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恋心の忘れ方 4

何度かママのお店を訪れた。
わたしがお手伝いしていると、決まって来店してくれたように思えてたの。
指のサイズを測るのも、リングのデザインや着けた雰囲気を見るのも、いつもわたしの指で試すから、ひょっとしてって思ったの。
ひょっとして・・・わたしへのプレゼントを決めているのかしらって、勘違いしていた。
来店時はいつも彼独りで、わたしを見つけると気さくに片手を上げた。
素敵な笑顔とカジュアルなスーツが似合っていて、それでいて品の良さを感じていたわ。
何度も何度も慎重に、指のサイズとデザインを見ていた。
“よし、これに決めたよ”って言った時、彼の頬がちょっとだけ紅くなった。
そしてわたしの手を取って、リングを見つめて、“とってもよく似合うよ”って。
だからわたし、“ありがとう”って思わず言ってしまったの・・・
綺麗にラッピングして、メッセージカードを用意して、彼は言ったわ。


「ここで彼女へのメッセージを書いてもいい?」
「もちろんですわ。そちらのテーブルでどうぞ。今、コーヒーをお持ちします」


給湯室でコーヒーを作って、トレーにカップを載せて、心踊らせて彼のもとに行った時、わたしの独り善がりは終わったと知った。
だってメッセージカードには、わたしではない彼女の名前が書いてあったから。
プレゼントを贈るのは、わたしではない他の誰かと知ったから。


「君のおかげで本当に助かったよ」
「いいえ、どういたしまして。どうぞお幸せに」


彼はいつものように、片手を上げて去って行った。
笑顔もまるで変わらない。
とても楽しそうに。とても幸せそうに。
明日から、ここには来ないと分かっているのに。
わたしと、もう会えないって知っているはずなのに・・・

彼とはママのお店でしか会ったことはない。
リング以外の話もしたことはない。
触れるのはいつも互いの指先で、それ以上の進展なんかもちろんなかった。
けれどとっても嬉しかった。
わたし自身、不思議とそれ以上を強く求めなかった。
ただママのお店で会えることが、とても幸せに感じたの。

心の中に、ぽっかり穴が空いた感じがした。
何を失った訳でもないのに。今までと全く違う日常が訪れる訳でもないのに。
けれど、もちろんだけど、涙は出なかった。
ちょっぴり切ないけれど、焦燥感も嫉妬心もなかった。
時間が経つと、彼と、会ったこともない彼女の嬉しそうな姿が想像できた。
幸せになって欲しいと、心から思えるようになれたの。

そうしたある日、悠理が突然お店に入って来た。
失恋記念に、アクセサリーを買いに来たって。
誰の為でなく、自分だけの、世界にひとつだけのオリジナル。


「タマ&フクじゃなくていいの?」
「うん。シンプルで、あたしだけに分かるヤツ」


さんざん迷って、細いシルバーの喜平ネックレスに、トップは悠理がデザインした葉を象ったもの。
銀細工をしているママの友人に頼んで、一週間で作ってもらった。


「意味は?」
「冬は・・・木の枝に葉っぱがないだろ。裸ん坊で寒そうだし、淋しいから」
「そう。今、あったかいホットチョコレートを作って来るわ」


ホットチョコレートが入ったカップを差し出すと、悠理は香りを楽しむように目を閉じて息を吸い込んだ。
その姿がびっくりするくらい大人っぽくて綺麗だった。


「ありがと。あったまった」


店内は充分に暖かいし、外だってそんなに寒くはないはず。
きっと・・・悠理の心が冷えきっているのね。


「おかわり持ってこようか?」
「ううん。もうたくさん」


それから悠理は、おもむろにトレーに置いてあったネックレスに手を伸ばし、華奢な首に回して留め金をかけた。
すっと時間が止まったように静まり、しっくりとネックレスが悠理の首に留まる。
やがて時間は思い出したように動き始め、周囲の音が戻った。


「ねぇ可憐、心の中に残されたままの想いを追い払うには、どうしたらいいと思う?」


わたしは驚きを表情に出さないようにして心を落ち着け、ショーケースの向こう側の壁を見つめた。
木目調の壁には海外の風景を写したカレンダーが貼ってあり、日付の部分には、ママが赤ペンで丸く印を描いている。
あの中には、確か彼が来店するかもしれない日を、わたしも記していたはず・・・

もう二度と会えない彼のために付けられた赤い印。


「時間が、心の中に残されたままの想いを包んでくれるの。
悠理を痛めつける、想いの回りにあるちくちくするとんがりも一緒に包んでくれるわ。
そして時間はゆっくりそれを削り取って綺麗にしてくれて、心の中にある引出しにしまってくれるの。
もちろんそうなるまでは時々思い出しちゃって、想いを引出しから取り出して、眺めては涙を流す。
でもその涙も時間が乾かしてくれる。
想いはしまってあるだけで、なくなってしまう訳ではないの。
ずっとずっと、心の中の引出しにあって、それは悠理だけが知っているのよ。
やがてその想いは熟して、“いとおしい記憶”になって、悠理を豊かに成長させてくれる。
そういう想いは、たくさんある方がいいの」


きっと、わたしも、そう。

悠理はわたしをまっすぐ見つめる。
その大きな茶色い瞳は、今までにないほど澄んでいた。


「心ん中に、残ったままでもいいんだね」
「ええ。いいのよ」


瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。






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