と。
そしたらその人は、僕に向かって、今までにないほど嬉しそうに微笑み、先程の言葉を僕に与えてくれたんです」

ずっと、忘れられない。その微笑みも、言葉も嬉しかったから。
僕はまだ十代の男の子で、純粋にその言葉が心に植えつけられた。
その言葉の種は小さな芽を出し、僕によって大切に育てられ、今でも胸に大きな幹となって育っている。

「一方通行の想い」
「果たして、そうでしょうか?」

清四郎はあたしの瞳を探るように見つめる。
学生の頃、こうやってあたしに真実を吐かせた。ずるい、やり方。

「他に、恋愛も結婚も真剣に考えなかったの?」
「ええ。その人とだけ、想いは通じ合えたと信じているから」
「動こうとはしなかった?」
「動くには、互いのタイミングがまだだと感じた」
「想いが通じ合えたと信じて疑わなかった・・・すごい信念。相手が・・・もしタイミングを間違えて、別の恋愛に走ったら?」
「うん・・・」

そこで初めて言葉につまる。
初めて、弱気な表情を見せる。

「正直、それは怖かった。恋をすると、無理強いはできない」
「必ず戻る、と言う確信もないよ」

でも、と清四郎は言う。
暖かな陽に照らされた庭園を見つめ、それからまるで何かを見つけたように、嬉しそうに微笑んであたしを振り向いた。

「でも、僕は間違ってはいなかった!タイミングは、合ったんだから」

子供みたいな微笑みが、あたしがもう何年も前に決めてしまった“さよなら”を覆そうとする。
もっと早く言ってくれたのなら・・・

「清四郎、あたしの心には、何もないんだよね。あたしには、何も植えつけられなかった。未来の確信も、待つ理由も、何もなかった。だから、覚悟を決めた。
決めてしまった」
「あの言葉は、真実ではなかったの?」
「嘘は吐いてないよ。純粋な気持ちだったんだと思う。だから、伝えたんだと思う。でも、まだ、“愛している”という言葉の意味を理解していなかったのかも」
「理解なんていらない。感じたままの言葉を僕に与えたんだ。
悠理の覚悟って何?始める前から終わらせるなんて、そちらの方が理解できない」
「清四郎、あたし・・・」
「僕達は“今”なんだと思います」

清四郎の長い指があたしの手に優しく触れ、包み込む。

「悠理の心に何もない?種を与えたのは悠理ですよ。
悠理の中には、まだたくさんの“愛情の種”があります。いろんな形のね。
仲間や家族にも、与えました。そして、僕にも。
自分の為に、ひとつ心に植えて下さい。
僕が、毎日お水をあげましょう」

指に、少し力がこもる。
だからあたしは、もう一方の手でその指を、その大きな手を包み込む。
そして“ありがとう”と伝える。


清四郎の手を通じて流れる水は、もうあたしの心の種に恵みを与え、小さな芽吹きが始まった。




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push me away ~the last~

剣菱家に着くとすっかり日が暮れてしまった。
けれどもちろん、その時間にはまだ豊作さんは帰宅していなかった。
五代さんには借りた本は悠理に渡しておくと伝え、彼女の部屋へ案内してもらった。

「こんばんは」

僕がにこやかに部屋に入ると、悠理の顔が強ばったように思えた。

「あれ、どうしたの?」

巨大なベッドに寝転がって漫画本を読んでいたらしく、ベッドの上には実にいろいろな物が散らばっていた。
まずは数冊の漫画本、スナック菓子袋、ペットボトル・・・
起き上がった彼女の髪はボサボサで、いつも以上に幼く見える。

「知ってます?野梨子の家の物置小屋に、今度僕と悠理の二人だけの住まいが用意されるんですって」
「へ?え?え?」
「次の日曜日、畳の張り替えが行われるそうですよ。手伝いに行きます?」
「え?う、そ・・・」

