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優しい風の中で

高く澄んだ秋空に、入道雲が紛れ込んでいる。
よく見なければ見過ごしてしまいそうなその雲は、けれども他の雲に見劣りすることなく堂々と存在していた。
夏を思い起こしそうなほど強い日中の陽射しでも、木陰にはひんやりした空気と淋しくも優しい陽が射している。
この季節になると必ず思い出す事があって。
切なくも甘い、大切な想い・・・



まだ中等部の頃だったと思う。
一年か二年の秋の校外学習だ。
生徒達はその日、秋になると美しく色付く木々の葉について学んだ。
校外学習とは言うものの初等部の遠足の延長線で、学校からバスで山の麓まで行くと後はおしゃべりをしながら低い山頂近くまで散策した。
途中講師や先生の説明もあったが、正直教科書通りの説明は退屈で、レポートも紋切り型で皆同じように終わってしまうのが目に見えて分かった。
それでも午前中は一通り予定通りに進み、山頂で自由に昼食を取ることになった。
僕は当時の生徒会の仲間と弁当を食べ、午後の予定を担任と確認し、その後すっかり一人で行動させていた野梨子を捜しに向かった。
思った通り、彼女はクラスの仲間から離れた所のベンチに一人で座っていた。

「お弁当は?」

後ろから声をかけると驚くことなく振り返った。
てっきり一人ぼっちさせた僕に腹を立てていると思ったら、にこやかな笑顔が僕を見つめていた。

「養護教諭といただきました。私達の年齢に起こる思春期や反抗期について教えていただきましたの。今日の校外学習よりずっと勉強になりましたわ」
「それは良かった。で、先生は?」
「さっき怪我をした生徒がでましたから、そちらに行きましたわ。午後も先生と歩くことにしましたの」

少し皮肉めいて聞こえたので、午後は一緒に行動できると言った。

「大丈夫ですわ。清四郎は学年会長ですもの、執行部の方と行動した方が到着した時に式をまとめたりしやすいでしょう」

でも、と言いかけた時、遠くから養護教諭が野梨子の名を呼んだ。

「きっと手伝って欲しいんですわ。私、先生の所へ行きます。清四郎、今日は私のことは気にせずに下校して下さいませね」

彼女はもう一度僕に微笑んで見せ、ベンチから立って去って行った。
同じように僕も担任に呼ばれ、程なく点呼の時間だから遠くへ行っている生徒に声をかけるよう頼まれた。
僕は少し離れた場所まで足を運び、注意深く辺りを見回した。
見かけた生徒全てに集合場所へ戻るように声をかけ、もう少し先まで確認してみようと足を進める。
けれどもう生徒達の気配がないように感じ、戻ろうと振り返った時、視界の隅に誰かが見えたように思えた。
僕は確かめる為にその方へ真正面を向き、じっと耳を澄ませ、目を凝らした。
草むらに、誰かいる。
よく見ると学園の指定運動着。
草をかき分け近付くと、幼稚舎の頃から一緒の女子がいた。
顔を合わせると、意味のない睨み合いばかりしていた相手。
彼女の性格を表すようにあちらこちらにはね上がった短い髪には、色付いた葉や茶色がかった草を着けている。

「やあ、熱心に学習してるの?」

僕はからかうように声をかける。

「わっ!びっくりした」
「でも、もう集合時間なんだ」
「今行く」
「うん。でも、すぐ来てもらわないと困る」
「分かってる」

一度だけ僕に視線を向けたけれど、彼女は何か探すように翻る。
僕は普段通りに苛つき始める。

「聞いてるの?」
「しぃっ!」

僕に横顔だけ見せ、口に人指し指を寄せる。
彼女は本当に、何かに夢中になっているのだ。

「何?」
「野うさぎ」
「え?」
「ほら」
「あ、本当」
「でしょ」

彼女の小さな指先の向こうに、茶色い野うさぎが草むらにいる。
学校で飼っているうさぎや動物園にいるうさぎよりもずっとずっと細く、野性的な瞳には鋭さを感じた。
もっと近付こうと僕達はそっと前に進む。
けれどその気配に、野うさぎは草むらの奥へと素早く逃げた。

「ごめん」
「ううん」
「ずっと追っていたの?」
「ううん。先生の説明なんて聞きたくなかったから、途中で抜け出してた。
弁当もバスの中で食べちゃったし、暇だからウロウロしててさ。そしたらうさぎがいた」

その時強い風が僕達の目の前を通り過ぎた。
音を立てて草木がなびき、色付いた葉が舞った。
これまでの僕達のように、まるでいがみ合うように。

「それで追っていたんだね」
「うん」

けれど強い風が過ぎると、今度は静けさがやって来た。
静けさは僕達に安らぎと清浄さを与える。
目を瞑って身を委ねていると、過去の感情の全てが消し去られ、本来の姿だけが取り残された。

本当は、この時を、僕は求めていたんだ。
彼女を、もっと知りたい。もっと・・・近付きたい。

緩やかに流れる優しい風は、僕の中の彼女への想いを引き起こした。
僕はすぐ近くに存在するその姿を見つめる。
彼女は、目の前の光景に目を奪われていた。
普段の警戒心を忘れ、純粋な瞳で空間を見つめ、風に触れようとしている。

だから、僕は・・・僕は、風の動きを止め、彼女の動きも止めた。

彼女の腕に触れ、その華奢な肩を後ろから分からないように抱き寄せる。
そして、ふわりとした髪に、そっと口付けてみる。
彼女は、柔らかな秋の陽射しの香りがした。

その間、彼女はじっとしていた。
僕の気配を背中に感じていながら、全てを赦し、全てを受け入れるように、ただじっとしていた。

数秒、でも僕にはもっと長く感じられたけれど、時が過ぎると、どちらからともなく体は離れて行った・・・

振り向いた彼女の、恥じらうように僕を見つめて微笑んだ顔を、けっして忘れたことはない。
集合場所まで、他愛ない会話をしながら肩を並べて歩いたことも。

僕はその時、僕達のこの先に何かあるかも知れないと期待したが、結局何も起こらなかった。
友達になり、仲間になった後も、二人だけが知る特別な出来事は数少なく、恋愛には程遠いものだった。

それではこれからの人生において彼女との交わりはあるのだろうか、と考える。
ずいぶん長い間、連絡なんて取り合っていない。
でも、だからと言って、今後の関わりについて見通すことなど今の僕にはできなかった。
将来のことなど誰も分からないのだから、言い切ることなどできないのだろうけれど、でも。


あたしを忘れないで・・・


そう僕に伝えるように、夏の名残の草いきれが鼻先に届く。
それは一瞬で、すぐに冷たい風が僕の横を通り過ぎた。
草木はざわめき、その度に色付き始めた葉が散り散りに舞った。
秋だ。完全な秋がやって来たのだ。

僕は、こうなる前にやらなくてはならなかったことについて考えながら帰途についた。






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