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2016年02月

another page volume 2

美童の新しい彼女の家に悠理と共に遊びに行った時だ。
その人は、今までの美童が付き合ってきた女と違って、何と言うか、普通の人っぽかった。
こんなこと言うのは失礼かも知れないけれど、特別な美人でもないし、知的なイメージもないし、住んでいるマンションだって一流とは言えない。
築年数も経っていそうだし間取りも悪く、何と言っても狭かった。
それでも彼女は部屋を小綺麗にして、質の良い家具を置き、独り暮らしを楽しんでいるようだった。
何でだったのだろう?
俺はその女性と少しの間二人っきりになった。
美童達は・・・確かお茶菓子を買いに出掛けてしまったんだ。
悠理と、そうだ、駅前の洋菓子店まで行ってくるって。

「彼女、パソコンの調子が悪いって言ってたから、ちょっと魅録見てあげてよ。僕は悠理とケーキでも買ってくるから。頼むね」

普段のデートなら、俺なんか絶対誘わないくせに、なるほどこう言うことなんだってその時思った。
行く前までは、美童と彼女と・・・何で俺って思って、あぶれるのが嫌だから悠理を誘ったんだ。

「あ、あの、パソコンの調子が悪いって美童が・・・」

彼女が小さなリビングの窓を開けたのをきっかけに、その細い背中に声をかけた。

「そうなの。時々ネットが途切れちゃうの。それに電話も。通話の途中で急に音がなくなって、その後に切れちゃうのよ」

二月にしては暖かい日で、窓から入る外の空気は春の匂いがした。
美童達がいた時まではあまり話さず、静かに微笑んでいるばかりだったから大人しい人だと思っていたけど、声をかけると意外にも人懐っこい感じで応えた。
確か俺達よりもずっと年上だと聞いた。

「何時ぐらいから?」
「えっと、けっこう前よ。去年の秋頃からかしら」
「ふうん。モデムとか、正常です?ランプが点滅とか点灯とか」
「そんなの、私分かんないわ」

女性らしい回答だ。

「モデム、何処にあるの?」
「そこよ。そこのパソコンデスクの下」

さっきの窓の隣に、組立式のパソコンデスクがある。
一番下の段に、ひっそりとモデムとwifiルータが並んであった。
見ただけですぐ分かる。
VDSLランプがタイミングよく点滅していたから。

「VDSLのリンクダウン」
「リンクダウン?」
「まぁ、回線未接続ってことです。電話会社に連絡とかしてます?」
「いいえ。まだだわ」
「マンションの管理人は?」
「それも、まだよ」

俺はモデムを手に取り、電話機ポートやLINEポートを確認する。
コンセントに無理な配線もなく、けれどVDSLランプだけは時々ゆっくりと点滅した。

「う~ん。ちょっと外の集合装置を見てきます」

ポカンとした顔で俺を見上げ、首を傾げる。
とても年上の女性には見えなくて、何故か可愛いと思った。
外の保安器内の集合装置のポートには異常は見られない。
彼女にそう伝えると、最近ネットの切断頻度が多いから、週明けにでも電話会社に連絡してみると答えた。

「多分モデムの交換とかになると思う。設定料金くらいは取られるぞ」
「仕方ないわ。見ていただいてありがとう」
「一応、管理人にも連絡した方がいい。中の配線設備が原因だと、管理人が負担しなくちゃだから」
「分かったわ。ねぇ、コーヒーを淹れるから、もう休んで」

彼女はそう言ってキッチンのカウンターの上にあるコーヒーメーカーのスウィッチを押した。

「切断が始まるちょっと前に、部屋の模様替えをしたの。多分その時に、モデムを倒すとかしたんだと思うわ」

コーヒーメーカーから湯気がゆっくり立ち上り、室内にはコーヒーの良い香りが漂った。

「そう言えばその時、電話線を無理に引っ張ったような・・・」

俺は、モデムから繋がる電話線を辿る。
モジェラージャックはキッチンのカウンターの裏にあった。
その下で、電話線はとぐろを巻いている。
異常はないようだったが、もう一度、今度はモデムまでの線を手で触れながら辿る。

「あ、リンクダウンが始まったわ!」

その場所で、電話線が少しだけ膨れている。
手を離してしばらくすると点滅が収まるが、また触れると点滅が始まった。

「電話線が原因かも、かぁ」
「やだ、ごめんなさいね。外まで行かせて電話線なんて」
「ここで接触不良してたんだ」
「見せて」

カウンターに二人分のマグカップを置くと、彼女は俺の隣までやって来た。
持っている電話線に彼女の手が伸びると、俺の掌でその膨らみを確かめた。

「どうして膨らんでいるの?」
「触った感じ、中で線が捻れてるから。何処か一本、切れてるのかも」
「ここに?こんな細い線に何本か入っているの?」
「多分四本くらい」
「へぇ、ここにね。よく分かんないけど、そうなのね」

