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亡き王女のためのパヴァーヌ 8

時間がある時はアップをしようと思います。
本日2度目です♪



*現在連載中の作品は、過去に実際自分が経験した“摂食障害”を、
また当時熟読したいくつかの小説から有閑倶楽部二次へと創作した小説です。

二次創作小説や摂食障害についてご理解いただけない方はご遠慮下さい。













恋は時を過ぎ去らせ、時は恋を過ぎ去らす。





亡き王女のためのパヴァーヌ  8





「放課後も、淋しくなりましたわね」

テーブルの上で書類を整理しながら、野梨子は呟いた。

「だな・・・」
「悠理がいない。可憐がいない。清四郎も、役員会が無ければ、来ない」

三人は顔を見合わせ、溜息を吐く。

「野梨子、毎日悠理のところに行ってるみたいだけど、どう?変わりないか?」

魅録が音楽雑誌を閉じながら聞く。

「悠理はとても頑張っていますわ。高カロリー輸液も間もなく取れそうですの。
担当医に心を開いて来ているみたいです」

そうあの日から、悠理は担当医に心を開き始めた。
自分の体重に対する強迫観念が、本当の問題ではない事に気付き始めたのだ。
いや、正確に言えばこうだ。
彼女は体重を減らす事によって注目されたいと言う、本当の目的を思い出したのだ。

「そっか・・・良かったな」
「ええ。でも、問題は山積みですわ」
「そうだね。悠理が良くなって退院しても、今のままでは多分、同じ事を繰り返すと思うよ」
「清四郎は、どういうつもりなんだ?野梨子、何か知っているか?」
「全然ですわ。最近は登下校も一緒ではありませんの」
「可憐は?」
「拒否されてるよ。電話もメールもね。家に行っても取り合ってくれないし。参ったな」
「二人の気持ちを聞きたいですわ」
「どう思っているのか。どうしたいのか。どうするつもりなのか」

野梨子が立ち上がり、簡易給湯室へお茶を入れに行く。

「美童、どう思う?可憐は清四郎が好きなのか?」
「んん・・・今回の事が無ければ、可憐は気付かなかったのかも知れないね。清四郎への気持ち」
「好きだったなんて、俺は知らなかった」
「僕だって。びっくりしたさ」

恋愛の達人と言われる自分が、全く清四郎と可憐の事には気付いていなかったのが悔しい美童である。

「実は・・・」

野梨子がトレーに紅茶を入れたカップを載せて戻って来た。

「担当医に、清四郎との面談の許可が欲しいと言われてますの」
「面談?清四郎と?悠理が?」
「ええ。最初は清四郎とだけのようですが」
「そんな事までするの?」
「悠理の神経性拒食症は、難しい病気ですから」
「でも、清四郎がすると言うかな?」

野梨子はテーブルに着き、紅茶の入ったカップを見つめる。
温かな湯気が、ゆっくりと上がっている。

「この間は、剣菱の小父様と小母様と面談されたようですわ。まあ、悠理も交えてですけれど」
「あの家庭環境だ。問題はありそうだよな」
「確かに」

魅録と美童は笑う。
野梨子は二人を睨みつけ、言動を窘める。

「でも、悠理は両親に随分愛されてるとおっしゃってましたわ。
いささか甘やかせ過ぎているようでもありますが、と。家庭環境には問題はありませんのよ」

二人は肩を竦める。

「悪い、野梨子」
「って事は、やっぱり清四郎の所為?」

彼女は小さく何度も首を縦に振る。

「だから、面談をしたいと」

三人はそれぞれに頭を悩ませた。



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



悠理の病室のドアがノックされる。

「入るよ」

担当医が昼食のトレーを持って中に入って来た。

「何?どうしたのさ?」

彼女は怪訝そうな顔をして、担当医を見る。

「君と一緒に食べようと思ってね、持って来た。さあこっちに来て。君の分は僕が運んであげよう」

彼はそう言うと自分のトレーをテーブルに置き、悠理の分をベッドサイドのチェストの上から運ぶ。

「どういうつもりさ?」
「これからは毎日、ここで昼食を取ろうと思ってね」
「あたいを監視する気か!ちゃんと食べてるし、吐いてなんかいない!」
「君の努力は認めるよ。点滴も取れたし、何とか介助なしで歩けるようにもなっている」

そう、彼女は高カロリー輸液を外されていた。

「あれの所為で、何キロ太ったと思っているんだ!」

また、感情的になる。

「三キロだ。でも外してから一週間で、君は一キロも体重を減らした」
「減らしたんじゃない。減ったんだ、勝手に」
「そうだね、その可能性もあるね。点滴を外したんだから」

