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2016年10月

夏の道、秋の雲

息苦しいほど暑かった夏が、いつの間にか通り過ぎている。
毎日往来した田舎道も黒く長い影を作り、冷たい空気が漂っている。
まるで夢のようだ・・・なんて、ちょっと大袈裟だけど、でもそうだ。
短い夏を惜しまないように、僕は何度となく彼女に会った。
小さなきっかけを必然に、そして必ず成し遂げるように。

高等部最後の夏休み、僕は家族と避暑地の別荘で過ごした。
僕が初等部高学年頃までは、毎年家族と夏を過ごしていた。
医者である父親だけは週末にやって来て、週明けには自宅に戻る日々だったが。
年によっては隣家に住む幼馴染みの野梨子も一緒に連れて来て、数日だけ泊まったこともある。
けれど僕が中等部に入ると自身も生徒会活動やクラブ活動等で忙しくなり、姉も医者になる為の勉学に励み、ここ数年は同じ屋根の下に住みながら、家族はそれぞれの夏を過ごしていた。
きっかけは僕だ。
今年の夏休みを逃すと、もう二度とこの別荘での家族との時間を過ごせないような気持ちになった。
家族は皆僕の意見に反対することなく、むしろ喜んで一緒の夏を過ごそうと言ってくれた。
あるいは来年からは、僕自身が家族と離れることを受け止めた上での賛成だったかも知れない。
夏休みをこの別荘で過ごすのは家族の恒例行事だったから、すぐにこの場所に馴染む。
近くには小さくても観光地があり、温泉郷があり、その土地に住む人達の為の商店街や公共機関もある。
だから僕達家族は、その場所で特別な生活をしなくても充分に満足した時間が過ごせた。
母や姉は温泉郷や観光地で時間を過ごしたり、普段の生活の為の買い物を商店街で済ませたり。
僕も図書館を利用してじっくり勉強をしたり、映画を見たり・・・つまりは夏の時間だけ別の場所で普段の生活をしているのと同じだった。
そうした生活の中で、突然僕の目の前に現れたのはもう一人の幼馴染みで中等部からは一緒に生徒会活動をしている女友達だった。
それは珍しく湿度の少ないカラリと晴れた日の午後で、僕は湖の畔を散歩している時だった。
空は透き通るように高く晴れ渡り、雲ひとつ見当たらなかった。
まるで秋の日の空のようで、湖から届く風はひんやりしていた。
僕は澄んだ空気を胸一杯に吸い込み、大きく体を伸ばした。
体の隅々まで血液が循環するのが分かる。
澄んだ空気はそれだけで僕を清浄な体にするようだった。
目を瞑り、僕はもう一度深呼吸をすると、どこかで僕の名前を呼ぶ声がした。
その声は家族の者ではなく、また別荘を管理する人や近くに住む人達の声でもない。
けれど僕がよく知っている声。
いつも近くで聴いていて、普段は当たり前のように耳に入ってくる声・・・

「清四郎~!ヤッホー!」

その声の主が僕のもう一人の幼馴染みの女友達、悠理だった。

「なんでこんな所で?悠理?」

彼女はすっかり飼い主になついた仔猫のように僕の周りを嬉しそうに歩く。
時々腕や体にまとわりもついた。
本当に嬉しそうに、僕に事の次第を説明する。
そう、彼女の話はこうだった。
彼女の兄である豊作さんが今度この地にリゾート開発を企画しており、リサーチを兼ねてこの地の観光開発事業部と話し合いに来た。
今年最後の夏休みを僕の所為でメンバー揃って過ごせずにブラブラしていた悠理を気の毒に思ってか、豊作さんが一緒に連れて来たらしい。
ずっと後になって思えば、僕がこの場所で最後の夏を家族と過ごしているのを知っていたのかも知れない。

「リゾート開発か・・・」

僕は彼女の話を聞いて思わずため息を吐く。

「清四郎、嬉しそうじゃない」

湖の畔を、今度は悠理と二人で散歩している。
何だか信じられない。
遠く離れたこの場所で、僕が、悠理と・・・偶然とは言え、現実じゃないみたいだ。

「うん。正直嬉しくない」
「なんでぇ?こんな小さな温泉郷じゃなくて、プールとかエステとかも楽しめる施設や、遊園地みたいなのもできるんだよ」
「それはそれで楽しいそうですけどね。僕は小さい頃から夏休みはこの避暑地で過ごすのが常で、普段とは違う生活環境でとてもリフレッシュできたし、澄んだ空気や美しい景色が心を浄化するようで気持ち良かったから」
「ふうん」
「その全てが奪われるのはね、ちょっと」
「ん・・・兄ちゃんに言ってはみるけど、あたしの力じゃナンともねぇ」

