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2016年01月

キミヲオモエバ

季節外れの糠雨が幕を引くように降ってきた。
僕は同好会に向かう途中で、厚手のコートの肩が滴を弾くようにして濡れ始めた。
雨宿り、と言うくらいでもなかったが、まだ時間に余裕があったため、目についたファーストフード店へと入っていった。
カウンターでコーヒーを購入して窓辺の一人掛けの席へと着こうとした時、後方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、幼馴染みの悠理がコーヒーカップを載せたトレーを持って立っていた。

「あれ、帰るところでした?」
「そろそろ出ようかなって思ってたとこ。でもまだ待ち合わせの時間まであるから清四郎といようかな」
「待ち合わせ?」
「そ、魅録。ねぇ、コーヒーおかわりしてくるから二人掛けの方で待ってて」

そう言って、彼女は笑顔を見せて翻った。
僕達は向かい合って座り、コーヒーを飲みながら話をする。
とりとめのない話だ。
でも、こうしたシチュエーションって、初めてかも知れない。
二人っきりでいたことはもちろんあるけれど、こうした場所で向かい合って座ってコーヒーを飲みながら話をするって、珍しいことだ。
僕達にとって・・・

「魅録とお出掛け?」
「千秋さんが新しい車を買ったんだって。それを借りて、今からドライブ」
「この雨降りで?それに冷え込みが激しくなれば雪になりますよ」
「ちょっとだけ。ほんのちょっとの時間」
「気を付けて下さいよ」
「今日しかないんだって。明日はもう、千秋さん、それでどっか行っちゃうらしいし」
「ふうん。ま、魅録ですから、大丈夫か」
「うん。魅録だから大丈夫!」

悠理はとびっきりの笑顔を見せた。

互いの約束の時間が近くなって、僕達は店を出た。
アスファルトは真っ黒く染められ、通りはまるで夕方の気配。
吐く息は白く、冷たい空気が頬を刺す。
さっきから降ったままの雨は、夏のそれのように細かい。

「止まないかなぁ」

悠理は重たそうに空を覆う雪雲を仰ぎ見る。

「う~ん。やっぱりこのまま雪になるんじゃないかな」

つられて僕も仰ぎ見た。
粉のように降り注ぐ雨は、僕達の顔を濡らした。
困ったような彼女を見つめ、目が合うとそれを合図に歩き出す。
何も話さなくなった彼女を横目で見ると、ビーズのような雨の滴に覆われていた。

「ここ」

突然彼女がそう言うと、煉瓦通りの角に立ち止まる。

「ここ?こんな所?」
「うん。ここに、魅録が車で迎えに来ることになっているの」
「向こうのアーケードの中で待っていたらいい。魅録には電話かメールすればいいだけでしょ」
「もう約束の時間だもん。魅録は運転中でしょ?」

悠理は笑いながら僕を見上げる。

「そう・・・」

こんなに寒いのに、君は彼を外で待たなくてはならないの?
さっきの暖かな店で、一緒に待ってあげられたら良かった。

「じゃあ。送ってくれてありがと。清四郎はちゃんと間に合うの?」
「ええ、大丈夫」

けれど僕の足は一歩も前に進まない。

「もう行っていいよ。あたしはここで待ってるから」
「寒くない?」
「大丈夫だって!」

そう言う彼女の頬と鼻は赤くなって、細く白い両手を擦り合わせている。
僕はハッと思い付いて、自分が身に付けていた濃いグレーのマフラーとコートのポケットに入れたままの同色の手袋を悠理に差し出した。

「でも・・・」
「いいから」

珍しく躊躇する彼女の首へマフラーを巻き付けた。
明るい色のダッフルコートを着る彼女には、ちょっと不釣り合いな色だった。

「あったかーい!」
「でしょ? ちょっと大きいですけど、手袋も、ね」
「清四郎は寒くないの?」
「大丈夫。この後は建物の中ばかりだから」
「帰りは?」
「講師の方にいつも送ってもらうんです」
「分かった。ありがと。後で返すから」
「いつでもいいから」