本当にびっくりしたように目を見開いた。
僕は声を出して笑い、ベッドの端に座る。

「冗談ですよ。さっき野梨子の家に遊びに行ったんでしょ?その時、ほら、スマホ忘れたようですよ」
「あ、あんがと。ちょうど取りに行かなきゃって思ってた」
「あと、豊作さんから本を借りていたので、それを渡して欲しいなぁと」
「りょーかい。それでわざわざ来たんだね」
「表向きはね」
「うん?」

僕がじっと見つめていると、彼女は指で柔らかな髪の毛をすいた。
それから天井を見上げ、何かを考えるようにし始めた時は、冷めたような表情になっていた。
多分、このままにしていると、彼女はまた僕を避けるようにするのであろう。

「あのね、悠理・・・」

僕がその顔に声をかけると、彼女は急に話し出した。
学校での出来事や魅録との会話、先生の悪口・・・何もかも僕を避けるためになされた会話だった。
最初は口を挟んでしまおうと思ったが、彼女の気が済むようにさせておいた。
そうして話題がなくなると、ぼんやりしたような視線を僕に向けた。

「部室の水道管ね、あれ、シャワールームの床下で水道管がひび割れていたみたいですよ。だから水漏れがあったんですね」

彼女の表情は変わらない。

「あの後、校務員から聞いたんです。僕達の校外学習があった日に合わせて修理してもらったんですよ」

やがて表情は、白い顔から滑るようになくなった。

「今日はね、悠理に謝りに来たんです」

僕の言葉は、更なる誤解を招いたように彼女の心を貫いた。
彼女の茶色に澄んだ瞳は一瞬の内に涙で曇った。
長い睫毛は濡れ、音を立てるように頬に滴が流れた。

「あの時のこと。でもね、突発的に行ったことは謝罪しますが、行為そのものは、僕の正直な気持ちなんです」

彼女は、よく分からないと言う風に顔を左右に振った。

「あんな狭い場所で突然後ろから悠理に触れてしまったこと。本当に悪かった」

こんな時でも素直ではない僕は、上から目線で謝罪してしまう・・・
彼女は両目を伏せ、ポロポロと涙を流した。

「けれど、悠理に触れたいと思ったのは、本当の僕の気持ち。これは、複数の女性に試した結果・・・」

そこでしまった!と思った時は遅かった。
スピードは、今でも悠理には敵わなかった。
抱き枕のような大きさの枕が、僕の顔面に飛んできた。

「清四郎のバカッ!!そんなこと、わざわざ言うために来たのかよ!
もう、もう・・・これ以上傷付きたくないよっ!!」

今度は大声で泣き出した。

「誤解だ、悠理。最後まで話を聞いてくれ」

僕は彼女が泣き止むまでしばらく待ち、落ち着くのを見計らって口を開く。

「衝動的に悠理を怖がらせてしまったから、すぐに謝らなくてはと思ったけれど、悠理はまるでそんなこと気にしていない風にするものだから、もしかしてなかったことにして欲しいと間接的に伝えているのかとも思ったんです。タイミングをつかんで僕の行為について話すべきだとは分かってはいましたが、悠理にその件については避けられているようにも思えてね。ちょっと様子を見た方が良いのかなって」

「冷静になって考えてみると、突発的、衝動的行為の裏には、僕の悠理への想いも・・・あると感じました。けれど、僕達の年齢って複雑でしょ?想いより先に体が反応する時も、その、ある訳で。特に十代の男子はね。多感な時期ですし」

「それで、まあ、悠理以外にも女の子に対してそんな突発的になれるものなのかと・・・ま、野梨子や可憐は身近な存在だし、大切な仲間だし。でもね、どんなシチュエーションでも、悠理への行為と同じ気持ちになんてなれなかった」

