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夏に似た空

フロントガラスを弾くいくつもの滴が車のサイドへと流れていく。
さっきまで降り続いていた雨は、気が付けばすでに上がっていた。
こんなに遠くへ来るつもりはなかったが、今の彼女にはじっとしているだけの辛抱強さはない。

びっくりするくらい、似ていた。

そう、顔や笑った時の唇、話し方のニュアンスとその声色・・・
何より、左の手首に着けているパワーストーンのブレスまでがそっくりだった。

さっき、ショッピングモールの駐車場であった出来事。
笑っちゃうほどおかしくて、でも、あったかい出来事だった。
買い物を終えて駐車場に戻って来た時、車体に付く見慣れない傷が目に入った。
助手席サイド、後部、バンパー。
頭が真っ白になりそうだったが、じっくりと車体全体を見回す。
小雨が降る中、何度滴を弾いても間違いない。
黒のワーゲンは、全体に白い擦過傷があった。
誤って付けられた傷と言うよりも、故意に擦られたような傷。
それも車体全体にだ。
焦りと、奮えるような怒り覚えながら、スマートフォンで警察を呼んだ。
警察の到着を待つ間、指で何度も傷に触れる。
どれも深い傷ではない。しかし、触れるだけでは消えそうにはない。
浅く、何度も意識的に呼吸を繰り返している内に、今度は言い訳を探していた。

乱暴な運転をするから、恨みを買うんです。

アイツならそう言って、被害者のあたしを怒るかも知れない、と彼女はそう思う。

お前は自分で運転なんかしないで、タクシーを使いなさい。

あるいは、そう言うかも知れない。
思いを巡らしている内に、一台の車が近寄って来る。
二人の男がこちらを見ている。

「剣菱さん?」

彼女の車の隣のスペースに駐車すると、運転席側のドアを開けながら男が訊く。

「はい」
「さっき車の件で」
「ええ」
「見つけてから車を動かしてないです?」
「ああ、もちろん」

彼女は驚いていた。
警察車両から降りる二人の男のうち、運転をしていた男、彼女を対応する彼に対して。

「ちょっと見せて下さいね」

彼らは小雨の中、傘もささずに車を見ている。
気付けば自分も、小糠のような雨が薄手のトレーナの上に、融けた綿あめのように覆っていた。

「傷はいつ見つけました?」
「今。買い物から戻って気付いて」
「朝、車に乗る前にはなかった?」
「ないね。昨日の夕方、洗車してワックスかけて、そん時はなかった」

まるで休日のような服装の男は、アポロキャップにナイロンジャンパーのフードを被せている。
アポロキャップには「POLICE」とロゴが入っていた。
彼女の中にはもう、焦りも怒りもなかった。
それよりもむしろ、もっと・・・その男の顔がみたいと思っていた。
彼らの内の一人、もう一人の男が彼に言う。

「ワックス?」
「うん、そうだな」

二人は屈んだり、しゃがみ込んだりして車体全体の傷に触れている。
傷の理由が二人の間で解明されると、もう一人の男は車に戻って助手席座り、書類を書き始めたようだ。

「よく自分でワックスをかけます?」
「え?ううん」

彼はしゃがんだまま振り向きざまに彼女を見る。
人を安心させるような笑みを浮かべ、嫌みなく言う。

「これね、多分ワックスだと思うんです。昨日、かけたんだよね?」
「うん」
「車体を拭く布か、ぞうきんある?」
「ある」

急いでドアを開け、グローブボックスからクロスを取り出した。
男はもう一度にっこり微笑み、彼女を誘うようにしゃがませ、白い傷に触れながらクロスで拭う。

「ほら、ね?」
「あ・・・」

男の手の中で、傷は魔法のように消えていく。

「ワックス、普段自分ではかけないんでしょ?慣れないとね、こういう事ってあるんです」

もう何年も前から知っていて、とても親しい中で、友達以上・・・恋人未満・・・
男の笑顔は、相手を安心させる為の、訓練された笑顔なのかも知れない。
けれど彼女には酷過ぎた。
この笑顔は、車よりも深い傷を心に付ける。

「自分で洗車すると砂や鉄粉が表面に残ってたりして、ワックスの時本当に傷が付くから」
「いつもはね、洗車好きの友達にやってもらってたんだけど。最近は洗車もしてなくて」

結局男は、車全体を綺麗に拭った。

「ごめんなさい。誰かにいたずらされた傷だと勘違いして」
「事件じゃなければいいんです。良かったんです」
「ごめんなさい」

二人は立ち上がり、向かい合う。
笑顔だけじゃなく背の高さも、体躯も似ている。
時々、思い出すようにパワーストーンに触れる仕草まで。
ブレスまでもが彼女がプレゼントした物に似ていた。

「いい車だから、スタンドとかでやってもらった方がいい」

男はクロスを手渡しながら言う。

「そうする」

だって、洗車してくれる友達は、あたしの為にはもうできないんだ。
小言を言う友達なら、ずっと傍にいるって言ってるけどね。

もう一度、きちんと向き合う。
今度の笑顔は、使命感にあふれている。

「わたしは機動捜査隊の磐乃井と言います。今日は当直で署にいますから、何かありましたらいつでも連絡をください」

男はそう言うと軽く会釈をして、来た時と同じように運転席に座る。
彼女はワーゲンに寄り添うように立つ。
互いに目で挨拶しながら、警察車両が消えるまで見送った。


すっかり晴れた空を仰げば、夏に似た色をしている。
薄い雲に覆われ、淡い水色・・・優しい色。
広域公園の駐車場で車を降りると、空はそんな表情をしていた。
ふと、ジーンズのポケットでスマートフォンがバイブするのを感じる。
画面を見れば、さっき自分が発信した番号だった。
先ほどの出来事を報告書で提出しなければならないと言う。
男の声は、仰ぐその空に似ていた。




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