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春を迎えたばかりの桜並木と、彼女の思い出

2007年の“spring festival”に参加した作品です♪

サイトを始めたばかりの頃、春。。

懐かしくて大好きな作品です。













春を迎えたばかりの桜並木と、彼女の思い出





昔何かの本で、ある作家がこのようなことを書いていた。


人間を放浪型と定着型(あるいは狩猟型と農耕型)のふたつのカテゴリーに分類する事ができるなら、
僕はかなりの確率で後者の方に属する、と。
彼の周りの多くの人間は、彼の趣味は「旅行」であると思っていた。
何故なら彼は当時、海外を何年も移り歩いていて日本に帰っていなかったらしい。
彼の趣味(それを趣味と言えるとは到底思えないが)は、「引っ越し」である。
その作家が言う(いささか逆説的ロジック)には、自分は「定着する場所を求めて放浪している」そうだ。



僕はその事について、仲間達はどうだろうと考えた。
多分魅録と野梨子は「定着型」で、美童と可憐は「放浪型」だろう。
魅録と野梨子は例え住みにくい場所を与えられたとしても、ある程度なら克服する努力をするだろう。
あるいは住みやすくなるよう努力するに違いない。
美童と可憐が住みにくい場所を与えられたとしたら、すぐに音を上げ、住みやすい場所へと移るはずだ。


それから僕は、もう一人の活発な友人について考えた。


彼女は間違いなく「定着型」だろう。
(もしその作家の言葉を借りるとしたら)彼女は周りの誰もがそう思うように、豪邸に住み、奇抜な服装を好み、
エキゾチックな食事を大量に平らげ、派手な生活を求め続ける。
そのような生活を飽きることなく求めて放浪する、と思うのだ。


でも、彼女は絶対に「定着型」の人間なのだ。





僕は今、長く住み慣れた東京を離れ、郊外の静かな町で暮らしている。
窓から桜並木が臨んでいる。
季節は三月の初めで、それは僕の心を和ませる。


僕が幼稚舎から通い続けた学園の近くにも、目の前に臨むような桜並木があった。
僕はそこを十五年間、幼馴染の友人と通った。
そう・・・大半は彼女と肩を並べて歩いたが、時々、仲間達とも歩いた。
どこかに遊びに行く時か、何か特別な用事がある時だ。
そんな時でも僕は幼馴染の友人と肩を並べた。
僕達はいつも隣り合っていて、それは余りにも自然な事だった。
だから今、こうして離れ離れに暮らしていることが不思議だと皆に思われる。



一度、僕はもう一人の幼馴染の少女と二人きりでその桜並木を歩いた事がある。
何故二人きりだったのかは覚えていない。
ただ季節は今と同じ三月の初めで、どんよりとした曇り空だった。
しかし枯れたような桜の木も良く見ると、枝一面に芽吹いていた。
僕がその事を言うと、彼女は茶色く澄んだ瞳をよりいっそう大きく開き、輝かせ、四月に行われるであろう花見について話し出した。
僕は確か、自分には珍しく顔を綻ばせ、彼女の顔やその声に見入っていた。


「清四郎?」


彼女は不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。


「何、考えているのさ?」


何時に無く穏やかな僕の顔を見て、彼女は不思議そうに呟いた。
僕はその時、読んだばかりの「ある本」について、彼女と重ね合わせて考えていたのだ。
彼女に見入りながら、その作家が言う「放浪型と定着型」について。


彼女は、すばしっこいリスが芝生や木々を走り回るように、桜の木々の間をくるくると歩いていた。
僕の視線から逃れたくて、あるいは歩いていたのかも知れない。


僕は不思議な感慨に、その時耽った。


彼女に、「定着すべき場所」を与えてあげたい、と。



僕は定着すべき彼女の場所を探すべく・・・日本中を、そして世界中をあちこち探し、時に足を運んだ。
もうここからは一歩も動かない、あたいはここに留まる、と決意できるような場所を求めて。


