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2017年02月

2月の空

このお話は、“夏空の飛行機雲”の続きです。。




底冷えするような雨の土曜日、僕はひとりで生徒会室にいる。
来年度の生徒会活動の予算や行程、引き継ぎ事項等をまとめるために登校したのだ。
本当は月曜日の夕方までに仕上げれば良いのだが、今日、ひとり、ここで作業をしたくなって来た。
誰にも邪魔されたくないと言うなら自宅での作業でも良いのだが、担当の顧問も職員室にいると言うので登校することに決めた。
部屋が暖まる間、簡易給湯室でコーヒーを飲むためのお湯を沸かす。
一杯分のお湯はすぐに沸騰し、自分専用のマグカップにインスタントコーヒーの粉を多めに入れた。
シューッとやかんが鳴き、火を止めてお湯をカップに注ぐと、コポコポと気持ちの良い音が出た。
僕はカップを持ちながらテーブルの向こう側の窓辺に向かう。
外はまだ雨が降り続いている。
この季節の雨は、暖かな冬のイメージ・・・なのだろうか。
雪、みぞれ?けれどそこまで気温は下がらない。
反対に、夏に降る雨は意外にも冷たいと感じるのは何故だろう。
肌に感じる気温より、ずっと冷たい。
僕は窓の外の雨を見つめ、それから空を見上げる。
空一面は雲に覆われてはいるものの、うっすらした雲間に陽が射し込んでいるのが見えた。
このコーヒーを飲み終え、書類をまとめたら、その頃には雨は上がるのかもしれない。
僕はテーブル側を振り返り、壁の時計を見る。
時計の針は午前10時42分を指していた。
テーブルに着いて立ち上げていたパソコンに向かうとすぐに集中することができた。
データをひとつのフォルダにまとめた時、遠くで飛行機が通り過ぎる音が聞こえた。
それは僕に懐かしい記憶を呼び起こす。
何だろう・・・ちょっぴり心が痛く、同時に温かさも感じる、けれど言葉では表せない・・・そんな記憶。
目を瞑り今度はその気持ちに集中する。
まぶたの裏に映る小さな光は、やがて2年前の記憶を呼び起こした。
窓の向こうの広大な青空、清々しい風、太陽の匂い。
夏、1学期の終わり、生徒会室・・・そうだ。
僕は目を開け窓辺に向かう。
窓の外は雨が上がり、青空が見えた。
澄んだ空は高く、遠くに飛行機雲が消えかけていた。

“小さい頃、飛行機雲は別の飛行機の為の道しるべを作ってると思ってた”

彼女は消えかかっている飛行機雲を見ながら、淋しげに言った。

“空で、迷子にならないように。だってあんなとこで迷子になったら大変だもの”

“大空で迷子になったら、誰が助けてくれるの?”

僕はその時、彼女から不安を取り除いてあげたくなったのを思い出す。

“飛行機に航空路があるように、悠理にも決められた道がちゃんとある。
悠理が迷う事がないように、僕が付いていてあげる”

僕は彼女にそう言ったのだ。
そしてその言葉に・・・彼女は少しだけ笑顔を取り戻したんだ。
それから、それからどうしただろう?
今日のこの日まで、僕は僕が言った言葉の通り、彼女の傍にいてあげられていただろうか?
彼女は彼女の決められた道をきちんと歩くことができているのだろうか?

僕は窓を半分ばかり開け、そこから顔を出して冷たい空気を吸い込む。
雨上がりのアスファルトの匂い。そして少しだけ、春の匂いがする。

彼女への言葉に嘘はない。
僕はあの時、彼女を見えない不安から解放してあげたかった。
そして本当に、傍にいたいと、ずっとそうしていたいと思ったのだ。
あの彼女の涙は、不安のためのものだったのだろうか。それとも・・・

それとも、やがて近づくそれぞれの歩みについて、何かしらの思惑を感じていたのかも知れない。

僕は目の前に、あの日の情景を見つめている。
見上げれば夏を思い起こす真っ青な空。
真上には新たな飛行機が、力強く水蒸気を発生させながら飛んでいる。
ジャケットからスマートフォンを取りだし、思わず彼女へと発信させる。
数回のコールで、彼女は電話に出た。

「清四郎?」
「悠理、今何してる?」
「今?今・・・部屋のソファで朝寝~」
「ねぇ、窓から外を見てごらんなさい」
「え?だって、雨が降ってるじゃん」
「雨なんて、とうの昔に上がっちゃいましたよ」