僕は次に何が飛んできても良いように、ちょっとだけ身構えた。
けれど、悠理は大きな枕を抱え込んだまま俯いてばかりいた。

「悠理、あの時は、突然、すまなかった。本当に・・・」

僕の言葉に、今度は枕に顔を埋める。そして左右に頭を振っている。

「悠理、何とか言ってくれませんか?謝罪が足りないのならもっと気持ちを込めて謝るし、帰れと言うならそうします。距離を置きたいと言うなら・・・え?」

わずかに耳に届くような細い声で、彼女は何か言っている。

「何?」
「出来心、だと思ったの・・・清四郎の」
「うん」
「だから、もうなかったことにして欲しいって。そんな風に見えたんだ、清四郎が」
「すまなかったね」
「あたしもどうしていいのか分かんないし、正直、あんなの、怖かったし」
「そうですよね・・・」
「どうしたらいいのか、どんな風にしていいのか、ほんとに分かんなくて」
「嫌な思いをさせて、本当にごめんなさい」

悠理はその時(今まで枕に顔を埋めたまま話していたが)顔上げ、僕と目が合うとパッと頬を赤くした。

「・・・嫌だなんて、思ってないよ、ちっとも」
「え?」
「すんごくびっくりしたけど、冗談ならそうだと言って欲しかったけど、それならそうなんだって受け入れなきゃって思ってたけど。でも、清四郎の本当の気持ちだったらいいなって・・・」
「僕の冗談なら、受け入れる・・・ですか」
「そうだよ」

そう言った彼女はすうっと大人の女性を感じさせた。

「清四郎の気持ちを確かめられないのなら、自分の中で決着をつけようと思ってた。冗談のつもりなら、あたしの中で勝手に生まれた想いは、どこにも行けないから」

僕はベッドから立ち上がり、悠理の後ろへと回る。
華奢な肩や白く細長い首、柔らかな髪。
これが、衝動的に行動を起こさせた後ろ姿だった。
今度の僕は、優しくその肩に両腕を回して抱き締める。
一瞬肩を強ばらせたが、その力を抜き、僕の体に全てを委ねてきた。

「あったか~い」
「こうすると気持ちのいい季節です」

こめかみに頬を寄せると首をすくめ、くすぐったいと言った。

「もっと早く、打ち明ければ良かったです。意外にも、僕は臆病だった」
「あはは。お互いさま。でもあんなこと急にされると、なんて訊いていいか分かんないよ、実際」
「ま、それだけ悠理の後ろ姿が魅惑的だったってことです」
「よっく言うよ。人を驚かせといて」
「それは本当にごめんなさい、でした」

笑いながら、悠理も僕に頬を寄せる。
ああ、こうなると分かってたなら、もっと早くに言うべきだった。
でもこの時間が、きっと彼女を綺麗にさせたのだと勝手な僕はそう思った。




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野梨子に頼まれて、さっき悠理が彼女の部屋に忘れていったと言うスマートフォンを届けに剣菱家へ向かう。
ちょうど僕は悠理の兄である豊作さんに用事があったので、ついでに・・・と言う形で預かった。
本当は、悠理に話があった。
と言うのも、もう数週間前、そう確かあれは夏の終わりだ。
僕と悠理の間に、ちょっとした出来事があった。
いや、原因は、僕にある。
彼女の後ろ姿に、今まで経験したことがない感情が生まれてしまった。
シャワールームという狭い空間、または二人っきりというシチュエーション。
普段とは違う異空間が、僕をそのようにさせたのかも知れない。
僕だって十代の健全な男だ。あのような感情が出ても仕方がない。
けれど選りに選って?
選りに選って悠理に対してそんな感情が芽生えるなんてね。
因みに僕は、別の女の子でもそのような感情になるのか試してみた。
悠理だけじゃない、十代特有の自然現象なら、女の子に対してそうなっても致し方ないのだから。

