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reminiscence ~another page~

この作品は “Rummage Sale”様 へお贈りした作品で、二次創作小説作家として活動を始めた頃のものです。
多分、自分のサイトもブログも持っていなかった時で、13年前位の作品です。
ご了承くださいますようお願い申し上げます。



先ほど “charm anthology” の管理画面への復旧が確認されました。
ご迷惑をおかけ致しました。
あたたかな拍手、コメントをありがとうございました。

reminiscence ~another page~


1994年、当時携帯電話は一般では無かった。
主に使われていたのは、ポケットベルやFAXに留守番電話機能が付いたコードレス電話だった。
俺の趣味で携帯電話やそういった全てのものを持ってはいた。
だが、誰かの為に持たされる、というのは嫌いだった。
ポケットベルや携帯電話で自分の行動を縛られるなんて御免だった。
確かにその機能や使い勝手が便利なのは認める。
でも俺は、そういうことで自分の行動を誰かに見張られるのは大嫌いだった。
だから外出時にはそれをマナーモードにするか、場合によっては電源を切ったりしていた。
美童はそういう物を持つのが大好きだった。
(俺には敵わないにしろ)誰よりも早くその機能を使い込んでいた。
ちょっと外出する時も携帯電話を持ち歩いた。
ポケットベルをスラックスのベルトにつけ、携帯電話をジャケットの内ポケットの中に入れて歩いていた。
彼はそれで満足していた。
俺はよく彼を「音の鳴る通信男」と馬鹿にした。
すると彼は「女オンチな機械少年」と言い返した。
確かに俺は女には興味が無かったから、それ以上何も言わずに笑っていた。
俺はただ、そういう物で自分自身を縛られたくないのだ。

いつからか俺はそういう物に頼りたくなった。
自分の部屋に置いてある留守番電話の機能が正常に働いているか気にかかり、留守番電話の転送先を携帯電話にしたり・・・
仲間達にも携帯電話を持つように勧めた(当時メンバーでは俺と美童位しか持っていなかった)。
いつでもどんな時も連絡が取れるように。
自分自身を縛り付ける為ではなく、相手の連絡を逸速く取りたいと言うその気持ちは、結局自分を縛る物だった。
俺は、自分がいかに窮屈な所に自ら入ったのか気が付かなかったのだ。


悠理と映画を観るために待ち合わせ場所に向かったが、珍しく早く着きそうだった。
その日は悠理との約束以外、何も無かったのだ。
俺は時間を潰す為にデパートに入りエレベーターに乗り込もうとした時、偶然にも野梨子が出てきた。

「やぁ!」
「まぁ」

俺はエレベーターには乗らずに、彼女と共に脇に逸れた。

「今から何処かに行くのか?清四郎も一緒?」
「いいえ、父様と食事の約束を。でも時間があったからちょっと歩いていたんですの。魅録は?悠理と待ち合わせ?」

ああ、と俺は言うと、時間がまだあるのなら地下の喫茶店に行こうと言った。
彼女は白く細い腕にはめた腕時計を見るとちょっと肩をすくめ、

「コーヒー一杯くらいなら大丈夫かも」

と言った。
地下の喫茶店はいつも込み合っている。
俺達がそこに行った時、たまたま一組が席を立ったので入れたようなものだった。
まだ片付いていない一番奥の壁際の席に案内され、押し込まれるように席に着いた。
店内のエアコンディショナーがやけに効いていた。
外はまだ夏の準備を始めたばかりなのに、この店内は真夏並にエアコンディショナーをつけているように思える。
俺はすぐに頭が痛くなった。彼女も両手で自分の腕を摩っていた。

「こんな所しかなくて」
「どこも同じですわ」

この店のオリジナルブレンドコーヒーと言うのを一緒に注文したが、酷い代物だった。
まだ水を飲んでいる方がましだった。
野梨子はミルクと砂糖をたっぷり入れ、それでも一口以上飲まなかった。

「うまく携帯電話を使いこなせてる?」

俺は真っ黒でやけに小さい携帯電話をジーンズのポケットから取り出した。

「全くですわ。機械には本当に弱くて駄目。魅録に持つように言われて買ったものの、持ち歩く事なんて殆どですわ」

今日だって自室の机の上ですの、彼女は困ったように微笑んだ。

「分らない事があったら家の電話で連絡しろよ。いつでも喜んで教えるから・・・って、清四郎がいるか」

野梨子は戸惑ったように俺を見、携帯電話を見た。

「電話、しますわ。」

当時の携帯電話は今のそれと違って、とてもシンプルなデザインだった。
機能もかなり少なかった。
俺は今でもその携帯電話を持っている。完全にその機能を失ったけれど。
俺は野梨子に、一応俺の携帯電話の番号をメモに取るように言った。
彼女は上品な革の手帳を取り出して書き込むと「ありがとう」と口の中で言った。
私も明日からはちゃんと持ち歩きますわ、と言った。
俺達は、その内携帯電話の需要が伸びるだろうと話した。本当にその通りになった。