もう行った方がいいよ、彼女の目はそう訴えている。
だから、僕は行かなくてはならない。
雨足は一向に変わらない。
ただただ、体が冷えて行くだけだった。
もう一度彼女を見つめると、僕のマフラーにすっぽり包まれて嬉しそうにしている。
でも糠雨は、巻き重なるマフラーの間をすり抜けるようにして彼女を濡らそうとしていて、憎らしい。
それでも僕に手を振って、にこやかに送り出そうとする彼女に従わなくてはならない。
動かない僕の足は、彼女に向いたまま突っ立っている。
困ったように笑顔を見せる彼女は、何を思ったのか受け取った手袋を僕の両手に不器用にはめ、まだ冷たい彼女の手を包み込ませた。

「あったかいの、おすそわけ。ね、清四郎もあったかいでしょ」

子供のような純粋な優しさを僕に差し出そうとする彼女を愛しいと感じた。
それは初めて知る感情だった。

「うん。あったかい」
「もう行った方がいいよ。あたしのせいで遅れちゃ、イヤだもん」
「分かった」

まだ僕の手の中にある彼女の小さな両手をぎゅっと握り、それからゆっくりと離していった。

「またね」
「ええ、また」

今度の僕は彼女に向かって片手を上げ、背も向けることができた。
振り返らない。
振り返らない方がいい。

甘く切ない感情を抱きながら、僕は彼女から去って行く。
今は、これでいい。いいのだ。
先のことは分からないけれど、二人にとって今はここまでなのだと思わずにはいられないかった。





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二日の日の夢から

大学生になって独り暮らしを始めて、すっかり習慣になった部屋の掃除。
でも苦手なのはもちろん変わらないから、あたしはドライシートで簡単に拭き掃除をする。
だって全室がフロアリングだから、すぐに終わっちゃう。
家具と家具の間もベッドの下も。
部屋の隅々まで簡単拭き掃除~♪なんて呟くと、何だか掃除のコマーシャルみたいだ。
だから毎日学校から帰ってくると缶ビールを左手に、ワイパーを右手に拭き掃除をする。
ちょっと楽しみもないといけないからね、ビールだって必需品。
こうしてちょこちょこやっていれば、特別な時間はもうけなくたっていいもん。
そうしてベッドルームまで掃除する。
部屋数の少ないマンション生活だから、短時間で終わってしまう。
あたしはベッドの下の綿ぼこりを最後にと、しゃがみこんでワイパーをぐっと普段以上に奥へと滑り込ませた。その時・・・
ちゃりん、とワイパーに何かが当たった音がした。
座り込んで顔をベッド下に入れても、暗くて良く見えない。
あたしはもう一度ワイパーを左右に動かし、音を聴きながらそれを押し出した。

「あ、これ・・・」

それは以前の同居人の持ち物。
銀色のクローバーと鈴のキーホルダーが付いたこのマンションの鍵だった。

「なんだ、こんな所にあったんだ。なくしたって、確かあいつ」


もう一年以上も前になる。
あたしは清四郎と同棲(高等部の頃には考えもしなかった!!)していた。
倶楽部のメンバーとの週末の飲み会で、二人酔いに酔って独り暮らしを始めたばかりのあたしのマンションにふらふらになって帰った。
真夜中も充分に過ぎた時間だ。
酔いに任せてって言ったら良くある話じゃん、って耳が痛くなるほど言われるんだろうけど、その通りにそんな関係になった。

「まさか悠理とこんな関係になるとはね」

翌朝、って言うか、昼近くに目覚めたセミダブルのベッドの中で清四郎が天井を見上げながらそう言った。
言葉を失って丸くなっているあたしを尻目に、清四郎はベッドから出て勝手にシャワーを浴びてキッチンで二人分のコーヒーを作ってくれた。
会話がほとんどないまま、キッチンで立ったままそれぞれコーヒーを飲んで・・・その後は・・・何かあったかな?
何をしたか覚えてないけど、あたしがシャワーから出た時には清四郎は帰り支度をしていた。

