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亡き王女のためのパヴァーヌ 9

こんばんは!
拍手をありがとうございます♪

本日も参考図書(引用)は同じです。
ご了承下さい。



*現在連載中の作品は、過去に実際自分が経験した“摂食障害”を、
また当時熟読したいくつかの小説から有閑倶楽部二次へと創作した小説です。

二次創作小説や摂食障害についてご理解いただけない方はご遠慮下さい。














真実を語ろうとする人は、扉が閉ざされていることに気がつく。





亡き王女のためのパヴァーヌ 9





ここ数日、悠理は熟睡出来ないでいる。
動悸が酷く、寝苦しさの余り目が覚めるのだ。
真夜中に目覚める時間はだいたい同じで、午前一時過ぎだ。
目覚めた時、いつもこの苦しい程の不安が何なのか分からない。
胸を押さえ、何度か寝返りを打ち、その度に感じる身体の痛みによって胸の痛みを思い出すのだ。


「清四郎と面談するって!?」
「ああ。最初は僕とだけでね」
「何故そんな事をするのさ?」
「言っただろう?僕の仕事は、君が本当に怖れているものを探す事なんだ」
「でも・・・」
「彼に会う事で、君がそうなってしまった原因が分かるような気がするんだ。違うかな?」
「・・・・・」
「僕との面談の後で、君さえ良かったら、彼と面会させるつもりなんだが」

悠理は担当医に背を向け、ベッドに潜ってしまう。

「ねえ、彼と会いたくないのかい?」

彼女にとってこの質問は、まるで脅迫だった。
でも担当医は、本気で会いたいのか会いたくないのか訊いている。

「清四郎が会いたいって言うんなら、会ってもいい。でもあいつとの面会に、誰も入って欲しくない」
「どうして?」

どうして?
何でそんな事訊くのさ!

悠理はブランケットを握り締め、胸元で抱き締める。

同じ部屋に清四郎と先生がいて、そこにあたいもいなくてはいけないとしたら、あたいは清四郎の前で全てを曝け出さなくてはいけないの?
たった数分でも三人で過ごしてしまったら、あたいは清四郎も先生も失ってしまう!!
そうしたら、あたいはまた独りぼっちになってしまう。

「あたいが清四郎と一緒で、いい気分でいられる訳ないだろ?」
「そうかも知れないね。でも僕は、君が彼に対してどういう風に振舞うのか、彼が君にどんなふうに接するのか、知りたいな」

悠理、と担当医は彼女をブランケットの上から軽く叩いた。

「いいかい、面談がどうなろうと僕が君を救いたい気持ちは変わらないし、僕達のカウンセリングは今までどおり続けていくんだ。
それにね、今回一回きりだって三人で話し合うって言うのは、君達二人にとって意味がある事だと思うよ」

彼女はブランケットから目だけを見せて言う。

「始めるちょっと前に二人で会える?」
「いいよ」
「それと、終わってからも少しだけ会える?」
「もちろんさ」

悠理は約束を取り付けて清四郎との面会に納得したはずだったが、真夜中に、恐怖がまた首を擡げて来る。

何か危険な事が起ころうとしている。

悠理は清四郎との面会の事を考え始める。彼との面会まで時間が無い。
それまでの間、どうやって過ごせば良いのか分からない。


*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



時が冬に向かって経過していた。
だが、秋の終わりにまだ達した訳では無い。
川から生まれる風が余りにも冷たくて、可憐は立ち止まり、自分を待つ男の姿を息を潜めて見つめた。
男は遊歩道の手摺に両手をついて川を見ている。
彼女がじっと見つめているとその視線に気付いたのか、ゆっくりと振り返った。
二人はじっと視線を絡ませてから、互いが静かに歩み寄った。


