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亡き王女のためのパヴァーヌ 最終章

本日で、「亡き王女のためのパヴァーヌ」は終了です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

あとがきとして何か言葉を残したい気持ちで一杯なのですが、
この作品を通して、全てを伝えたいと思います。


またこの作品のタイトルは、フランスの作曲家“モーリス・ラヴェル”の曲からお借り致しました。
摂食障害だった当時、この曲をずっと聴いていたという関連性からです。


時機をみて、メンタルヘルスカテゴリーからは移動したいと思っています。



*現在連載中の作品は、過去に実際自分が経験した“摂食障害”を、
また当時熟読したいくつかの小説から有閑倶楽部二次へと創作した小説です。

二次創作小説や摂食障害についてご理解いただけない方はご遠慮下さい。

参考図書(引用):スティーヴン・レヴェンクロン















求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。
   そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう。





亡き王女のためのパヴァーヌ 最終章





唇を重ねるだけの優しい口付けを交わした後、悠理は清四郎の唇からゆっくり離れた。
彼女は彼の広い胸に両手を置いていたが、それすらも離れる。
けれど、彼が触れていた彼女の両腕は、まだ彼の手の中にあった。
じっとしているとまた引き寄せられそうで、彼女はその手から逃れ、彼に背を向けてしまった。
彼はその事で、彼女に何も問わない。


彼女の退院後に仲間と祝ったクリスマス・パーティは、二人にとって忘れられない幸せな思い出となった。
しかしながら年末は、悠理の精神状態が不安定になり、あの診療所で年を越すまで入院してしまった。

そして今、春のような陽光が射し込む彼女の部屋で、二人はゆったりとした冬の午後を過ごしていた。


「週末はどうします?皆を誘って温泉にでも行きますか?
それとも僕と、二人で何処かに行きますか?もう冬休みも終わりますが」

悠理はちょっと上目遣いに清四郎を見ると、口を開いた。

「清四郎・・・あたい・・・」

彼は彼女が何を言おうとしているのか既に知っているので、彼女に向って微笑むとゆっくりと首を左右に振った。

「大丈夫。僕は充分に今の悠理に満足しています。何も急いでなんかいませんよ」
「ごめん・・・まだちょっと、怖いんだ」

彼女は自身の両腕でまだ細い身体を抱き締め、心の内側からやってくる震えを押さえ込んだ。
それからゆっくりとその両腕を自分の前へと持ってくると、今度は震える両手を見つめた。

「これ以上進んじゃうと、あたいはまた食べられなくなっちゃいそうなんだ。
太るのはまだ怖い。でも・・・拒食症でいる事の方が、もっともっと怖いんだ!!」
「ゆ・・・」
「こんなあたいだと、清四郎はまたどっかに行っちゃうの?もっと違う、他の誰かと・・・」
「悠理!」