急にしおらしくなった彼女を見下ろす。
あくまでも個人的な意見として言ったつもりだった。

「いや、いいんです。豊作さんには言わなくても。僕がそう勝手に思っただけですし、この土地の人達の意見を尊重すべきで、もしかしたら過疎化問題の対策として取り上げるかも知れませんし」
「・・・ん、ちょっと分かんない」
「自然に任せましょう」

少し不安げに僕を見上げる彼女に微笑むと僕は空を見上げる。
先程まで澄んだような青空には薄い雲が覆われ、その間から強い陽射しが降り注いでいる。
足元には草いきれを感じ、一瞬にして夏が戻ったのを感じた。
リゾート開発の話はその後彼女とはしなかった。
その代わりに、僕達は二人で存分に夏を楽しんだ。
毎日この湖で泳いだりボートに乗ったり、温泉郷を散策したり温泉に入ったり。
地元商店街で買い物をして、僕の別荘で調理して家族と食事を共にして過ごした。
もちろん図書館にも通って、夏休みの宿題も見てあげた。
野梨子と言う妹のような、守らなければいけないような存在とは違って、悠理とは同じ目線で同等に付き合える。
長く同じ時間を過ごしていると、空気のような当たり前の存在と言うのは周りが示す野梨子ではなく、むしろ悠理であると思えた。
避暑地にいる間、僕達は約束することなく、毎日同じ時間に同じ道で出会った。
空は夏の雲に覆われ、強い陽射しを浴び、草いきれを感じながら夏と言う時間を楽しんだ。
そして、分かってはいたけれど、夏休みは終わりに近付いた。
別にこの場所で別れたからと言って二度と会えないどころか、また学校でも会えるし休日だってメンバーと一緒になって遊べるのだ。
もちろん大学受験が控えているけれど、だからと言って会えない訳では決してないのだ。けれど・・・
僕達の二人の時間はここで終わってしまうことに、空虚さを覚えた。
いや、素直に表現するならば“淋しい”だ。
そんな思いを悠理へ伝えるべきか否か、避暑地での最後の日まで悩み、やはり素直な気持ちを伝えようと決めた時、意外な言葉を彼女が発した。
それはいつものように湖の畔を二人で散歩している時だった。
いつも、と言ってもその日が最終日だったこともあり、悠理は口数少なく、また元気に動き回ることもなかった。
腕をブラブラとして、けれど何か言いたげで。
察した僕は、でも彼女から話すようにきっかけを与えて誘導する。

「悠理のおかげで高等部最後の夏休みをこの避暑地で楽しく過ごせました」
「家族との大切な時間だったんじゃない?」
「悠理がいたから、家族もみんな良かったと言っています」
「ありがと」

彼女と目が合って、微笑みを交わす。
それから僕は空を見上げる。
この避暑地に来た時より、空はずっと高くなっている。

「帰っても、向こうはまだまだ暑いんでしょうね。でも悠理、見てごらん。空は秋に向かっているようです」

僕の言葉に即され、彼女は空を見上げる。

「ここに来た時より、ちょっと空の色が濃いみたい」
「そう。夏は湿度が多い雲が低く広がり、空は水色に見えるんです。秋は空気が乾燥する分夏よりも透明度が増し、雲も高い位置に浮かぶ」

僕の言葉を聴き入るようにしてこちらに耳を傾けている。

「いつか、そんな話を悠理にしたことがあるような気がします」
「うん、あたしも。ずっと前に、清四郎からそんな話を聞いたことがあるような気がするって今思ってた」

僕達はもう一度目線を交わし、それから空をまた見上げる。

「以前にもこうして悠理と二人で、秋に向かう空を見たことがあるんですね、きっと」

そして来年も、再来年も、ずっとずっと、悠理と二人で季節が移り変わる度に空を見上げたいと願う。
進路こそ別々でも、一緒に空を見上げることはできるのだから。
けれどもその時に、彼女の口から意外な言葉が出たのだ。