悠理はベッドに腰掛けたまま、細い足をブラブラさせている。

「悠理、こっちにおいで。食事の時間だ」

担当医は、あれから彼女を呼び捨てた。

「今は、欲しくない。後で食べるよ」
「ここでは十二時からの一時間が昼食だ。余程の事がなければ、守って欲しいな。看護士の人数が少ないんだ。手間隙を掛けられない」

彼女は仏頂面でテーブルに着く。

「その代わり、君の好きなように食べていいさ」
「好きなように?」
「食べ方が、あるだろう」
「・・・・・」

急に俯き、身体を震わせる。

「すまない。君が食事を取る事を怖がっているのは知っているよ。でもそれから逃げては行けない」
「逃げてなんかいないもん」
「そうかい。さて、病院食って相変わらず酷いな。卵とハムのサンドウィッチにマッシュポット、コンソメスープか。
これじゃあ僕だって食欲がなくなるよ」

二人は顔を見合わせて笑った。

「食べられるかい?」
「んん・・・食事ならね、うちのシェフが作るのがいいな。
ただのサンドウィッチだって美味いんだ。腰のある食パンにバターが塗ってあって、シャキシャキのレタスとハムが入ってるの。
シェフの作るマヨネーズがスゴク美味しくって。たっぷり入れてもらってた。前なら、いくらでも食べられたな」

担当医は食事を取りながら、彼女の様子を盗み見る。
サンドウィッチを小さく千切りながら口に運び、その度に近くに置いてあるティッシュペーパーで口を拭う。
マッシュポテトも同じように、フォークで綺麗に少しだけすくう。すくう量は、量ったように同じだ。
彼が食べ終わっても、悠理は三分の一も食べられない。

「悠理、何を怖がっている?」
「何も。ちょっと量が多いな。もうたくさんだ」
「ポテトを半分は食べて欲しいな」
「・・・・・冷え過ぎて、美味しくない」
「冷え過ぎてるのは、君の心だろ?」

彼女は目を見開き、担当医を見つめる。

「何が言いたいの?」
「この間も言ったように、食べる事や体重が増え過ぎる事は君の本当に怖れている事ではない。
それを怖がるって事は、理屈に合っているような感じがするかも知れないけど、体重を凄く減らし過ぎて死ぬところだったよね。
じゃあ太り過ぎる事を怖がると言うのは、理屈に合わない。
理屈に合う恐れと言うのは、危険が消えたら消えてしまう。
君は凄く危険だったけど、その危険はもうすっかり消えている。なのにまだ怖がっている。
だから君が怖がっているのは、太る事とは違う別の事だと思うんだ。
ねえ、体重が増え過ぎるのが怖いって思い込んでいるだけなんだよ。
だって、本当に恐れている事を考えるより、体重を怖れている事の方が楽だからね」

悠理は自分前の食事を見た。それから担当医を見た。
彼女の目は混乱と惨めさが交じり合っていた。

「君が僕に、皿の上の料理が怖いと信じさせたがっているのと同じ位、僕は君が、食べ物がそんなに怖いなんて信じられない。
そういうふりをしているだけなんて言わないけど、君のある部分は、他の何かを怖がるより食べ物を怖がっている方が簡単だと感じてるんだよ」

担当医は悠理のフォークを取り、マッシュポテトの山を崩して平らにすると、その中にしかめっ面を描いた。

「ブー。お前を食べちゃうぞ」

悠理は思わず笑ってしまった。

「さあ、鏡を見ようよ」

彼女はびっくりして彼を見上げている。
彼は彼女の腕を取り、部屋に取り付けてある洗面台の前へと連れて行った。

「この腕。この腕がそんなに太いかい?」

棒のような細い腕を取り、鏡に映す。

「・・・・・普通だよ」
「じゃあね、十人に公平な意見を訊いたら、何て答えると思う?」
「痩せ過ぎって答えるんだろ!?」

彼女は腕を強く引き、鏡の前から逸れた。

「何故その人達は、そう答えるんだと思う?」
「何て言わせようとしてるか、分かってるぞ!あたいが痩せ過ぎてるから、そう言わせたいんだろ!!」
「じゃあ君は痩せ過ぎていて、みんながそう思っているのに、どうして君だけがそう見えないんだろうね」
「それは・・・それは・・・」
「今の君は、まだ感情が上手く働いていない。今の君は、自分自身にトリックを仕掛け、自分自身に間違った情報を流し、
それから、いつまでも消えない間違った恐怖を与えている」