彼女がその場所を気に入り、愛して止まない、という「定着すべき場所」は簡単には見つからなかった。
彼女の派手な外見とは反対に、繊細な感情を持つ彼女の為の場所が。


周りの人間が思い込んでいる彼女の性格とは反対に、彼女と言う人間は、
馴染んだものに囲まれ、「愛する家族」と「愛する仲間達」に思いっきり甘えながら生きていたいのだ。
住み慣れた場所、家族、心許せる友人達。


僕は時々、彼女と言う人間を確かめるために彼女に手を伸ばすのだが、
彼女はするりと僕を避け、僕を通り抜けてしまう。


「お前になんか捕まらない。あたいは何処にも留まらない」


と言う風に。



僕は一度、彼女の為の彼女だけの場所を、彼女だけに見せた事がある。


「素敵なところだな。こんなところでずっと暮らせたら、いいな」


僕は彼女の口から、そんな言葉を期待した。
僕は僕なりに、一所懸命に探し求めた場所だったから。

でも、何も発しない彼女を振り向くと、彼女は澄んだ両の瞳から、止め処もなく涙を流していた。


「悠理?」


僕は彼女に近付くと、彼女は思い切り首を振り、きらきらと輝く涙を散らしながら叫んだ。


「清四郎なんて、大っ嫌い!」


結局僕はその時、彼女の涙の理由を知ることはできなかった。



何年かのち、僕が彼女について知ったことは・・・


彼女に必要なのは、住むのにふさわしい程の素晴らしい景色でも、豪邸でも、
エキゾチックな食事でも無かった、と言う事だった。


彼女が必要としているのは、彼女を無条件に愛し抱く温かな胸だった。
それは家族であり、仲間達であり、特定の誰かだった。
使い古され、慣れ親しんだものなのだ。


僕は時間を掛けてただ、彼女についてすでに知っている事を再確認したに過ぎなかった。



時々、僕はあの桜並木を一人で歩いた。
あの時抱いた感慨を、もう一度味わいたくて。その理由を知りたくて。


「あの時何故僕は、彼女に『定着すべき場所』を与えたいと思ったのか」


その答えはこの桜並木にあって、ここでしか知ることができないのだ。


どんよりとした曇り空、桜の芽吹いた枝、彼女の澄んだ瞳、弾むような声。


僕は顔を上げ、交差する桜の枝枝やその間から覗く曇り空を見つめ、ぎゅっと目を瞑った。



では、自分はどうであろう。
自分と言う人間を放浪型と定着型(あるいは狩猟型と農耕型)のふたつのカテゴリーに分類する事ができるなら、
自分はどちらに属するのだろう。


その答えを見出した時、同時に彼女の涙の理由を知ることができた。





僕が今臨んでいる桜並木は、あの彼女の思い出があるそれではない。
また、今住んでいるこの場所も、「定着すべき場所」とは思えない。
いつか僕はこの場所にも飽き、また新しい場所へと「定着すべき場所」を求め、移り住むのかも知れない。
それは誰にも分からない・・・でも・・・


「悠理」


愛しくその名を呼んでも、窓辺に置いたラタンの椅子に深く腰掛けている彼女は、すっかりと眠りについている。
三月の心地よい風を頬に受けながら。
頬袋にたくさん木の実を詰込むリスのように、自分の胃袋へと食べ物を詰込み、睡魔に襲われたのだ。
でも、桜並木を二人きりで歩いた頃のように、僕はその事について咎めることは余りできない。
何故なら、彼女の中には僕達の愛が形になって芽吹いているのだから。



僕達の「定着すべき場所」はまだ見つかっていない。
僕も彼女も「定着型」であるに違いないけれど、今は、そのことについて深く悩む必要も無い。
僕達の定着すべく心の拠所は「互い」であり、それは実存しなくても良いのだ。


あるいは「互い」が存在する所全てが「心の拠所」であり、「定着すべき場所」なのかも知れない。











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