まずはメンバーとは言え、男性陣の目を引く可憐。
客観的に誰が見ても綺麗である。
好みもあるかも知れないが、一般的な美人である。
そんな彼女が、季節の変わり目だから風邪をひいたと言って学校を休んだ。
でも多分、本当の理由は、朝に降った小雨のせいであろう。
きっと、クリーニングから戻ったばかりの制服が汚れるのが嫌だとか、新しいコートが濡れるのが嫌だとか、そんなところだろう。
年上の彼女とデートの約束だと言う美童の代わりに、宿題プリントを、クラスこそ違うが可憐に届けることにした。
彼女の母親が、部屋の前まで案内してくれた。

「可憐ちゃん、清四郎君よ」

後で可憐にお茶を淹れてもらってね、と階下のジュエリーショップに戻っていった。

「清四郎?珍しいわね、野梨子は?」

部屋に入ると案の定、可憐は部屋着でベッドに寝そべっていた。
女の子らしく、ほのかに良い香りが部屋中に広がっている。

「野梨子は特別出演で、演劇の練習だそうです」

ふうん、と言って立ち上がると、コーヒーを持ってくると部屋を出た。
僕は一人がけのソファに座り、部屋中を見渡した。
綺麗ではあるが、あちらこちらに脱ぎ捨てたような服がかかっている。
それに・・・ベッドの上には下着らしい感じのものが見える。
けれど僕は、気づかない振りで行こうと思った。

「今日は何の用事?」

コーヒーをトレーに載せて戻ってくると、ばつが悪そうにベッドに座る。

「風邪は良くなりましたか?宿題プリントを届けに来ました」
「う、うん。大丈夫よ。宿題プリントね。後でやるわ」
「明日までにできますかね?」
「多分ね」
「あ、でも。今はお天気曇り空ですが、今日夜半過ぎからまた雨のようですよ」
「ああ、そう。あ、わたし、またちょっと寒気がしてきた。清四郎、コーヒー飲んだら帰った方がいいわ。うつると大変だから」

可憐は部屋着で着ていた厚手のトレーナーを脱ぐと、近くにあったパジャマを羽織るようにしてさっとベッドに入った。
一瞬、大胆に胸元が見えたような気がしたが・・・
意識し過ぎているからなのか、何のトキメキも起こらなかった。

外に出るとすでに小雨が降っていた。
秋の雨は底冷えするように冷たく、どこか砂の臭いが雑ざっている。
僕は朝から持ち歩いていた傘を広げ、深いため息をひとつ吐いてから歩き始めた。
多分可憐は、明日も休むのだろう。
本当に風邪なら心配だが、でもそれは大切な仲間として、友達としてであって、それ以上ではないのだと確信した。


次は、幼馴染みの野梨子。
兄妹のように赤ん坊の頃から育てられ、互いの弱点すら知り尽くしている相手に・・・果たしてそのような感情が芽生えるのだろうか?
同好会の帰り、タイミングよく彼女に家の門の辺りで呼び止められた。

「清四郎、今帰りですの?ちょっと手を貸していただいてよろしいかしら?」
「何です?面倒なのは嫌ですよ」
「面倒なんてありませんわ。裏庭の物置小屋ですの」
「はいはい」
「“はい”は一回でよろしくってよ」
「はいはい・・・」

正面から裏庭に抜け、以前は弟子達が暮らしていたと言う小屋に入る。
けれど手入れがしっかりと行き届いており、まだ誰かが借りて住んでもおかしくないほど綺麗だった。

「物置小屋にしておくには勿体ないですね。魅録みたいにこちらを野梨子の部屋にすればいい」
「あら、嫌ですわ。夜なんて気持ち悪くてよ。でもさっき、悠理も同じように言いますので、“悠理の勉強部屋にしてさしあげます”と言いましたらかなり怖がってましたわ。霊的なものもおありでしょうけれど、近くに清四郎がいるのが、何よりも怖そうでしたわ」
「僕ですか?」
「ほら、この家の上に、清四郎の部屋の窓が見えますでしょ」