「また、むしむしした夏に、あたしは戻るの」
「それは、何故?」
「ここのリゾート開発についての清四郎の意見を兄ちゃんに言ってみた。そしたらここに住む人達の大概が、おんなじ意見を持っていたんだって。だから、計画はちょっと先送りにして、海外事業部の企画の方を先に済ませちゃうって」
「へぇ・・・」
「それで、あたしも二学期から兄ちゃんと一緒にそっちに行くことになって」
「それはまた、どうして?悠理が一緒なんて、急過ぎやしない?」
「二学期も今まで通りの生活ではダメだから、自分の将来を見つめてみるチャンスとして、兄ちゃんが海外出張の間、短期留学しなさいって。兄ちゃんと同じ、剣菱の所有するホテルの部屋を使えば問題ないって」
「そ、そんな。だって」

彼女の留学先は、以前メンバーと行った南の国。
その場所にスパ・ムーブメントを備えた広大な施設を建設すると言う。

「そちらでは地元の方の反対運動はないの?」
「それは分かんないけど、そっちではもう企画が進んでるって」
「ふうん。じゃあ、決まっているんですね、きっと。で、すぐにでも出発するの?」
「うん。二学期は多分、一度も学校には行かないと思う」
「そう・・・」

その日の午後、彼女は一足先に帰ることになっていた。
帰り際、僕がいつも通りの湖への道を歩いていると、彼女が乗ったタクシーが僕の近くに停まった。
滞在していたホテルからこのタクシーで帰るらしい。

「豊作さんは?」
「夕方帰るって。だから先に帰りなさいって」
「タクシーじゃなくて、僕達と帰るのは?夕方前には出発する予定」
「ありがと。でも留学の準備もあるし。せっかく兄ちゃんが手配してくれたから」
「分かりました。悠理」
「うん?」

僕はタクシーの運転手に少し待つように伝え、悠理を車から降ろす。

「次会えるのは、もしかしたら冬なの?」
「そうかも。兄ちゃんが今夜帰ってきたら、出発準備に取りかかるって言ってたから」
「明日とか明後日とか、会えない?」
「分かんないから、決まったら連絡する」
「お願い。それと」
「うん」
「向こうに着いてからも、毎日連絡が欲しい。メールでいいですから」
「分かった」

何だか心が忙しない。
今全てを伝えないと、もう二度とチャンスがないように思えるのは何故だろう。
タクシーのアイドリングが気になって、言葉がうまく出てこない。
顎に手を当てて考えていると、悠理が僕のその手に触れた。

「夏休み中、遊んでくれてありがと。とっても楽しかった」

彼女の手は思っていたよりもずっと小さくて心もとなかった。

「僕も。ここで悠理と夏を過ごせるなんて思っていなかったからとても嬉しかった」
「清四郎、いつもよりずっと優しくて、あたしも嬉しかった」
「え?僕はいつでも優しいつもりだったけど」
「知らない清四郎を知って、ラッキーって思った」
「そう?いつも通りだったけどな」

それから僕の手を取って、もう一方の彼女の手も重ねる。

「ここでの時間を忘れないで。あたしも忘れない。それと、毎日メールするの、約束する」
「ひとりで留学するの、淋しいの?ひとりが辛かったらいつでも帰ってくればいい」
「ううん、大丈夫。兄ちゃんがいるから」
「冬なんて、すぐ来ますよ」
「うん。清四郎、そろそろ行くね」
「え、ええ」

いつの間にか、彼女の手が離れている。
タクシーのドアが開き、彼女はするりと車に入った。
僕が体を屈めると、彼女が窓ガラスに手を触れる。
だから僕も、そこに重ねるように手を触れた。
窓が静かに開いた。
車内の心地よい冷気を感じる。
僕達は申し合わせたようにまた手を重ねた。

「僕も忘れない。悠理と夏をこの避暑地で過ごせたこと」
「うん。じゃあ、またね。必ず連絡するからね」
「待ってるから、悠理」

顔を近付けると、悠理も窓から身を乗り出す。
僕の首にしがみつくように抱き付き、こめかみに温かい唇が触れた。
何かを囁かれたような気がして聞き返すと、何でもないと答えた。
僕達はもとの位置に戻り、また静かに窓が閉まった。
彼女が手をあげると、車もまた静かに出発した。
僕の感情を乱すように、一斉に蜩が鳴き始める。
僕達は互いに、見えなくなるまで手を振っていた。



