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亡き王女のためのパヴァーヌ 10

少し間が開いてしまいました。

ラストが近付いています。
最後までよろしくお願い致します。

参考図書は同じです。



*現在連載中の作品は、過去に実際自分が経験した“摂食障害”を、
また当時熟読したいくつかの小説から有閑倶楽部二次へと創作した小説です。

二次創作小説や摂食障害についてご理解いただけない方はご遠慮下さい。














友はあなたを友とみなし、友の友もまたあなたを友とみなす。





亡き王女のためのパヴァーヌ 10





悠理と担当医はいつものように彼女の病室でテーブルを挟んで座り、二人の間には昼食のトレーが置かれている。

「ね、どのくらい食べようと気にしないよ。でも、食べるのが不安になったら僕に言って欲しいんだ」
「分かった。でも、今日はそんな酷くないような気がするな。ずっと食べる事に対しておかしな気持ちだったけど、
今日は変だけどいい気分なんだ。それに、いつも一緒に食べてくれて嬉しいし」
「そうか、そんな事話せるようになってくれて嬉しいよ。君が感じている事を話してくれると、僕は嬉しいんだよ」

担当医は答えた。
二人は食べだした。
彼女はサンドウィッチを小さく千切って口に運んだけれど、その度にティッシュペーパーで口を拭う事はしなかった。
コールスローをフォークで綺麗にすくった時も、量を気にしている風では無かった。
悠理はサンドウィッチを半分食べ、ミルクをコップ半分飲んで手を止めた。

「これで終わりにしたいんだけど、いい?」
「もちろんさ」

担当医はサンドウィッチを口いっぱいに頬張ったまま答える。

「僕もこれ、あんまり好きじゃないよ」
「うちのシェフのサンドウィッチが食べたいな。
ねえ、あたいの胃が大きくなって、サンドウィッチが全部食べられるようになるまで、そんなにかからないような気がする」

彼女はちょっと考え込む。

「それでね、まだ体重が増え過ぎるのが怖いんだ。この事が怖くなくなるのに、どれくらいかかる?」
「自分の事を信じられるようになるまで、どれくらいかかると思う?」
「そう。本当はそう言うつもりだったんだ。どれくらいかな?」
「しばらく、だろうね」
「そうだね。早くそうなればいいのに。体重が増えるのは怖い。でも拒食症でいるのも本当にイヤなんだ」
「もう、君は歩き始めちゃったみたいだね」
「でも、何に向かってさ?それが怖いんだ」
「体重が増えるって言うのは、どう言う事なのか知りたい?身体がどうなっていくのか知りたい?」
「うん」

担当医は持っていたフォークを置き、サンドウィッチの皿を押しやった。

「まず最初に気が付くのは、胃が突き出てくる事。それもすごく飛び出てね。胃の中に食べ物があるし、
他の皮下脂肪が残ってない部分と比べるからね。
それから皮下脂肪が背中に、もう少したって太股についてくるのに気が付くだろうな。
そうしたら脚に力がついて、もっとしっかり歩けるようになるよ。
で、先に言っておきたいんだけどね。足首は一ヶ月くらいむくんでて、髪は一年くらいパサパサしたままだ。
でも体毛の方はすぐに落ちるよ。ある程度体重が戻ったら、肋骨と胸骨が目立たなくなる。最後に腕と胸にも肉がついてくるよ」
「ふーん、しばらくは酷い格好になるんだ」
「そりゃまあ、健康に見えるようになるまでに暫くかかるだろうけど、そうなっていく。僕が言うようにね」
「そういう感じにね」
「それでね、今から、そうだな、次の段階に行くまでは、体重が増え過ぎて怖いと思ったらいつでも言って欲しい。
そうしたら、僕が増え過ぎてるかどうか判断するよ。
君の体重については、僕の方が君より公正な審判だからね。しばらくの間は、僕の判定に従うようにしようよ」
「慎重なんだ。清四郎の気持ちの事、あたいに判断させたけど、どうやってあんな博打ができたんだ」

悠理はこの間の面談の日の担当医をからかった。

「君が本当はどう感じてるのかって事を問題にしてるんじゃないんだ。
君の心の中の病気の部分を話してるんだ。君が病気の間は、僕が君に代わって考えていくよ」
「今まで会った中で一番ボスっぽいな」