彼女はえ~と言いながら、ソファから立ち上がり窓辺に向かっているよう。
そして窓を開けた気配。

「空を見て」
「空?」
「ええ。青空に、飛行機雲が見えるでしょ?」
「ひこうき・・・ぐも?」
「ええ」

どこ?なんて言いながら、きっと彼女は柔らかな髪を左右に揺らしながらこの雨上がりの青空を見ているに違いない。

「わかんないよー。ふわふわ雲は見えるけど。でも、どうして?」
「さっき飛行機の飛ぶ音がして、空を見たら飛行機雲があってね。そうしたら悠理を思い出したから」
「あたし?・・・ひこうきぐも」
「ええ」

それから彼女は、少し考えるように静かにしていた。

「大丈夫。もう悲しくないよ。だって清四郎が言ってくれたから」
「覚えてた?僕との会話」
「今思い出した・・・うそ。時々空を見上げて、雲を見るたびに思い出してた」
「飛行機雲のお話」
「あっは」
「ありがとう」
「ううん」
「あの時ね、悠理の不安を取り除いてあげたいって思った、すごく」
「あはは。ナンでだろう?いつもおバカなのに、おセンチに見えたから?」
「深い悲しみから、遠ざけてあげたかったんだと思います」
「・・・・・だから、もう、大丈夫だって」
「良かった」
「うん」

僕は胸の奥に甘い疼き覚える。
どうしても、悠理に会いたくなる。

「せっかく晴れたし、お昼だし、一緒にランチしませんか?」
「オッケー!どこ行く?」
「実は僕、学校で資料作りをしてるんで制服なんですよねー」
「がっこー?」
「もう、終わったんですがね。悪いけど、僕の家で待ち合わせでもいいかしら?」
「いいよ。今すぐ行ってもいい?」
「もちろん。じゃ、後で」
「りょーかい!」

まるで僕の気持ちを覚ったのを知られたくないように電話が切られる。
なんて、独り善がり。

僕はもう一度空を見上げる。
飛行機雲はもう、薄れて消えかけている。
あの日の夏にはほど遠いけど、胸の奥にずっと潜んでいた熱い想いは今、勢い良く広がっているのが分かる。
早く彼女に会いたい気持ちで、僕は帰り支度を整えた。




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おもいのおもさ

放課後の生徒会室で、悠理がテーブルにもらったチョコレートを広げている。

「ほう。今年も一番たくさんもらったの?」

彼女の隣の席に座りながら、清四郎が訊く。

「さーね。美童かな?」
「数は悠理さ。質では僕だよ」

ちょっと悔しそうな美童が、テーブルに並んで座る二人の後ろに立った。

「どーでもいいもん、そんなの。バレンタインはとにかく、チョコをたくさんもらって食べるもの」
「くれた人は覚えてないの?」

美童が悠理に訊く。

「全部は覚えてない。だって靴箱に入ってたのもあるし、後は一斉に集まってくるでしょ?いちいち覚えられないよ」
「ひとりひとり、気持ちを込めて悠理に用意したんだよ。感謝しなきゃ。ホワイトデーはどうしてるの?」
「ん・・・あたしのファンクラブの代表にお返しを全部渡してお願いしてる」
「ふうん。そりゃ僕だってたくさんチョコをもらうのは嬉しいけど、ひとりひとりの気持ちだって大切にしてるつもり。全員にお返しはできないけどね。分かるだけでもきちんと返してるよ、僕は」
「うん」

少し元気がなくなった悠理の肩に手をポンっと触れ、美童はチョコレートがいっぱい入った紙袋をいくつも手に下校した。

「来年からは気を付けましょうよ、悠理」

隣で黙っていた清四郎が言う。

「でも・・・バレンタインの日は、いつも以上にたくさんの女子に囲まれちゃうんだよ。やっぱ覚えられないよ」
「ちょっと考え方を変えてみて」
「例えば?」
「そう、例えば・・・バレンタインは、女性が好意を持つたったひとりの男性にチョコレートを贈るのが本来なんだから、悠理もそうするといい。もらうのは断って」
「えー!そんなのムリだよ。チョコが食べられなくなっちゃう」
「チョコなんて、年がら年中食べられるでしょ?きちんと前もって、“今年はチョコレートはいただきません”と言っておけば、無駄なく済みます」
「げぇ・・・」
「世の中には本当に大切な想い人へ心を込めて用意したチョコレートと共に、自身の気持ちを伝える人だっていらっしゃるんです。本来なら、そのようにするんですから」
「そんなに真面目なイベントなの?」
「そうですよ」