悠理が留学した最初の連休に、僕は独りで家族にも誰にも告げずに避暑地に戻った。
管理人にも連絡をしなかったから、当たり前だけど別荘にも入れなかった。
目の前に使い慣れたはずの別荘がありながら、そこへ入れないと言うだけで、何だか他人の持ち物みたいに思える。初めて見る家のよう。
僕は別荘に背を向け、今度は夏休みの間に歩いた道を辿る。
毎日この道を歩き、途中、いつも悠理と出会った。
まるで待ち合わせたように、同じ時間、同じ場所で。
そんな思い入れがある道も秋の気配に包まれ、あれほど遊び回った湖の畔もひんやりした空気が一面に漂っていた。
夏よりもずっと草木が生い茂り、黒い影に覆われている。
緩やかに風が吹き抜けると、どこからか悠理が僕の名前を呼んで出てきそうである。
短期留学をしている彼女とは毎日メールをし合って、週末は長電話もしている。
時々送られてくる美しい南の国の風景が、僕と彼女の距離を知らしめた。
こちらの風景と言えば淋しい初秋のものばかりで、紅葉までにはまだ時間がかかるからつまらない。
けれど二人の思い出が溢れるこの場所ならと、スマートフォンのカメラのレンズをあちらこちらと向けている。
タイミングよく、悠理からの着信があった。

「今日は休みでしょ?」
「ええ。悠理も明日は休みですね」
「うん。だから電話したの。今、何してるの?勉強?」

いえ、と言って、それからこの場所に来ていることについて伝えるのをどうしようかと考える。

「じゃあ何してるの?調べもの?外出中?」
「悠理は何してるの?」
「当ててみて」
「ホテルのベッドでゴロンとして、僕に電話してる」
「ピンポーン!」
「あはは。実は僕はねぇ、悠理と過ごしたあの湖の畔を散歩していたんです」
「へぇ、なんで?また泊まりに行ってるの?」
「いいえ。悠理から送ってもらう美しい風景写真に負けないようにと、ここまで来てるんです」
「わざわざ?そんな、写真なんて気にしなくていいのに。文字だけメールでも嬉しいよ」
「僕達の思い出がたくさんつまってる風景が撮りたいから」
「うん」
「でもこちらはもう秋の気配。もの淋しい風景ばかり」
「いいよ。日本の秋の風景はキレイだもん」
「ええ。悠理はどこの景色が見たい?」
「あたし?」
「ええ」
「空」
「空?」
「うん。空がいい。あの湖の畔の空。あれからもっとずっと高くなってる?」

僕はスマートフォンを耳にあてながら空を見上げる。
空はあの夏よりも更に透明度を増してずっと高く、そして青く澄んでいる。
彼女にそう告げると、その写真、あるいは動画がいいと言う。

「分かりました。じゃあすぐに撮って送りましょう」

またね、と言って電話が切れる。
彼女との電話を切った後、空を見上げればレンズ雲がいくつか出ている。
UFO見たいでちょっと珍しい。
湖の畔から見上げる青く澄んだ美しい秋空の光景を撮影しようと思っていたけれど、こちらの方が彼女は絶対に喜ぶ。
この雲が空に浮かぶと、強い風が吹きやすくなるらしい。
せっかくの秋空もレンズ雲も、強風に持って行かれては大変だと、僕は急いでスマートフォンのカメラ機能をタップする。
嬉しがる彼女の声も早く聴きたいと言う、単純な思いからだ。
彼女と短い夏を分かち合ったように、この澄んだ秋の空と山をかけ上がるような勢いのレンズ雲も一緒に見たいと、そう僕は思った。




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秋が終わる頃までには

窓の外では色づき始めた枝葉が、風に煽られるように揺れている。
夏とは明らかに違う陽射しが木々の影を黒く、そして長く伸ばし、冷ややかな空気をそこかしこに漂わせていた。

「何を考えてる?」

窓辺に立つ悠理の華奢な背中に魅録は問う。
先程、学園祭を二人で抜け出して彼の家へ来たのだ。
普段の静かな校内とは違って、生徒も競うように盛り上げ、また外部からの来場者で賑わっていた。
今、この場所に自分達がいなくても良いと判断した二人は、生徒会のメンバーには何も告げずに下校した。

「別に」

振り向きもせずに彼女は答える。

「大丈夫なのか?」
「何が?」
「最近・・・」

そこまで言って、魅録は口を閉じる。
最近・・・そう最近、二人で交わされる会話だ。
けれど彼はそれ以上彼女に問わない。
例えその会話を続けたとしても、答えは自分には与えられないと知っていたからだ。

