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夢を見させて 2

浴室から出ると、悠理がキッチンでコーヒーを淹れていた。
僕はダイニングテーブルに着き、新聞を手にする。


「食事は?簡単に作ってあげようか?」
「いえ、どこか途中で取ります。コーヒーだけでけっこう」
「ふうん。ねぇ、今夜は早く帰って来れる?」


手渡されたコーヒーカップを見つめながら今夜の予定を思い出す。


「多分遅くなります。スタジオで撮影があるし、コピーライターと新聞広告の件で打ち合わせないといけない」


嘘ではない。
けれどそれは十九時位までで終わる予定だった。


「ずっと一緒に夕食を取れてないよ。別のスタッフに代わってもらえないの?」
「無理ですね。最終的には僕の判断が必要だし、時間がないから」


コーヒーを飲み干し席を立つ。


「そろそろ行きます」
「うん。分かった」


僕は悠理に背を向けて着替えの為にベッドルームへ向かう。
今夜の野梨子との約束に少し後ろめたさを感じながら。
着替えを終えてリビングを覗くと、悠理がソファにぼんやりと座っているのが見える。
淋しそうなその姿に、思わず近付いて隣に座った。


「忙しくて、すまない」
「ううん、いいよ。仕事だから」


彼女は僕を見上げて微笑んだ。
心が締め付けられるように痛む。
僕は彼女を抱き寄せ、柔らかな髪の毛に口付ける。


「明日の夜は一緒に過ごそう。何とか時間を取るから」
「うん。約束だよ!」
「ええ。悠理の好きなレストランを予約しておいて下さいね」
「分かった!任せて。美味しいお店探しとく」


悠理は嬉しそうに僕を玄関まで見送った。



昨夜と同じ時間にその店に行くと、野梨子はまだいなかった。
全く同じ席のカウンターで、コニャックのストレートを注文する。
腕時計を何度も確認したが、時間に間違いはない。
僕は本当に野梨子とこの場所で会ったのだろうか。
昨夜の会話は?そして今日の約束は?
全て僕の錯覚だったとは考えられないだろうか。
不安を覚えながらカウンターに両肘をついて額を押さえていると、誰かが僕の肩に手を触れた。


「遅くなってごめんなさい」


顔を上げるとそこには野梨子が立っていた。
深い青色のワンピースを着て、背中に長い黒髪が広がっていた。
以前と変わらず小柄ではあるが、しっかりとした女性になったのが分かる。


「来てくれないかと思った」
「ちょっと仕事が立て込んでいて。ごめんなさい」
「忙しいの?大丈夫ですか?」
「ええ、もう大丈夫」


野梨子も昨夜と同じ席に座ると、コニャックのストレートを注文した。


「ここにはいつも来るの?」
「いいえ、昨夜が初めて。近くの知り合いの所には時々行きますけど」
「僕も。前から気になっていたので。昨夜初めて入りました」
「偶然でしたのね」
「ええ、偶然」


僕は野梨子との偶然を密かに喜んだ。
彼女の前にコニャックの入ったグラスとチェイサーが置かれる。
僕達は同じようにグラスを上げて言葉なく乾杯した。
琥珀色の液体が野梨子の細い喉を通るのを想像する。
けれどそれは彼女の体に浸透する事がないように、全く顔色が変わらなかった。


「そんな飲み方、どこで覚えたんです?」
「どこで?さあ、どこだったのかしら。覚えてませんわ。けれどこの飲み方だと時間が長引かないでしょう」
「長引くとは?」
「水割りだと飲みやすくて、いつまでも飲んでいたくなりますもの」


僕は彼女の答えに思わず笑ってしまう。


「野梨子らしいですね」
「ええ。でもきっと、魅録がそうさせたんだと思いますわ」


僕の顔から笑顔が滑り落ちるのが分かる。


「魅録にはいつも時間がありませんから。こうしてお酒をストレートで飲んで、短い時間でお別れしなくてはなりませんの」


店内に静かに曲が流れる。昨夜と同じ~moonlight serenade~が。


「忙しいから。時間がないから。それが野梨子達の別れた理由とは、納得いきませんね」


僕が知る二人なら、何故そんな理由で別れるのであろうと考える。
例えどんなに過酷な状況に於いても、この二人は裏切り合う事はないと思えるのだ。


「魅録は、私の後ろに誰かを見ていましたの」
「え?」


野梨子は二杯目のコニャックに氷を入れるようカウンター越し言う。


「今夜はちょっとだけ長引きそうですから」
「魅録が、何です?」


彼女がグラスを受けとると、カランと氷が気持ち良くなった。


「あの人は私を誰かに見立てていますの。その誰かは自分の思い通りにはならなくて、だから私を代わりにして私を束縛する事で安心を得ていたんですわ」
「それは事実なんですか?」
「多分」
「多分って・・・その誰かって言うのは僕も知っている人なんですか?」


氷がまた音を立てて崩れる。


「清四郎も私もよく知ってる人。無邪気で正義感があって、本当の優しさと愛を持っている」


“ああ、やはり”と僕は思う。
やはり魅録は彼女に好意を持ったままでいたのか。
僕と魅録が知り合った中等部から、彼女の事で競い合っていた。
でも友達のままでいようと、選ぶのは彼女に任せようと決めていた。
彼女の想いの方向が僕へと向かい始めたのをきっかけに、魅録は彼女から離れ、密かに彼に想いを寄せていた野梨子と付き合いだした。


「今でも、時々こんな感じに魅録と会っていますのよ。お友達として。だからもう彼は私を見立てたりはしませんわ」


一度は恋人同士として心を通わせていながら友達に戻り、どんな気持ちで会うのだろう。
魅録はまだしも、野梨子に彼を想う気持ちがあるなら辛いに違いない。
彼女の心中は計り知れない苦しみで一杯だろう。


「清四郎達はどうですの?婚約会見は拝見しましたけど、結婚はまだでしょう?」
「ええ。来年辺りには、悠理と正式な形にしたいと思っているんです」
「良かったですわね。おめでとう」


僕は新しいコニャックを注文し、チェイサーの水を飲む。


「野梨子、今の僕はね、先を追うよりも確実な安心感で包まれていたいんです。
慣れ親しんだ空間の中で、競い合う事なくゆったりと過ごしたい」
「それはこれから、悠理と共に築き上げて行けば良いのではなくて?」
「彼女と?今の生活をこのまま過ごしていたら、本当の自分を見失ってしまいそうだ」
「それはどういう意味ですの?悠理との生活を捨ててしまいたいと?具体的に言ってくれませんと分かりませんわ」


僕は言葉に詰まる。
そして本当の自分の気持ちを探す。
野梨子との突然の再会が、僕を狂わせているのか。
答えに躊躇していると、店内に流れる曲の音量が少し高くなったように思えた。



~君の家の門に立ち 歌うは月影の唄

六月の夜

君の手のぬくもりを感じるまで

僕はいつまでも ここで待つよ~



ハスキーなヴォーカルが、僕の胸の奥に届いた。





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