彼女の細い指が触れ、長く真っ直ぐな髪の毛も触れた。
けれどそれらは、すぐに俺から離れていった。
彼女は窓を閉め、そして一瞬だけ、親密な空気が流れた。
言葉は互いにないけれど、振り向いた時に視線が交わり、見えない何かが胸の奥へと入ってきた。

「美童からさっきメールが届いて、駅前の洋菓子店が臨時休業だから、悠理ちゃんともう少し先まで足を伸ばしてみるって」

コーヒーが淹れられ、俺はカウンターのスツールに座る。

「そう。ねぇ、どうして美童なんかと付き合うの?」

俺は素直に訊いてみる。
いや、本当は美童に訊いてみるべきだったのかも。
あいつが、どうしてこの女を選んだのか。
特別綺麗でもなく、正直印象に残りにくい。
ただ、時々見せる笑顔に心が惹かれる。それだけだ。

「分かんないわ。だって美童がここに来たがるんだもの。多分箸休め程度じゃない?」

そう言って彼女は気さくに笑う。
そこには嫉妬や僻み何て感じられない。

「魅録君が言いたいことは分かってるわ。普段美童が選ぶ相手とは程遠い女だと思っているんでしょう?」
「ごめんなさい」
「良いの、知ってるから。でも、多分私は、会っていて疲れないんだと思うわ。美童の住む世界と私は全然違ってるんだけど、そこに新鮮な、あるいは癒しのようなものを感じているんだと思うの」

彼女は、さっきとは違う表情を見せる。
無邪気な笑みは消え、大人の女の笑顔になる。

「美童はね、私ともう少し先の関係を求める時もあるの。でも私は、求めていない。だってそうなっちゃったら、美童はここに居場所をなくすって分かってるから。彼にも、骨休めは必要だって思うしね」
「だから、あんたの気持ちを犠牲にするの?」
「犠牲?そんな大袈裟に捉えてないもの。美童はいつかここを去るわ。それは今日かも知れないし、明日かも知れない。でもだからと言って、お互いを傷付けなくても良いと思うの」
「傷付ける?」
「気休めで、そんな関係になってはいけないでしょ。それに、何時か来る別れを知っていながら、傷付く必要はないもの」

全く、その通りだと思った。

程なくして、美童達が戻ってきた。
コーヒーを淹れ直し、買ってきたケーキを食べ、みんなで話をしていると別れの時間になった。
俺と悠理はこれからバンド仲間と約束がある。
美童はもう少し彼女といると言う。

「電話線を新しいのに換えて様子を見るといい。それでもリンクダウンが続いたら、電話会社と管理人に連絡して」
「分かったわ。ありがとう」

帰り際にそう伝えて、俺は彼女と別れた。
多分もう、会うことはない。
帰り道、悠理が俺の腕に自分のを巻き付けて、しがみつくようにして歩く。

「ナンだよ。歩きづらいぞ」
「魅録、あたしのこと好き?」

少し前から、俺と悠理はちょっとだけ先の関係になっていた。

「何で?」
「だって・・・急に訊きたくなったんだもん」

今の俺は、悠理にとって不安の材料でしかないんだろう。
気持ちが、ちょっとだけ逸れているから。
悠理の野生の勘はホンモノだからな。

「イチイチ、そんな分かってること訊くな!」
「分かって・・・」
「黙って俺のこと信じろ!」

返事の代わりにしがみつく腕に更なる力が加わる。

「あたた。力入れ過ぎ~」

照れ隠しに、俺は言う。
そして、ふっとさっきの女の笑顔を思い出す。
惹き付けられるような、大人の女の顔・・・でも、きっとすぐに忘れるんだろう。

本気になるって選択は、あの人にはないのかな?
美童相手に、そんな危険をおかすワケないか。
それとも美童を大切にするからこそ、本気にならないのか・・・
あの笑顔の裏に、大人の優しさと寛大さと、哀しさがあるんだろう。

あんたのことは忘れた方がいいんだろうね。
名前すら、覚えていないし。
ただ、俺が大人になるなら、あんたのような大人になりたいって思うよ、本当に。

俺は、不安そうに見上げる悠理の肩に腕を回した。




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時が過ぎて

何年前のことだったろう?

