FC2ブログ

亡き王女のためのパヴァーヌ 7

本日アップもスティーヴン・レヴェンクロンの作品を参考図書としてです。


私が摂食障害になった時、あるカウンセラーから言われた事を今回掲載しています。
私は当時、大好きな小説を手にする事が出来ず、時々来る震えに怯えていました。
外に出る事も出来ず、本も読めず、家族に会う事すら億劫でした。

「このままでは自分が駄目になる」

そう思って自らカウンセリング治療を選びました。
多分、その時点で私の病気は半分以上回復していたと思います。
「私はおかしい」「良くなりたい」そう思ったのですからね。
「おかしくない。今の状態が良いのだ」と思っているうちは、やはり心が病んでいる場合があります。
ですから悠理も、気付かないうちに回復に向かおうと自ら願っているのです。
担当医の優しい語りかけによって。




*現在連載中の作品は、過去に実際自分が経験した“摂食障害”を、
また当時熟読したいくつかの小説から有閑倶楽部二次へと創作した小説です。

二次創作小説や摂食障害についてご理解いただけない方はご遠慮下さい。
















希望を持つ必要があるのは、生きてゆかねばならないからだ。





亡き王女のためのパヴァーヌ 7





「いいかい。天井を見て。頭を動かしては行けない」

見知らぬ外科医が、言う。
手術が始められたのだ。
最初の注射は、胸のかなり上の真ん中に打たれた。必死で痛みを堪える。
二番目はもう少し下に。
三番目は、肋骨の中に打たれたような気がした。
四番目のは腕の下に打たれて、これが最悪だった。永遠に続くのかと思った。
痛みが背中から湧き上がると、波のように首筋を通って後頭部に押し寄せた。
肋骨から頭に流れ込む痛みの河に、叫ばないように口をぎゅうっと結んでいるしかなかった。

清四郎、清四郎、助けて!

心の中で叫び続ける。
何もかも意識の外に締め出してしまいたい気持ちと現実の痛みに、引き裂かれそうになる。

清四郎来て!助けに来て!

どうして来てくれないんだよ!
いつもなら、あたいが危険な目に合うと助けに来てくれたじゃないか!
「お待たせ」って来てくれたじゃないか!

また注射が始まる。今度は同じ手順で、でも、六度打たれる。
次に胸に刺されるような痛みが走る。刺されるというより、胸にドリルで穴を開けられているようだ。
痛みが首と肩を襲ったが、最後の注射によって段々と痛みが鈍くなってくる。
ドリルで穴を開けられている感覚が、刺すような感覚に変わる。
やがて刺すような感覚も鈍くなり、胸の中に何かが入り込んできた。
何かが、突き当たったり小突いたりしながら胸の中に滑り込んでくる。


彼女は逃避したかった。幸せだった頃に。
魅録や清四郎達と仲良くなった、中等部三年の頃に。
毎日が輝いていて、新しい発見の連続で、笑顔が絶える事が無かった。
ただただ楽しいだけで、ただ、それだけだった。
仲間達を皆平等に愛していた、あの頃。彼女は同様に皆から愛されていた。
愛した分だけ、いや、それ以上に愛されていた。


なんで、清四郎を好きになっちゃったの・・・・・


意識が、遠退く・・・・・



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



悠理が覚醒した時、見慣れない、歪んだ白い天井が見えた。

ここは・・・どこ?

「やあ、どう?」

担当医が顔を覗かせる。
何事も無かったかのように、彼女に話し掛ける。
この表情は、まるで清四郎のようだと彼女は思う。
まだ少しぼんやりする頭で、担当医がカルテに記入するところを眺める。
ここは彼女が住んでいる所から遠く隔てられた診療所の、醜い病室であると思い出す。
先程恐ろしい手術が行われ、永遠の罠に掛かったと彼女は思う。

「・・・帰りたい・・・」
「ちゃんと健康になったらね」
「いつ?」
「予言するのは難しいね。それに、ある部分は君次第だね」

彼女は高カロリー輸液の入った点滴瓶を睨みながら言う。

「こいつがあたいを太らせるんだ」
「太らせるんじゃない。健康な姿に戻してくれるんだ。君はとても重い病気なんだよ。昨夜だって看護士が見つけなかったら死ぬところだったんだ」
「ああ、そうだったろうな」