彼は堪らなくなって、震える彼女を抱き締める。

「ごめん・・・あたい怖いんだ。何かがあたいを押し寄せて、飲み込んでしまいそうで。
これは何?この感じはなんなの?清四郎、分かんないよ!」

まるで幼子をあやすように、彼女のまだパサついている髪の毛を何度も撫で口付ける。

「僕はお前に誓ったはずですよ。何があっても離れないって。
お前がどんな姿になったって、僕はありのままのお前が好きなのですから」
「でも・・・」

まだ不安に束縛されている彼女を、有りっ丈の愛情で抱き締め、そこから解放させようと思う。

「せーしろー・・・痛いよ・・・」

はっとしてその力を緩め、思わず彼女を見つめてしまう。

別の不安が、また彼女を束縛してしまう。

「すみません」
「謝るのは、あたいだろ?」

彼女の為と思っても、その彼の行動が、逆に彼女を不安に陥れる。

暖かなこの彼女の部屋で、二人の間に緊張感が走る。

ナーヴァスな互いの感情が、清四郎をも不安にさせた。



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



「生理のおこる体重まで、何故増えないんだろうね」

悠理の担当医は訝しんだ。彼女はもう殆ど正常に見えるのに。
彼女は肩を竦める。

「身体全体の機能から見て、生理がこないのは困った事じゃないの?」
「身体には支障はないし、気にしてなんかいない」

彼は困惑した。

「だったら、きたってどうって事ないんじゃないのか?」
「あたい、生理は好きじゃない」

彼女は声を甲高くして言う。

「出来る事なら生理なんて、ずーっとない方がいい!」

今度は担当医が肩を竦め、首を左右に何度か振る。

「ねえ、悠理。彼の事をあれから考えた事はあるかい?」
「え?」

驚いたように顔を上げる。

「あれ以来、あまり彼の事を話さなくなったね」
「・・・・・ナンだよ、急に・・・・・」

彼女は床を見つめてしまう。

「うまくいってないの?」
「ううん・・・清四郎は前よりずっと優しくなった。いつも傍にいてくれるし。でも・・・」
「でも?」

悠理は両手を揉みしだき、首を激しく何度か振る。

「清四郎が、怖いんだ。アイツに見つめられると、適否されているような、調べられているような感じ。
ナンか・・・あたいには全然分からないものを欲しがっているような気がする。
あたいの事、ただの子供だと思ってるって分かると、とても安心する。
でも、それでいいのかって言うとそういう訳じゃなくて。
あたいの事真面目に受け取って欲しい時・・・・・子供扱いされると・・・んん・・・分かんない!」
「君は僕の事をどう思う?僕は君を子供扱いしてるかい?」
「先生の事は考えたくない」

彼女は担当医と目を合わせないようにして、低い声で言った。

「考えると不安になる。他にもたくさん患者はいるし、一人一人についてどれくらい考える時間があるのかな。
あたいはここで特別に大事な患者だと思わないし、こんな話、したくないよ」

気まずい沈黙が漂った。
担当医は悠理に、自分の女らしさについて考えるように励ましたい気持ちだったのだ。

「清四郎についてだけ言う訳じゃないけど、男の人って、時々あたいを最悪の気分にさせる。
あたいより痩せていて、綺麗な女の人を見ると劣等感を感じるけど、男は怖い」
「彼といると、自分が女性であると意識するからじゃないのかな」

悠理は皮肉っぽく笑った。

「そうかも」
「そう、男性は、自分が女性だと言う事を、はっきりさせる不思議な存在なんだ」

女性?

悠理の眉がちょっと上がった。
完全な拒食症になってから、自分を女性として考えた事が少なかった。
担当医は彼女が驚いた表情を見逃さなかった。

「いつか、大人の女になるなんて考えられない」

悠理は断言した。

ゆっくりとだ、彼は思った。

女性になる事に悠理が真剣に取り組めるように助けてやらなくては。
でも、とてもゆっくりと。

「清四郎があたいに触れる度に、怖くなったり緊張してしまうのは何でなのか、もっと・・・・・知りたい」
「分からないな。君はどう感じるの?」
「ん・・・例えば・・・男の人が触った時、他の女の子はどう感じるのかな?」

担当医は躊躇った。

「優しくされたい。求められたい。かき立てられたい」
「それが分かんないんだ。『優しくされたい』って言うのは分かる。でも他の二つは?」

悠理が余りにもナイーヴなので、彼はうっかり微笑むところだった。

「求められたいって言うのは、彼が君を可愛く思い、君とロマンティックになりたい、そう思って欲しいと言う事だよ」
「かき立てられると言うのは?」
「君の中に呼び起こされる感情の事だ」
「あたいの中で呼び起こされる感情は、恐れと緊張しかない。その事を言ってるの?」
「違うよ。僕は性的な感情の事を言ってるんだよ」
「ただ、あたいに触れる事で?」

彼女は抗議した。

「それは怖い事なのかい?」
「とても不安になる。先生は多分、あたいが・・・かき立てられたから緊張したんだって思うかな・・・
もし、あたいが緊張しなかったら?」
「かき立てられる事について、君はどう感じる?」
「ゾッとする!」

じっと考え込んでから口を開く。

「あたいは不感症か何かなの?」
「不感症のようなものじゃないさ。ただ、困惑していたり、葛藤しているんだ。
新しい感じ方を君が受け入れるのは、暫く時間がかかるんだろうね」
「清四郎があたいにうんざりして、また関心がなくなる前に、こういうのが全部良くなるかな?
あたい、本当に他の女の子に比べて遅れてるもん」

