FC2ブログ

2016年03月

返事のかわりに

十以上ある運動部の中の数人が問題をおかして、あたしは運動部部長として反省会を開くことになった。
とは言っても、各部の顧問の先生と部長、生活指導の先生も会に参加してくれたし、生徒会長で親友でもある清四郎が反省会の指示を出してくれていたので助かった。
反省会は滞りなく進み、すっかり春めいて日が長くなっていたから、明るい内に終えることができた。
あたしはカバンを取りに生徒会室に戻ると、清四郎と野梨子が部屋で待っていてくれた。

「お疲れさま」

清四郎はテーブルで作業していたけど、あたしが入るなり、それを止めて立ち上がった。

「悠理、長い時間大変でしたわね」

野梨子も気遣ってくれる。
ちょうどコーヒーが入ったから持って来ますわ、と言って、簡易給湯室に入っていった。

「どうでした?上手くいった?」
「うん。清四郎が言ってくれたようにしたから、上手くいった」
「良かった。生活指導が入ると聞いて、ちょっと面倒だと思ったんですがね」
「ううん。本人達も充分反省していたから、大事に至らずに済んだ」
「運動部部長の進行も良かったんですよ」

いつになく優しい清四郎にちょっとドギマギして、あたしは清四郎の横を通りすぎた。

「でも無事に終わって良かったー!自分が指導されるんならいつものことだけど、そうじゃないからやりにくかった」
「相手の立場に立てたから、良い経験だったでしょ」

あたしの後にいるのが分かる。

「ん~。でも、もうコリゴリ。今度やったらブッ飛ばすって言っといたよ」
「あはは。それなら大丈夫でしょ。一番効き目がありそう」

「コーヒーが入りました」

振り返ると、トレーを持った野梨子が微笑んでいる。
トレーの上には、二人分のマグカップが載っている。

「私は今から父様と約束がありますから、おいとましますわね」
「待っていてくれて、ありがと」
「どういたしまして。清四郎にちゃんと送ってもらうんですのよ、悠理」
「まだ明るいもん。平気だい」
「ちゃんと送りますから、野梨子。安心して下さい」
「分かりましたわ。それでは、ごきげんよう」
「バイバ~イ」

野梨子はクリーム色の、まだ冬のコートを着込んで部屋を出て行った。
温かい内に飲もうと言って、清四郎はテーブルに着くとコーヒーを啜る。
あたしはマグカップを持って窓辺に行く。
さっきまで春の、澄んだよう青空が広がっていたのに、あっという間に空は怪しげな雲で覆われていた。
そして、そんな空を見上げていると、ゾクッと背中に震えるような寒さを覚えた。

「どうしました?」

清四郎が立ち上がって近付いて来る。

「空が、ちょっと怪しげ。雨でも降るのかな」

隣に立った清四郎は、同じ窓から空を見上げる。
顔が近すぎて、寒かったはずがパッと頬が熱くなる。
様子がおかしいあたしを、清四郎は振り返り、怪訝そうに見つめる。

「熱でもあるんじゃないか?」

形の良い大きな手が、あたしに伸びて額に触れる。

「あ、あるワケないじゃん!」
「んん~、そうでもなさそうですよ。さっき部屋に入って来た時、ちょっと顔色が悪かったんですよね」
「え・・・?」

なかなか離れない清四郎の手が、今度はあたしの頬に触れる。

「ちょっと熱っぽいかな。インフルエンザの予防接種はしましたよね、僕の病院で」
「うん。みんなと」
「じゃあ、かかっても軽く済むかな。まだまだインフルエンザは流行ってますから」

