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2016年05月

恋の終わり

生徒会室に入ると、テーブルの中央席に座っている清四郎が書類に目を通しているのが見える。
久しぶり、と言うあたしに、清四郎は目を合わせるでもなく軽く会釈をした。
ううん、あたし自身、清四郎と目を合わせるタイミングをずらしているのも事実。
どんな顔で、どんな言葉で接すれば良いのか分からないから。
普段のあたしの席に座る。
位置としては、清四郎の斜め前。
そして、目の前に用意されている書類に目を通す振りをする。
パラパラとめくり、でももちろん、頭になんか入ってこない。
そうしている内に、メンバーが揃う。普段の席がうまる。
一瞬しんとして、清四郎が口を開いた。

「僕が留守の間に、生徒会を運営してもらってありがとう」

そう、半年以上、カナダに交換留学をしていたんだ。

「いろいろ問題もあって大変だったでしょう。教頭から伺いました。
さっそくですが、我々が作り上げた生徒会のコンプライアンスとしての存続と、来年度に向けて新たなメンバーへの引き継ぎについて教頭に問われましたので、皆さんの意見をいただきながらまとめたいと思います」

すぐに野梨子や魅録からの意見が出る。
可憐も反省点を加えながら美童に話を振っている。
あたしは運動部の今までを振り返りながら考えている。
課題が絞り上げられて白熱し始める頃には、あたしはまともに清四郎の顔を見ることができていた。
目が合うことはなかったけれど、メンバーの話を聴く目線やメモを取る仕草を充分に見つめることができる。
それと同時に、この、自分の恋が完全に冷めていることを知った。
そう、清四郎の帰国を聞いた時も、さっきこの場所に入った時も、もう心がトキメクどころかその顔さえもあたしは忘れかけているようだった。


清四郎が留学する少し前だ。
あたしは珍しく生徒会室で清四郎の仕事を手伝っていた。
簡単な書類の文字校正と誤字脱字の入力し直し。
野梨子も可憐も予定がそれぞれあって下校してしまっていたからだ。
自分も帰ろうとソファから立ち上がった時、

「悠理、僕がちゃんと説明するから手伝って下さい」

と声をかけられた。
いつもなら無視をしてドアを開けるところだけど、留学してしまえばしばらくは会えないし、印象が悪いまま別れるのもと気遣ったつもりだった。
その日は他のメンバーである魅録も美童も来なく、あたしと清四郎は夜の七時位までかかって書類を作成した。

「ああ、やっと終わったーっ!!」

あたしは全ての書類を校正して入力し直した。
満足げにパソコンをシャットダウンしようとした時、清四郎があたしの後ろからその手を制止した。

「見せて」

清四郎はあたしのマウスを持つ右手に自分のそれを重ねてアイコンをクリックしたり画面をスクロールしたりする。
あたしはすっかり体が固まって、声すら出なかった。
最初の内は頭の中が真っ白になってどうしようもなかったけれど、少しずつ冷静になると清四郎の体の温かみさえ伝わって来た。
自分の手足は冷たくなっていたけれど、心臓のドキドキは感じていた。
始めこそ何かを話していたけれど、やがてその手も止まり、あたしの手をマウスから外すと、しばらくそうして後ろから抱かれているような形になった。
後頭部に熱い吐息を感じ、それは耳の後ろへ、そしてこめかみから頬へ、最後は唇へと移動した。
ずいぶん長い間互いの唇が重なっていたけれど、どちらからともなくそれは離れ、最後は体も離れていった。

「悠理は、とても綺麗だね」

表情のない清四郎の顔がそう言った。
あたしは混乱したまま、なぜか微笑んでしまったのを覚えている。

それから留学までの間、あたしは気が狂いそうになるほど清四郎を欲した。
自分からアクションしてしまったことも何度かあったけれど見事に外れ、いやそれは故意ではないのは分かっていたから諦められたけれど、苦しんだのは事実だった。
清四郎に会いたくてもタイミングがずれたり、電話やメールで用が済ませられた。
時々その声に、あの時共有した出来事を探したけれど、それはどこかで繋がっては突然切れた。

そうして、清四郎はカナダへと旅立った。


離れてしまった現実を受け入れるまでずいぶんかかったけれど、その間、表面的に冷静を保つことはできたと思っている。
あの日の二人を取り戻すことを同時に切望もしたけれど。

時は自分を成長させ、大人にもなれた。
だから当時の二人を客観視し、遊びに似た出来心だったのだと捉えられる。


「では、生徒の不正行為については文章にまとめ、各クラスで配布して貰うことにしましょう」
「その件だけど」

あたしはそこで初めて発言する。
今日の意見交換のために、あたしは運動部部長として考えをまとめてきていた。

「今年度は運動部での不正行為が多くて申し訳ないと思っている。何度かその度に注意事項としてプリントを配布したり掲示板に貼らせてもらったりしたけれどなかなか効果がなくて。だから自分なりに考えてきたんだけど」
「はい」

