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~monologue~

洗面所に行くと、誰かがシャワーを浴びていた。
見ると洗濯籠には清四郎のバスタオル。
シャワーを浴びているのは、清四郎だ。
あたしは気にせずに歯磨きを始める。
あいつの裸なんて興味ないし、浴室から出そうになったらここから出ちゃえばいい。
鏡に向かって歯を磨いていると、清四郎の声が聞こえてきた。


“緑を抜けると深い青があって その先には行けない

振り返ると空 横には森 もう戻ることはできない”


あたしはびっくりして浴室の折れ戸に耳を寄せる。
名前を呼ぼうとして、でも蛇口を閉める音がして急いでそこから出た。
台所で口をすすいでいると、後ろから野梨子が声をかけてきた。


「悠理ったらこんな所で歯磨きですの?」
「うん。清四郎がシャワーを浴びていたから」


あら、と言ってやかんに水を淹れる。
乾燥を防ぐために、リビングの丸い石油ストーブの上に置くんだろう。
こう言う気遣いは、野梨子だけだから。
何となく野梨子に続いてリビングに入ると、清四郎がさっきのタオルを肩にかけてソファにだらりと座っていた。


「さっきドア越しに浴室覗いてたでしょ?」
「んげぇっ!」
「エッチ」
「ば、バカ言え!何かしゃべってっから、自分に話しかけてんのかと思ったんだい」
「しゃべる?僕が?」
「ひとりごと、だったのか」


清四郎の横に座った野梨子が、くすくすと口に手を当てて笑う。


「そう、ひとりごと、ですわ。清四郎はシャワーの時、いつもですもの」
「いつも?」
「ええ。幼い頃から菊正宗家には出入りしていたでしょ。悠理みたいに知らないで洗面所に入ってしまった時とか、今でもこうしてコテージに来た時とか。
そう言う時に、清四郎のひとりごとが聞こえてきますの」
「僕は何て言ってるんですか?」
「内緒ですわ」
「教えて下さいよ」


野梨子はまた上品に笑う。
清四郎も楽しそうにしている。
あたしは二人のやり取りを見るのが辛くなった。
清四郎がいつもの清四郎じゃなくて、どこか遠くの知らない人に見えた。
野梨子も、清四郎側の人間に思える。
あたしは自然を装って、リビングを出た。
お手入れ中の可憐がいる部屋に戻るのもイヤだったし、春と言っても夜はまだまだ寒い外には出たくなかったから、しかたなくランドリールームに入った。
ここはとってもあったかいし、アイロンがけ用の椅子があって意外とゆったりスペース。
窓辺には一人がけ用のソファまである。
あたしはソファに後ろ向きに乗って窓の外を眺める。
でも外は真っ暗で、自分の吐く息で窓は真っ白になった。

あたしは白くなった窓ガラスに、さっきの清四郎のひとりごとを指先で書いてみる。


“緑を抜けると深い青があって その先には行けない

振り返ると空 横には森 もう戻ることはできない”


自分でも驚いちゃったけど、ちゃんと覚えている。
あたしって、すごい。
でもその文字は、すぐに消えた。


「何してるの?」


びっくりして振り返ると清四郎が立っていた。


「な、ナンでもない」
「うそ。窓に何か書いてたでしょ」


あたしは焦って背中で窓ガラスを隠したけど、文字はすっかり消えていたことを思い出してパッと体をよけた。


「ね?ナンにもな~い」


清四郎はイタズラっぽく笑って、一人がけのちっちゃなソファに乗っているあたしの横にムリヤリ入り込んできた。
そして窓ガラスに向かってはぁーっと息を吐いた。
あたしの下手くそな字が、白く曇ったガラスに浮いた。


“緑を抜けると深い青があって その先には行けない

振り返ると空 横には森 もう戻ることはできない”


「詩?有名な言葉?」
「ううん」
「じゃあ、何」


あたしが返事に困っていると、清四郎が察して振り返る。
でもスゴく接近していたから、清四郎の顔が間近で、頬が熱くなるのを感じた。


「ひとりごと」
「うん」
「僕の」
「うん」
「そうか。こんなことを言ってたんだ。野梨子が、いつも僕が同じこと言ってると、さっき」
「ふうん。どういう意味だろう」
「うーん。結構ネガティヴ」


思わず笑ったら、体がふらついた。
けど、清四郎があたしの背中に腕を回して支えてくれた。


「意味なんかないんじゃない?」
「そうかな。もしかしたら、僕なりに不安を抱えてるのかもしれない」
「ずっと?小さい頃から?」
「ん・・・あるいは、子供の頃に覚えた詩とか歌とか、かな」


あたし達はしばらく並んで、文字が消えたガラス窓を見つめていた。
こうしていると、さっきの空しさはなくなった。
ランドリールームと清四郎の温もりが気持ちよかった。


「意味なんか分かんなくたっていいと思うよ」
「どうして?」
「きっとあれは、清四郎の素直な思いなんだ。そしてそれは、いろんな形で、みんな持ってるんだと思う」
「そう、そうですね。悠理の言う通りだと僕も思います」
「完璧な人間なんていないよ。完璧さを目指すのはいいけどさ」


清四郎はあたしに顔を更に近づけて、目を覗き込む。
今度は耳まで熱くなるのを感じる。


「今日の悠理は、先生みたいだ」


そう言った途端、二人で吹き出した。

リビングから、野梨子がお茶が入ったと呼ぶ声が聞こえた。





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