早く帰った方が良いと言って、清四郎はあたしにマスクをさせる。

「コートは?」
「着て来ない。だって車だったもん」
「そう言えば、僕も」

清四郎はロッカーから自分のマフラーを取り出すと、あたしの首根っこからマスクの上までグルグルに巻く。
でも、あったかくて良い香り。

「名輪さんを呼んだ方がいい」
「うん」

連絡すると、二十分で着くと言う。

「清四郎も乗っていって」
「ええ、お言葉に甘えて」

待っている間、清四郎が二人分のマグカップを片付ける。
そうしている内に、名輪から到着のメールが届く。

「着いたって。行こう」

カバンを持ってドアに向かおうとした時・・・
清四郎の腕があたしの肩を抱き、片腕にすっぽり納めると、もう片方でマフラーをずらして・・・マスク越しに唇が触れた・・・

「!!!」

余りにも突然のことで、あたしはカバンを床に落とし、固まってしまった。

「な、なんで?」
「理由は・・・今、悠理にはこうしてあげるのが一番かと思って」

少しずつ体が離れて行くのはちょっと淋しかったけど、体はどんどん熱くなるのが分かる。
これは、体調のせいではないな、きっと。

「インフルエンザなら、僕に移ったか」
「え?」
「行こう。名輪さんが待っている」
「うん」

二人急ぎ足で、校門前に停まっている車に乗り込む。
車の中では、会話らしい会話はほとんどなかった。
やがて、フロントガラスにパラパラと雨の滴が落ちる。

そして、あたしは、思う。
顔色なんて初めから悪くなくって、多分さっきの出来事は、この間の清四郎の答えなんだって。
そう。
この間、あたしは清四郎に言ったんだ。

「魅録より、美童より、清四郎が気になる」

ってね。そしたら、

「ありがとう。少し時間をくれたら、お返事します」

と言ってくれた。

清四郎の家の前で車が停まる。
あたしの言葉を待つように、清四郎は動かない。
だからあたしは、心に浮かんだ言葉を告げる。

「いいの?」
「いいよ」
「名輪。あたしちょっと清四郎の家に寄りたいから、また後で迎えに来てくれる?」

はい、お嬢様。と言って、あたしと清四郎を降ろして出発する。
何となく二人で車を見送ると、清四郎があたしの腕を取る。
振り返ると、にっこりと微笑んでいる。

「部屋で、ゆっくりして行くといい」
「うん。ねぇ、清四郎、本当にあたしでいいの?」
「もちろん。だから、こうしているんです」

さっきパラパラと振りだした雨はもう止んで、雲間から、今日最後のわずかな陽射しがあたし達を照らした。




拍手・ランキングへのクリックをありがとうございます!
ランキングへ参加しています。
にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村


二次小説ランキングへ
スポンサーサイト

放課後の生徒会室にて

“ねぇ、魅録~。あたし明日、追試なんだよな~”
“へぇ、ほんと”

“今度の日曜さ、一緒にどっか行こうよ”
“ん~、そうだよね”

“ねぇ、あのさ・・・”
“・・・・・”

最近の魅録は、何だか人の話を聴いてないみたい。
耳には届いてるんだけど、右から左へと通り過ぎて行くみたいだ。
悩んでいる風でもないけれど、なんか別のこと考えているみたいで、つまんない。
ムシされてないだけマシなのかも知れないけれど、相手にされてないみたいでイヤな感じ。
だからあたしは、魅録じゃなくて清四郎にかまってもらおうと声をかけてみる。

「ねぇ、清四郎。あたし明日、追試なんだよね」
「ふうん」
「!!」

ナンだよ!魅録と変わんないじゃん!
新聞紙から顔すら上げないで~。
勉強みてあげましょうか、とか、大変だね、とか、ナンかないのかよっ!
魅録だけじゃなくって清四郎もだから、あたしはイジワルすることに決めた。

「あのね清四郎。この間のあたし達の婚約発表の後、婚約が破棄になったのは公表されてなかったから、実は続行してるって知ってた?」
「へぇ、本当」
「んっぐぅ~!そうだよ。大学卒業したら、すぐに結婚式を挙げるって父ちゃんが決めっちゃってるんだから」
「そうなんですかぁ~」