二人で見上げれば、なるほど僕の部屋の普段はほとんど覗かない小窓が見える。

「あそこから勉強しているか監視されたら、とても怖くていられない、と」
「見ますかね~、僕が」

ほほほ、と野梨子が笑う。

「覗くことがないように、清四郎の部屋もこの小屋に用意しておくと伝えましたわ」
「はぁ?」
「本当は清四郎に優しくして貰いたいんですのよ。可愛らしいじゃありませんか」
「僕はいつでも悠理に優しいですよ」
「あら、でも・・・最近の清四郎はとても冷たいってぼやいてましたわ。避けられてるみたいって」
「そんなこと、ないですよ!」
「でも、悠理がそう感じるのなら、そうなんですのよ」
「・・・分かりました。気を付けます」

冷たいって・・・僕が?悠理じゃないですか!
あの時から、僕を避けてるのは、悠理でしょう。

心の中で僕もぼやきながら、悠理とのすれ違いをちょっと悔やむ。

「で、悠理がさっきまでいたんですね?」
「そうですの。それで悠理にも物置の件を頼んだのですけどね、嫌だって言われましたわ。だって、悠理ですのものね。
でも今日はお弟子さんも父様も留守で困ってますの。奥の部屋の天井裏に、普段余り使用しない花器が収納してあると母様が。私では取れませんでしょ。だから取って欲しくって」

奥の部屋は広い和室で、多分、以前は住んでいた弟子達が稽古をしていたのであろう。
床の間には鑑賞用の軸がかけてあった。

「今でも毎日風を通しますのよ。物置とは言え、やはり思い出深いですわ」

掃除用具室から脚立を出してくる。
低めとは言え、小さな野梨子には大変重たそうだった。
僕は彼女からそれを受け取る時、その小さな体や腕に触れた。
小さな顔にも近付いた。
けれど・・・あの日、悠理と共用した時の感情は覚えなかった。

「ああ、それと。悠理ったらスマートフォンを忘れて行きましたのよ。悠理の所へ行く用事ありますかしら?」
「悠理の家ですか?」

けれど僕は頭を巡らす。
ちょうど良いチャンスだ。

「急ぎではありませんが、豊作さんから本を借りていたんです。ついでですから行ってみますか」

僕は自然を装うように悠理のスマートフォンを受け取った。
多分きっと、悠理は勘違いしているのだ。僕が冷たいだなんて。
僕は、悠理の方が僕を避けていると思っていた。
何故なら、突発的に、悠理に怖い思いをさせてしまったのだから。
距離を置きたがっているのなら、それに従うしかないと思っていた、けれど。
僕は部屋から豊作さんの本を取ると、急いで剣菱家に向かった。



もう一回くらい続きがあります~♪

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生徒会室内にある簡易給湯室。
あたしは小さな流し台の前に立ち、蛇口とにらめっこする。

「う~ん。水なんて漏れてないよな~」

今度はレバー部分を上げたり下げたりして、水の出を確かめる。

正直よく分かんないけれど、異常はないよな。

なんであたしがこんなことしてるかって言うと、可憐に急に頼まれたんだよね。

「校務員さんに言われたのよ。
学校の水道料金が例年に比べて多くなってきているって。学校中の蛇口を閉めても水道メーターのパイロットが回っているから、そちらの部屋で使用している蛇口から水漏れしてるんじゃないですかって。
こちらでは合鍵を預かってなくて確認できないから、自分達で調べて報告して欲しいって。
わたしと美童は今日それぞれデートだし、野梨子はお茶のお稽古って言っていたし。ごめん悠理。魅録と調べてくれない?得意分野でしょ?」

勝手なこと、言うよね~。
そんな魅録はバンドのお稽古だって、さっさと帰ったよ!

「清四郎が生徒指導室にいるから、戻ったら見てもらえよ」

ちょっとみんな~、勝手すぎやしない?
面倒なのは全部“あたし”なの?
いくら一番暇人だからと言って、ひどいよね!

