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数時間の、私だけの、優しいあなた

霖が続くこの季節は、一番景色が変わっていく。
雨が降り続き、気温はどんどん下がり、公園の木々の葉は色づき始める。
時々晴れ上がる日の空気は湿度を失い、空は高く青く澄んでいて・・・けれど陽射しは夏とは違って弱く、淡い。

あの日も確か霖が続いた後の久しぶりのお天気で、私は魅録が運転する車の助手席に座っていた。
車の種類は分からない。
ずいぶん古い型のドイツ車で、スポーツカーなのだと言っていた。
白くてフロントが長く、座席も低いように思えた。
小さな私は助手席で埋もれてしまいそうで、前方がよく見えなかった。
確か週末で、仲間達と泊まりがけで遊びに行ったときだ。
私だけ家の用事で、一日出発が遅れたのだ。
新幹線で皆の所へ向かおうとしていたが、魅録が車で迎えに来ると連絡があった。
連絡をしてきたのは清四郎で、既に魅録はこちらに向かっていると。
だから駅には行かないで、家で待っていなさいと言われた。
私は驚いたと同時に、説明のつかない喜びが沸き上がった。
最小限必要な荷物を入れたバッグを玄関に置くと、何度も鏡の前に立っては自分を見つめた。
ドキドキした気持ちを落ち着かせるために、お勝手の冷蔵庫から冷たい緑茶を取り出す。
一息にグラスのお茶を飲み干すと、ふっと別の気持ちが私を哀しくさせる。

魅録は私の迎えを目的としてるのではなく、運転がしたくて来るのだ。

分かっている。
彼は誰よりも早く車の免許を取得して、週末は悠理とドライブを楽しんでいる。
彼は車が大好きで、運転が大好きで、何より、悠理が大好きなのだもの。
誰かに言われた訳ではないけれど、そんな事はとうの昔から知っている。
だから魅録と私のドライブは未来のない現実であって、彼には意味などなく、私には虚しい記憶が残るだけ。
そう、だけど・・・だけど今は、今だけは幸せでいさせて。
私だけの魅録で、二人きりのドライブで、互いの思い出でありますように。

私を迎えに来た魅録は爽やかな笑顔を向けて片手を上げた。
とても得意になって私の手荷物をトランクルームに入れると、助手席のドアを開けてくれた。

「どうぞ、お嬢さん」
「あら、ご機嫌ね、魅録」

ワンピースの裾を気にしながら車に乗り込むと、ドアを閉め、フロントの窓から私に笑顔を向ける。

ああ、この笑顔が、私だけに見せる笑顔であったら良いのに・・・

滑るように車は発車し、心地よい空調が車内に彼の香水を漂わせる。

「音楽はさ、野梨子でも聴けるヤツ選んだつもりだけど。どう?」
「普段は聴かないジャンルですけど、嫌いではないですわ」
「良かった。悠理だったら俺とだいたい同じなんだけどさ」

そう、そうですわよね。
悠理とだったら気が合いますものね。

心の奥に響く鈍い痛みは、まだ私には耐えられる。
フロントからサイドへと流れる街路樹は、やがて自然の木々へと変わる。
剣菱が持つ別荘は思いの外近く、車で二時間もかからない。

「もうちょっとドライブしたいな。少し先のドライブインで休憩したら、内緒で遠回りして行こう」

私の返事など聞かず、彼は嬉しそうに前方を見ている。
隣が私でなくとも、その笑顔は出るのだろうと思うと、今度は鼻の奥が痛んだ。
車内ではほとんどが運転の話で、私には難しい話題だった。
けれど彼が楽しそうにハンドルや横のギアの使い方、両足の動かし方を話すので、それだけでも嬉しかった。
むしろ私に知識がないことが申し訳なかった。
そのように彼に伝えると、

「話を聴いてもらえるだけで嬉しいよ」

と答える。
私は彼の、そんな優しさが好きだった。
ドライブインの駐車場で私達はゆっくり休憩を取ることにする。
身体を伸ばし、近くの遊歩道を散歩した。
澄んだ空気、色づき始めた木々の葉、遠くの湖は蒼く、空はどこまでも遠い。
今、この瞬間が永遠に続けばどんなに良いであろう。
彼は私のために言葉を発し、私だけに笑顔を見せ、私と言う存在を傍に感じている。
私が、私だけが、この魅録を知っているのだ。

「飲み物を買ってくるよ。自販機のだけど、何が飲みたい?」
「あら、私は後でも良いですわ」
「いいから。何?」
「そうですわね、温かい紅茶にしましょうか」
「了解、紅茶ね」
「温かいのが良いですわ」

魅録と私は遊歩道の先にある小さな公園のベンチに座っていた。
噴水の水は嗄れ、花壇には土だけがある。
中央には日時計が、遠くの空へとまっすぐにそびえ立っていた。
多分通りの途中にあった自動販売機に戻ったのだろう。
彼はすぐに戻ってきた。

「はい、紅茶」
「ありがとう」

私は手を伸ばし、缶に入った紅茶を受け取る。
熱い缶と予想して、小さなショルダーバッグからハンカチを出していた。
私は・・・ハンカチで包んだ缶の紅茶を両手で抱き、目頭を熱く感じている。
痛みに目を瞑ると、頬に流れるいくつもの涙が音を立ててワンピースに落ちた。

本当に、本当に、あなたの中に私はいないのだ。

「どうした、野梨子?どこか痛いのか?」
「大丈夫ですわ・・・」

私はそう言って彼に笑顔を見せようとするけれど、涙がとめどなく流れるせいで顔を俯かせなくてはならない。

「大丈夫か?清四郎に連絡を入れようか?薬を用意してくれるぞ」
「いいえ・・・本当に・・・」

ハンカチで涙を拭う。
缶で冷たくなったハンカチは、熱く痛む目頭に皮肉にも心地よい。
結局私はひとしきり泣き、魅録は互いの腕が触れる距離に黙って座っていた。
顔を上げると、目の前の風景全てが意味を失っていた。
つい先程まで、目に見える全てが愛しく思えていたのに。

「野梨子、本当にどこも痛くない?」
「大丈夫ですわ、魅録。どこも痛くなくてよ。ただ・・・」

ただちょっと、この意味を持たない風景が、私を切なくさせただけですの。

私はそう、心の中で呟く。
それから彼には聴こえない、けっして聴こえない声で愛していると言った。




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