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大人になるまで

午後の陽射しがダイニングテーブルの上へ長く届く。
所々に風でなびくカーテンの影が、幾何学的な模様を成していた。
さっき自分が開けた窓が、籠った室内の空気を外へ出す。
そうすることで、二人の煮えきれない想いまで換気されるようだった。


十年振りに高校のクラス会に出席してみた。
ちょうど仕事も落ち着いた時だったし、珍しく有給休暇も取れ、リフレッシュにどこかへ小旅行も楽しめそうだった。
俺は会場であるホテルのロビーでコートを預け、事務所に電話を入れようとエレベーターホールの近くまで行った時だ。

「・・・あれ、魅録?」
「ん!あっ!」

クラスメイトであり、遊び仲間の女の子だった。
と言っても俺達はもう卒業してからかなりの年数が経っている。
女の子ではなく、元クラスメイトの女性だ。
すぐに以前のように意気投合し、事務所に電話を入れるのを忘れてしまうほど話は盛り上がった。
クラス会が始まってからも、俺達は席を隣り合わせにして話をしていた。
何より俺は当時、彼女に片想いをしていたから、その喜びは尚更だった。
懐かしいはずのクラスのメンバーよりも彼女との会話が弾み、俺達はそのまま二人で二次会に向かった。

「時間、大丈夫?」
「大丈夫。清四郎には許可を貰ってるんだから」
「子供は?まだ小さいって聞いてたけど、ママがいなくて淋しいんじゃない?」
「おばあちゃんが泊まりで見てくれてる。たまには、孫との時間も楽しいよ」
「余り遅くならないように送るよ」
「うん」

彼女は五年も前に結婚していて、女の子が一人産まれていた。
実家の大病院を継ぐ清四郎との安定した生活で、彼女は現在専業主婦をしていると言う。

「幸せ?」
「もちろん!子育てって大変だけど、毎日が新しい出来事の連続で退屈しないよ」

週末のショットバーは若い客で混雑していた。
小さな丸テーブルを挟んで、大きめの声で会話しないと声が聴こえない。
ウィスキーをロックで飲んでも、生温い空気が喉を通って味を奪う。
最終的には二人共すっかり酔いが醒め、会話が続かなくなった。
彼女は時間を気にし始め、俺は今夜の会話について思い返す。

「後、一杯ずつ飲んだら帰ろうか?」
「いいよ」

二人分のウィスキーのストレートをオーダーし、乾杯をし直して一気に喉に押し込んだ。
帰りのタクシーに二人で乗り込んだのは、驚いたことに住んでいる場所が意外にも近かったからだ。

「防衛大に入学するって言ってからほとんど会ったこともなかったけど、こんな目と鼻の先に住んでいたなんて驚き」
「時々歩いてるんだけどね。多分、教えてくれた住所の所も通ってるよ」
「見かけたことなんてないよ」

彼女の自宅マンション前でタクシーは停まる。

「清四郎帰ってると思うよ!酔い醒ましにコーヒー飲んでいかない?みんなに会わせたいな」
「サンキュ。でもかなり飲んじゃったし、また日を改めるよ」

じゃあ、また、と俺達はまるで学生がそうするようにして別れた。
そして俺も自分のマンションに戻る。
タクシーで十分も離れていない。
ここに住んでかなり経つけれど、彼女を近所のコンビニでさえも見かけたことはなかった。
着ていたスーツをハンガーに掛け、シャワーを浴び、ロング缶のビールをそのまま飲む。
そうして今夜の出来事を思い返す。
でも俺は、二人でどんな話をしていたのか全くと言っていいほど思い出せなかった。
ビールを飲み干すとバスルームで丁寧に歯を磨き、ベッドに入ってぐっすり眠った。
俺は来週一杯休みを取っていた。


懐かしさのついでに彼女の夢を見た。
俺は高校生に戻っていて、でも彼女は現在のままだった。
昨夜のままの彼女だった。
緩やかに肩へ流れる髪も、モスグリーンのワンピースも、微かに香る香水も、何もかも昨夜のままだった。