とにかく!給湯室は大丈夫。
で、次はトイレ。って、どこも漏れてないって・・・
あちらこちらと歩いていると、清四郎が生徒指導室から戻ってきた。

「おや、珍しい。一人?」
「待っていたんだよ~」

事情を一通り話すと、清四郎が面倒くさそうに言う。

「そんなの、見ればいいだけでしょ。水が漏れてないならそう校務員に伝えたらいい。きっと地下の水道管ですよ。管に故障でもあるんじゃないんですか」
「うん」

あたしはもう一度流しやトイレを見直し、普段ほとんど使わないシャワールームにも言ってみた。
思った通り、床のユニット部分はカラカラに乾いていて、靴のまま一畳もない室内に入った。

「どう?漏れてます?」

突然後ろから清四郎が声をかけるものだから、びっくりしちゃって思わず声をあげてしまう。
それを聞いた清四郎も声をあげて笑う。

「なんだよ、来てくれるんなら見てくれよ」
「ハンドルをちょっと捻って見てもらえます?」

言われた通りハンドル部分を捻る・・・

「ぎゃあ~っ!」

錆び臭い、冷たい水がシャワーヘッドから勢いよく出てきた。
フックから外して捻るべきだった。

「やだ~」

びしょ濡れのあたしをおいて、清四郎はいなくなった。

「今タオル持って行くから」

と、向こうの部屋で言ってるみたい。笑いを含んだ声で。
あたしは濡れてしまった制服を諦めて、ハンドルやシャワーヘッドからの水漏れを確認する。

「どう?漏れてます?」
「う~ん、漏れてないな~。シャワーヘッドから水がちょっと滴るのは仕方ないいよね」

今度はヘッドを手に、ハンドルを何度か捻ってみる。

「ねぇ、ハンドル近くの壁の向こうから変な音が聞こえる」
「壁の向こう?」
「ゴゴォ~って」

あたしが清四郎と入れ替わろうと後ずさった時、押すようにして清四郎が入ってきた。
何も言わないで、あたしを閉じ込めるようにして。
えっ、て思った。一瞬だけ、頭の中が真っ白になった。
けれどすぐに意識が戻るように“どうしよう”って考える。
狭苦しいシャワールームで身動きできずにいると、左側の腰を手で押さえられた。
シャワーヘッドを持つ右手に、後ろから清四郎の腕が回りその手に重なる。
驚きの余りに声も出ず、体も動かない。
重なっている手のままシャワーヘッドを確認するように動かし、あたしの手から静かに外すとフックに返した。

どうしよう、どうしよう・・・

清四郎は何も話さない。
あたしは、声すら出せない。
まるで他人の手を見るようにして、自分の手を見ている。
その手には、清四郎の手が重なっている。
後ろから抱かれるように、体温が感じられる。
あたし達は、しばらくそうしていた。
数秒だったかも知れないし、数十分だったかも知れない。
やがて頭の後ろに、あたしの髪の毛に、熱い吐息がかかった。
そうして・・・清四郎の体は離れていった。


✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳


あの後、あたしは、まるで何事もなかったかのように振る舞った。
帰り道も、次の日も、その次の日も。
みんなと一緒に遊びに行った時も、勉強を教わっている二人の時間にも。
そして清四郎も、あの日に触れることはなかった。
さりげなく目で追っても、それらしい素振りすら窺えなかった。
お互い・・・なかったこととして、ただ時間が過ぎた。
あたしの中に、あの日の記憶だけが取り残されている。

清四郎、どういうつもりだったの?
あたしを、からかったの?