「じゃあ、気を付けてね」

あたしは言う。
そしたら意外な言葉が返ってきた、そうだ。

「またここに来ても良いか」

そう清四郎は言ったんだ。
あたしは“ここに”と言う意味を取り違えて、と言うか、深く考えないで“いいよ”
と答えた。
月に何回か行われる週末の飲み会の後、清四郎はあたしのマンションに泊まった。
帰りのタクシーに紛れて一緒に帰ったり、別々の帰りでも、清四郎はマンションに来て泊まったんだ。
そうしている内に月に何度かが毎週末になり、終いには一緒に暮らしていた。
清四郎の図々しさは昔っからだから、着替え等の私物も持ち込んですっかり二人の部屋になっていた。
それから・・・?それからどんな生活を送ってたかな?
同じ大学でもメンバーそれぞれ学部が違うし棟も違うし、以前のように毎日会う訳でもなかった。
最初の内こそだったけど、いつしか週末の飲み会も頻繁ではなくなった。
だから、あたし達二人の同棲は、誰も気付いていない。
過去になった今も、そう。
そして、多分、鮮明な記憶として残ることがないような生活だったんだと思う。
断片的には覚えていても、それが繋がるようなことってないから。
でも、この鍵のことは覚えている。
この鍵は、二人が最後の時を迎えた原因だったもん。

あの日、しつこいほどになった真夜中のドアフォン。
あたしはベッドの中に独りで寝ていて、スマホの着信音で目が覚めた。
びっくりして手にしたら、清四郎だった。
同時にドアフォンも鳴っていて、真夜中だったから普段以上に音が大きく感じた。
セキュリティが強化されてるマンションではなかったから(独り暮らしなんてすぐに厭きるだろうって、豊作兄貴が安易に見つけたマンションだったし)、玄関のドアの向こうには不機嫌な顔で清四郎が立っていた。
急いでドアを開けたら、清四郎は夜の匂いさせながら入ってきた。

「ずいぶん遅いね。自分で鍵開けて入って来ればいいのに。あたし寝てたんだけど」
「数日前から鍵をなくして見つからない」
「鍵がなくて遅いんなら、自分ちに帰りゃいいだろ。それに最近、こっち来たり来なかったりで、待ってらんないよ」
「別に待たなくてもいいよ。研究で忙しいんだから」
「だってこんな遅い時間!起こされて迷惑」
「悪かったね。明日にでも合鍵作っておいて下さいよ」

嘘ばっかり!
あたしはそう言いそうになった。
なんでかって?だってあたし知ってたんだ。
清四郎、同じ学部の研究員の女の子と仲良くなったってメンバーが噂してたから。

「合鍵を作る相手、違うんじゃない?」
「は?」

あたしの顔なんか見ないで、清四郎はキッチンの冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲んでいる。

「みんな知ってるよ。新しい彼女ができたんだって」

しばらく天井を見上げ何か考えるようにして、それからあたしを蔑むように見た。

「サイテーだな、悠理。嫉妬ですか?そんな根も葉もない噂を信じて」

その時あたし、清四郎は嘘吐いてんだって信じきっていた。
正直、その頃の清四郎は帰宅が遅いかここに帰ってこないかだった。
もともと会話が多い、普通のカップルのようなラブラブな生活なんかじゃなかったし、それに好き合っている訳じゃなかったから。
そう、心が通じ合っている、恋人同士なんかじゃなかったんだから。

「根も葉も?見られてんだから仕方ないだろ!」
「見た?何を?一緒に話したり歩いてるだけで付き合ってるですか?じゃあ僕は、今まで何人の人と付き合ってきたんでしょうね」

これ以上話したって埒があかないから、あたしはベッドルームに戻った。
もうすっかり目が覚めちゃって、清四郎がシャワーを浴びて隣に滑り込んできた時は、背中を向けて寝た振りをしていた。
あたしが寝ていないのは分かったみたいで、清四郎は暗闇で言った。

「ここの合鍵はもう見つからないだろうし、作り直す必要もない」

それから・・・清四郎はあたしを抱いた。
ゆっくりと丁寧に。こんなに優しく抱かれたのは初めてだった。
そして、それが最後だった。

朝になって清四郎はまた出かけたけど、もう二度とここには帰ってこなかった。


気持ちは今も平行線で、交わることはない。
時々学校の講堂や食堂で会うけど、別段変わらない。
一緒にランチしたりお茶したりするけど、不思議なくらい普通に過ごせる。
だからメンバーも今になっても気付かないんだろうな。
あたし達、二人の過去に。
あれからも、二、三ヶ月に一度くらいはメンバーと飲み会を開いている。
一緒に飲んで、話して・・・でも、帰りが一緒になることはない。
最初の頃は、ちょっと部屋で待っていたこともあったけど、もう、全然。
心の中にぽっかり穴が開いた感じはあっても、泣くことはなかったし。
そんな正月明けの飲み会で、カウンターの隣の席に清四郎が座る。

「どう?元気?」
「うん」
「あれから・・・」
「ん?」
「僕の噂なんてすぐに消えたでしょ?」

一瞬、なんのこと訊いたのか分かんなかった。
でもあたし達の間に流れる空気で気が付いた。

「ああ、まあね」

ストレートで飲むウィスキーは胃にしみる。
チェイサーを一口飲んだ。

「昔から僕を知る悠理が、あんな噂を信じるなんてね」

突然一年以上も前の、終わったあたし達の話をされてもね。
この間、偶然清四郎の合鍵をベッド下で見つけて、今夜のタイミングも偶然?