この季節、頬に触れる冷たい空気が心地よく感じられるようになり、アスファルトに反射する雪融け水が散歩道を遠くまで伸ばす。
春の暖かな匂いが時々鼻先に届く頃・・・
哀しくも思い出してしまうのは、深い深い傷跡が疼いてくるからなのであろうか。



あの人が実家のある金沢へ帰郷した時は、確か小雪が降る日だった。
メンバー全員で見送ったのだけれど、最後の最後の別れの時はホームで二人の時を過ごした。
最後の最後、と強調するのは、実はその後、あの人が一度だけこちらを訪ねてきたからだ。
あの人の唯一の親友である魅録が、私にそっと知らせてくれた。
どうする?会ってみる?と、彼は訊いた。
一緒にいた悠理は、余り賛成はしなかった。
彼の状況はまだ確かなものではなかったし、以前に付き合いがあった組織との関係で万が一と言う危険が伴うからだ。
当時はインターネットも携帯電話もまだまだ一般ではなかったし、私はあの人の連絡先を知らされていなかった。
だから、会いたいと言う気持ちは抑えられるだけでも、あった。

「裕也さんは、どのくらいの期間いらっしゃるの?」
「一週間か、十日、それくらい」
「その間は魅録の所に泊まられるのね?」
「ああ」

そこまでの間、じっと黙っていた悠理が口を挟む。

「あたしは、会わない方がいいと思う」
「何故ですの?あの人はもう充分更生されていると聞いていますわ」
「裕也がどんなに更生しても、あいつと関わった連中が黙っているとは思えない」
「だって、誰も知らずにいらっしゃるのでしょう?」
「あいつの場合、誰も知らずとしても、みんなが知っているのさ」
「悠理。でも、俺の所で会えば安全だ。清四郎達だって呼べば、二人の安全は守れるぞ」

ほんの少し、焦燥感が訪れる。
誰か一人でも反対するのなら、それは会ってはならないことを意味するのだ。

「あたしは反対!二人のために良くないぞ」
「まあ確かに、会えば別れが辛くなるし、裕也と野梨子では住む世界が違い過ぎるか」
「そんなこと、ありませんわ。あの人も私も、同じですのよ」

その時、悠理が今までにないほど真剣な表情で魅録に訴える。
それは私も、魅録も初めて見た悠理の顔だった。

「あいつとの付き合いが、誰を幸せにすると思う?周りも家族も、誰一人幸せになんてなれない。裕也だって、野梨子が辛いのが一番キツイだろ?」

魅録が余計な情報を流すからいけないんだ、と怒りを込めた目で睨む。

「悠理、会うだけですわ。一度、会うだけ。そこから先は、何もありませんの。
それで、私達は終わるんですわ」
「悠理、どうする?」
「あたしは、反対。今会ってしまえば、裕也との関係から逃げ出せなくなってしまう」
「そんなことありませんわ・・・・・悠理、何故?
もし私が裕也さんといるだけで幸せなのだと言ったならば?何もかも失っても良いと覚悟を決めていると言ったならば分かってくれるのでしょう?」

悠理の視線はまっすぐ私を見つめ、濁りのない瞳を向けた。

「恋をしたことがないあたしが言っても信じてもらえないだろうけど」

彼女はそこで一息おき、また息を吐くように低い声で言う。

「みんなの反対を押し切ってまで一緒になったとして、野梨子は嬉しい?おばちゃんもおじちゃんも泣くぞ。清四郎だって魅録だって、心配するんだぞ。それでも野梨子は幸せだって言うのか?」

私は近く訪問すると聴いた一瞬の内に、あの人との将来を夢見ていたのか、ゆっくりと現実に引き戻されるのが分かった。
食い入るような目線が外され、恥らうように頬を染めた彼女の顔が印象的だった。

「真剣に誰かを想うなら、その人の幸せを願うのが本当なんじゃないのかな。今の野梨子は、裕也の幸せなんて願っていないと思う。ただ、自分の想いだけを相手に押し付けているって思う。そりゃあいつだって、野梨子との再会を口にしてないだけで期待してるのかも知んないけど」

私は、今でも鮮明に覚えている。

「あたし、あいつとの付き合いは魅録ほど深くないけれど、分かるんだ。
裕也なら、きっと野梨子との再会が果たされたとしても、自分の気持ちを圧し殺して別れられると思う。“変わらず元気で。頑張れよ”ってキザっぽく言って。
だってあいつ、本当に野梨子が好きだからさ。
何が言いたいって・・・本当に大切な人なら、相手の幸せを願うって、あたしは思うんだ」