そうなら、そうだと言って欲しかった。
冗談だよ、悠理。真に受けたの?って、嘘なら笑い飛ばして欲しかった。
普段と変わらない態度が冷たく感じられて、それがあたしには辛かった。
そしてどこかで・・・自分だけの時を刻み、あの出来事が真実なのだと思いたくなった。

出来心だったんだね、ただ。
清四郎には過去の、過ぎた記憶なんだね。


あの日からあたしは、ちょっぴり大人になった。
時に男は、出来心で少女を女に仕立てあげるんだって知った。

清四郎、あたしは“恋”を知る前に、踏みにじられたような気持ちさ。
そうして憎もうとして、どこかで求める自分が悲しかった。





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これで、おしまい

いつも授業の途中からいなくなってしまう彼女がずっと気になっていた。
学級委員長として、もちろん。
担任から言われていた。

“授業に出るように声がけをするように”
“移動教室や校外活動においても、協力できそうな生徒と共に誘いかけるように”

でもいつもクールにかわされ、僕達の声がけは虚しく終わってしまう。
担任はすでに諦め、生活指導の先生に頼むかどうか、学年主任と話し合っていた。
しかし僕は、諦めていた訳ではない。
皆の声がけが通用しないのなら手段を変えるべきなのだから、むしろ全て僕に任せて欲しいと思っていた。
ここからは個人として。
一人の、古くから知るクラスメイトとして、僕のやり方で彼女の心の内を聞かせて欲しいと願っていた。
だから僕は、彼女の様子を窺いながら、彼女が学校を抜け出したのを見つけるとすぐに後を追った。
もちろん担任にも学年主任にも伝えていない。
これは僕個人の意志でやっているのだから。
彼女と同じ、サボりと捉えられたって構わなかった。
距離をおきながら後をついていくと、彼女は校舎の裏にある、今では教材や物置として使われている旧い校舎に向かった。
外壁に添うように作られている階段を上り、三階と四階の途中にある踊り場で止まった。
普段から使っているのか、そこには生徒用の古い木製の椅子と横には大きな紙袋が置いてある。
僕は彼女が落ち着くまで階段の途中で隠れるようにして待っていた。
本校舎の裏手とあって空気は冷たく、余り陽が当たらない。
けれど空は何処までも晴れ渡り、青く澄んでいた。
彼女は椅子には座らず、手すりにもたれている。
何回目かのため息の後、僕は彼女の後ろに立った。

「剣菱さん」

彼女は振り向かず、もう一度、今度は深いため息を吐く。

「学校出る時からつけてただろ?知ってたんだから」
「さすがですね。気づかれずにうまくいってると思ってたのに」
「で?あたしを連れ戻すように頼まれたの?」
「いいえ。僕が勝手について来ました」
「嘘ばっかり。どうせ担任に言われたんだろ」
「違いますって。だから僕もサボりです」

その時、やっと彼女は振り向いた。
一瞬目が見開き、それから遠くを見るように僕を見つめる。

「どういう風の吹きまわし?」
「君とゆっくり話してみたかったんだ」
「学級委員長として?」
「いえ、一人の、旧き友達として」
「あっは。友達なんかじゃないだろ」
「じゃあ、今から友達になります」
「・・・・・」

彼女は呆れたように僕に背を向け、また手すりにもたれた。

「悪いけど、友達なんていらない。教室にも今日は戻らない」
「どうして教室が嫌なの?何かが気に入らないとか」
「全て。クラスメイトも担任も、全てイヤ。一緒に同じ場所にいるのが許せない」
「理由・・・なんてないよね。とにかく嫌なんですね」

僕はそっと彼女の隣に立つ。
手すりに両手をかけ、空を見上げる。

「それって、少なからず誰もが感じることだと思うよ。君と違っていつもではないけれど、例えば自分に自信が持てない時とか、友達とうまくいってない時とか。そういう時って、周りに合わせるの、辛いよ。」
「お前もある、なんて言わせないよ。自意識過剰な学級委員長」
「ある。今、僕がクラスに戻ったら、そうなる。
どうしてみんな、剣菱さんを分かってあげないの?って、塞ぎ込んじゃう」