その言い方に、やはり微笑んでしまう。

「彼は辛抱強いから、ゆっくり待ってくれるよ」



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



街を通り抜ける風に、時折春の匂いを感じられるようになったある日、
悠理は独り、通りを歩いていた。
そこには先端のブティックが並び、デザイナーの服が売られている。
彼女はショウ・ウィンドウのディスプレイをじっくりと眺めていた。
拒食症になる前まで、自分は衝動買いが大好きで、嫌な事がある度に無闇矢鱈と買い捲っていた。
でも、彼女はそれらを本当に見ていたのだろうか。

一人の美しい女性が通りを過ぎて行った。
革のパンツに合わせた革のジャケットを着こなしていた。
その女性はとても上品で素敵だと悠理は思った。
それに自分を見せる事を意識していた。

どうやってこの人は、自分の魅力を引き出すテクニックを知ったんだろう?

悠理はその人の女らしさの秘密を知りたかった。
そこにいる全ての女性に教えて欲しかった。

今度は靴屋の前で立ち止まり、エレガントなハイヒールが並ぶのを眺めた。
悠理は今まで、ハイヒールなんて履いた事が無かった。
母親に無理矢理履かせられそうになった事は何度もあったが、自ら望んだ事は無い。

履いてみたい。

彼女は思う。

でも今日じゃなく、もっと女らしさの秘密を知ってから。

悠理は自分の姿を、ショウ・ウィンドウのガラスに映して見た。

綺麗かな?

でもガラスには、自信なげがティーンエイジャアが映っているだけだった。
彼女は誰かに、誰でも良かった、知らない人でさえ良かった、自分がどう見えるか尋ねたい気分だった。

二十代の魅力的な男性が、口元に笑みを浮かべて悠理の方へ歩いて来た。
彼女は何故笑っているのかと近付いて尋ねそうになったけれど、知らない人にそんな事が出来るはずが無かった。

男って、いつも何を考えているのだろう?
清四郎が、ずっとあたいを好きでいてくれたらいいのに。

清四郎。あたいは清四郎の事が大好き。

漆黒の瞳、同様に艶のある黒髪、男なのに美しいその顔。
長身で胸板が厚く、腰が引き締まっていて、何とも形容出来ない程素敵なスタイルをしている。
でも、肉体について正面から考えると、まだとても緊張させられた。
口付けは、時に安心感があった。抱擁されるのも同じだった。
けれど、それから先の事は考えられなかった。


悠理はコーヒー・ショップに入り、奥の仕切りのある席に座った。
時間は午後四時で、店の中は閑散としていた。
ジャケットを脱ぎ、テーブルのメニューを見ていた時、セーターを通して自分の胸の形に気付いた。
男の子達の関心が胸に集中するのは知っていた。
でも、自分には女性らしい膨よかさは無かった。
それにここ一年、胸がある事が煩わしかった。
彼女は胸を、ただの脂肪の塊だと考えていたからだった。

悠理は、清四郎と付き合い始めて少したった、ある日の夕暮れを思い出した。


学校帰りの彼の部屋で、二人はじっとベッドの端に座っていた。
既に夕闇で覆われた部屋なのに、清四郎は電気をつけようとしなかった。
ちょっと不安になった彼女は、立ち上がって電気を点けようとしたが、腕を乱暴に引き寄せられ、そのままベッドに仰向けにさせられた。
怖くなって身体を硬くして息を潜めていると、彼の大きな手が制服越しに彼女の片方の胸を覆った。
じっとされるままになっていると、その手は彼女の僅かな膨らみを強く握り、円を描くように乱暴に撫で上げた。
唇を強く吸われ、首筋を痛い程咬まれた。

何故こんな事をするのか、彼女は不思議でならなかった。

「なんでこんなコト、するのさ?」

彼女は解放された唇から、低い声を出した。
清四郎は一瞬その動作を止め、暗闇の中で彼女を冷淡に見下ろして答えた。

「僕達は恋人同士でしょう?」
「でも、まだ、付き合い始めたばかりじゃないか」

男女が付き合うと言う事は、いつかはそういう関係になるのかも知れないと頭では理解していた。
そしてそうされる事が、女にとって喜びであると言う事も。
しかしその時の彼女には、こんな風にされて喜びを感じる事が出来なかった。


