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confusion

とにかくそれは、郊外にあるホテルの一室から始まる。
今二人は、ダブルベッドの上で絡み合っている。服を着たまま、お互いの肉体を求め合っているのである。
こめかみや首筋への愛撫。戦慄を受ける身体。
現実の喪失・・・


CONFUSION


あの日、それは二人がたまたま街で出会い、たまたまそういう雰囲気になってしまっただけのこと。
誰かを傷つけようとか、何かを壊してしまおうなんて考えていたのではない。
不満があるわけでもない。
魔が差しただけ・・・


その日はいつもと変わらず六時に起き、バスルームで顔を洗うとキッチンに向かった。学生の頃とは彼女自身でも驚くほど変化した生活。今では慣れてしまった生活。
彼女はその日も同じようにキッチンに入り、ベーコンと卵を焼き、レタスとキュウリとトマトのサラダを作る。朝日が当たるテーブルの上のバスケットに、数種類のパンを入れた。珈琲を作り、砂糖とクリームを用意し、冷蔵庫からミルクとオレンジジュースを取り出して時計を見る。六時四十分。
そろそろ夫が起き、子供が起こされる。七時前には三人で朝食の席につく。
いつもの光景だ。変わらない光景。今では当り前の光景。

「ママ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよ!」

何があっても朝は笑顔でいよう、と彼女は思う。  
間もなく六歳になる息子は、棚に置いてあったコーンフレークの箱からざらざらとそれらを皿にあけ、ミルクを溢れるように入れる。

「卵くらい食べなきゃ駄目だよ」
「分ってるよ。でもこれしか入らないんだ」

ミルクですっかり柔らかくなったコーンフレークをスプーンでずるずる食べる。

「夜、寝る前におやつを食べるからですよ」
「ママが食べるからだよ!」
「あたしは夜食べても、朝はちゃんと食べるぞ」

そうして三人で笑う。幸せな日々。

そんな当り前で幸せな日々がいつまでも続くと思っていた。
心に翳りなどない幸せな日々・・・

あの日、久しぶりに街で偶然悪友に再会しなければ・・・・・


彼女の太腿に男の硬い欲望が感じられる。
彼女の耳には男の荒い息づかいと、知らない衣擦れの音が聞こえる。
全てが、全てが現実を喪失している。

男は彼女の薬指の束縛が憎く感じられた。
指輪の内側にある、何年も前から知っている親友のイニシャル。
男は彼女の薬指を乱暴に握り締めると、唇に触れてから軽く噛んだ。

「あ・・・痛い!」

手を引く彼女のそれを強く引き寄せ、両腕の自由を失わせると彼女の細い首筋に愛撫を与え、その下へと進む。
彼女はけっして快楽に溺れる喘ぎ声を出さないよう、咽喉もとでそれを押し留めていた。

絶対自分のものにならない女。
昔から、そしてこれからも。
肉体は繋がるかも知れない。でもけっして精神は繋がらない。

激しい男の愛撫に、夫によって熟されて女の身体になった彼女は強く反応した。
二人は乱れた服を纏ったまま激しく絡み合う。

その時メールの着信音が鳴った。一瞬二人の動きが止まる。

「電話?」
「ううん、メール。大丈夫、後で、見る」
「見てみろよ」
「でも・・・」
「いいから」
「ん・・・」

男は彼女から離れ、ベッドサイドに置いてある煙草を手にする。
彼女はジーンズのポケットから携帯を取り出した。
夫からのメールには写真だけが添付してある。

「カブトムシ・・・?」

彼女の囁きを聞き取れずに男は顔を寄せた。煙草に火はつけていない。

「どうした?」

今度は電話の着信音だ。
携帯の液晶画面には夫の名。

「出ろよ」
「ん・・・」
「早く」
「分ってるよ・・・」

彼女は乱れた襟元を直し、ゆっくり通話ボタンを押す。

「もしもし・・・」
『ママ!見た?』

その声は自分の愛する子供のもの。

『ママ!僕だよ!送った写真見た?』
「ん・・・う、うん。もちろん見たよ。すごいな。」
『僕のカブトムシだよ。パパより先に見つけたんだ。捕まえる時、ちょっとだけパパに手伝ってもらったけど・・・大きいでしょう?パパのよりずっとずっと大きいんだ。
ママ、早く帰ってきて!どこにいるの?パパとかわるよ』

彼女の息子は無邪気に話す。その言葉一つ一つ、彼女の心に深く突き刺さる。

『今どこにいます?僕たちは今からホームセンターに行って、飼育ケースと必要な物を買い揃えます。すぐに帰ってこられる所にいるんですか?一緒にカブトムシの家を作りましょう』
「分った。今すぐ戻るから。買い物したら家で待ってて。すぐ、すぐ戻るから」

彼女はゆっくり電源ボタンを押した。
襟元を抑え、俯いたまま男に言う。

「・・・ごめん・・・ごめん・・・」
「・・・馬鹿。謝る相手が違うだろ?」
「ん・・・でも・・・ごめん・・・」

男は彼女の肩に手を置いた。ビクンと身体が張る。

「謝るな。惨めになるだけだよ、お互いに。
忘れよう・・・って無理だけどさ。俺達の胸に留めておこう。もう、二度とこんな事が起こらないように、さ」

彼女は今二人が座っている、さっきまで波打っていたベッドを指で触れ、応える。

「・・・・・分った」
「先に部屋を出ろ」

彼女は一度も振り返らずに部屋を出た。


あの初夏の日、あの日以来、彼女は心に陰りを持ったまま朝を、同じ朝を迎えている。

「ママ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよ!」


あたしの罪はどんなに時間が経っても消えない。記憶も肉体の感触も。
でも、どんな事があっても笑顔で二人を迎えよう。それで罪の報いが消える訳ではないけれど、明日もこれから先・・・いつまでも・・・
精一杯、二人だけを愛していこう。二人を失わないように、自分を失わないように・・・

                               




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