今度の彼女は、軽蔑の眼差しで僕を見た。

「バカにしてんのか?」
「まさか。君の気持ちを代弁してるんです。
“どうしてあたしを分かってくれないの?”」
「・・・・・」

手すりからゆっくり手を離し、足を引きずるようにして椅子に向かった。

「落ちこぼれの相手をしないように。そろそろ戻ったら?
あたしのこと分かんなくても、勉強はできるし飯はうまいよ」

僕を振り向いた彼女は笑顔だった。
皮肉るように、片方の眉毛と唇の先が上がっている。

「そうですね。その通り」

怒りで、頬が蒼くなっている。

「でも、僕は君を落ちこぼれとは思っていない。嘘じゃない。
君は落ちこぼれてなんていない。ただ、クラスや学校の枠にはまらないだけだ」

力が抜けるように、音を立てて椅子に座る。
だから僕も、彼女の前に片膝を立てて目線を合わせた。

「ごめん。あたしバカだから言ってる意味分かんない」
「周りは君の良さを知らない。だから悪く言う」
「別にあたしを悪く言うヤツのことなんか気にしてないよ。
だってそんなヤツはみんなあたしには関係ないのばっかだもん」
「それを聴いて安心した。君は君のままで良いんだと思う。
僕も最初は分からなかった。だから、先生達の言うような働きかけしかできなかったけれど」

僕は彼女の両目を見つめて話す。
彼女の目は思っていた以上に大きく、茶色の瞳は今日の空のように澄んでいた。

「変わらなくてはいけないのは、周りの僕達だって言いたいんだ」

まるで僕のずっと後ろを見るような視線はほんの少し外れ、やがて意を決したように僕を見る。

「ありがと。でも・・・」

でも、そんなことできっこないよ。

悲しい、諦めたように僕に向かって言う。

「そうだね。簡単なことじゃない。だからそれは、最初は僕だけで良いって思ってる。
僕が、君の良さを引き出してあげる」
「あはは!できるか!あたしにだって自分の良さは分からない」
「できるさ。何でも、興味のあることから手当たり次第にやればいい。合わなければ、止めればいいのさ。協力する」
「・・・本気で言ってるの?」
「本気です。僕が傍にいて、君を助けるから」
「まだ、よく分かんない」
「うん、ゆっくり、僕が言ったことについて考えて欲しいと思ってる」

彼女の頬はさっきより上気し、自然な笑顔を見せる。
とても、綺麗な女の子なんだね、君は。

「だから、もう、おしまい」

僕の言葉に、彼女は首を傾げる。
飼い主の言葉を理解しようとする仔犬のようで、思わず頭を撫でたい衝動に駆られる。

「一人ぼっちは、これで、おしまい」

僕は立ち上がり、右手を彼女に差し伸べる。
彼女は躊躇するように僕の掌に自分の右手を載せた。
その手はとても華奢で、強く握ると壊れてしまいそうだった。
細く長い指を包むようにして握り、彼女の体を引き上げて立たせる。
とてもとても軽くて、抱き締めてしまいたくなる。

「剣菱さん。今日はこれで、僕と帰ろうか?」
「ば、ばか!そんなことできっか。でも、戻ったら怒られるよ。あたしは慣れてるけど」
「剣菱さんと一緒なら平気です」
「嘘ばっかり。さっきから」
「本気です」

ちょっとだけ顔を近づけると、頬を染めて顔を反らす。
僕も、今はここまでと感じる。
思った通り、学校に戻ると職員室で担任と学年主任、生活指導の先生に注意された。
でも、普段の僕の行いが良いのと、彼女の言葉を借りるなら“先生の指導を守った”から大きな事態にはならなかった。


後日談として言えば、僕は彼女への協力はやる気満々でいたのに、彼女は・・・
他校で喧嘩仲間でロック友達を見つけてしまっていた。
もちろん同じ中学三年、男子。
まさか長期戦のライバルになるとは、この時は思ってもいなかった。




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