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春の想い

一年を通して数回、この泉がある別荘に来る。
長期休み前や夏の日の週末、この別荘の持ち主である親友の両親に頼んで泊めてもらうのを、仲間達は楽しみにしているのだ。
近くには温泉郷があり、また、小さなテーマパークもある。
数日を過ごすには不便はない。
先ほども温泉地にある商店街で、夕食の買い物をしてきた。
メニューを決め、買い物リストを作り、下ごしらえをする。
料理は女友達の一人より得意ではないけれど嫌いでもない。
それにもう一人の親友ときたら、とてもとても。
私はキッチンでメインの仕上げまでし、友達にはサラダを作るよう頼んでここに来た。
勝手口を出た裏口は泉に面している。
3月は日が長く、5時を過ぎてもまだ明るい。けれどその明るさは、夏のそれとは違って淡く物悲しい。
私は大袈裟に深呼吸し、胸を膨らませた。

「食事の準備はできました?」

大きく息をはいた所で声を掛けられる。
少しだけ元気がない私を心配してくれたのだろう。

「もうすぐお食事ですわ」
「別荘の定番メニュー」
「たくさん食べられて、みんな大好き」
「嫌いな人っていますかね」
「辛いのが苦手、とかかしら」

彼は私を見て微笑む。意外にも元気だから。

「可憐がケーキを焼きますって。デザートに。器用ですこと」
「野梨子も何でもこなすでしょう。羨ましがる女性が多いしね」

その言葉に、胸のつかえの理由を思い出した。

「自分で何でもできる女性って、男性から見たらどうかしら?」
「何ですか?」
「どうせなら、何もできない方が魅力的ではありません?」
「何もできないのに魅力的なんて、おかしいですね」
「何でもできてしまうと、男性は自分なんていなくてもって思ったりしませんこと?」
「どうでしょう?何でもと言われても、男性と女性とでは根本的に違うものだから。
料理もできて勉強も、例えば仕事もできて・・・ですか?」
「ええ。近寄り難いとか」

彼は顎に手を当てて考えている。
あなたの理想はどうですの?と心の中で訊いてみる。

「人柄でしょうね。適当に何でもこなせても、朗らかでいる人は男女問わず好感が持たれるのでは。
逆に苦手意識が強過ぎて心を閉ざされると、助けたくても助けられなくなります」
「ちょっと話が逸れそうですわね」

私の偏見を、彼はいつも整えようとする。

「例えば悠理ですわ。料理もお掃除もできなくて手がかかるけど、傍にいてあげたいって皆が思いますでしょ?
不思議ですけど、特権でもありますわ」
「野梨子はどちらもできますけど、僕にとっては一人にはできない人ですね」
「あら、どうして?」
「あなたは危うい。あなたの判断はいつも正しいが、時々間違った正義感を持つから」
「間違った正義感・・・?」
「だから、傍にいて道を示してあげないといけない」

いつかの、過去のお話。

「悠理もそう。正義感が強過ぎて、あいつの場合はそれが力となって出てしまう。
暴力的って言った方がいいのかな?考えていることは女性的な正義なんだと思いますけどね」

そう言って、どこか遠いまなざしで彼女を想っている。

「だからこちらも力で抑え込まないと、あいつの場合はね」
「どちらのタイプを手に入れたいって思います?悠理?私?」

私は、ちょっと意地悪な質問を投げかける。

「手に入れる?どちらのタイプ?さあ、考えてもみない!」

そうでしょうね。あなたは、自分の事に気付いていない。

「それで、野梨子は悠理が魅力的で羨ましい、ですか?悠理からしてみれば、野梨子が羨ましいと思うでしょうけど」
「悠理のようになるのは難しいですけど、魅力的ではありますわ。きっと、彼女の純粋さと、清四郎の言う真の正義感ですわ」
「つまりは、純粋さと真の正義感を手に入れたいと」
「ええ。少しの間でも」
「今日の野梨子はらしくない」

不思議な時間が、私達の間に流れる。

「本当は私、誰かを傷付けてまで欲しいものがありますの」
「ええ」
「けれど得ようとする度に、それが失われるのではないかとばかり考えて不安になりますの。
とても不安で、不安になり過ぎて、求めていた頃に戻りたいとさえ思いますの。求めて、夢見ていた頃の方が幸せに思いますの」
「せっかく手に入って、嬉しくありませんか?」
「嬉しいですわ。自分のものになったなら…でも」

春の風が、今度は私達の間を優しく流れる。
春の匂い。春の暖かさ。

「今度の欲しいものは、それを手に入れたとしても・・・幸せにはならないように思えますの・・・きっと。
誰かを傷付け得たものは、同じように私を傷付け、いつか去っていくでしょう」
「切なく想う、今が一番幸せですか?」
「分からない・・・ただ、苦しいでだけですわ」

キッチンから、私を呼ぶ声が聴こえる。

「もしそれを手に入れたら、けっして自分から離れないように掴んでいればいい。
誰かを傷付けてまで得たものだ。責任を持って大切にすればいい」
「ええ。それが私から離れたいと思わなければ、そうしますわ」
「そんな弱気なら、まだ得てはいけない」

私は彼を振り向き、瞳の奥を知るまで見つめる。
心の中で、それでも私は欲しいのだと言った。



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