「そろそろ行かなくてはいけませんわ」

野梨子が伝票に手を伸ばして席を立とうとした時、俺はとっさにその右手に自分の左手を重ねた。
一瞬、彼女は自分の手を引こうとしたが、暫くその互いの重なった手を見つめていた。
彼女の手は冷たかったけど、俺の手で温かくなった。
どの位の間そうしていたか分らない。俺達は同時にそれぞれの手を引いた。

「俺が誘ったのだから、ここは払う。先に行けよ。俺はもう少しいる」

彼女は頷くと席を立ち、そのまま振り返らずに店を出て行った。
俺は野梨子がいなくなった席を見つめていた。
さっきまでの彼女の存在を認める事ができなかった。
確かにそこには、冷えて濁ったコーヒーや輝きを失ったスプーンが同じソーサーにのっていた。
その横に、空のシュガースティックやミルクがきちんと並べてあった。
でも、野梨子の存在を認める事ができなかった。
俺は目を閉じ、手を重ね合った数秒について考えた。
けれど俺の左手にはすでに、その温もりを失っていた。


目を閉じてじっとしていると、実にいろんなことが思い出された。
悠理との出会いから始まって、仲間達との出会い、共に過ごした沢山の時間。
思い出・・・野梨子と初めて出会ったあの交差点・・・
そして中学まで遡った。俺は中学まで、仲間と違う学校だった。

俺はある日の放課後、美術部の顧問の先生に呼び出された。
クラスまで迎えに来たのは、三年生の女子の部長だった。
彼女は背が低く、とても痩せていた。
クラスメイトに言われ廊下まで出て行くと、彼女が蒼白い顔で待っていた。
俺が近付くとニッコリと微笑んだ。
俺はすでに当時、百七十センチ近くあったから、彼女を見下げなければならなかった。
部長をそんなに近くで見るのは初めてだった。
よく見ると彼女のその白い肌は、透き通るように美しかった。
比較的大きな目、筋の通った鼻や赤く薄い唇は、その面長の小さな顔にバランス良くのっていた。
それでも彼女の印象は薄かった。
どんなに美しくても印象に残らない人がいる。彼女の持っている美しさは、そんな部類だった。
美術部があるのは、北側の校舎の日が当たらない場所だった。
部長には部室ではなく、顧問の先生の部屋に連れて行かれた。
部室には数人の部員がそれぞれの絵を描いていた。

「先生がいらっしゃるまでそこに座っているといいわ」

部長は部屋の中央にある、石油ストーブの前の席を勧めた。
そう、俺が中学一年の冬だ。
先生の部屋は薄暗くて、沢山の絵が縦に重なり合っていた。
そこは油絵の具と、煮詰まったコーヒーの匂いがした。
部長は小さな古い食器棚から適当なカップを取って、粉末状のミルクと角砂糖を二個入れて俺に手渡した。
それからコーヒーメーカーで作られていたコーヒーを注いでくれた。
すっかり煮詰まったコーヒーは、正直不味かった。
彼女は角砂糖を三個も入れて飲んでいた。美味しくないわねぇ、と言いながら。
顧問の先生が少し遅れて入ってきた。
背が低く、がっちりとした感じの体型をしていて、とても美術の教師とは思えなかった。
ただ、癖のある髪の毛が肩まで伸びて、それが何とか芸術家を思わせた。

「会議が入ってしまったんだ。部長、悪いけど頼むよ。じゃあ、すまんね」

とだけ言うと、また出て行った。部長は呆れて首を横に振っていた。

「結局のところ、あなたに来てもらいたいの。どうしてクラブを休むのかしら?」

俺は黙っていた。黙ってコーヒーカップを見ていた。

「運動部の方が良かったのかしら?あなたのような体型だと、運動部の方が合っていると思うわ。バレーとかバスケとか」

彼女は窓辺に行くと校庭を見つめていた。
そこでは、ソフトボール部の女子達がキャッチボールをしていた。冬でも彼女達は真っ黒に日焼けしていた。

「どうして美術部を選んだの?」

俺はまだ黙っていた。
俺はクラブ活動なんて嫌いだった。
授業が終わったら速やかに帰りたかった。
美術部が嫌いな訳でも、運動部が嫌いな訳でも無い。
ただ運動部に入ると、絶対早くは帰れない。
それどころか、自由な時間なんて失われてしまう。俺はそれが嫌だった。
授業が終わったら好きな事をしたかった。
家で機械をいじったり、スイミングスクールで泳いだり。
だからこのクラブを選んだのだ。早く帰れると思って。
でもまさかそんな事を部長には言えなかった。彼女は俺の隣に椅子を持って来て座った。
椅子に座ると、彼女はもっと小さくなった。

「運動部に移りたいのならそうした方が良いわ。どこかのクラブに行きたいのなら、そこで活動できるのなら、そうした方が良いわ」
「そういう事では、無いです」

俺は言った。彼女は僕を見て小さな顔を傾げた。

「ただ、美術部は俺には合わないようです。描いていて、入部した頃のような感動がもう無いから」

ふーん、と言った感じに彼女は首を縦に何度か振った。理解できないのだ。
それから暫く俺達は会話が無かった。
部屋には斜陽が入ってきた。それが一層、この部屋を古臭く感じさせた。
俺は油絵の具の匂いと不味いコーヒーで頭が痛んだ。