投げやりに答え、彼とは反対側の白い壁に目を向ける。

「悠理君、聞いてくれ。こういう事を言わなくてはいけないのは残念なんだけど、今、僕達は率直にならなくてはいけないんだ。
話が君自身の事や君の健康の事になると、君はまともな判断が出来なくなる。だから僕が代わりにやっているんだ。
僕には君に対して責任があるんだ。何か要求があったらまず僕に伝えるんだよ。
つまり僕は、君の全てを引き受けているんだ。君が自分で自分をメチャクチャにしないように、それから医学的な危険が無いように全力を尽くすつもりだ。
分かるかい?」
「それであたいを何キロ位太らせるんだ?」
「君を太らせるんじゃない。医学的な立場で、危険から君を救うんだ。三十四キロか三十五キロ位になるまで、それを繋いでおくつもりだ。
君のヴァイタルサインを見ながら決めていくよ。でもね、いずれ自分で食事を取って、体重を増やしていかなくてはいけないんだよ」
「子ども扱いするな!自分の体調は自分がよく知ってる!あたいは今が一番良い状態なんだ!」
「君はまだ子供じゃないか!子供だよ。今の君は、自分で自分を守りきれない、小さな小さな幼子のようだ」

涙をいっぱい溜めた目で担当医を振り向き、彼女は細長くなった両手で顔を覆う。
痛みが上半身全体に走り、一瞬身体を強張らせて呼吸を止める。そして今度は少しずつ深呼吸を始める。

「・・・・・あたい、怖いんだ。コイツの所為でどんどん太って、醜い位ブヨブヨになってしまうのが。そうしたら、もう今のような身体に戻れないよ、きっと」

右手で顔を覆い、シクシクと彼女は泣き始めた。

「大丈夫かい?ねえ、体重に対する強迫観念は君の本当の問題じゃないって事に、そろそろ気付かないといけないよ。
体重が増える事は、君が本当に怖れている事じゃないんだ」

彼は悠理にとって新しい領域に踏み込み、彼女は怯えだした。

「どういう、事?」

震える手を握り締め、天井を見つめながら聞く。

「体重が増えるのを君が怖れる気持ちは本当だ。こう言った方が良いのかな。君は体重が増えるのを本気で怖がっている。
だけど、その恐ろしさは君の頭の何処か別のところから来てるんだ。一体何が本当の事なのかって事なんだ。
太り過ぎているのなら、体重が増えるのを怖れるのは現実的な事だね。だけど、君は餓え死にする程なんだから、太り過ぎるなんて事はありえない。
だから問題は別の事だし、それが何なのか分かったら、君はこの恐ろしい罠から自由になれるんだ」

まだ彼女には彼のこの言葉の意味が理解出来なかったが、でも何処かに安心感があった。
彼女は初めて、今、とても安心だと感じた。
けれど、すぐに恐怖感が頭をもたげてきて、不安に変わってしまう。

「絶対に保障する。覚えといてくれ、僕が管理してるんだ。だから、僕が確かだと言えば、確かなのさ」



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



担当医が病室を去っても、悠理の頭から彼の言葉が離れない。


絶対に保障する。


かつて清四郎にも、彼女は言われた。


大丈夫だ。絶対おまえは死なないから。
絶対、死なない。保障してやるよ。


あの、清四郎の温かな言葉。包まれた頭や背中の温もり。
あれだけで、彼女は安心感を得た。

絶対に保障する・・・・・


彼女はベッドの上で布団を被って静かに泣き始めた。

ばかやろう!誰もいないじゃないか!!
あたいは死にかけているんだろ?じゃあどうして誰も来てくれないんだ!

死なないって、言ったじゃないか・・・・・何でこうなっちゃうんだよ・・・・・


「悠理」

突然ドアが開いて、誰かが彼女の名前を呼ぶ。

「悠理、どうした?具合が悪いのか?」
「・・・魅録?」

布団を被ったまま、声の主を当てる。

「どうした?何処か痛いのか?」
「・・・寝てたんだ。」
「手術、無事終わったって。さっき担当医とすれ違ってさ。良かったな」
「ちっとも良くないよ。こんな奴の所為で、あたいは醜くさせられるんだ」
「ばーか。健康になるんだぞ。おい、ちょっと顔を見せろ」
「やっ!」
「痛くて、泣いてるんだろ?」
「違うやい!薬の所為で顔がむくんでるんだ。見せたくない・・・・・」
「悠理・・・・・」

魅録はベッドの近くの椅子に座り、掛け布団に手を掛け、ゆっくりとそれを下げた。

「ちっともむくんでなんかいないぜ?」

彼女は担当医にそうしたように、壁の方に目をやってしまう。
魅録は点滴のスタンドを見上げ、悠理の左胸まで続く管を見つめる。

「歩けるのか?」
「二、三日したら歩けるって」
「早く取れると良いな」
「ん・・・何しに来たんだよ?」
「え?ああ、お前の好きな雑誌や漫画本を持って来たんだ。退屈してると思ってさ」
「サンキュ。テーブルの上にでも置いといて。後で読むからさ」