肉体を求められた時には拒み、背を向けられた時には、その肉体を削って関心を得ようとした自分。
あの出来事が、全ての原因だったとしても。


悠理はもう一度自分の胸を見下ろし、ニッコリと微笑んだ。
僅かだけど、前よりも膨らみのある形良い胸。
今度は胸に好奇心を感じたからだ。
自分の身体への好奇心。その秘密を知りたくなった。
そして、清四郎が、どうにかして新たなやり方で目覚めさせてくれ、自分の何かが『呼び起こされた』と感じさせてくれたら。
そうすれば、身体の秘密も分かるようになるだろう。


その晩、悠理は自分の部屋に鍵を掛けた。
素早く洋服を脱いで、壁に取り付けてある巨大な鏡に映った裸の姿を恥ずかしそうに見た。
目立つ程突き出た骨は無かった。
だからと言って脂肪に覆われた身体をしているのでは無い。
退院後から始めた体操によって、彼女の身体には筋肉がついていたのだ。

彼女は、病気になってから自分が存在していた世界について考える。
孤独な、場所。
担当医が嘗て彼女に向けた、言葉。

『君は・ちっぽけな・世界に・住んでいるんだね』

今、自分の世界が、自分と自分の身体との競争だった頃に比べて、広がっている事に気付いた。


あたいは挑戦する。本当だよ。
結局は誰もが経験する過程に過ぎないんだ。
その方法は人それぞれだけど、みんなが経験する事なんだ。
あたいは、自分に与えられたものを引き受けていこう。



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



自分の身体を、女性らしい洋服を身に着けた自身の身体を見てみたくて、悠理は独りで買い揃えた全ての物をベッドに広げた。
それから着ていた洋服を、全て脱ぎ捨てた。

あたい、どう見えるんだろう。
自分の身体を見たい、本当に見てみたい。

上品なピンク、でも華やか過ぎないで女らしいブラジャーとパンティ。
彼女は素早くそれらを身に着け、壁の鏡に、自分の姿を映し見る。
下着の薄い薔薇色が、彼女の身体を透けるように白く、初々しく見せていた。

「あたい、綺麗だ」

思いがけない発見だったけれど、声は静かだった。
平たいお腹に触り、体操で鍛えた伸びやかな筋肉を眺める。

太ってない!どこも太っていない!

彼女は心躍るような気持ちで、今度はどうしても着てみたいという衝動に駆られて買った、ニットのワンピースを手に取る。
下着とお揃いで買ったシュミーズの上に着てみる。
ソフトで、ピッタリとしていて、あからさま過ぎないもの。
とても淡い、モーヴのニットワンピース。
首元は大きめに広がって、スカートの部分はタイトで膝上。
試着する前から、似合うのが分かっていた。

今度は脚!

薄く、でも滑らかなパンティ・ストッキングは、彼女の形良く細い脚をより一層美しく見せた。
その先に履く、ヴェロア素材のグレイのパンプス。
ヒールは六・五センチもあって、彼女にしては初めての経験だった。


その時、彼女の部屋のドアがノックされた。

「美童だろ?」

素早く鍵を開け、ドアを離れた。

「入って!」

ドアが静かに開けられて、美童が入ってくる。

「美童!!」

悠理は彼に走り寄り、クルリと一回転して見せた。

「ワォ!どうしちゃったのさ!?」
「週末、清四郎とデートなんだ」

彼は鏡の前に脱ぎ捨てられた洋服や下着を見て顔を赤らめ、何度か首を振る。

「その前に、美童にチェックしてもらいたくて」

もう一度、彼の前でゆっくり回転して見せる。

「どう?」

美童は優しい瞳を彼女に向け、爪先から頭までじっくりと見つめ上げた。

「とても、綺麗だよ」

悠理は少し赤くなった。
彼に褒められると、世界中の男性に認められたような気がする。

「あ、ありがと」

照れながら更に頬を染め、俯く。
そんな姿を愛しく感じて、美童は彼女を抱き寄せてしまいそうになった。
だがそんな感情も束の間で、彼女は突然顔を上げると、何を思ったのかニットワンピースの襟を肩まで下げ、
新しいピンクのブラジャーを誇らしそうに見せた。