完全に聞いてない!聞き流してるだけ!
周りのメンバーの方が目を見開いて驚いてるよっ!
今ごろになってやっと魅録が慌ててる。

「何がそうなのか言ってみろよ、清四郎!」

あたしは清四郎の耳に顔を近付けて怒鳴る。
そこでやっとあたしの質問に気が付いて、こちらを振り向いた。
ちょっと驚いたような、困ったような顔をして。

「悠理、ごめん。話を聞いてなかった。何て言ったんです?」
「もおっ!いい!!」

ないがしろにされてるって頭きて、あたしは生徒会室のドアを激しく閉めてそこを出た。
昇降口まで来てカバンを忘れたのに気付いたけど、どうせ追試の勉強なんかするつもりないし、カバンなんてイラナイ。
そうして外に出た時、美童が息を切らして走って来た。
手には自分のとあたしのカバンが持ってある。

「待ってよ、悠理。さっきから呼んでるのにぃ」
「聞こえてなかったもん」
「魅録と清四郎の代わりに来たよ。今日は僕と帰ろう」
「いいよ」

そうだ、美童になぐさめてもらおうと決めた。

「やれやれ、災難だったね。二人ともあんなんだからね」
「美童は女の子に優しいし、あたしにもそうだけど、あいつらや男一般はあんなんばっかりなのかなー」
「さぁ、どうかな」
「好きな女の子にはチヤホヤするくせに、男ってサイテー」

そこで美童は声をあげて笑った。

「最低なんて言わないでよ。別に二人とも悠理に興味がないとかそんなんじゃないから。
でもね、男ってそうだよ。僕は世界の中心が女の子で集中してるから、どんな声でも聞き逃さないけれど、あの二人は特別だよ」
「どういうコト?」
「あの二人の意識はさ、一般男性とは違う、突拍子もないところに集中してるから、時々周りの声が届いてないことってよくあるワケよ。
それにこれは他の男にもあることだけど、好きな女の子や自分に興味のある子がさ、例えば安定した位置にいて自分から離れることはないって勝手に解釈していれば、安心しきってるってこと。
でもそのお陰で、男は仕事や他のことに集中できる訳だけど、時にはそんな男に女は嫌気をさして・・・気付いたら自分から離れちゃってるってこともあるでしょ」
「よくわかんないけどぉ」
「今ごろあの二人は大慌てだよ。急に空気の流れが変わったんだから」
「そうかな」
「そうだよ。多分そろそろ、悠理を追いかけて二人とも走って来るから」
「あたし、どうしたらいいの?」
「そうだね・・・」

美童は立ち止まり、顎に長い指を当てて考えている。
それからイタズラっ子のように笑って見せる。

「実は僕とできていたってコトにしてみる?」
「えええ~っ!!」
「あはは!うそ、冗談。でもこれから先は悠理が自分で決めなよ。
悠理は魅録と清四郎に、相手にしてもらいたかったんでしょ?
その気持ちを素直に伝えたらいい」
「でも、そんなコト言っちゃったら、怒られるよ」
「そうでもないかもよ」

その時、後ろからあたしと美童の名前を呼ぶ声が聞こえて来る。
魅録と清四郎の声だ。

「でも・・・」
「慌てるほど心配する二人が怒るワケないよ」
「う~ん・・・」
「素直に、ね」
「うん」

あたしと美童は声の方を振り返る。
あたし達に向かって走って来る二人に、夕方の強い陽射しが当たっている。
それは、本格的な春の気配を思わせた。





拍手・ランキングへのクリックをありがとうございます!
ランキングへ参加しています。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村


二次小説ランキングへ

大人になるまで

午後の陽射しがダイニングテーブルの上へ長く届く。
所々に風でなびくカーテンの影が、幾何学的な模様を成していた。
さっき自分が開けた窓が、籠った室内の空気を外へ出す。
そうすることで、二人の煮えきれない想いまで換気されるようだった。


十年振りに高校のクラス会に出席してみた。
ちょうど仕事も落ち着いた時だったし、珍しく有給休暇も取れ、リフレッシュにどこかへ小旅行も楽しめそうだった。
俺は会場であるホテルのロビーでコートを預け、事務所に電話を入れようとエレベーターホールの近くまで行った時だ。