清四郎なんかより、よっぽどね。



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



放課後の生徒会室・・・
清四郎、野梨子、魅録、美童がそれぞれの時間を過ごしている。
会話は少ないが、どこか温かい雰囲気に終局を迎えようとしている事を感じる。

ドアは静かに開いた。

「可憐!」

美童が一番にその名を呼び、立ち上がる。

「わたしも・・・入っていい?」
「当たり前じゃないか!」

野梨子と魅録も立ち上がり、可憐のもとへと進み行く。

「可憐・・・」

野梨子は可憐をしっかりと抱き締め、その長い髪を頬や顎に感じるほどきつく寄せる。

「お帰りなさい・・・辛かったですわね・・・」
「野梨子・・・ごめんね。逃げてばかりで、ごめんね・・・」
「何を言っているのです?私こそ、何も助けてあげられませんでしたわ」

二人の抱き合う姿を見つめ、魅録も美童も顔を見合わせ微笑する。

「これが、二人が出した答えなんだね?」

振り返った美童が、清四郎に向かって問う。
清四郎は先程まで読んでいた単行本を閉じ、また自分の目も閉じて答える。

「ええ、そうです」

魅録も振り返る。

「これで、いいんだな?」
「ええ、もう過ちは繰り返しません」
「可憐、あんたもこれで、いいのか?」

魅録はまた可憐を振り返り、その涙で濡れた顔を見つめながら、真剣な眼差しで問う。

「ええ」

彼女もまた、真剣な、そしてしっかりとした眼差しを彼に向ける。

「ええ、この答えに間違いなんかないわ。それに・・・」
「それに?」
「それに・・・わたしは清四郎なんかより、この倶楽部が大切なの。倶楽部を失う方が辛いわ」

一瞬の静けさの後、生徒会室は笑いに包まれた。
それは本当に久しぶりで、部屋一杯に満ちた笑い声だった。



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *


担当医が悠理の病室に入っていくと、彼女はベッドの上に座って何かを書いているところだった。
彼は専門医として関心を持って、彼女に視線を走らせた。
脚関節はまだむくんでいたけれど、他の部分はこれまでより良くなっているようだ。
高カロリー輸液を中止してから、もう一ヶ月になる。

「遅れた分の授業を、取り戻しているのかい?」
「まさか!手紙を書いていたんだ。清四郎に」

担当医は眉を上げて見せた。

「清四郎なんて最低だって、書いているんだ」

彼は笑った。

「それは凄い。それは二人の為に良い事だね」
「だろ?アイツにとって良い事かどうか分かんないど、あたいにとっては大事な事みたい。
一回しか面会に来ないなんてヒドイって書いた」

悠理は担当医の顔を思い詰めた表情で見つめる。

「もし、入院中の恋人がいたら、週末くらい、面会に来ない?」
「きっとそうするよ。それどころか、もし僕が入院していて、彼女がちっとも面会に来てくれなかったら、狂ったみたいに大騒ぎするさ」
「あたいがそう。それで清四郎に手紙を書いているんだ」
「上出来だよ!」

彼は優しい笑顔を彼女に向けた。

「さて、君を担当する内科医、外科医、そして僕は、正しい判断をしたと思っているんだけど」

担当医は悠理の表情から、彼が言おうとしている事が分かっているのが読み取れた。

「高カロリーの療法を中止してから一ヶ月たった。入院してからはほとんど四ヶ月になるね。
体重は僕達が決めていた三十九キロだ。退院だよ、悠理」
「どうして?あたいはまだ、怖いのに。どうして家に帰らなくちゃいけなの?」
「悠理」

担当医は首を横に振った。

「でも、あたいは、まだ時々、本当に怖いんだ。家に帰りたい、でも、この一ヶ月の間でも、ううん、先週でさえ、まだ怖い事があった。
食べる事とか・・・いろんな事に」
「分かってる。でも、前ほど怯えていないし、前ほど多い訳じゃあないよ」
「そうだけど・・・」

悠理は暫く黙り込み、入院前に経験した恐怖とパニックを思い出していた。

「でも、家にいったん帰ったら、どんな気持ちになるのか、分かんない」
「どんな風に感じるか、話そうか?」

もちろん、悠理はそう言ってくれるのを待っていたのだ。

「暫くは、病院で感じてたみたいな心地良さは無いと思う。最初は怯えてしまうだろう。二、三キロは減るかもしれない」

彼女は警戒した表情を見せた。

「でも、病院で得たものを何もかも無くしてしまう訳じゃない。体重の事だけ言っているんじゃないよ。
病気になるのに一番加勢した環境と状況の中に戻って行くのだから、誰だって怯えるさ。
で、そんな事や恐怖と闘わなくちゃならなくなる。でも、暫くの事だよ。
その後は、ここにいる時より、具合も良くなるって確信してるよ」
「あたい、いつか、完全に良くなると思う?」

