girl talk.

突然可憐から呼び出された野梨子は、緊張した面持ちでドアフォンの呼び出しを押す。
すぐにその当人が“今、開けるわ”とスピーカー越しに応えた。
ホワイトデーの夜の呼び出しとなると、誰もが悪い予感を思ってしまう。
けれど意外にも可憐の顔は普段と変わらず、茶目っ気たっぷりで舌を出した。

「ごめーん。本当に予定なかった?」
「ありませんわ。ホワイトデーだと言うのに、誰からもお誘いなんてなくってよ」
「バレンタインにチョコをあげないからよ」
「だって今年からは義理なしと男性陣が言うんですもの。お返しが大変だからって、こういうイベントは楽しむためにあるんですのに」
「あら、野梨子らしくない言葉ね。楽しむなんて」

ちょっとお茶を淹れて来るから、と野梨子を自室まで案内すると、可憐はキッチンへと向かった。
余り広くもないビルの3階に、可憐と彼女の母が暮らしている。
1、2階は店舗と事務所。母親が宝飾店を経営している。
父親を早くに亡くし母子家庭で育った彼女だが、働く母親を支えるために家事は何でもこなしている。

トレーに紅茶とスライスしたレモンを載せてくる。

「後少しでクッキーが焼けるから」
「可憐」

このままでは話したいことを避けてしまいそうな可憐との会話を本題に向かわせる。

「今日は午後から彼と過ごすんだって、放課後話してましたわね。もう終わりましたの?」
「ええ。すぐに」
「ホワイトデーはどうでしたの?何か贈られて?」
「・・・・・」

小さなため息の後、可憐は“ええ”と答える。
けれどさっきとは違って、表情が翳る。長い睫毛が揺れた。

「気持ちを・・・贈られたわ」
「あら、素敵。それで何を言われましたの?」
「これからも一緒にいようって」
「まぁ。何よりもの言葉ですわね。それで?」
「もちろんって答えて」
「ええ。それから・・・ごめんなさい、紋切り型の質問ばかりですわね」

そう言った野梨子を見て微笑む可憐は、けっして幸せそうには見えない。

「何かがあったから、私は呼び出されたのでしょう?」
「ええ」

それから可憐は自身の口元を両手で覆った。
けして泣いている訳ではなさそうだが、言葉に詰まっているのは事実。

「もう少し先の関係を彼が求めるものだから、ちょっと今、戸惑ってる」
「友達以上、恋人未満」
「ん、ちょっと違うかな」

肩を上げ、それから首を左右に振る。
言葉を選んでは発せられない、そんな感じ。

「手を握って、口づけをするだけの関係ではなくって、ですわね」

意外な野梨子の言葉に、可憐は目を見開いた。

「ええ、そうだわ。その通りよ」
「確かに・・・私達の年齢では早過ぎるように思えますわ。もちろん気持ちは分かりますけど。可憐はどう思って?」
「本当に彼を想うなら、そうなってしまうかも知れない。でも、彼の言葉をもらったときに頭に浮かんだのは“NO!”だったの」
「彼を心からまだ愛せない、と言うことですの?」
「愛情表現って、行動だけではないように思えるの」

そこまで言って、可憐の部屋のドアがノックされる。
すぐにドアが開き、彼女の母親が皿にクッキーを載せて入ってきた。

「可憐ちゃん、クッキーが焼けてたわよ。あら、野梨子ちゃんいらっしゃい」
「おばさま、お邪魔しています」
「オーブンに入ったままだったけど」
「ママ、ありがと。少しくらい大丈夫よ」

可憐は母親から皿を受け取る。
ゆっくりしていってね、と野梨子に告げると母親は部屋を出て行った。

「おばさまを見ていると、可憐の言う意味が分かりますわ」

今度の可憐の瞳は喜びで輝いていた。

「ありがとう。パパはもういないけど、ママはずっとパパを愛しているの。パパ以外、考えられないの。これって素敵なことだと思わない?パパもわたしも、ママにずっと大切にされているってすごく感じるの」
「その通りですわね」
「だからわたしは・・・結婚をする人以外、深い関係になりたくないって思ってるの」
「素晴らしいですわ。可憐のような女子からは考えられなかったですけれど」

野梨子の冗談に、可憐は楽しそうに笑う。

実はね・・・可憐は話始める。
野梨子は少し冷めた紅茶にスライスしたレモンを潜らせる。

「わたしが中等部の頃、まだペンパルだった美童に恋していたことがあって。日本に来ることになって、会ってみたらすっごく綺麗な男の子だなぁって。もっと好きになって、付き合って。そうしたらあいつもやっぱり友達以上の関係をね、普通に・・・まだ14才くらいよ!
国籍が違うって考え方や価値観が違うんだなーって。そうしている内に、ほら、すぐに女の子に手を出すでしょ?あきれちゃって。それでもわたしといるんですもの。だから悩んだ心はすぐに癒えたわ。友達の関係の方が、ずっと好きでいられるし、大切に思える仲間もできたしね。
そして分かったの。美童は、違うんだって。わたしの中では、違うんだって。
もっとずっと先に、いつか自分自身で納得できる相手に必ず巡り逢えるってね。
だから美童も、彼も違う。とっても残念だけど・・・
でもトラウマよ、美童との過去は。責任取ってもらわなくっちゃ」

そう言った可憐の顔は、普段よりもずっと美しく輝いていると野梨子は思った。

「野梨子、ありがとう。迷いを聞いてもらったおかげで、気持ちの整理ができたわ」
「いいえ。可憐は初めから答えを出していたんですのよ。正しい答えを。
可憐はおばさまの自慢の娘ですわね」

すっかり遅くなってしまった野梨子のためにタクシーを呼び、その間に可憐が焼いたクッキーを綺麗な小箱に詰めた。

「ホワイトデーの夜に、遅くしてしまってごめんね」
「気になさらないで。可憐との時間、楽しかったですわ」

「可憐ちゃん、タクシーが来たわよ」

閉店時間を迎えた可憐の母親が、階下の店舗から声をかける。

「おばさま、遅い時間まで申し訳ございません」
「野梨子ちゃん、今度は夕御飯を食べにいらっしゃいね。悠理ちゃんも連れて」
「はい。ありがとうございます」
「気を付けて」

タクシーまで野梨子を見送る。

「ほんと、ありがとう。また明日ね」
「ええ、また明日。おやすみなさい」

タクシーが見えなくなるまで、可憐はじっと立っている。
自分の考えは古いのかも知れないが、けっして間違ってはいない。
可憐の決断に彼がどのような答えを出そうとも、意思を変えるつもりなど彼女にはなかった。



2017.3.17 改稿


拍手・ランキングへのクリックをありがとうございます!
ランキングへ参加しています。
にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村



二次小説ランキングへ

スポンサーサイト