彼は言われたように持ってきた雑誌類をテーブルの上に置き、それから棚の上にある花瓶を見つめる。

「野梨子が、来てるのか?」
「ん・・・毎日のように来てるよ。学校であった事とか勉強の事とか報せてくれる。美童も土曜か日曜日の午前中に来てくれる。
デートの前にさ。清四郎と可憐だけだよ、会いに来てくれないの」
「会いに・・・来れないんだろ」
「あたいの事なんか、心配じゃないんだ」
「そんな訳無いだろ」
「じゃあ、何で来ないのさ?」
「・・・・・」

応えられないもどかしさで、魅録はソファにどっかりと座り込んだ。

「魅録、ごめん」
「なあ、悠理。俺達、本当にお前が心配なんだ。野梨子も美童も、可憐や清四郎だって。本当に心配してるんだ。
元気な姿になって、学校に来て欲しいと思ってる。本当だぜ。
だから辛くても担当医の言う事を聞いて、早く良くなれ。
お前がどんな姿になったって、悠理は悠理だ。俺達の大切な仲間だ。それだけは覚えていて欲しい」

魅録が病室を出て行った後、彼女はぼんやりとテーブルの上の雑誌類を見つめていた。

あたいの為に、こんなにいっぱい・・・

無理に起きようとして上半身を上げると、激痛がまた走る。
痛みの所為で眩暈もする。

「いったーい・・・」

点滴瓶を見上げる。
でも、不思議と憎らしい気持ちは起きない。むしろ、安堵感が広がる。
ノックがして、また担当医が戻って来た。

「お友達、帰った?」
「うん。先生、起き上がろうとするとスゴク痛いし、眩暈もする」
「もう少しの辛抱だよ。直に起き上がれるようになる。ところで、凄い雑誌だね。お友達が持って来たの?」
「そうだよ」

彼は珍しそうに雑誌を手にする。殆どがバイクや音楽関係の雑誌だ。

「でもさ、今、あまり・・・って言うか、全然本なんて読めないんだよね」
「どういう事?」
「前にもさ、あたいの友達が本を持って来てくれたんだ。動物の写真がたくさん載った本だよ。動物達の表情がとても可愛くてさ。
時々見てた。でも、今は手にする事も出来ない。読めないんだ。見れない。触れない」
「読みたくないって事かな?」
「違う。読みたい気持ちはあるんだ。でも、読めない。触る事もできない」
「何故だろう?分かるかい?」

彼女は右手で頭を押さえて考えた。

「分かんない。でも、諦めてるのかな・・・・。どうせこんなの読んでもって思う。
それから手がちょっと震える・・・・・分かんない。読めないんだ。読みたいけど、読めないんだ!!」

頭を押さえていた手が、今度は幾つも涙が零れ落ちる目を押さえる。
彼女の小さな胸は波打った。

「悠理、落ち着いて」

担当医は、初めて彼女の名を呼び捨てた。
彼は先程魅録が座っていた椅子に座り、彼女の頭に手を置く。

「泣きたいだけ、泣いていい。教えてくれて、ありがとう」

彼のその手が、声が、余りにも清四郎に似てるから、悠理はわんわんと泣き始めた。
彼女の涙が落ち着いた頃、彼は近くにあったティッシュペーパーを数枚取り、涙と鼻水を拭き取った。

「落ち着いたかい?」
「先生、ごめん・・・・・」
「気にしなくて良いんだよ。僕には気を使わないで」

彼はテーブルの上の雑誌類を見つめ、それからもう一度悠理を見つめた。

「本なんか読めなくたって良いじゃないか。今、君が読みたくないのなら読まなくていい。焦らないで。
もしかして数日もしたら君は、本あるいはあの雑誌の中の一つを手にするかも知れない。
その次の日には、タイトルが読めるかも知れない。
その次の日には、ページが捲れるかも知れない。
その次の日には一文字、また次の日には一行、次は一ページ。
そうしている内に君は、いつか本を読み終える時が来る」

彼は微笑んでみせる。
そしてちょっとだけ顔を赤らめた。

「その時はきっと君はこの診療所を出て、外を飛び跳ねていると思うよ」

チャーミングにウィンクしながら、彼はそう言った。
その言葉が、不思議と悠理の心を温める。

悠理は初めて心から祈った。
彼の希望ある行動に、彼の温かな瞳に・・・彼の優しい語りかけに・・・


いつか、必ず、良くなりますように。


(2007/11/06 up)








スポンサーサイト