「わ!わわわっ!悠理!!」

普段の彼らしくなく、両手で顔を覆う。

「美童、ねぇ、見て。どう思う?」

彼は片目を瞑ったまま、ゆっくり両手を下げる。

「どうって・・・」

その肩は何処か艶かしく、正直、今まで抱いてきた女性の中の誰よりも美しかった。
彼女はじっと彼を見つめている。
その微笑みは、無垢なものだった。

彼女は、素直な僕の感想を待っているんだ。
男としての、僕の。

「とてもセンスが良いし、女性らしい」

彼女はとても満足したようにまた、微笑む。
襟を元に戻し、次にスカートを捲り上げた。
でも、彼はもう驚かない。
ブラジャーとお揃いのパンティを見て、美童も微笑んだ。

「ブラヴォ!悠理は趣味が良いね。本当に素敵さ」

彼女はさっと身なりを整え、美童の首に抱きついた。

「美童、ありがと。でもね、まだ自分って感じがしない。誰か、もっと大人の女の人を借りているような気がする。
でも、もうすぐこれが似合う位には成長すると思う」

彼はキュッと彼女を抱き締め、薄茶色の髪に頬を寄せる。


悠理、この間、僕にメールをくれたね。
男の人や女の人が知っていて当然な性的な事って何なのか。
男の人は、関心のある女の人をどう感じるのか。
『呼び起こされる感情』って何なのか、教えて欲しいって。
それはね、悠理、自分自身で学ばなければならないんだよ。

うん、知ってるよ。分かったんだ。
自分自身のやり方で、やって行く、そうだろ?
そうやってみんな、成長していくんだね。


「きっと、清四郎は悠理に釘付けだね」



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *



土曜日。
程無く正午になる頃、悠理の部屋のドアがノックされた。

「悠理、迎えに来ましたよ」

清四郎はゆっくりとドアを開けた。
広い部屋の中心に悠理はすっと立っていた。
もちろん彼は、彼女の新しい服に気が付いた。

「とても、綺麗です」

彼女は頬が熱くなるのを感じた。
けれども彼に褒められると、彼女は内心ゾクゾクする感じを覚えた。
悠理は生まれては初めて、女性として持っている力を感じた。
力だし、喜びだった。

外出するのが待ちきれない気分だった。
空は曇っていたけれど、辺りは先日よりも春の気配が充分に漂っている。

「さあ、何処に行きましょうか?」

微笑みながら彼女の背に、そっと手を置く。

「少し歩いて、それから決めよ」

彼女は声を限りに叫び、通りを駆けて行きたいような気分だった。

とっても良い気分!
あたいは、あたいになるんだ!
あたいは、もう、大丈夫!!

清四郎はすぐに彼女の気分に合わせてきた。

「金メダルでもとったみたいですね、悠理は」
「そんな気分。勝ったような気分なんだ。結局は自分で自分を責め立てていたみたい」

彼は少し、悲しそうな表情を向ける。

「ごめん」

悠理は言う。

「あたい、バカみたいだ」

自分を責め立てていた。
過去の自分、自分自身に怯えていた。
でも、今は違う。
誰よりも痩せているのが勝利者なのではなく、今の悠理が勝利者なのだ。

彼女は、今迄に無い程輝いていた。

「そういう、悠理が、好きです」

清四郎が照れながら言った。

悠理は深呼吸をした。
そして背に回っていた彼の手を取り、指と指を絡ませた。
彼の手は暖かく、男らしい硬さを持っていた。
清四郎がとても優しく微笑んでくれたので、悠理は喜びで一杯になった。

「ありがとう」

悠理は静かに言う。

「どういたしまして」

清四郎が答える。

「こちらこそ」

二人はもう一度微笑み合い、静かに寄り添った。



                       完

(2008/01/05 up)









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