「・・・あれ、魅録?」
「ん!あっ!」

クラスメイトであり、遊び仲間の女の子だった。
と言っても俺達はもう卒業してからかなりの年数が経っている。
女の子ではなく、元クラスメイトの女性だ。
すぐに以前のように意気投合し、事務所に電話を入れるのを忘れてしまうほど話は盛り上がった。
クラス会が始まってからも、俺達は席を隣り合わせにして話をしていた。
何より俺は当時、彼女に片想いをしていたから、その喜びは尚更だった。
懐かしいはずのクラスのメンバーよりも彼女との会話が弾み、俺達はそのまま二人で二次会に向かった。

「時間、大丈夫?」
「大丈夫。清四郎には許可を貰ってるんだから」
「子供は?まだ小さいって聞いてたけど、ママがいなくて淋しいんじゃない?」
「おばあちゃんが泊まりで見てくれてる。たまには、孫との時間も楽しいよ」
「余り遅くならないように送るよ」
「うん」

彼女は五年も前に結婚していて、女の子が一人産まれていた。
実家の大病院を継ぐ清四郎との安定した生活で、彼女は現在専業主婦をしていると言う。

「幸せ?」
「もちろん!子育てって大変だけど、毎日が新しい出来事の連続で退屈しないよ」

週末のショットバーは若い客で混雑していた。
小さな丸テーブルを挟んで、大きめの声で会話しないと声が聴こえない。
ウィスキーをロックで飲んでも、生温い空気が喉を通って味を奪う。
最終的には二人共すっかり酔いが醒め、会話が続かなくなった。
彼女は時間を気にし始め、俺は今夜の会話について思い返す。

「後、一杯ずつ飲んだら帰ろうか?」
「いいよ」

二人分のウィスキーのストレートをオーダーし、乾杯をし直して一気に喉に押し込んだ。
帰りのタクシーに二人で乗り込んだのは、驚いたことに住んでいる場所が意外にも近かったからだ。

「防衛大に入学するって言ってからほとんど会ったこともなかったけど、こんな目と鼻の先に住んでいたなんて驚き」
「時々歩いてるんだけどね。多分、教えてくれた住所の所も通ってるよ」
「見かけたことなんてないよ」

彼女の自宅マンション前でタクシーは停まる。

「清四郎帰ってると思うよ!酔い醒ましにコーヒー飲んでいかない?みんなに会わせたいな」
「サンキュ。でもかなり飲んじゃったし、また日を改めるよ」

じゃあ、また、と俺達はまるで学生がそうするようにして別れた。
そして俺も自分のマンションに戻る。
タクシーで十分も離れていない。
ここに住んでかなり経つけれど、彼女を近所のコンビニでさえも見かけたことはなかった。
着ていたスーツをハンガーに掛け、シャワーを浴び、ロング缶のビールをそのまま飲む。
そうして今夜の出来事を思い返す。
でも俺は、二人でどんな話をしていたのか全くと言っていいほど思い出せなかった。
ビールを飲み干すとバスルームで丁寧に歯を磨き、ベッドに入ってぐっすり眠った。
俺は来週一杯休みを取っていた。


懐かしさのついでに彼女の夢を見た。
俺は高校生に戻っていて、でも彼女は現在のままだった。
昨夜のままの彼女だった。
緩やかに肩へ流れる髪も、モスグリーンのワンピースも、微かに香る香水も、何もかも昨夜のままだった。

「どうして魅録は学生のままなの?」

彼女は不思議そうに問う。

「分からない。何で悠理だけ大人になったんだ?」

そう俺が訊くと、彼女はびっくりしたように目を見開き、それから大人びた笑顔で答えた。

「だって大人になれば、いろんなことが許されるんだよ。だから早く大人になりたかったんだ」


そこで、俺は目が覚めた。
二日酔いなんてほとんど経験がないけれど、ぼんやりした意識の奥で微妙に痛みが伴っている。
ひょっとして、これが二日酔いなのかも知れないが、ベッドからは普段通りに起き上がり、朝食のためのコーヒーも作れた。
トースターで食パンを焼いている間にバスルームで顔を洗い、洗いざらしのジーンズとトレーナーに着替えた。
キッチンでは出来立てのコーヒーとトーストされたパンの香ばしい香りで満たされている。
食欲は充分にあるのだから、やはり完全な二日酔いではなさそうだ。
俺は立ったままパンにマーマレードをたっぷりぬり、熱いコーヒーで胃の奥まで流し込んだ。
それから一人掛けのソファに座り込み、残りのコーヒーを飲みながら昨夜の出来事を思い起こす。
けれどやっぱり会話の内容までは思い出せない。
多分・・・それほど重要な話なんてしていなかったのだろう。
そうしてぼんやり窓の外を眺めていると、どこかで携帯電話がメールの受信を知らせている。
見回すと、昨夜のスーツの内ポケットから聞こえているのが分かった。
登録のないアドレスだったが、タイトルにはクラスメイトだった彼女の名前が入力されていた。