「私もできることなら運動部に入りたいわ。ハンドボール部とかソフトボール部とか。外で運動するのがいいわ。こんな身体では無かったらね」

彼女は笑った。

「身体が弱いから運動ができないの。お医者様に止められてるの。そうでなきゃこんな所にいないわ。絵を描くのは好きよ。でも身体を動かすのはもっと好き。だからあなたには好きな事をしてもらいたいの。だまって帰るのではなく、好きなクラブで活動してもらいたいわ。こういう事ができるのは今しか無いと思うの」
「分りました」

俺は言った。分りました、一体何が分ったのだろう。

「私、あなたの描く絵が好きよ」

部長は俺を覗き込むように見て言った。俺は顔が赤くなるのを感じた。彼女は近くで見れば見るほど綺麗な顔をしていた。無造作に束ねられた長い黒髪が後ろに下がっている。

「春にあなたが入部して来た時、デッサンが上手だなって思ったの。力強くて、線の強弱がはっきりしていて。抽象画は弱かったけど、写実的な絵は本当に素晴らしかったわ。秋の文化祭と大会に向けて描いた二枚の絵は、私の印象にとても強く残っているの」

俺は二枚ともバレリーナの舞台裏の絵を描いた。
友人の付き合い始めた女の子がクラシックバレエを習っていて、その友人から写真をもらって描いたのだ。
実物を描いた訳ではないから、余り良い出来では無かった。
一枚は百号の絵で、楽屋でバレリーナが自分の顔に化粧をしている所を描いた。
もう一枚は百五十号の絵で、舞台で十一人のバレリーナ達が本番前、それぞれの踊りの最終練習をしている所を描いた。
確か大会では入選までしか行かなかった。
ドガの絵を真似ていると言う評価だった。
何ヶ月もかけて描いた二枚の絵。今でも家の倉庫で眠っているはずだ。

「ありがとうございます」
「本当言うと、あなたには前のように来てもらいたいの。あなたは絵を描く事に感動を失ったようだけど、あなたの絵は人を惹きつけると思うから。良く考えてみて。選択はあなたに任せるわ」

そう言うと部長は、俺の膝の上に置いたままの片手に自分のそれを重ねた。
その手はびっくりするほど冷たかった。冷たくて、細くて、小さかった。

「長い時間ありがとう。話は終わり。なるべく早く結果を出して、先生に伝えて下さい」
「はい、失礼します。」

俺はそう言うと立ち上がった。椅子にコーヒーカップを置きドアの前まで歩いた時、部長は俺の背中に声をかけた。

「ロートレックの『化粧をする女』。あのあなたの模写が一番好きよ」

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俺は振り向いて一礼すると部屋を出た。

結局俺は二年になると同時にクラブを移った。その当時できたばかりの「E.C.S.(English Conversation Society)」に。
俺の家ではその頃、留学生のホームステイ先にしていたし、その学生達とのおしゃべりの
延長としてクラブ活動することができた。
おかげで日常会話には困らなかったし、弁論大会も出場して優勝する事ができた。

あの夕焼けの放課後以来、美術部長とは会っていない。


不思議な時間に目覚めたのは何故だろう。懐かしい夢を見た。
いや、どこからが夢でどこからが覚醒後の回想なのか・・・
懐かしいけれど、普段は意識の内側にありながら全く触れない所にある、記憶。
冷たくて、白くて、細い小さな手・・・
ベッド脇にある窓のカーテンの隙間から蒼い月明かりが零れて、俺の上半身を照らしていた。
ふと頭をもたげると、妻の手が俺の肩に触れていた。
その先には漆黒の髪があった。そして蒼い月明かりに照らし出される白い素肌。
きっと・・・
俺は思う。
この美しい妻が俺の青春の全てで、その片隅にある、色褪せつつあった記憶の断片を妻は掬い取ったのだ。
忘れてはならない。
あの人は俺の存在を肯定したのだ。この愛しい妻のように。


もしあの時、野梨子と裕也の出会いが無かったならば、あんな事件に巻き込まれ無かったならば、どうなっていたのだろう。
野梨子への想いに気付く事が出来たであろうか。
答えは出ない。
何故なら、それは既に現実として起こり、結果として今、野梨子は俺の妻となったのだ。
現実を別の仮定として置き換えるなんて不可能だった。
裕也との出来事で一番心配していたのは、剛毅果断な野梨子の幼馴染ではなく、俺だったのだ。
守らなくてはならない、何があってもあの二人を守らなくてはならない、と心底思った。
あの男にそこまでの気負いがあったろうか。
それとも野梨子を信じていたのだろうか。
今となっては分からない。
でも、俺は野梨子を守り続ける。
何があっても、命をかけて一生。それだけは確信できる。

そして・・・
野梨子が全てを含んだ俺を愛してくれているように、俺も全てを含んだ彼女を愛し続ける。




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