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夢を見させて 3

硬いマットで痛む背中が気になって目が覚めた。
普段とは違う周りの光景に一瞬目を疑ったが、すぐにそこが会社の自分専用の仮眠室だと気が付いた。
痛む体を起こし、小さな窓から入る陽射しを眺める。
壁の時計は午前六時少し前を示していた。
僕はベッドから降り、窓のカーテンを開ける。
窓の外はまだ汚れていない、澄んだ空気で満ちていた。
隣にあるシャワー室でシャワーを浴び、ロッカーに入れて置いた昨夜とは違う下着とスーツに着替えた。
ベッドを軽く整え、地下にある喫茶店まで階段を使って降りた。
会社には既に出勤している社員が数人おり、早朝から営業しているこの喫茶店で朝食を取っていた。
僕は適当に挨拶をして奥の席を陣取ると、入り口へ背中を向けて座り、誰にも話しかけられないように新聞を広げた。



「清四郎は一番大切なものを手に入れておいて、手放してしまいますの?」


昨夜の野梨子との会話が甦る。


「不自然な気持ちがするんです。隣にいるのが悠理だと」
「それは、どういう意味ですの?」
「ずっと、幼い頃からずっと、隣にいるのは野梨子だった。それが当たり前の事だった。だから気が付かなかったんです。本当に大切な人がすぐ傍にいる事を」
「清四郎にとって本当に大切な人は私だと気が付いたんですのね」
「ええ」
「それで私をどうしますの?悠理と別れて私と一緒になりますの?でもいつか、またそうではなかったと気が付いたら?
魅録と同じように、私を悠理の代わりにしますの?見立ててしまいますの?」



いつの間にかテーブルに並べられたモーニングセットがすっかり冷めているのに気が付いた。
僕がコーヒーに口を付けた時、悠理からの着信を取ると、今夜の予約したレストランを告げられた。
彼女には仕事で遅くなって家には帰れなかった事、今夜は予約した時間より少し遅れる可能性はあるが必ず行くと言って電話を切った。
その日は思った以上にスムーズに撮影等が進み、悠理と約束した時間に間に合うように仕事が終わった。
けれども僕はすぐレストランには行かず、会社の仮眠室から野梨子と過ごした店へ電話を入れてみた。
店の者に彼女の名を告げて来店しているかどうか訊ねてみたが、そのような客は来店していないと言う。
僕はまたかけ直すと言って電話を切った。
約束のレストランへ行くと、悠理はすでに椅子に座って待っていた。
彼女は薄化粧をし、大振りの真っ白なシャツにタイトな黒のスラックスを穿いていた。
胸元が大きく開き、透き通るような肌が見えた。
左の薬指には、僕が贈った婚約指輪が光っている。今夜身に付けている唯一の宝飾だった。
僕達はそこでゆっくり食事をし、少しだけワインを飲んだ。
悠理は嬉しそうに近況を話す。
彼女も野梨子と同じように母親と共に働いている。
ただ今は、僕との結婚に向けて準備をしている方が主だった。
食事も後半になった時、彼女の笑顔が消えかけた。


「ご飯終わったらどうしよっか?また仕事に戻るの?」
「悠理はどうしたいの?」
「あたしは・・・清四郎に任せるよ。ワガママ言わないもん」


僕は彼女へと手を伸ばし、その左手に重ねた。


「今夜はね、悠理。とっても素敵なプレゼントを用意していたんです」


僕はそう言うとレストランを出た後、彼女をタクシーに乗せた。

悠理を抱いたのはいつだったろうと思いながらシャワーを浴びる。
一ヶ月前、あるいはもっと前だったかも知れない。
彼女は突然の僕のプレゼントに戸惑いながらも、驚きと喜びを隠せずにいた。
食事の後、僕は急遽予約したホテルへと彼女を連れて行った。
スウィートルームとはいかなかったが、充分な広さの部屋を確保できた。
部屋へ案内されて二人きりになると、僕は悠理を抱き上げ、その広いベッドまで運んだ。
彼女が達するまで時間をかけて深く交じり合い、それを何度か繰り返すと、彼女は満たされたように安心して寝入った。

時間は午前二時。僕は例の店へ電話をかける。
けれど野梨子らしい客は、今夜は来なかったと告げた。
ソファに身を投げ、また昨夜の事を回想する。


「清四郎、私の気持ちはどこにありますの?」


野梨子は氷の間を流れるコニャックの行方を辿るように視線を動かす。


「魅録の時もそうでしたわ。私の気持ちは、いつも行き場がありませんの」
「野梨子、すまなかった。僕の勝手な想いは、あなたに迷惑をかけているんですね」
「想いは、自由ですわ。けれど責任を取らなければなりません」


今は愛せないと感じても全力で責任を取る、それが清四郎にとって必要だと思うんです。


「悠理への責任、と言う事ですか?」
「それは清四郎が一番分かっていらっしゃってよ」


野梨子はグラスのコニャックを飲み干す。


「私、明日から地方へ出張ですの。母様のご友人に呼ばれてますから、ここへはしばらく来れませんわ」


そう言って席を立つと、見送ろうとする僕を遮った。


「私を探さないで」


確かに彼女は口にした。
けれど僕にはその時、言葉の意味が理解できなかった。
悠理と過ごした日から数日間、僕は例の店を訪れたが、やはり野梨子は来なかった。
出張と告げられても府に落ちず、思いきって白鹿家へ電話を入れた。
信じられない返事が耳元へと届く。


「お嬢様は数年前から体調を崩しておりまして、旦那様が持つ地方の別荘で療養中でございます」


冷静を保てず、幼い頃から知るその家政婦に何度も野梨子の居場所を問う。


「例え清四郎お坊っちゃまでも、お嬢様の居場所を伝える訳にはいきません。申し訳ございません」



~薔薇がセレナーデに合わせて踊っている

星は光り輝き

今宵  どんな夢を見せてくれるのであろう?~



脳裏に、詩が響いた。





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