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2017年03月

 girl talk.

突然可憐から呼び出された野梨子は、緊張した面持ちでドアフォンの呼び出しを押す。
すぐにその当人が“今、開けるわ”とスピーカー越しに応えた。
ホワイトデーの夜の呼び出しとなると、誰もが悪い予感を思ってしまう。
けれど意外にも可憐の顔は普段と変わらず、茶目っ気たっぷりで舌を出した。

「ごめーん。本当に予定なかった?」
「ありませんわ。ホワイトデーだと言うのに、誰からもお誘いなんてなくってよ」
「バレンタインにチョコをあげないからよ」
「だって今年からは義理なしと男性陣が言うんですもの。お返しが大変だからって、こういうイベントは楽しむためにあるんですのに」
「あら、野梨子らしくない言葉ね。楽しむなんて」

ちょっとお茶を淹れて来るから、と野梨子を自室まで案内すると、可憐はキッチンへと向かった。
余り広くもないビルの3階に、可憐と彼女の母が暮らしている。
1、2階は店舗と事務所。母親が宝飾店を経営している。
父親を早くに亡くし母子家庭で育った彼女だが、働く母親を支えるために家事は何でもこなしている。

トレーに紅茶とスライスしたレモンを載せてくる。

「後少しでクッキーが焼けるから」
「可憐」

このままでは話したいことを避けてしまいそうな可憐との会話を本題に向かわせる。

「今日は午後から彼と過ごすんだって、放課後話してましたわね。もう終わりましたの?」
「ええ。すぐに」
「ホワイトデーはどうでしたの?何か贈られて?」
「・・・・・」

小さなため息の後、可憐は“ええ”と答える。
けれどさっきとは違って、表情が翳る。長い睫毛が揺れた。

「気持ちを・・・贈られたわ」
「あら、素敵。それで何を言われましたの?」
「これからも一緒にいようって」
「まぁ。何よりもの言葉ですわね。それで?」
「もちろんって答えて」
「ええ。それから・・・ごめんなさい、紋切り型の質問ばかりですわね」

そう言った野梨子を見て微笑む可憐は、けっして幸せそうには見えない。

「何かがあったから、私は呼び出されたのでしょう?」
「ええ」

それから可憐は自身の口元を両手で覆った。
けして泣いている訳ではなさそうだが、言葉に詰まっているのは事実。

「もう少し先の関係を彼が求めるものだから、ちょっと今、戸惑ってる」
「友達以上、恋人未満」
「ん、ちょっと違うかな」

肩を上げ、それから首を左右に振る。
言葉を選んでは発せられない、そんな感じ。

「手を握って、口づけをするだけの関係ではなくって、ですわね」

意外な野梨子の言葉に、可憐は目を見開いた。

「ええ、そうだわ。その通りよ」
「確かに・・・私達の年齢では早過ぎるように思えますわ。もちろん気持ちは分かりますけど。可憐はどう思って?」
「本当に彼を想うなら、そうなってしまうかも知れない。でも、彼の言葉をもらったときに頭に浮かんだのは“NO!”だったの」
「彼を心からまだ愛せない、と言うことですの?」
「愛情表現って、行動だけではないように思えるの」

そこまで言って、可憐の部屋のドアがノックされる。
すぐにドアが開き、彼女の母親が皿にクッキーを載せて入ってきた。

「可憐ちゃん、クッキーが焼けてたわよ。あら、野梨子ちゃんいらっしゃい」
「おばさま、お邪魔しています」
「オーブンに入ったままだったけど」
「ママ、ありがと。少しくらい大丈夫よ」

可憐は母親から皿を受け取る。
ゆっくりしていってね、と野梨子に告げると母親は部屋を出て行った。

「おばさまを見ていると、可憐の言う意味が分かりますわ」

今度の可憐の瞳は喜びで輝いていた。

「ありがとう。パパはもういないけど、ママはずっとパパを愛しているの。パパ以外、考えられないの。これって素敵なことだと思わない?パパもわたしも、ママにずっと大切にされているってすごく感じるの」
「その通りですわね」
「だからわたしは・・・結婚をする人以外、深い関係になりたくないって思ってるの」
「素晴らしいですわ。可憐のような女子からは考えられなかったですけれど」

野梨子の冗談に、可憐は楽しそうに笑う。

実はね・・・可憐は話始める。
野梨子は少し冷めた紅茶にスライスしたレモンを潜らせる。

「わたしが中等部の頃、まだペンパルだった美童に恋していたことがあって。日本に来ることになって、会ってみたらすっごく綺麗な男の子だなぁって。もっと好きになって、付き合って。そうしたらあいつもやっぱり友達以上の関係をね、普通に・・・まだ14才くらいよ!
国籍が違うって考え方や価値観が違うんだなーって。そうしている内に、ほら、すぐに女の子に手を出すでしょ?あきれちゃって。それでもわたしといるんですもの。だから悩んだ心はすぐに癒えたわ。友達の関係の方が、ずっと好きでいられるし、大切に思える仲間もできたしね。
そして分かったの。美童は、違うんだって。わたしの中では、違うんだって。
もっとずっと先に、いつか自分自身で納得できる相手に必ず巡り逢えるってね。
だから美童も、彼も違う。とっても残念だけど・・・
でもトラウマよ、美童との過去は。責任取ってもらわなくっちゃ」