“おはよう!
昨日はありがとう。ちょっと二日酔い気味。
ところでパソコンの件だけど、明日の月曜日の午前中なら助かるな~”

テキスト内容はこうだった。
パソコン?
何だったろうと、もう一度頭を捻らす。
そう言えば、確かモデム交換を業者に頼んで宅配してもらったが、ケーブルは繋げたけど内部的な設定ができないと彼女から聞いたんだ。
俺の口頭での説明でも自信がない彼女へ、忙しい清四郎に代わって俺がやってやろうかと提案した。
都合の良い日時を後でメールすると言って、アドレス交換して。
そうだ、そんな話もあったんだ。

“明日ね。いいけど、何時に行けばいいの?”

すぐに返事が届く。

“十時くらいにお願い。
月曜以外は、お昼過ぎから子供の習い事とかいろいろ用事があるんで。
ランチを作ってごちそうするから”

いつも思うんだが、メールのやり取りより、電話の方が用件を伝えるのは断然早い。
でも・・・でも、言葉では伝えにくいことは、このような手段もありなんだろう。
あの頃、携帯電話が一般なら、もっと違った今があったかも知れない。

有給休暇中の俺は、のんびりした日曜日を終え、約束の月曜日の朝もゆっくり散歩をしながら彼女のマンションへと向かう。
エントランスを抜け、七階までエレベーターで上がる。
ドアを開けて迎えてくれた彼女は、偶然にも自分と同じブランドのトレーナーを着ていた。
玄関も長い廊下もリビングも、余計な物は何一つなくさっぱりしていたが、所々で無造作に置かれている子供のおもちゃが、その存在を知らしめた。
彼女がコーヒーを作っている間に、俺は早速モデムの設定に取りかかる。
別に作業は簡単で、モデムの裏に記載されてあるIPアドレスをネット上で入力し、設定画面が表示されたらパスワードを入力して接続設定すれば良いだけだ。

「もう終わっちゃったの?」
「うん」
「コーヒーを作るよりか簡単な訳ね」
「まあね」
「あたしには、魅録の説明では難しかったんだけど」
「俺の説明の仕方が悪いんだ」
「あたしが相変わらずのバカなんだよ」

それからダイニングで、テーブルを挟んでコーヒーを飲む。
ショットバーの時とちょっと違うのは、お互い素面でいるからだ。

「時間は大丈夫?子供は?」
「幼稚園のお迎えは午後一時半。大丈夫」
「俺なんかが清四郎の留守の間に家ん中に入っていいのかな」
「別に。清四郎には魅録とクラス会で会ったこと言ってあるし、今日のことも知ってるし、問題ないよ」
「うん」
「魅録が変な意識してるんじゃない?」

俺はドキリとする。
確かに、学生の頃の片想いの相手に、意識がないなんて言えない。
下心が全くないなんて、それも言えない。
俺が返事に困っていると、彼女は小さく笑ってコーヒーを淹れ直した。

「お腹空いてない?」

話題を変えられ、返事にまた困っていると彼女はキッチンへ向かう。
カウンター越しで彼女は言う。

「ちょっと早いけどお昼にしよう。娘のお迎えもあるし、独身さんは朝ごはんも食べてないんでしょ?」
「今日はね。でも普段はちゃんと作って食べるよ。料理は嫌いじゃないんだ」
「ふうん。誰かいい人いないの?」
「全然。付き合っている人がいない訳でもないけど、結婚を考えたことはないな」
「それはなんで?」

