彼等の中の一人

あれはいつだったかな?

日暮れまでの時間が長くなった午後の窓辺で、俺はふとそう思った。
寒波が続いたせいもあり、久しぶりのこの陽射しが遠く懐かしい記憶を呼び起こす。
そう、あれは高等部三年になった始業式の帰り、初夏を思わせるほどの強い陽射しと気温が上がった春の日だ。
俺達メンバー六人が仲間になり、いつも連れ立って遊んでいた。
始業式で午前授業とあり、春休みの延長線上のようにして遊びに行くことに決めたんだ。
どこかで昼食を取り、近くにあった公園の桜並木を歩いていた。
簡単な昼食ではお腹のどこにも足りないと、大親友の悠理が屋台が並ぶ方へとかけて行った。
皆も同じ気持ちで、悠理の後を追った時だ。
少し強い風が吹き抜け、桜の花びらが一斉に散った。
どこかで歓声が上がり、風が音を立てて辺りを揺らす。
目の前にいたはずの仲間が消え、後ろから声が聴こえた。

「綺麗ですこと。見えて?」

振り向くといつの間にかいた野梨子が空を仰いでいる。

「空一面に花びらが舞ったんですのよ」

てっきり清四郎と一緒に前を歩いていると思っていた彼女が、独りで後ろにいたなんて。

「ねぇ、見えて?」

彼女が無邪気な笑顔で俺を振り向く。
透き通るような肌が陽射しを受け、漆黒の髪と共に輝いた。

「清四郎と一緒じゃなかったの?」
「だってとっても早く歩くんですもの。追いつかなくて。でも悠理の向かう方へ行くんですから。どこか分かりますわ」
「みんなもう行ったのかな?風で見失った」
「もうとっくに行きましたわ」
「俺達も行こう」

待って、と彼女が言う。
まだ、もう少しこの桜を見ていたいと言う。

「魅録は急いでいて?」
「いや」
「それなら、もう少し付き合って下さいな。ちょっとあのベンチにでも座って。ね?」

並木通りにあるベンチを彼女は指さす。
俺達はそこへ並んで座った。

「どうして遅れちゃったんだろ?みんなと一緒に歩いてたような気がしたけど」
「風・・・風ですわよ。風が歩みを遅くしたんですわ」
「うん」
「見事でしたわ。吹雪く、と言うより舞ですもの。誰だって見惚れてしまいます」
「俺は、見てなかったけど、遅れた。風で見失ったのかな」

俺の疑問には答えず、野梨子はただ笑顔を見せた。
普段は見ない表情に思える。翳りが、消えている。
先ほどの陽射しよりも眩しい笑顔に、俺は目を逸らした。

「見失ったっていいじゃないですか」
「清四郎が心配してる」
「そうでもないですわよ。悠理がいますもの。私には魅録がついているのを知ってますから、大丈夫」
「そうかな」
「そうですわよ」

野梨子の理由が俺には分からないが、彼女がそうだと言うのなら、そうなのだろう。

「時々、こうして皆と離れてみて、客観的に自分の位置を確認しますの。私の横には誰もいなくて。そんな時、普段のあの人の横に誰がいるのだろうと」
「普段のあの人?」
「ええ。魅録の横には普段、悠理がいますでしょ?美童には可憐がいて。けれどたった一人が抜けると、バランスが崩れる」
「うん」
「そのような時思いますの。あの人の横に必要なのは誰なのだろうと」

風が、俺と野梨子の前を吹き抜けた。
音を立てて吹き抜ける風を目で追い、それから野梨子を見る。
野梨子は俺を見つめ、真剣な目で見つめ、吸い込まれるような錯覚が起こるほど見つめていた。

「そして私が必要としているのは誰なのだろうと考えますの。本当に必要なのは、普段のあの人なのか。それとも誰か、全く見知らぬ誰かなのか」
「誰かって、誰?清四郎?」
「私のあの人は、私の想いを知らない。あの人は別の誰かを想っていて、私の想いになんて気付いてない」
「野梨子」
「ねぇ、魅録。これって罪だと思いませんこと?こんなに私が想っているのに、その人は、全く私に気付かずに他の誰かを追っていますのよ」

また風が俺達の前を吹き抜ける。
今度の風は優しく、そして心地よい暖かさと、桜の匂いを漂わせ、遠くに行ったはずの友達の声も運んで来た。

「魅録~!野梨子~!」

振り向けば悠理と、その後ろに清四郎が歩いて近付いて来る。

「清四郎のこと?」
「何がですの?」
「野梨子は清四郎が好きなんだろ?」
「さぁ、どうですかしら?どうしてそう思いますの?」
「だって、野梨子にとって普段の身近な人は清四郎だろ」

野梨子はふっと笑う。
その笑顔は輝きが薄れ、翳りさえ帯び、俺を見つめながらゆっくり左右に首を振った。
さっきの輝きはまるで魔法が解かれたようで、けれど最後の力で大きく輝き、すぐに消えた。

「どこ行ってたのさ~、野梨子。すっごく心配したんだからぁ」
「あら、本当?てっきり屋台でいろいろ食べているんだと思っていましたわ」
「いろいろ食べて、満腹になったから野梨子がいないのに気付いたんですよ」
「ま、満たされなければ気付かないんですのね」
「違うもん。魅録もいないから、絶対一緒だって思ってたもん」

さぁ、野梨子、と清四郎が野梨子の背に手を置く。

「野梨子でも食べられる屋台を見つけたんです」
「あら、何かしら」
「クレープ。悠理が見つけました。これなら量も少しだから野梨子でも大丈夫って」
「大好きですわ」

寄り添うように並ぶ清四郎と野梨子の後ろを、俺は不思議な感覚で歩く。

「魅録もなんか食べようよ」

俺の隣には、悠理。
俺の腕を取り、自分のそれを絡める。

「いいよ。何食べる?」
「たこ焼かお好み焼き。あとアメリカンドック」

誰かに必要な野梨子。
誰かの隣にあるべき、彼女。



「悠理達が今遊びに来ますって」

午後の窓辺でそんな昔を思い起こしていると、後ろから声をかけられる。

「ん?今から?」
「ええ。ローストビーフを作ってみたから、それとワインを持って遊びに来ますって」
「清四郎も?」
「ええ。もちろん。私、ビールと簡単に作れるものを買ってきますから。魅録はテーブルの準備をお願い」
「分かった。気を付けて行くんだよ」

彼女は俺を振り向き、そして微笑む。

「行ってきます」

彼女が想う“普段のあの人”は誰だったのだろう。
俺はてっきり彼女の幼馴染の清四郎だと思っていた。
いつも二人は隣り合っていて、当たり前のように寄り添っていて、互いは必要としているのだと思っていた。
けれど結局、時間の流れは俺に野梨子が必要だと覚らせた。
周りの誰もが俺達の関係を別の相手と思っていて、俺もそう思っていて、けれど時間は、俺達に必要な相手を与えた。

俺達は何かを取り違えたのだろうか?

時々、そんな風に考えてしまう。
もしかしたらあの春の日、桜の花びらを散らせたあの風が、俺達を交叉させたのかも知れない。
でもそれで良かった。
俺はあの日、桜の中で魔法をかけらたままでいて、そして野梨子へ新たな魔法をかけた。
それで良かったのだ。
窓を細く開けると、春の匂いが運ばれて来る。
もうすぐまたあの季節が訪れる。
この魔法が二度と解けないよう、桜の花びらが散る並木道をまた野梨子と歩こうと思った。




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