「みんな信じてたもん」
「僕を信じないで?」
「・・・・・」

言葉につまっていると、足元でちゃりんって音がした。
二人で覗き見ると、清四郎のスツールの近くに落ちていたそれを手に取った。

「あ・・・」
「これ」

あたしのマンションの鍵。それとこの間ベッドの下で見つけた合鍵。
何となく、ちょっと懐かしくって、二つを銀色のクローバーと鈴のキーホルダーで繋げていた。

「悠理が持っていたの?」
「ううん。この間ベッドの下を掃除したら見つけたの」

そう口にして、周りを気にする。
悪いことしてるみたいな気持ちになって。
でも、みんなそれぞれ会話を楽しんでいる。

「そんな所に落としていたんですね」

それから清四郎は、いたずらっ子のような顔をして鍵をジャケットの内ポケットに入れる真似をした。

「僕のだから返してね」
「へ?ヤダよ。あたしの部屋のだもん」

清四郎の手から奪い取ろうとすると、上手い具合にかわされた。

「そんな鍵持ってたって、どうしようもないよ」
「またこれから使います」
「・・・な、んで?」

清四郎は内ポケットに完全に鍵をしまいこみ(あたしの鍵も付いてるのに!)、それからウィスキーを一口飲んだ。

「僕の噂はただの嘘だった。でしょ?」
「う、うん」
「研究で忙しい僕が、たまたまベッドの下に鍵を落としただけだった」
「・・・・・」
「真相は単純で、それは明かになった。だとしたら?また以前の生活に戻っても差し支えないんじゃない?」
「で、でも」
「何か問題でもあります?悠理に好きな人ができたとか、付き合っている彼がいるなら諦めますが」
「う~ん」
「いないんでしょ?」
「さ、さぁ~」

清四郎は内ポケットから鍵を出し、あたしの目の前で振って見せる。
鈴が音を立てて揺れた。

「言うこと聞かないと返さないから」

子供みたいなこと言うな~。いつからこんなになっちゃったの?

「どうして?悠理。良いでしょ?またやり直そうよ」
「・・・・・」
「あの部屋で、こんどはきちんとした形で」
「ん・・・」
「悠理がこうして僕のキーホルダーと鍵を自分のに付けてた理由が、全てを物語っているように思えるんですが。それとも別の理由があるの?」
「ちょっと、懐かしくって」
「過去のことで終わらせたい?」
「・・・・・急に、そんな。分かんないよ」
「うん。分かんないですよね」

それからしばらく、カウンターの向こうをまっすぐ見つめながら、それぞれのグラスを傾けた。

「分かんないよ。でもあの時は、ヤキモチ焼いていたんだと思う。でもうまく言えなかった。だって、中途半端な付き合いだったから」

あたしは言う。まるで自分に言い聞かせるように。

「うん。分かるよ。それは僕にも責任がある。照れもあるし、気持ちを確かめる前に関係を持ってしまったからね」

ナンだかドキマギしちゃう。
みんなに聞こえちゃったらどうしよう。

「あれから僕はね、真相が明らかになるまで待っていようと思ったんです。だって僕は嘘吐いてないですからね。強みです。でもなかなか、悠理は僕を認めようとしてくれない。うん、そうじゃないか。ただの噂と分かっても、過去の出来事として終わらせてしまおうとしている。ね?」
「だって、気持ちは未だに分かんないから。好きでもないのに、どうもできないよ」