悠理はつまらなそうにテーブルに広げたチョコレートを寄せ集める。
食べる気配はない。

「悠理も・・・バレンタインに、一番好きな人にチョコレートをあげてみればいい。気持ちが分かるから」
「だって・・・そんなの、いないもん」

しばらく沈黙が続く。
悠理と清四郎の二人っきりの生徒会室。

「好きでなくても、仲良くしてみたい異性が現れたら、その気持ちを伝えてみるとかね」

彼女は深いため息を吐く。
そうしていると生徒会室のドアが開き、魅録が入ってきた。
手にはもちろん、悠理や美童には敵わなくともチョコレートが入った袋がいくつか提げられている。

「おや、魅録も?」
「お返しはできないからって断ったんだけど。清四郎は?」
「僕ははじめからいただきません」
「冷たー!でも、それもある意味礼儀だよな」
「ま、自分が好きと思える人からなら、いただきますけどね。今のところ、いないですから」
「俺も来年からそうしよ。はっきり断るのも相手のためと思って」
「そうそう」

「好きな人にチョコレートをあげるって、どんな気持ちなんだろ?」

突然悠理がボソッと言う。
驚いたように清四郎と魅録が彼女を振り返ったとき、今度は野梨子が入ってきた。
ほんのちょっと緊張したように、頬を紅潮させている。

「野梨子?」

清四郎が心配そうに窺う。
黙って自分を見つめている野梨子に気付かない魅録は、悠理の背中に回って後ろから手を伸ばして彼女のチョコレートを奪い取ろうとふざけている。

「魅録。バレンタインのチョコレートですわ」

テーブルの向こう側から野梨子は魅録をまっすぐ見つめ、真剣そのものの表情で言った。

「え・・・?」

魅録は悠理の両肩に手を置いて、びっくりしたように顔をあげた。
一瞬、悠理の顔が歪んだのを清四郎は知る。

「悠理、ちょっと僕と席を外しましょうか?」

気を利かせた清四郎は、魅録の手が悠理の肩から離れたときに彼女の腕を取った。

「う、うん」


放課後の図書館は暖房の温度が低く設定され、ちょっと肌寒い。
呆然とする悠理を窓際のテーブル席に座らせ、清四郎もすぐ横に座った。

「びっくりしちゃいましたね」
「・・・・・」
「野梨子のこと、知ってた?」

悠理はうつむいたまま、首をゆっくり左右に振った。

「僕も知らなかったですね。彼女の口からバレンタインの話題すら出なかったし」
「・・・・・」
「どうなるんでしょうか」

それでも悠理はうつむいたまま、両手を膝の上に綺麗に並べてじっとしている。
だから清四郎も、じっと隣に座ったまま口を閉ざした。
また沈黙が二人の間に訪れる。
今度はちょっと長い。
けれど清四郎は、悠理が口を開くまで辛抱強く待つことに決めた。


「魅録、もらうのかな?」

彼女はポツンと言う。

「チョコもらったら、野梨子の気持ちももらうのかな?」

清四郎は意外にも言葉が出てこない。

「野梨子は真面目なんだから、魅録がたったひとりの好きな人で・・・だからチョコをあげるんだよね?」

落ち着いたように、悠理は隣に座る清四郎を見上げる。

「魅録の手が、急激に熱くなるのが分かっちゃった。制服越しだったけど、肩に置いた手がさ」
「うん」
「おかしくて・・・びっくりしちゃって、あたし」
「うん」

まだうまく声が出ない清四郎。
何となく、悠理の気持ちが分かる。

「うまくいくといいけどね、お二人さん」
「そう、ですね。そうですか?悠理」

清四郎の言葉に、今度は悠理が言葉を失う。


「好きな人にチョコレートをあげる気持ちよか、なんだろ、うん・・・何か、胸が苦しい」
「大丈夫?」
「大丈夫、だけど・・・誰かひとりにチョコあげるって、難しいことなんだね、きっと。勇気いるし」
「タイミングもある」
「タイミング・・・そうか」

二人はまたしばらく黙りこんだ。

悠理はチョコレートを贈ることの重さと、清四郎は彼女が知ったせつなさについて考えていた。




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