「夜、バンド仲間の所に遊びに行かないか?」
「う~ん」
「明日は学園祭の片付けの頃に学校へ行けばいいんだし、それまでは自由にしてられるさ。今夜だってずっと遊んでられる」
「でも・・・」
「来月ライブがあるから、奴ら遅くまでスタジオで練習してる。面白いぞ」
「今日は止めとく。悪い」

彼女は振り向き、普段の笑顔を彼に与える。

「じゃあ俺とどっか行く?」
「魅録、あたし・・・」
「うん?」
「ごめん。もう帰る」

そう言いながらも、彼女はその場を動こうとしない。
何かに急かされ、裏切られたような感じ。
空虚、あるいは喪失。
今の彼女にはそんな言葉が似合うと彼は思う。

「どこにも出かけなくていいよ。だから、ここにいろよ」
「魅録」
「何も言わなくていいよ。俺も訊かない。だからずっとここにいろよ」
「それは、できないよ」
「な・・・いや。そうか」

けれど彼女は言葉とは裏腹に動かない。動けない。
動けないままでいる。

先日こんなことがあった。
悠理が部長を務める運動部の学園祭準備で遅くなった放課後、部員に進行過程を報告書に書かせた彼女が生徒会室へ書類提出の為に入ってきた。
部屋にいたのは生徒会長の清四郎ただ一人で、報告書内容の説明を簡単に済ませることができた。

「悠理にしては上出来ですね」
「あたしが書いたワケではないもん」
「でも意図がちゃんと部員に伝わってますから」
「部員のデキがいいわけ」
「悠理の指導が良いからですよ。上に立つ者が良いと、自然に周りも整います」
「ありがと。素直に」

それから二人は、生徒会役員としての学園祭の催し物について話し合った。
ただでさえ人気を集める彼等への期待を裏切る訳にはいかない。
けれどあらゆる場所で必要とされる彼等ができることは、初日の開会式直後と思われる。
二人で企画書を作成し、翌日に役員であるメンバーに伝えようとその日は終えた。

「これからはこんな風に、悠理との時間を増やしたいな」
「え?何か生徒会としての仕事が増えたの?」

無邪気にそして純粋に訊く彼女へ、清四郎が普段は見せない微笑みを向ける。

「悠理、そうではないよ。そういう意味では、ないです」

不思議そうに彼女は首を傾げる。

「そうではなくて、僕と悠理だけの、特別な時間を増やして行きたいんです」
「・・・でも・・・」
「何か不満でもあるの?」
「だって、あたし?野梨子じゃなくて?」
「野梨子?何故?」
「だってぇ」
「野梨子と僕はいつも一対として捉えられがちですが、そうではないです」
「そうかな?だって野梨子にとって清四郎は特別だよ。そう言ってたもん」
「ふうん」

そう、野梨子にとって清四郎は特別だと、悠理は知っていた。
彼女が言うように、野梨子本人の話だ。

“清四郎は私にとっては特別な人。幼馴染みでもあり、兄妹のようでもあり、親友でもありますの。でも・・・

私はもっと深い関係を望んでいますの”

野梨子はそのように悠理へ言った。

“望まなくたって、もうそう言う関係じゃないの?はじめっから”
“いいえ。違いますの”

彼女は言う。
まっすぐ、悠理へと視線を向けて。

“私が今彼を望んでも、彼は他の誰かを望んでいるから、駄目ですの”


その時は、野梨子の言う意味が分からなかったが、清四郎との会話によって悠理は覚った。

「僕ではいけませんか?悠理。僕では悠理を満足させられませんか?」

遠回しではある清四郎の告白に、素直に悠理は喜べない。

「待って、待ってよ。満足とか、ナンとか、そんなんじゃなくて」
「では何がいけないか、説明してもらえませんか?」

答えを急ぐ清四郎に、悠理は困り果ててしまった。

「清四郎、あたしではダメなんだよ。野梨子でなくっちゃ、ね?そうでしょ」

まるで一方通行な言い訳に、今度は清四郎が困り果てた。

「悠理の野梨子への心遣いは分かりました。でもね、人を愛するって、時に筋が通らないような理不尽さもあるんです」
「・・・・・」
「確かに、悠理には時間が必要でしょう。いや、誰だってすぐには返事ができませんよね。だから・・・」