清四郎はびっくりしたようにあたしを覗き込む。

「好きじゃない?それなのに一緒にいたの?まさか!?」
「ちょっ!声でかいよ!」

もちろん、周りには聞こえていない。
だって、誰もあたし達の会話を聞いていないどころか、みんなそれぞれだもん。

「そう言うすれ違いもあったんですよね、きっと。だからこそ、今度はきちんとした形にしたいんです」
「うん。分かった」

子供みたいな笑顔が広がる。
今夜の清四郎は、ホント、子供みたいでかわいいな。

「でも偶然って重なるよね。この間鍵を見つけたのも、今夜の話も」

笑顔は、あたしにも移る。

「実はね、お正月二日の夜の夢で、合鍵が見つかる夢を見たんです」
「へぇー」
「ベッドの上で悠理が泣いて起きて。慌てて僕は、何度も大丈夫って。鍵はほら、もう見つかってあるからって」
「正夢?初夢?ん、違うか」
「だから、今度悠理に会ったら話をしないとって思ってた。そしたら、やっぱり」

清四郎ったら、楽しそう。
でも、素直に嬉しいよ。

「悠理の夢関連は、絶対ですからね」
「あはは・・・」
「だから、今度こそ、きちんとした形でやり直しましょうよ」

それはまるで、懇願するみたいに。
清四郎が、あたしに・・・嘘みたいだ。

「お願い」

だからあたしは、二人の鍵が付いたキーホルダーを握る清四郎の手にそっと触れる。

「いいよ。分かった。あたしもそうしたい」

そう、返事をしながら。

そして、その後、メンバーと別れて、あたし達は二人でタクシーに乗り込んだ。





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大切な約束

あれは、確か二年前のお正月だった。そう、よく覚えている。
あたしは豊作兄貴の使いで休み中にも関わらず、急遽デザイン会社からイベント用のデザインラフを受け取りに出掛けた。
デザイナーだって正月休みだったろうに、兄貴に無理矢理、ラフをプリントアウトして欲しいと頼まれるなんて気の毒に思う。
あたしも、でも、こうして社会人になると、休み返上になっても仕方がないことなんだって思えるようになった。
ちょっと大人になったんだと思う。
無事に兄貴のオフィスにラフを届け、あたしは買い物客で賑わう駅前のショッピングモールをぶらぶら歩いた。
急なことだったから、予定していた仕事仲間との映画もキャンセルにしていたし、夕方前にはもう一度兄貴のオフィスから打ち合わせ後のラフをデザイン会社に持って行かなくてはいけなかった。
家に戻るにも中途半端な時間で、あたしは混み合うパスタ専門店でちょっと遅いランチをしようと列に並んだ。ちょうどその時・・・

「あれ、悠理?悠理ですよね?」

突然横から肩を掴まれ、あたしはそちらを振り向いた。

「あ、あぁっ!わぁ!」
「やっぱり悠理だ」
「せぇ、清四郎!」

それは幼馴染みの清四郎だった。
高等部まで同じ学園で遊び仲間、でも大学は、清四郎はメンバーとは違う大学、医大に進学した。
それ以来、清四郎は忙し過ぎて年に数回しか会えず、また研修医として地方の病院へ勤務が決まってからは、ほとんど会うことも連絡を取り合うこともなかった。

「またどうしてこんなとこ?」
「正月休みでね、ちょっと。明日には戻るけど」
「えー。連絡くれれば、みんな揃えたのに・・・」
「ごめんなさい。ゆっくり時間が取れそうになかったものだから」
「ううん、いいよ。相変わらず忙しいんだね」
「ええ、まあ。それより悠理、ちょっと僕とお茶しません?」
「え?でも」
「三十分くらい。いいでしょ?食事がまだなんだろうけれど、この店は混み過ぎで、待つには時間がないんです」

あたしの返事なんて聞かないまま、清四郎はあたしの肩に腕を回すようにして列から外した。
そんな突然の行為に、自分より周囲が驚いたようで、羨望のような眼差しを受けた。
だって・・・清四郎は高等部の頃よりまた少し身長が伸びていて、上品な大人の男性になっていたから。
あたし達はモールのレストラン街から出て、地下の喫茶店へと入る。
客で混んではいたものの、席に座ることができた。
ホットコーヒーを二人分注文すると、ふっとお互いの目が合った。