それは、誰よりも大人である悠理を見た瞬間だった。

魅録は申し訳なさそうに私へ謝罪し、ここは悠理の思う通りだと言った。
でも・・・まだ大人になりきれていなかった私は、あの人の短い滞在中にも狂おしいほどの欲求に苦しんだ。
事情を知ったあの人の滞在はたった三日と聞いたが、それでも、皆の目を盗んで会いに行こうと試みた。
今のように携帯電話が一般であったなら、こんなに不便さを感じなくても済んだであろうに。

そう、あの最後の日は、ちょうどバレンタインデーだった。
いても立ってもいられなかった私は、前日徹夜で作ったブラウニーケーキを持って魅録の自宅へと向かった。
魅録なら、私の気持ちを分かってくれると信じていた。
彼なら、何とかなると、安易に思っていたのだ。
けれど偶然を装うように道で会った悠理に、瞬時に引き止められてしまった。

「悠理、お願い、一目だけ。一目だけで良いから私に会わせてちょうだい!」
「ダメだよ!あいつだって辛いんだ!野梨子だって会ってしまったら、別れが辛くなるだけだ。余計に辛くなるだけだ!」
「私、覚悟を決めていますの。大丈夫、ちゃんとさよならできますわ」
「今の野梨子は、無理だ」

この時ほど、悠理を憎く感じたことはなかった。
私の何が分かるのだと、腹立たしくなった。
もしかしたら、彼女はあの人に好意を持ってるのではないかと、いらぬ勘繰りまでしてしまった。
私の腕を強い力で掴む彼女の手を思いきり振り払い、私は憎しみを込めた目で彼女を睨んだ。

「あたしが、そのプレゼントを渡してあげる」
「!!」
「その袋、裕也に渡すつもりだったんだろ?」
「・・・・・」

もう、絶対に、悠理は私をあの人と会わせないのだと分かると、投げるようにケーキの入った袋を彼女に渡し、自宅へと戻った。

そうして、何年も、悠理とギクシャクした関係が続いた。



「あの時の悠理、怖かったですわ。とても」

窓辺から射し込む午後の陽光が当時を優しく呼び起こし、全てを赦すように覚らせた。
私は窓を細く開け、頬に刺す冷たい風を心地よいと感じ、それから思いを口にした。
瞬時に全てを彼女も覚り、私を申し訳なさそうな、哀しいような表情で見つめた。

日曜日の昼下がり、彼女は突然独りで我が家を訪ねてきた。
せっかくのバレンタインデーなのに、清四郎ったら仕事だって出掛けちゃうんだもん、退屈~、何て言って。
本当は、大好きな旦那様がバレンタインデーにいなくて、淋しいのだろう。
けれどそれはここに来るきっかけであって、実際は・・・私との仲をもう一度取り戻すために来たのだと分かっていた。

「だって、あたし知ってたんだ。裕也が野梨子を大切に想うように、魅録だって野梨子を大切に想っていたこと。そして、裕也もそれを知っていて、想いを魅録に託しに来たってことも。魅録は、その時までは分かっていなかったけどね」

今なら、あの時の悠理の言葉の意味が冷静に理解できる。

「そうでしたのね・・・だから悠理の判断は間違っていなかったんですわ。そう、今の私はとても幸せで、大切に守られていると言う感じがいつもありますもの」
「うん。だってあたしにとって、野梨子は大切な友達だもん。魅録も、裕也も、幸せになって欲しい大切な友達だもん」

そう言って見つめた先には、私のありがとうの笑顔があった。

魅録が私に好意を持っていたことを、彼女は知っていた。
そして私があの人との再会を果たしたら、離れられなくなることも知っていた。
周りの反対を押し切り全てを投げ捨て失っても、私はあの人と共に生きていくことを選んでしまうだろうことも分かっていたのだ。
だからこそ、頑なな私を必死になって止めたのだ
彼女は、私が進もうとする道が誰も幸せになれないと知っていたから。

心の底から安心を得たと言うのは、今の私達のようなことを言うのであろう。

夫である魅録のために昨夜の内に作っておいたブラウニーケーキをアップルティと共に彼女へ出した。
たくさん焼いたから遠慮なく食べて下さいな、と言って。
おいしい、おいしいと、彼女は何度も言って食べてくれた。
私達はバレンタインデーを、最も大切とする相手と過ごすことができた。

そして彼女が帰る頃には、長年続いた彼女とのわだかまりは終わっていた。




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