「あなたはもう僕を赦してくれないと思った。とても苦しかった」

清四郎は川を見つめながら、囁く。

「あなたの方へ駆けて行きたかった。でも僕は、ただじっと待つしか出来なかった」

思った以上に風が強く、乱れる長い髪の毛をコートの襟に入れながら彼女も口を開いた。

「ずっと一人でいてね、時間の波が、わたしの中で満ちて行ったり引いて行ったりしていた。その音を、ずっと聴いていたの。
打ち寄せては引いて行く、その引き潮の中で自分の声を聴いていたわ。
一人で生きて行ける程、強くは無いって」

視線を少しずつ彼の方へと向ける。その視線にはもう、迷いは無い。


わたしにとって倶楽部の仲間は、本当に大切なの。
失ってはいけないものなの。
みんなと笑顔を交わして、馬鹿を言ったりふざけ合ったり。
時には冒険をして、励まし合ったり・・・
みんなといる事で、わたしは本当に満たされてたわ。


彼女は寒さの余り、コートの襟をギュッと両手で閉める。
川の向こうでは無数の薄が揺れ動き、その後ろには夕陽に染まった雲が空一面にあった。


この間ね、悠理の所に行ってきたの。美童に無理を言って連れて行ってもらったわ。
病室に入るとね、悠理がベッドに座って待っていてくれた。
わたしの方をゆっくり振り返って、その目には涙が一杯に浮かんでいて。
悠理ね、何も話さないまま私を抱いてくれたの。立ち上がって、両手でわたしをしっかりと抱き締めてくれたわ。
それから小さな声で「ごめんね」って言ったの。
ごめんねって・・・謝らなくてはいけないのはわたしの方なのに。あの子をあんな身体にしたのは、わたしなのに。
あの子は、ごめんね、ってそう言ったの。

美童に二人っきりにしてもらって、わたし達、ちょっとだけ話をした。
その時にね、清四郎が買ってあげた、あのブレスレットの話になったの。
あの子ね、あれを隣りの病室の子にあげちゃったって。とても欲しそうな顔をしていたから、あげたって言うのよ。
わたし可哀想に思って、次の日、全く同じものを作ってあの子に持って行ってあげたの。
だって清四郎からのプレゼントだもの。大切な人からの贈り物って、本当に大切な宝物だもの。
でもあの子ね、それを見た瞬間、わあっと泣いちゃって。
全身を震わせて、自分の身体を抱き締めて泣いてしまったの。
あんな泣き方したの、初めて見たわ。
わたしその時、分かったの。
あのブレスレットは清四郎から贈られたと言う事に意味があって、代わりの物では意味が無かったのよ。
今でも代わりのブレスレットを持って行った事、あの時の事を悔やんでいる。

そして、その時の事をとおしてもう一つ分かった事があるわ。
あの子には『代わりのもの』を与えてはいけないと言う事・・・・・

風がざあっと吹き、木々が音を立てて荒々しく揺れ動く。
可憐は確かな両の目で、清四郎のそれを見つめる。

「清四郎・・・あの詩の続きは、悠理と一緒に作り上げてね」



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



清四郎との面会を間近に控えたある日、担当医が悠理の病室に入ると、彼女は不機嫌そうにベッドの端に腰掛けていた。
彼が声をかけても何も答えない。

「やあ、今は不機嫌タイムなのかい?」
「ねえ、あたい、本当はやりたくなんか無い。全部先生の考えだよ」
「そうだよ。僕の考えだよ」
「あたいが気に入るとでも思った?」
「もちろん、とは言えないな」

担当医はベッドの近くの椅子に腰掛け、長い足を組む。

「僕が彼と君と三人で面談したいと思ったのは、この間も言ったけど、二人がお互い、どういう風に相手に接しているのか理解したいからなんだ。
二人の内のどちらかが感情的に傷付いて激しい反応を示すと、相手を動揺させて、既に二人の中にあった葛藤を増幅させる事があるんだ。
僕が希望しているのは、こういう葛藤をはっきりさせて二人に良く分かるようにしたいと言う事。
それから、二人の間の葛藤が、君の病気でどう強くなっているかと言う事をはっきりさる事なんだ」