「ずいぶん綺麗なお嬢さんになりました。正直、最初は気付かなくて、実は何回か横を行ったり来たりしていたんです。知ってた?」
「まさか、知らないよ!」
「そうですよね。でね、ちょっと顔がこちらを向いた時、やっぱりって」
「清四郎だって。声掛けてくんなきゃ分かんなかった。ほとんど大人じゃん」
「あはは。ほとんどって、どんな意味でしょ。まあ、でも、良かった元気そうで。本当にみんなのこと心配してたし、会いたかったんですよ。でも・・・」
「地方研修医は忙しい、でしょ?」
「その通り。休日を利用して遊びにも行けないんですよ」
「もっと近くで研修できなかったの?」
「できなくはなかったけれど、地方の病院の方がたくさんの経験を積むことができるんですよね」
「ふうん。だから、あえて」
「ええ」

運ばれてきたコーヒーを静かに飲む。
今ここで清四郎とこうしていることがとても不思議に思える。
たった十分前まで、あたしは賑わうショッピングモールの中でたった独りでいたのに。
正確な時間までは分からないけれど、残されたあたし達の時間は少ないはず。

「でも、元気でいるんだね」
「もちろん。お陰さまで」
「良かった」

清四郎はカップをソーサーに戻し、もう一度あたしを見て微笑んだ。
それは初めて見る、はにかんだ微笑みだった。

「研修をしている時ね、悠理のこと良く思い出すんです」
「え?」
「悠理って、いつもメンバーのために笑って、泣いていたでしょ」
「そ、そうかな?」
「感受性が誰よりも強くて、だからトラブルばかり持ち込んで、みんなが合わせるのが大変だった」
「あはは・・・」
「病院っていろんな考え方の人がいるから個性も強くて、誰かのために笑ったり泣いたりすることなんて少ないんですよね。残念なことだけど、自分のために誰かを蹴落とすようなことも実際にあるんです」
「・・・・・」
「社会のいろんな所で、こんなことは行われているんだろうけれど。そう言う時に、悠理を思い出すんです。誰かのために笑って泣けるのは、本気で誰かを愛していることだから」
「清四郎・・・」
「僕は悠理の純粋なほどに真っ直ぐで、不器用なくらいに正直なところが大好きなんです」


清四郎は、この話をあたしに伝えたかったのかも知れない。


あたし達は喫茶店を出て地上へと階段で向かう。

「悠理も、豊作さんの元で頑張っているんでしょ?」
「まあね。こき使われてるよ!今日だってせっかくの正月休みに呼び出されて。
また会社に行かなくちゃいけないんだから!」
「おや、仕事中でしたか?それは失礼しました」
「ううん。偶然でも清四郎と会えたから嬉しかった。本当に」
「僕も。メンバーの誰より、悠理に会いたかった」

その言葉に驚き、ちょっと頬が熱くなるのが分かる。
あたしったら、赤くなってるかも。
モールのフロントまで来て、あたし達は立ち止まる。
さよならの時間だ。
別れ際に、清四郎は右手を差し出す。
だからあたしも、その手に自分の右手を重ねた。
思わず強く握られて、びっくりしてしまう。

「悠理の手、こんなに小さかった?」

言葉を失い、何故だろう、鼻が痛くなって目の辺りが熱くなってきた。
清四郎が、だんだんぼやけてくるよ。

「悠理、落ち着いたら大切な話があるんです。その時は連絡しますから、それまで元気でいるんですよ」

握った手は今度、あたしの頭をポンポンと触れる。

「体を大事に。じゃあ」

清四郎の温かな掌はあたしから離れ、体も離れて行く。
後ろ向きで上手に歩きながら、あたしにその手を振っている。
あたしはと言えば、さっきから言葉を失ったままで、お互いが離れて行くって言うのに、何もできないまま突っ立っている。
頬に負けないくらいの熱い涙がいくつも流れているのが分かる。


行かないで、清四郎。お願い・・・行かないで。


涙で曇る目を何度も拭いながら、最後に、清四郎に向けて大きく手を振った。



✳ ✳ ✳ ✳ ✳   ✳ ✳ ✳ ✳ ✳   ✳ ✳ ✳ ✳ ✳



二年経った今年のお正月に、すっかり疎遠になった年賀状があたし宛に数枚届く・・・
その中に、懐かしい差出人の名前があった。
急に心臓がドキドキして、冷たい汗が背中に流れたように思えた。
裏返すとかわいい今年の干支のイラストがあり、あたしは書かれている文章に目を走らせる。

そこには近々こちらに戻って来ると言うことと、あたし達の近い将来について、アイツらしい“提案”が書かれていた。




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