「どうして魅録は学生のままなの?」

彼女は不思議そうに問う。

「分からない。何で悠理だけ大人になったんだ?」

そう俺が訊くと、彼女はびっくりしたように目を見開き、それから大人びた笑顔で答えた。

「だって大人になれば、いろんなことが許されるんだよ。だから早く大人になりたかったんだ」


そこで、俺は目が覚めた。
二日酔いなんてほとんど経験がないけれど、ぼんやりした意識の奥で微妙に痛みが伴っている。
ひょっとして、これが二日酔いなのかも知れないが、ベッドからは普段通りに起き上がり、朝食のためのコーヒーも作れた。
トースターで食パンを焼いている間にバスルームで顔を洗い、洗いざらしのジーンズとトレーナーに着替えた。
キッチンでは出来立てのコーヒーとトーストされたパンの香ばしい香りで満たされている。
食欲は充分にあるのだから、やはり完全な二日酔いではなさそうだ。
俺は立ったままパンにマーマレードをたっぷりぬり、熱いコーヒーで胃の奥まで流し込んだ。
それから一人掛けのソファに座り込み、残りのコーヒーを飲みながら昨夜の出来事を思い起こす。
けれどやっぱり会話の内容までは思い出せない。
多分・・・それほど重要な話なんてしていなかったのだろう。
そうしてぼんやり窓の外を眺めていると、どこかで携帯電話がメールの受信を知らせている。
見回すと、昨夜のスーツの内ポケットから聞こえているのが分かった。
登録のないアドレスだったが、タイトルにはクラスメイトだった彼女の名前が入力されていた。

“おはよう!
昨日はありがとう。ちょっと二日酔い気味。
ところでパソコンの件だけど、明日の月曜日の午前中なら助かるな~”

テキスト内容はこうだった。
パソコン?
何だったろうと、もう一度頭を捻らす。
そう言えば、確かモデム交換を業者に頼んで宅配してもらったが、ケーブルは繋げたけど内部的な設定ができないと彼女から聞いたんだ。
俺の口頭での説明でも自信がない彼女へ、忙しい清四郎に代わって俺がやってやろうかと提案した。
都合の良い日時を後でメールすると言って、アドレス交換して。
そうだ、そんな話もあったんだ。

“明日ね。いいけど、何時に行けばいいの?”

すぐに返事が届く。

“十時くらいにお願い。
月曜以外は、お昼過ぎから子供の習い事とかいろいろ用事があるんで。
ランチを作ってごちそうするから”

いつも思うんだが、メールのやり取りより、電話の方が用件を伝えるのは断然早い。
でも・・・でも、言葉では伝えにくいことは、このような手段もありなんだろう。
あの頃、携帯電話が一般なら、もっと違った今があったかも知れない。

有給休暇中の俺は、のんびりした日曜日を終え、約束の月曜日の朝もゆっくり散歩をしながら彼女のマンションへと向かう。
エントランスを抜け、七階までエレベーターで上がる。
ドアを開けて迎えてくれた彼女は、偶然にも自分と同じブランドのトレーナーを着ていた。
玄関も長い廊下もリビングも、余計な物は何一つなくさっぱりしていたが、所々で無造作に置かれている子供のおもちゃが、その存在を知らしめた。
彼女がコーヒーを作っている間に、俺は早速モデムの設定に取りかかる。
別に作業は簡単で、モデムの裏に記載されてあるIPアドレスをネット上で入力し、設定画面が表示されたらパスワードを入力して接続設定すれば良いだけだ。

「もう終わっちゃったの?」
「うん」
「コーヒーを作るよりか簡単な訳ね」
「まあね」
「あたしには、魅録の説明では難しかったんだけど」
「俺の説明の仕方が悪いんだ」
「あたしが相変わらずのバカなんだよ」

それからダイニングで、テーブルを挟んでコーヒーを飲む。
ショットバーの時とちょっと違うのは、お互い素面でいるからだ。

「時間は大丈夫?子供は?」
「幼稚園のお迎えは午後一時半。大丈夫」
「俺なんかが清四郎の留守の間に家ん中に入っていいのかな」
「別に。清四郎には魅録とクラス会で会ったこと言ってあるし、今日のことも知ってるし、問題ないよ」
「うん」
「魅録が変な意識してるんじゃない?」

俺はドキリとする。
確かに、学生の頃の片想いの相手に、意識がないなんて言えない。
下心が全くないなんて、それも言えない。
俺が返事に困っていると、彼女は小さく笑ってコーヒーを淹れ直した。