だからゆっくり考えて、悠理の素直な気持ちを知りたいのです。

そう言って彼は悠理へ眼差しを向ける。
それは熱を帯びているようで、普段とは違う、異性を感じさせるものだった。


あの時間を取り戻したいと思う。
あの日の、あの二人の時に戻れたのなら、もっと違う言葉で清四郎へ伝えられたのではないかと思う。

突然窓の外の木々が突風で激しく揺れ、悠理は現実へ引き戻される。
それから少し前の、学園祭での出来事を思い起こしてしまう。
生徒達で込み合った体育館で、彼女は野梨子と隣り合わせで歩く清四郎を見つけた。
仲睦まじく顔を寄せ合って話している二人に焦点を合わせてしまう。
その背中をじっと見詰めてしまう。
しばらくすると彼女の視線を感じたように、彼は彼女を振り返る。
まるで始めからその場所に彼女がいるのを知っていたかのように振り返った。
それからあの放課後の時のような優しい自分だけに見せた笑顔向け、彼は彼女を手招いた。
けれど彼女は、何故か振り返らない野梨子の背中を息苦しく見てしまう。
けっして振り返らない野梨子の背中は、悠理を許さないと言っているよう・・・

“あたしは、この場所にはいなかった。
清四郎の笑顔は勘違いで、別の誰かに見せてしまった笑顔だったんだ。
あたしは、はじめからこの場所にはいなくって、だから野梨子は自分の想いを清四郎に伝えることができるんだ。
だって、そう言っていたもん。
この次に清四郎と二人きりになれたなら、自分の気持ちを伝えてみますのって、言っていたもん。

だから、これでいいんだ。
あたしはこの場所に、はじめっからいなかった。
そう、これでいい。これで、いいんだ”

突然腕をつかまれて悠理はそちらへ振り返る。
その時、自分の頬に熱い滴が落ちたのを感じた。

「おい、どうした?ぼうっと突っ立ってちゃ危ないだろ?」

腕をつかんでいるのは魅録だった。
彼は驚いたように彼女を見ている。

「どうして泣いてんだ?どこか痛いのか?」

突拍子もない彼の問いに、悠理は思わず吹き出した。

「目に塵が入っちゃって。すんごく痛くて、瞬きもできなくてさ。動くの忘れてた。やっとこさ涙が出たから、取れた」

彼女の返事に、彼は安心したように微笑んだ。

「ね、学園祭、厭きちゃった」
「俺も。自分達の出番も終わったから帰ろうか?」
「うん!」


「悠理、ここにずっといろよ。何も話したくないんだったらそれでいいから、ずっと俺といてくれよ」
「魅録」
「俺はお前を裏切らない。絶対に。いつでも傍にいて、淋しい思いなんかさせない」

魅録は優しい。
でも、ダメなんだ。
今のあたしは、誰のとこにも行けないんだ。

「魅録ごめん。あたし・・・好きな人が別にいて」
「知ってるよ」
「え?」
「知ってるよ。清四郎だろ?」
「な、んで・・・?」
「だってずっと傍にいるんだぞ。メンバーの誰よりもずっと長く。知ってるんだ、そんなの。知ってて言ってるんだ」
「・・・ごめん。魅録、ごめんね」
「お前が誰を想おうと、お前の自由さ。けれど何があっても、俺はお前が好きだ。お前が別の誰かを好きでも、付き合っても・・・例え誰かに裏切られても。俺はお前を見守っている。それだけは忘れんな」
「ありがと」
「なぁ悠理、気になるなら行けばいい。思い残すことがあるならやればいい。何かを疑うなら知ればいい。辛くなったら、ここに戻ればいいから。俺はいつでも、お前を、どんな風になっても受け入れるから。俺を重荷と感じるなら、思い出さなくてもいいけどさ。けれど、もし、行き場を失ったと言うんなら・・・」
「そんな都合のいいヤツ、いないよ」
「あはは!そっか、そうだよな」
「違うんだ、魅録。あたしは誰のとこにも行かない。頑張って、気持ちの整理をしてみたいんだ、ひとりで。魅録の言葉はあたしのお守り。ちっとも重荷なんかじゃないよ。でもあたしのためなんかで、自分を束縛しないで」
「分かってるさ」
「大事にして」
「当たり前だろ」
「うん・・・なら、安心した」
「うん」
「じゃあ、あたし、帰るね」
「うん」
「また明日ね」
「ああ、明日」

彼女はドア開ける。
部屋へ外の冷たい空気が入り込む。

彼女は、静かに冷たい夜へと溶け込んだ。




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