話をしながらすっかり主婦らしくてなっててきぱきと調理する彼女へ、ちょっと意地悪をしたくなる。
あの頃も・・・好意を持つ俺に、彼女はいつも隣にいながら軽くあしらってたんだ。

「忘れられない女がいるから」
「へえ」
「目の前にね」
「・・・・・」

からかうつもりが、気まずい空気が漂ってしまった。
確かに、当時は彼女に好意を持っていたし、もし機会があったのなら想いを伝えていたかも知れない。
けれどそれはその時までのことで、その後に想いを引きずったことはない。
それなりに女性との付き合いもあったし、結婚しても良いと思える人との出逢いもあった。
けれど結婚に踏み切れなかったのは、そこまでの愛情がなかったからだ。
目の前の彼女に、何の責任もない。
ダイニングテーブルには、彼女が作ったミートソースのスパゲティとグリーンサラダが置かれる。

「簡単なので悪いけど、今日の設定のお礼ね」
「こちらこそ。食事までいただいて、サンキュ」

それから互いの近況を話す。
この間のクラス会でも交わされた会話だったろうけれど、意外にも二人、酒に酔って余り覚えていなかったのだ。
まるで初めて聴くような感じだった。
食事が終わり、彼女はテーブルの上の皿を下げると、今度は紅茶を作って戻ってきた。
白いティポットにはたっぷりの紅茶と、ガラスの皿にはレモンがスライスされている。
気持ちの良い音を立て、白のカップに熱い紅茶が注がれる。
そしてそれがきっかけのように、彼女がまた口を開く。

「あたしね、あの頃、魅録が好きだったんだよ。とても。
でも、言えなかった。ううん、言わなかった、が正しいかな。
今言っても、上手くいかないんじゃないかって思ってて。
だから魅録と二人でよく遊んでいたけど、告白できなかった。
二人っきりのタイミングもたくさんあったし、魅録といい雰囲気になった時もあったけど、逆に素っ気なくしちゃったりして。
もう少し大人になればあたしの想いは魅録に伝わって、彼女として付き合えるって信じててね」

「あんなあたしでも・・・魅録に抱かれたいって思ってた。
おてんば高校生のあたしが、本当にそんなこと考えてた。
魅録に抱かれているところも想像することができたよ」

突然の彼女の告白に、俺はただただ驚いていた。

「大人になれば、いろんなことが本当に上手くいくんだって思ってね。
でも・・・」

「卒業と共に、魅録はあたしから離れて行った。大学ももちろん別々で。
あの時、野梨子も魅録が好きだったから、防衛大での様子を訊いたりしてさ。
とっても忙しいってね。
その後は知っての通りで、清四郎と付き合って結婚して。
しばらくは地方の大学病院にいて、そしてこうしてここに引っ越して来て」

ダイニングテーブルに午後の陽射しが届く。
暖かくも切ないのは、何年もの長い間、同じ想いでいながら通じ合えずに終わりを迎えていたからなのか。

「大人になったからって、全てが上手くいくとは限らない。
全てが許される訳でもないし」
「許される?」
「誰かを想うのは自由だけど、責任は一人にしか持てない」
「・・・うん。そうだ」

結局、彼女は何を俺に伝えたかったのだろう。
まだ俺に特別な感情を持ち続けていた、と言うことなのだろうか。
彼女が俺に特別な想いを持っていたなんてちっとも知らなかったし驚きだった。
けれど、だからと言って、そこから先へは進めないのは俺にも分かっている。

「また遊びに来てね。今度は清四郎や娘にも会わせたいし」

帰り際に彼女に言われたけど、今は何も考えられない。
これから先だって、そう。
“俺も悠理が好きだったんだ”と言ったところで、今のこの状況は変えられないのだ。
それに無理に変えたところで、誰も幸せになれない。
誰も、望んではいない。

夢の中の彼女が言った言葉は、淡い恋心を持って大人になることに憧れた高校生の彼女だったのだろう。

今になって俺へ想いを伝えられたのは、充分過ぎるほど大人になった彼女へのせめてもの許しに違いない。





拍手・ランキングへのクリックをありがとうございます!
ランキングへ参加しています。
にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村

二次小説ランキングへ