「お腹空いてない?」

話題を変えられ、返事にまた困っていると彼女はキッチンへ向かう。
カウンター越しで彼女は言う。

「ちょっと早いけどお昼にしよう。娘のお迎えもあるし、独身さんは朝ごはんも食べてないんでしょ?」
「今日はね。でも普段はちゃんと作って食べるよ。料理は嫌いじゃないんだ」
「ふうん。誰かいい人いないの?」
「全然。付き合っている人がいない訳でもないけど、結婚を考えたことはないな」
「それはなんで?」

話をしながらすっかり主婦らしくてなっててきぱきと調理する彼女へ、ちょっと意地悪をしたくなる。
あの頃も・・・好意を持つ俺に、彼女はいつも隣にいながら軽くあしらってたんだ。

「忘れられない女がいるから」
「へえ」
「目の前にね」
「・・・・・」

からかうつもりが、気まずい空気が漂ってしまった。
確かに、当時は彼女に好意を持っていたし、もし機会があったのなら想いを伝えていたかも知れない。
けれどそれはその時までのことで、その後に想いを引きずったことはない。
それなりに女性との付き合いもあったし、結婚しても良いと思える人との出逢いもあった。
けれど結婚に踏み切れなかったのは、そこまでの愛情がなかったからだ。
目の前の彼女に、何の責任もない。
ダイニングテーブルには、彼女が作ったミートソースのスパゲティとグリーンサラダが置かれる。

「簡単なので悪いけど、今日の設定のお礼ね」
「こちらこそ。食事までいただいて、サンキュ」

それから互いの近況を話す。
この間のクラス会でも交わされた会話だったろうけれど、意外にも二人、酒に酔って余り覚えていなかったのだ。
まるで初めて聴くような感じだった。
食事が終わり、彼女はテーブルの上の皿を下げると、今度は紅茶を作って戻ってきた。
白いティポットにはたっぷりの紅茶と、ガラスの皿にはレモンがスライスされている。
気持ちの良い音を立て、白のカップに熱い紅茶が注がれる。
そしてそれがきっかけのように、彼女がまた口を開く。

「あたしね、あの頃、魅録が好きだったんだよ。とても。
でも、言えなかった。ううん、言わなかった、が正しいかな。
今言っても、上手くいかないんじゃないかって思ってて。
だから魅録と二人でよく遊んでいたけど、告白できなかった。
二人っきりのタイミングもたくさんあったし、魅録といい雰囲気になった時もあったけど、逆に素っ気なくしちゃったりして。
もう少し大人になればあたしの想いは魅録に伝わって、彼女として付き合えるって信じててね」

「あんなあたしでも・・・魅録に抱かれたいって思ってた。
おてんば高校生のあたしが、本当にそんなこと考えてた。
魅録に抱かれているところも想像することができたよ」

突然の彼女の告白に、俺はただただ驚いていた。

「大人になれば、いろんなことが本当に上手くいくんだって思ってね。
でも・・・」

「卒業と共に、魅録はあたしから離れて行った。大学ももちろん別々で。
あの時、野梨子も魅録が好きだったから、防衛大での様子を訊いたりしてさ。
とっても忙しいってね。
その後は知っての通りで、清四郎と付き合って結婚して。
しばらくは地方の大学病院にいて、そしてこうしてここに引っ越して来て」

ダイニングテーブルに午後の陽射しが届く。
暖かくも切ないのは、何年もの長い間、同じ想いでいながら通じ合えずに終わりを迎えていたからなのか。

「大人になったからって、全てが上手くいくとは限らない。
全てが許される訳でもないし」
「許される?」
「誰かを想うのは自由だけど、責任は一人にしか持てない」
「・・・うん。そうだ」

結局、彼女は何を俺に伝えたかったのだろう。
まだ俺に特別な感情を持ち続けていた、と言うことなのだろうか。
彼女が俺に特別な想いを持っていたなんてちっとも知らなかったし驚きだった。
けれど、だからと言って、そこから先へは進めないのは俺にも分かっている。

「また遊びに来てね。今度は清四郎や娘にも会わせたいし」

帰り際に彼女に言われたけど、今は何も考えられない。
これから先だって、そう。
“俺も悠理が好きだったんだ”と言ったところで、今のこの状況は変えられないのだ。
それに無理に変えたところで、誰も幸せになれない。
誰も、望んではいない。

夢の中の彼女が言った言葉は、淡い恋心を持って大人になることに憧れた高校生の彼女だったのだろう。

今になって俺へ想いを伝えられたのは、充分過ぎるほど大人になった彼女へのせめてもの許しに違いない。





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