彼は彼女の腕を引き、ソファに座らせる。

「僕達の仕事は、本当に恐ろしいものを探す事なんだ。それを見極める事が出来たら、恐怖を和らげる事が出来ると思う」

彼もソファに座ると、じっと彼女を見据えた。

「それに、そんなに君を怖がらせるものを、僕も一緒に分かち合いたいんだ」



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



「珍しいですね。野梨子がこんな所に僕を呼び出すなんて」

秋を感じさせる高い空を背に、清四郎は野梨子の前に現れた。

「最近は、随分お忙しそうですのね。倶楽部にも顔を出さないなんて。皆心配しているんですのよ」
「ええ・・・・・」

二人は小高い丘にある、古い教会の前の公園にいる。
ペンキの剥げた白いベンチに腰掛ける野梨子は、遠くに望む街並みを見ていた。

「少し散歩をしませんこと?ここ暫く、清四郎とは肩を並べていませんもの」
「何か話があるのでは?」
「ええ、もちろん」
「悠理の事でしょうか?」
「そうですわ」

清四郎は彼女が立ち上がるのを待ち、二人が長年によって築いたいつもの距離を作る。

「秋も、もう直ぐですわね」

ちらりと彼女を見下ろしてから視線を前にし、歩き始める。
まだ風は生暖かく、枯れ葉の気配も無い。

「悠理は、良くなっていますか?」

静かに彼は聞く。

「ええ、元気になってきましたわ。点滴が外れましたの」
「そうですか。良かった。僕も早く彼女に会いたい。会って、いろいろと話し合わなくてはいけませんね。
ああでも、今は身体を大切にしないと・・・・・」

独り言のように呟く。

「野梨子には本当に世話になっています。病院にいる間は、悠理をお願いします」
「分かってますわ。でも私達、このままずっと悠理を清四郎に会わせたくないと思ってますの」
「野梨子?」
「清四郎の今の話ですと、悠理が退院後、面倒を見ると言う風に聞こえますけれど?」
「・・・・・」
「結論が出ましたの?」

彼は彼女に背を向け、幼い頃から見慣れた街並みを見下ろす。

「随分と意地悪になりましたね、あなたは」
「そうでしょうか」
「そうですよ」

ゆっくりと振り返る彼の眼は、冷たい色を湛えている。

「今の状況で、悠理と別れるつもりはありません」
「それは、彼女が病気だから、と言う意味ですの?」
「・・・・・」

暫く沈黙が続き、野梨子は堪らず教会の方へと歩き始めた。

音も無い風が頬に触れ、木々が優しく揺らめいた。

「清四郎、覚えてます?幼い頃、あなたが私の手を引いてここに連れて来てくれた時の事を」

彼は目線を上げて彼女を見つめ、揺らめく枝葉の間から木洩れ日を受けるように顔を上げた。

「ええ、覚えていますよ」

眩しそうに日を受け、安心したように微笑む。

「私がお茶のお稽古で母様に叱られて泣いているのを、清四郎は見兼ねて私をここに連れて来てくれたんです。
午後の陽射しを浴びて、私は不思議な程安らいだのを覚えていますわ。
手を繋ぎながら教会の周りを探検したり、窓から中を覗いたり。
私には初めての経験で胸が高鳴ったのと同時に、清四郎がこんな遊びをいつもしているのかと思いました」
「野梨子は初めとても嫌がっていましたけれど、僕の手を離しはしなかった。それどころか夢中になっていましたね、最後には」

二人は顔を見合わせて微笑んだ。
それは本当に自然な微笑みで、先程まで二人の間にあった冷たい空気が和む。

「汗で手がびっしょりになっても、野梨子は僕の手を解放してくれませんでしたね」
「だって本当はとても怖かったんですのよ。牧師さんに見つかったらと思うと。でもそれと同時に、自分の中の悪戯心が大きく芽生えていましたわ」

彼女はあの時繋いだ右手をじっと見つめた。
その手は、永遠に自分のものであり、また彼のものになると信じていた。

どこかでチリンチリンと風鈴が鳴る。
その音が野梨子に、抑え切れぬ悲恋を思い起こす。

「清四郎は、ここで野梨子ちゃんと結婚するんだと、言いましたのよ」

一緒にいるのが余りに自然だったから、その言葉の意味を知らぬまま、でもずっと一緒だと信じていた。

彼は懐かしそうな顔を、ただ表しただけだった。
彼女が何故この場所を選んで清四郎と話すのか、彼には伝わらない。

「あの時の野梨子が、僕の中で一番子供らしい姿でした」

風のように爽やかな笑顔を、初めて僕に見せてくれたような気がします。

夕刻が近くなリ、木々がざわめき始める。
僅かな沈黙の後、彼はまた口を開いた。

「・・・・・悠理も、そうだった」

彼女との出会いは衝撃だったにしろ、僕は彼女に惹かれていた。
彼女を遠くから見る事しか出来ない時も、僕の中で彼女の存在はただただ大きくなるだけだった。
明るく爽やかで、春の風のような人・・・でもとても脆い人だった。
彼女と親しくなればなるほど、彼女の脆さを知っていった。
まして子供のまま大きくなってしまったような人だから、何とかしてやらなければと本気でそう思った。
友人として、異性として、入り雑じる僕の感情をぶつけるものだから、彼女には強過ぎたのかも知れない。

「異性として彼女といるようになると、やはり僕はただの男だった。
子供のままの彼女は、僕によって、肉体も精神もメチャクチャに引き裂かれてしまった」

二人はゆっくりと、また公園の方へ歩き始める。

「悠理が、可哀想」
「多分それが・・・可憐への始まりだったのかも知れません・・・」


全てを告白しようとする清四郎を野梨子は受け入れ、また彼への想いを振り切った。


(2007/11/15 up)










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