そう言った可憐の顔は、普段よりもずっと美しく輝いていると野梨子は思った。

「野梨子、ありがとう。迷いを聞いてもらったおかげで、気持ちの整理ができたわ」
「いいえ。可憐は初めから答えを出していたんですのよ。正しい答えを。
可憐はおばさまの自慢の娘ですわね」

すっかり遅くなってしまった野梨子のためにタクシーを呼び、その間に可憐が焼いたクッキーを綺麗な小箱に詰めた。

「ホワイトデーの夜に、遅くしてしまってごめんね」
「気になさらないで。可憐との時間、楽しかったですわ」

「可憐ちゃん、タクシーが来たわよ」

閉店時間を迎えた可憐の母親が、階下の店舗から声をかける。

「おばさま、遅い時間まで申し訳ございません」
「野梨子ちゃん、今度は夕御飯を食べにいらっしゃいね。悠理ちゃんも連れて」
「はい。ありがとうございます」
「気を付けて」

タクシーまで野梨子を見送る。

「ほんと、ありがとう。また明日ね」
「ええ、また明日。おやすみなさい」

タクシーが見えなくなるまで、可憐はじっと立っている。
自分の考えは古いのかも知れないが、けっして間違ってはいない。
可憐の決断に彼がどのような答えを出そうとも、意思を変えるつもりなど彼女にはなかった。



2017.3.17 改稿


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常に移行する時間、そして変わらないもの

“時間を味方につける”という言葉が、最近頭を過る。
何かの小説だったのか、テレビとかネットの情報だったのか、それは定かではないが、生活の何かしらの時に先程の言葉が過る。
例えば今、僕の目の前で幼友達であり喧嘩友達でもある彼女が朝食を取っている。
厚切りのトーストに丁寧にバターをナイフで塗っている。
ハチミツのディスペンサーを見つめ、トーストに垂らそうとしているのだろう。

「悠理、コーヒーにミルクは?」
「欲しい」

僕はミルクピッチャーを手にすると、たっぷりのミルクをコーヒーに淹れる。

「ありがと」

それからポカンとした顔で僕を見つめる。
口を半開きにし、表情のない瞳で。

・・・・・

昨夜の夕食時間もそうだった。
時々、虚ろな目で僕を見つめた。
多分、まだ消化しきれていないんだろうと思う。

僕は今から留学をするために海外へ飛ぶ。
経済についてもっと詳しく海外で学びたいという僕の気持ちを彼女の兄は理解してくれ、学校を紹介し、そこでビジネス学を受講できるよう手続きしてくれたのだ。
昨夜は彼女の家族が僕の送別会を開いてくれた。
数日前には仲間も開いてくれた。
留学と言ってもそんなに長い期間ではないし、長期休暇の時には帰国するつもりだし、何より、暇を見つけては仲間がやって来るに違いないのだから、“別離”という気持ちは微塵もない。
けれども目の前の彼女は、僕の留学という現実について受け入れられていないようだ。
いや、受け入れようとしないのであろう。
それは昨夜の夕食時にも表れていた。

剣菱所有のホテルのレストランでの夕食で、僕はメインの肉料理を断り、魚料理に変更した時に彼女が言った。

「あたしも清四郎と同じのがいい」
「どうしたの?大好きなステーキでしょう?」
「うん・・・口は食べたいんだけど、喉を通りそうにないんだ」
「僕はあしたの出発に胃の負担を避けたいから、ステーキが食べたいのを我慢してるだけですよ」
「そうなんだ。けど、あたしはいらない」

そうして彼女は、重たそうに魚用のナイフで白身にホワイトソースをかけ、小さな口に運んだ。
僕はその彼女の形良い唇に、ちょっとだけ見とれた。
デザートには木苺のシャーベットとエスプレッソを頼む。
彼女は抹茶のムースとアップルティ、それだけだった。
結局彼女のご両親と会話を楽しんだだけの送別会で、用意された部屋に戻るまで彼女はあまり話さなかった。

「僕の部屋で少し話さないか?」

僕が声をかけると、彼女は“うん、いいよ”と言う。
そうして僕の部屋に一緒に入ると、彼女は二人がけのソファの端に座る。
ルームサービスでコーヒーとフルーツケーキを二人分オーダーすると、僕はベッドに腰かけた。