担当医は悠理の経過記録を何度となく目を通し、何が一番彼女にとって最善の方法なのか考え悩んだ日々を思い出した。
突然、彼の心の中の疑念が晴れた。

「君は治るよ。僕はこれまで、間違った事があったかい?」
「ううん、間違った事なんてなかった。でも、今は嘘を吐いているような気がする」
「どういう事?」
「あたいが、いつも、先生に答えを教えてもらわなくちゃならないんだったら、あたいは本当に良くならない。
先生にそんなに頼って甘えてたら、みんなとおんなじようになれないだろ?」
「この事は、前から考えてた事だよね」

担当医が優しく諭した。

「君が頼ったり甘えたりするのを、僕達が一緒にやっつけられたら、すぐに今度は君が一人立ちする事に取りかかろうよ。
明日になったらすっかり良くなってるとは言わなかっただろ?そうじゃなくって、少しずつ良くなるって、僕は言ったんだよ」
「これからも、時々、カウンセリングしてくれる?」

悠理は訊いた。

「当たり前じゃないか。さあ、手紙を書き上げて、一緒に退院許可を取りに行こう。
明日は引越しだよ。このベッドに新しい患者が入ってくるらしいんだ」

担当医が病室から出ようとした時、悠理が呼び止めた。

「先生」
「何?」
「これからも来ていいの?」

彼は悠理の傍に戻って、まだパサパサしている髪の毛を撫でた。

「いつだって来て良いよ。悠理、どうしてか、分かるかい?」

彼女はニッコリ笑った。
彼が待っている答えが分かったからだった。

「あたいが清四郎の関心を引く為に、病気にならなくてもいいから、じゃない?」
「君が彼の関心を引く為に、病気にならなくてもいいからさ」



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



クリスマス・イルミネイションが輝き始めた通りを、清四郎は独りで歩いている。
いつも隣りを歩く幼馴染は、親友の一人である女友達と何処かへ行ってしまったのだ。
彼は歩きながら、可憐が戻って来た日の、生徒会室での出来事を思い出し、心が和んだ。

これでいい。これで良かったんだ。

彼は思う。
でもあの日の悠理の面接は、本当に辛い記憶だった。
彼女の深い苦しみを、彼も共に感じた、あの日。



担当医に繰り返される様々な質問に、彼女は涙と言葉を溢れさせた。

『清四郎はあたいが望んでいるもの、何一つ与えてくれなかった!今まで、一度だって!』
『悠理、僕は何時だって、お前が望んだ物、お前が欲する全てを与えてきたはずです』
『清四郎は今まで、あたいが本当に望んだものを与えてくれた?何時?あたいが望んだものって何!?』

清四郎の驚きはショックに変わった。彼女が彼に対して、これまで怒りを顕にしたのは初めてだったからだ。

『それは・・・』
『あたいがこうなってしまう前、伝えた言葉を覚えてる?覚えてないだろ。なんにも、なんにも覚えていないだろ!?
あたいが清四郎にとってなんなのか覚えてる?清四郎はあたいの事、好きでさえない』

彼女の怒りは、すすり泣きに変わった。

『清四郎は一度だって、あたいを好きでいてくれなかった。あたいがどんなに求めても、振り向いてくれなかった・・・・・
清四郎は、あたいを愛してくれない!!』

最後の感情の迸りに、清四郎も担当医も、悠理自身も驚いた。
彼女は両手で顔を覆い、すすり泣いていた。

担当医はベッドに蹲る彼女を見つめ、それから清四郎を見つめた。

『あなたが彼女を、少しも愛していないなんて言うつもりはありません。
ここで一番大切な事は、彼女が愛されていると感じていなかったと言う事。それから、愛されたいと望んでいると言う事です。
彼女は、あなたの愛情と心づかいを欲しがっているんです』



清四郎は暫くの間、通りにじっと佇んだ。
目の前に見えるのは彼女がすすり泣く姿、聞こえてくるのは繰り返し繰り返し自分を責める彼女の叫び。
そして、担当医の言葉が心に深く突き刺さる。

誰かが自分にぶつかって来たのと同時に、彼は現実に引き戻される。

「失礼」

そう言いながら、相手は立ち去った。
声の方を振り向くと、そこにショウ・ウィンドウが見える。
煌びやかなクリスマスのディスプレイに、思わず顔が綻ぶ。
何故なら、サンタクロースが少女の家の煙突に、大きなプレゼントの袋を持って登っているからだった。

悠理には、あの袋以上の僕の愛をプレゼントしましょう。

そう、彼は思う。

彼女が望んでいるのは、僕の愛なのだ。
偽りのない、純粋な愛なのだ。
ありのままの姿で、彼女は僕を求めている。
不器用な恋愛に焦り、歪んでしまった僕を赦し、彼女はまだ、僕を・・・・・

(2007/12/18 up)









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