悠理は居心地悪そうに俯いてしまった。
そして清四郎と面談する事を想像してみる。

怖い。

さっき、鏡の中の自分を映し見た。
目が窪み、頬が痩け、影が出来ていた。
首には幾つもの筋が見えていて、鎖骨が異様な形で浮き出ていた。

怖い。

髪の毛がパサパサして、体毛が入院前より濃くなっていた。
でも、そんな自分がとても良い状態に思えた。

怖い。

違う。
ちっとも良い状態じゃあないんだ。
違う、違う、違う!
こんな姿、清四郎に見せられない。

怖い。会えない。
でも、会いたいよ。
だめ、会えない。まだ、会えない。
怖い。会えない。
清四郎・・・会いたい。会いたい。会いたい!!


悠理は震え出し、自身で両腕を押さえる。
突然、担当医の声が耳に入る。

「ねえ、悠理。君は彼に何を望む?」

答えない。

「答えて欲しいな」

彼女は嗚咽をあげて泣き出した。
暫く泣いて、低く声を絞り出す。

「分からない」
「考えてみるんだ、悠理」
「分からないって言ってるだろ?あたい、分かりたくない。分かりたくないよ!!」

涙が溢れ、そして言葉も溢れてきた。

「そんなもの欲しくない。憎んでる。でも、必要なんだ」
「どういう事?何を憎んでいるの?」
「清四郎だよ。憎い。でも、欲しい。清四郎を欲しがる気持ちが憎い。憎んでいる。憎んでいるんだ!」
「どうして憎んでいる?」
「欲しがる気持ちを憎んでる。だって、絶対手に入らないものが欲しいなんて」

噎び泣きながら、でも言葉は何とか聞き取れる。

「清四郎はあたいの事なんて、全然好きじゃなかったし、これからもそうかも知れない。
清四郎は可憐が好きで、あたいの事は好きじゃない」


彼女の泣き声が静かになった時、担当医は口を開いた。

「悠理。僕は君を誇りに思うよ」

彼女は驚いた様子だった。
それから信じられないと言う表情をした。

「今みたいに話をした事をね。感じた事、望んでいる事を口にする事をね」

彼は悠理の頭の上に手を置いて、優しく撫でた。

「君が話した事、君が望んでいる事を感じ、それをちゃんと表した事を、僕は誇りに思うよ。これからもこんな風にして欲しいな。
君が嫌な気持ちになるのは望んじゃいないけど、例え言い争いになったって、したい事や必要な事はきちんと言う人になって欲しいんだ」


窓の外は夕闇に溢れ、静けさだけが二人を包む。
今はただ、この安堵感だけでいいと彼女は思う。

病室のドアがノックされ、看護士が悠理の夕食を運んできた。

「何となく、今なら食べられそう。お昼の時間じゃないけど、ここにいて一緒に食べてもらえない?」
「いいよ」

担当医は看護士に、自分の分のトレーを至急準備するよう頼んだ。

「でもさ、何時までこんな酷いメシを食わなくちゃいけないんだ?」

悠理は夕食のトレーを覗き込みながら、しかめっ面で言う。

「あと二キロさ」
「ちぇっ」
「そうさ」



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



完全な冬を迎えた時、清四郎は初めて訪れるその場所に足を踏み入れた。
重いガラス扉を引き、既に幼い頃から馴染むその匂いに安堵を覚え、そんな自分に驚く。
リノリュウムの廊下を、革靴の音で響かせながら歩く。

彼には、いや彼にも、もう迷いは無かった。
今の彼には、自身で決断した思いがあったからだ。
電話で教えられたように廊下を進み、そのドアへと向かう。
ノックをする前に目を瞑り、深呼吸をする。
三度ドアをノックし、息を潜める。

「どうぞ」

中から男の声が聞こえ、清四郎はスティールのドアを静かに開けた。

「やあ、来たね」

悠理の担当医であると言う男が、椅子から立ち上がってこちらを見ていた。

(2007/11/30 up)









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