「明日、僕は豊作さんが待っているイギリスに出発します。彼にはいろいろ手配してもらって、卒業までとその後の事までお願いしてるので、とりあえずは一年制のスクールで学びます」
「うん。知ってるよ」
「だから留学期間は短いし、長期の休暇には帰国するし、悠理だって遊びに来るつもりでしょ」
「もちろん。そりゃあ、友達だもん」
「普段より、ちょっと遠いだけの距離」
「そうだ」
「だったら悠理、そんな淋しそうな顔しないで下さいよ」
「・・・・・」

ドアがノックされ、ルームサービスが届く。
ワゴンで室内に運んでもらい、テーブルにコーヒーセットを並べてもらった。

「寝る前だけど、コーヒーをどうぞ」
「ありがと」
「フルーツケーキは?」
「食べれるかな?目はおいしそうと思うけど、喉を通らない感じ。さっきのご飯だって、好きなものだけでもと思ったけど。なんだかもう、たくさん」
「どうしてだろう?どうして大好きな食事が取れないんだと思う?」
「胸がちょっと苦しくって、お腹が空かないから」
「うん。じゃあ、どうして胸が苦しくて、お腹が空かないんだと思う?」
「・・・・・」
「僕がいなくなっちゃうからかしら?」
「・・・・・」
「きっと、そうなんだと思います。僕が留学することが受け入れられない」
「頭では分かってるんだけど、胸の辺りがザワザワしちゃうんだ」
「やっぱりご飯と一緒で、消化しきれていないんだね。僕の留学」
「そうかな」

それから彼女は少しの時間、泣いた。
声を殺して両手で小さな顔を隠し、今までにないような泣き方で。
僕は自分の分の冷めかけたコーヒーを飲み干し、そのカップに彼女のコーヒーを淹れ、コーヒーポットの温かなコーヒーを彼女のカップに注いだ。
ミルクポットからたっぷりのミルクを淹れる。
顔を覆う彼女の両手を力が入らないようにして外し、その手に温かなコーヒーカップを掴ませた。
彼女の両手に、僕の両手が重なった。

「必ず、悠理やみんなの元に戻ります。必ず。僕を信じて欲しい」

彼女の澄んだ瞳から、大粒の涙が零れた。

翌朝。
冒頭の朝食時間に戻るのだが、彼女は昨夜の僕の説明では納得できていないようだった。
朝食の席で顔を合わせると、腫れぼったい目が全てを物語っていたからだ。
ホテルのエントランスでタクシーのトランクにキャリーバッグを入れている時、傍で見ていた悠理が口を開く。

「長期休暇は別として、ほんとに帰って来るのかな?」
「どうしてそういうこと言うの?」
「だって、豊作兄貴が・・・」
「豊作さんがどうしたの?」
「清四郎の留学後の状況に応じて、海外事業部のメンバーに加えるって」
「そう?僕は聞いてないけどな」
「だって・・・」
「まだ、先のことでしょう?それに豊作さんは状況に応じてって言ってる。そうするとは言っていない」
「けど」
「状況は常に変わるものだし、片一方だけの問題ではないと思うんです」
「うん」
「あちら側の状況だけでなく、こちら側、僕側だって状況が変わる可能性も大いにある訳で、一概には言えない。悠理にとって、どちら側でも不安要素なのでしょうけれど」
「・・・・・」
「悠理の状況も今と変わる可能性もある。時間は常に動いているのだからね」

エントランスに爽やかな風が通り過ぎる。
春の、甘い匂いが漂っている。
あるいはそれは、彼女の香りだったのかも知れない。
僕はタクシーの運転手に、タクシープールで待つように伝える。
そして彼女を、ロビーまで送った。

「時間を自分の味方につけるといい」

僕は、最近頭に過る言葉を口に出してみる。
声に出すことによって、それは形成されたもののように思えてくる。

「そしてそれは、常に変わるものとして捉える。僕は、留学したままじゃないし、海外事業部のメンバーになるのは一つの提案に過ぎない。時間は常に移行し、状況は変わる。一年後には悠理が留学し、いつか海外事業部のメンバーになるかも知れない。もちろん先のことなんて、誰にも分からない」
「そうだね」

先程までの淋しそうな顔の彼女に、ほんの少し明るさが戻る。

「そんなに僕の留学が心配なら、悠理も一緒に来ればいい。豊作さんに言えば何とでもなるでしょ?通える学校なんていくらでもある」
「ええっ~!!」
「今すぐでなくても、将来的には僕のアシスタントを務めてくれたって良いですよ。むしろ、そうしてくれるとありがたい」

彼女の笑顔は、真夏の太陽のように輝いている。

「ね?時間を味方につけると、自分の良いように変えることだってできる」
「うん!」

僕は彼女の愛らしい頬を両手で包み込む。

「一緒に、世界中を歩きましょう」

彼女の瞳を見つめると、恥じらうように瞼を閉じる。
僕は彼女の艶やかな唇に自分のそれを重ねる。

全てはきっとうまく行く。

今度はその言葉が、頭を過った。





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