あたしはその時、まっすぐな視線で清四郎を見つめて意見を述べる。
清四郎も同じようにあたしを見つめている。
もう何も感じていない。
ただ、一人の生徒会メンバーとしての意見を尊重してくれているのが感じられる。
あたしの発言をきちんとノートに記し、時々頷いている。

「運動部からは以上です」
「ありがとう。さっそく明日から実行し、来年度の引き継ぎ事項としても加えたいと思います」

目を合わせながら知ったのは、清四郎はあたしとの共有する記憶をしまい込んでいると言うこと。

「それでは本日の意見交換会はこれで終了します。お疲れさまでした」

あたしは席を離れ、その場所から出る。
視線が外されてから、もう清四郎を見ることはしなかった。
辛いからではない。
それはもう、二人の中で完全に終わっているからだ。


清四郎もあたしも、あの出来事は“現実には”なかったことにしたいと思っている。
あれは、あの一瞬だけの二人の秘めた恋で、心と体がひとつに重なったのだろう。
多分二人は忘れない。
けれど、互いに想いを呼び起こそうとは考えてもいないことをあたしは知っているのだ。




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雨を理由に

夏を思わせる細かい雨が降り注いでいる。
降りだした時も、降っている今も、音がなく生暖かい。
ベールのように滑らかで、ゆったりと幕を引くような感じ。

“急に行けなくなって、ごめん”

降り始めた時、それは太陽の陽射しを浴びながらキラキラしていて、まるで今日を歓迎するかのように思えたのに。

“野梨子にね、ちょっと頼まれ事。だから勉強会は明日。悪い”

サンルームのテーブルに、二人分の椅子。
今日はここで勉強を教わって、庭先で自家製ハムのサンドウィッチとアイスティのランチと決めていたのだ。
清四郎が来るまで、ここで待っていた。
だから音もなく降り始めた小糠雨にも気付けた。
小さな滴は、やはり音を立てずに強化ガラスの表面を滑り落ちる。

前からのあたしとの約束よりも、急な野梨子の用事の方が大切なんて。
どちらが清四郎にとって重要な人物か分かるな、あたしでも。

ちょっと皮肉ってみたくなる。

今日は特別だったんだよ。
清四郎に、心のニュアンスを伝えようと思ってさ。
でも・・・

しょうがない、と彼女は思う。
幼馴染みの野梨子に頼まれたのだから。

きっと、雨だから、だよね?
急に雨が降って、野梨子が用事を足すのに清四郎が必要になったんだ。
そうだ。今日の事は、雨のせいなんだよ。
雨が降らなければ、清四郎は来てくれたはず。
誰のせいでもない。雨のせいなんだ。

サンルームのガラスから空を見上げれば、うっすらとした雨雲の背に太陽の光が当たっている。
もうすぐ晴れるに違いない。
彼女はこの小糠雨が晴れるまで空を見上げていようと決めた。
何故なら、時間がたくさんあるから。
しばらくそうしていると、刹那、強めの風が吹く。
それまでまっすぐ降っていた雨は、サラサラと音を立てるようにして横になびく。
同時に風は、そのまま雨を連れ去るようにして止ませた。
やがて空は、午後の優しい陽射しを連れて来た。

プルル・・・とテーブルの上のスマートフォンが着信を告げる。
画面を見れば“清四郎”。
手に取って電話に出る。

“やあ、悠理。悪かったね。野梨子の用事が思ったより早く終わったんだ。
今から行っても大丈夫?”

え?ほんと?

“実は今朝ね、野梨子の家に回覧板を届けに行ったら、お弟子さんが体調を崩して倒れてね。
ほら、今日は彼女の家でお茶会があるでしょ?
それでてんやわんやしてしまって手伝う事になったんです。
もちろんお弟子さんは僕の病院に連れてきましたけど”

大丈夫なの?

“ええ。落ち着きましたから。
それに野梨子も今日の僕と悠理の約束を覚えていて、行きなさいと言ってくれてね。
遅らせて悪かったから、駅前のパン屋さんで悠理の大好きなドーナツを買って下さいと言われました”

わぁ、それ大好物なんだ。

“うん。だから、それを買って今から伺いますから、待っていて下さいね”

うん、うん、と彼女は返事をする。
そしてお昼のサンドウィッチについて彼へ伝える。

“ああ、悠理の家の自家製ハムね。僕の大好物。
お昼はもちろんまだですから、楽しみにして行きますよ”

そう言って、電話は切れた。

サンルームのガラス越しから空をまた見上げる。
さっきまでの雨が嘘のように晴れ渡っている。
雲ひとつない、青空。
夏は、もうそこまで来ている。

雨なんか理由にしなくっても・・・

と彼女は思う。
そう、雨なんか理由にしなくても彼は自分との約束を果たすべく、もうすぐこの場所へやって来るのだ。




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